縁結
「お待ちしておりました」
クリスティン付きの執事であるエドモンドが俺たちを迎えてくれた。
テレサは軽く会釈をするに留めたが、エリオットから少し緊張を感じた。
「ご案内いたします。どうぞこちらへ」
エドモンドについて屋敷の中へ入る。
エントランスには公爵夫婦とリクシアが待っていた。リクシアのそばにはマリシアも控えている。
「本日は公爵家に御招き頂き、誠にありがとうございます」
俺はバルサバ家を代表してハーツ公爵家に最敬礼をする。
「バルサバ辺境伯。遠いところをよくぞおいでくださいました。テレサ前辺境伯夫人も、お久しぶりです」
クリスティンがちらり、とエリオットに目線をやる。エリオットと公爵家夫婦は面識がある。だが、婚約披露宴のわずかな時間のみだ。俺は改めてエリオットを義父母に紹介する。
「ご紹介します。私の弟で、今は騎士として私を支えてくれているエリオットです」
「エリオット・バルサバです。昨年、騎士学校を卒業し、現在は騎士としての研鑽を積んでおります。ハーツ公爵、及び夫人にはご挨拶が遅れて申し訳ありません。今後は兄と共にバルサバ領を支える所存にございます」
エリオットが最敬礼をして、完璧な挨拶を行う。
エリオットにはテレサと同じ感覚を俺も持っていた。日常生活においてリクシアに対する態度は、おおよそ歳も格も上の令嬢に対するものではなかった。
当の本人は気にしていなかったし、むしろ、気を遣われなくて良かったと喜んでいた。リクシアにエリオットの印象を聞いた後、『あれで精一杯、気を遣ってるつもりだ』という言葉が喉から飛び出そうになったのはいうまでもない。
ハーツ公爵家の方々も比較的寛容ではあるが、第一印象は重要である。挨拶すらまともにできないとなれば、バルサバ家の格と教育を疑われかねない。
だから、この1週間の旅程の中で、俺がエリオットにせめて挨拶ができるように、と教え込んだ。
俺はエリオットの挨拶が無事に終わったことに安堵しながら、リクシアの隣に立つ少年へ視線を移した。
「エリオット殿。丁寧な挨拶、痛み入ります。私はこの国の財務を司るハーツ公爵家当主、クリスティン、こちらは私の妻のフェリシアだ」
「フェリシア・ハーツでございます」
フェリシアが挨拶と共にカテーシーをみせる。フェリシアに続いて、少年が挨拶をする。
「お初にお目にかかります。ヴィンセント・ハーツと申します。以後、お見知り置きを」
俺は耳を疑った。ハーツ公爵家はリクシアしか子どもはいなかったはず。しかし、彼はハーツ家を名乗った。家を騙るのは重罪だが、ハーツ家の面々を前にして騙りも何もないだろう。
「彼は、元レモン侯爵家の次男なんだよ」
俺の落ち着きを待っていたかのようなタイミングで、クリスティンが説明してくれた。
「私たちにはリクシアしか子どもがいない。リクシアが嫁いでしまうと家が途絶えてしまうからね。遠縁だが優秀なレモン侯爵家のヴィンスと養子縁組を組んだんだ。来年、入学する年齢だから以前は紹介しなかったんだが、今日は大事な話だしね」
クリスティンの言葉に納得した俺は、改めてヴィンセントに向き直る。
「失礼しました。ヴィンセント様。バルサバ家当社、ラトランド・バルサバと申します」
俺が最敬礼をすると、ヴィンセントは笑った。
「敬語は結構です。僕はまだ学生ですらないですから、ヴィンスと気軽に読んでください」
「わかったよ。ヴィンス」
お互いの挨拶を終えたところで、エドモンドがみんなを案内する。今回は流石に来客用の食堂に案内された。
各々が席に着く。食前酒が注がれ、クリスティンが立ち上がった。
