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求婚

ケビンから手紙が来たのは、パーティが終わった翌々日のことだった、とリクシアは語った。


そこにはパーティでのケビンの発言同様、王都に帰ってくるようにとの内容だった。王族からの手紙は無視できず、丁重に断りの連絡を入れたというが、その後も毎日送られてきたとのこと。


流石にリクシアは父であるクリストファーにも相談し、彼からケビンに苦言を呈してもらった。


王都にいる間は音沙汰がなかったが、バルサバ領に帰還した途端、再び手紙が雪崩のように届いた。


王族の手紙を無視するわけにもいかず、言葉を変えて同じ内容の返事を書いていたが、ケビンからの手紙の内容が徐々に俺やバルサバ領に対する暴言となり、辟易としていた。


「これが直近に届いた手紙です」


リクシアのそばに控えていたマリアナが、スッと俺に手紙を渡す。


「用意がいいな」


「本日、こういった場が設けられなければ、私がラトランド様にお伝えするつもりでした」


「マリー・・・。ありがとう。心配をかけてごめんなさい」


マリアナの言葉にリクシアは感謝を述べる。


俺は手紙を受け取り、中身を確認する。


そこには俺やバルサバ領に対する罵詈雑言が記されていた。


「うわぁ・・・」


「これは・・・なかなか・・・」


俺と、手紙を覗き込んだダニエルが同時に声を出す。


文字で悪意を全面に受け取ったリクシアが消耗していくのも納得である。


「これは辺境伯として認められない。国王陛下を通じてケビン殿下に抗議する」


「ありがとうございます」


リクシアが頭を下げる。


「これからもケビン殿下や他のことで苦労をかけると思う。でも、抱え込まないでほしい。俺もいるしダンも、それにマリアナもいる」


「はい。ご心配ばかりおかけしてしまって、申し訳ありません」


「わかってくれたなら、それでいい」


話がひと段落し、マリアナが紅茶を淹れなおしてくれる。


「ところで、ケビン殿下がリアを王都に戻したがる理由ってなんだろうか?ユーリ嬢と仲が悪いのか?」


俺の疑問に、リクシアはあくまで推察に過ぎないと前置きして自分の考えを話す。


「公爵家を敵に回すようなことをしたケビン殿下ではなく、第二王子であるセドリックを王太子にするような動きがあるのではないかと」


「そうなのか。実は僕も第二王子殿下を推すかどうか、考えていたんだ」


「おそらく、ランド様と理由は同じでしょう。公爵令嬢()との婚約を破棄し、平民出の子爵令嬢(ユーリ)との婚約をするのは、おおよそ国王となる人物の行動ではありませんし、婚約者(ユーリ)が王妃として相応しくないと判断されてもおかしくありません」


「リアから見てユーリ嬢は王妃として相応しいと思う?」


「正直言いますと、厳しいと思います。それは彼女の能力というより、環境の問題です。むしろ、頭の回転は私よりも早いです。ただ、公爵家で生まれ育った私と彼女では経験の差があります。先日のパーティでも体調を崩して早々に退席されました。経験を積めば十分に王妃として殿下の横に立てると思いますが、その時間がありますかどうか」


「なるほど」


俺は顎に手を当てて考える。


もし、ユーリが王太子妃、ひいては王妃として不適だと判断された場合、白羽の矢が立つのはリクシアだろう。今の国王が強権を発動するとは思えないが、最終手段としてありうる。