「今日はバルサバ辺境伯にお越しいただいた。彼の地は我が国を防衛する騎士を育成し、支えてくれている。我が娘、リクシアはバルサバ辺境伯に嫁ぐことになった。遠方ではあるが、重要な役割を担う家の力になれることを嬉しく思う」
クリスティンは胸を張り、力強く言った。
「バルサバ辺境伯。一言お願いしたい」
俺はクリスティンに促され、立ち上がる。
「本日は僕たちのためにお時間をいただき、誠にありがとうございます。僕とリクシアは婚約状態でしたが、この度、正式に結婚をすることになりました。僕は領主としての経験も浅く、リクシア嬢には常に助けられています。さらに、バルサバ領といえば、王都から馬車でも7日から10日ほどかかる距離にあります。ハーツ公爵、夫人が不安に思う気持ちはあると思いますが、それでも大切な令嬢を僕に、バルサバ領に預けてくださることを感謝いたします」
俺は頭を下げ、腰を下ろす。
「バルサバ辺境伯の覚悟はしかと受け取った。バルサバ家とハーツ家の縁が結ばれたことを祝し、乾杯をしよう」
クリスティンがそういうと、皆が立ち上がる。
「バルサバ家と良縁を結べたことに、乾杯」
クリスティンの言葉と共に、グラスを掲げる。
給仕たちが拍手で祝ってくれた。
「さて、堅苦しいものはこれまでにして、気楽に食事を楽しみましょう」
クリスティンがそう言うと、ゆったりとした音楽が流れる。
「テレサ夫人。最初に謝らせてください」
開口一番、フェリシアが謝罪の言葉を述べる。
「バルサバ領を訪れた時、夫人には大変失礼なことを申し上げました。あの時の言葉に偽りはありませんが、今は違う気持ちでおります」
「実は、私もフェリシア夫人に謝らないといけません」
フェリシアの言葉を受け、テレサも話し始めた。
「以前、リクシア嬢のお噂を伺っておりましたので、ランドとの婚約は反対だったのです。王家からの要請とはいえ、バルサバ領は拒否することもできましたから」
「母上。本人のいる前でわざわざその話をしなくても」
俺は驚いてテレサの話を止める。
俺を制したのはフェリシアだった。
「ラトランドさん。結構ですよ。私も同じ話をしましたから。テレサ夫人。この話をするということは、今は違う、という理解でよろしいですか?」
「ええ。今ではこれほど素晴らしいお嬢様をバルサバ家に迎え入れたことを幸運に思います」
「まぁ」
俺は複雑な感情を抱くが、当のリクシアは表情を変えずに食事をしている。逆に何を考えているか分からず、不安になる。
「ランドくんは私のところまで来て、噂の真偽を確かめに来たんだ。とはいっても、噂が真実だと思ってなかったようだけどね」
クリスティンが懐かしそうに目を細める。
「あら、そうなんですか?」
リクシアが声をあげて、ヴィンセントが目線を俺にやって興味を示した。
「あぁ。リアは部屋にこもっていたから知らないかもしれないがね。もともと顔は知ってるとはいえ、公爵家に乗り込んでくるとは思わなかったよ」
「その節は大変失礼しました」
俺はクリスティンの気分を害していたら、と一瞬不安になった。
「いや、むしろ頼りになる青年だと思ったよ。お互いに面識があるとはいえ、わざわざ辺境から公爵家に来て真偽を聞くんだからね。しかも、その時に婚約させてくれ、と頭を下げてくれたんだ。信頼もするだろう?」
クリスティンは嬉しそうだが、俺は少し恥ずかしい。領地経営の大きな岐路に際し、必死だったとはいえ、冷静になるとあまりに余裕がなく、不躾な行動だ。
「ラトランド様はそこまでリア義姉様のどこに好意を持ったのですか?」
これまで黙っていたヴィンセントが俺に話を振ってきた。
「ケビン殿下の婚約者だったリア義姉様が、婚約破棄されてあらぬ噂が立った。そんな中、学園でもほとんど接点がなかったラトランド様が、どうしてリア義姉様をテレサ夫人の反対を押し切ってまで婚約者としたのか」
ヴィンセントの視線は真剣そのものだ。ケビン殿下の婚約者となったのは入学前。その頃にはヴィンセントがハーツ公爵家を継ぐことはほぼ決まってたはず。リクシアとも接点があったはずだ。ひょっとすると、リクシアに淡い想いを抱いていたのかもしれない。
「私も気になります」
ヴィンセントに加え、フェリシアも話に加わった。
俺は気恥ずかしさを覚える。
「まず、フェリシア公爵夫人譲りの美貌はもちろん、その気品あふれる姿に惹かれました。わずかな機会ではありましたが、お話しさせていただくとハーツ公爵譲りの聡明な頭脳を持っていることもわかり、婚約をお受けしようと決意した次第です」
「まぁ」
フェリシアが笑顔になる。クリスティンは満足そうだ。チラリとテレサを見ると、特に表情に出してないので問題がなかったのだろう。
「それだけですか?」
ヴィンセントがさらに要求してきたので、俺はそれに応えることにした。
「基本的に可愛い笑顔を見せてくれますが、考え事をしている時の眉間に皺がよった表情も可愛いと思います。その後に出てくる意見の素晴らしさも相まって、その顔を見るのが好きですね。凛と立った姿は神々しさを感じて、僕も背筋が伸びます。ただ、その姿で他人に話しかけているのを見ると、嫉妬を感じてしまうので、ジレンマが襲ってきます。他には甘いもの、特に・・・」
「ラ、ランド様。その辺でどうか・・・」
俺がリクシアに感じていることを言い切る前に、リクシア本人から待ったがかかった。伏せている顔は恥ずかしそうで、それもまたいい。
「今の表情は初めて見ます。今までは人前ではあまりリクシア嬢のことを話してきませんでしたが、誰かに聞かれたら話そうかと思います」
「ダメです!」
リクシア嬢が普段は出さない、令嬢らしからぬ大声を出す。
エリオット以外は呆れた様子をしていた。俺はやりすぎたと思いながらも、自分の言葉でリクシアのことを話して、リクシアへの気持ちを再確認できたことは良かったと胸を張る。
「ヴィンセント・・・さん」
これまで黙っていたエリオットがヴィンセントに声をかける。
「・・・エリオット様、ヴィンスで結構です」
「では、僕のこともエリー、と。で、さっきの話ですが、リクシア様のことがご心配のようだけど、兄さんはリクシア様を愛してるのは間違いないです。この1週間、護衛としてみてきて、わかりましたので」
「ええ。2人の反応を見る限り、要らぬ心配だったようです。バルサバ辺境伯、失礼いたしました」
「いや、気にしなくていいですよ。それよりも、僕のこともランド、と呼んでほしい。長い付き合いになるのだから」
「わかりました。ランド様」
場の空気はやわらぎ、食卓に笑い声が広がっていった。
「ところで、エリオット殿は騎士として優秀だと聞いている。なんでも、騎士学校を3年で卒業したとか」
クリスティンがエリオットに話を振る。
「たまたまですよ。運に恵まれました」
エリオットがナイフとフォークを置いて応える。
その落ち着いた応対に、テレサの心配は杞憂に終わっただろう。
「うちのエドモンドも年老いてはいるが、昔は騎士団で働いていたこともある。一度、手合わせしてみたらどうだい?」
エリオットは逡巡したのち、自信なさげに答えた。
「どうか、お手柔らかに稽古をつけてください」
「ほぅ。随分と弱気じゃないか」
クリスティンがエリオットを煽る。エリオットは困ったように目を伏せる。
「言いたいことがあるなら、言ってご覧なさい」
それまであまり会話に口を出さなかったテレサが、凛とした声でエリオットの背中を押す。
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