俺は、ふと思いついたことを口にした。


「リア、結婚しよう」


黙って俺たちの話を聞いていたダニエルとマリアナ、それにリクシアも目を丸くして俺を見る。


「本当はもっと落ち着いた時にと思っていたが、ケビン殿下の動向が気になる。横槍を入れられる前に、結婚までしてしまおう」


俺がそういうと、マリアナが冷たい目で見てくる。ダニエルの目も冷ややかだ。


「も、もちろん、僕はリクシアと結婚したいけど、リクシアがそう思わないのならまた話は別で・・・」


俺が慌てて言い訳をすると、リクシアが笑顔で吹き出した。


「この場で求婚されるとは思いませんでしたが、ランド様らしいです。はい。お受けいたします」


俺はホッとしたが、ダニエルとマリアナに説教された。確かに、もっとロマンチックなプロポーズがあった、と反省する。


数日後、テレサにも俺とリクシアが結婚する旨を伝えた。リクシアと相談し、ケビン殿下の動向についても正直に話す。


「わかりました。そういうことなら早い方がいいでしょう。リアにはここにいて欲しいですからね」


テレサの言葉を聞いたリクシアは涙ぐんでいた。


結婚を決めてから1ヶ月後、ハーツ公爵家に結婚の挨拶に行くことになった。


出発の2日前の夜、俺はリクシアをデートに誘った。王都への移動や視察の準備などが重なり、二人で落ち着いて話をすることができなかった。


街中を散策し、夕食をバルサバ家が経営するレストランで摂る。


俺が国王陛下に向けて抗議の陳情を送って以降、ケビンからの連絡は完全になくなったらしい。俺は胸を撫で下ろした。


メートル・ド・テールのウォトキンがデザートを運んできた。


ウォトキンがクローシュを外す。


「まぁ!」


リクシアが驚きの声をあげる。目線の先にはサファイアをあしらった指輪が輝いている。


「前にプロポーズしたけど、ダンやマリアナに叱られて・・・じゃないな」


俺はごほん、と一つ咳払いをする。そして、ウォトキンから指輪の入った箱を受け取り、リクシアの前で片膝をつく。


「改めて、ラトランド・バルサバはリクシア・ハーツに結婚を申し込みます」


「はい。リクシア・ハーツはラトランド・バルサバ様からの結婚をお受けいたします」


俺はリクシアの左手の薬指に指輪をはめる。紫がかったサファイアが、リクシアの金髪によく映える。


「ありがとうございます」


指輪を見て喜ぶリクシアを見ると、緊張はしたが、プロポーズをやり直せて良かったと思った。


翌々日、俺とリクシアはダニエルや使用人、屋敷で働く文官たちに見送られながら王都に向けて出発した。


前回はリクシアが先行して俺が後追いしたが、今回は2人での移動だ。今回はカントリーハウスから何名かの侍従・侍女に同行してもらっている。


母はすでに王都に着いており、社交に精を出してもらっている。


俺は王都までの道をゆっくりと通ることがなかったのでリクシアと共に観光がてら、のんびりと移動したのは新鮮だった。


王都を目前にして、俺たちは1泊する。この旅程の最後の宿泊になる。


「兄さんと義姉さんは仲がいいね」


夕飯も終わり、あとは寝るだけという頃、エリオットが俺に声をかけた。


エリオットは護衛として俺のそばについてくれている。新人ではあるが、数少ない最短で騎士学校を卒業した腕前は伊達ではなく、早くも一目置かれているようで、兄として誇らしい。


今回は俺の家族としての同行を望んだが、本人が固辞して、『初任務』に徹したいとのことだ。もっとも、ハーツ公爵家では家族としての紹介もする予定だ。


「それならいいんだけど。悪くはないと思うけどな」


「前も言ったけど、どんな人なんだろうとは思ってたからね。ケビン殿下は今ごろ、後悔してるんじゃないかな?」


「エリー。あまりそういうことを言うな。誰が聞いてるかわからんのだぞ」


「誰もいないって、兄さんもわかってるでしょう?」


エリオットの能力が高いことは誇らしいが、このような迂闊なところはこれから指導が必要だろう。


「それでも、だ。普段から口にすると、いざという時にわずかな気の緩みから弱みを握られてしまうぞ」


「はいはい」


俺の忠告を理解しているのかどうかはわからないが、エリオットは返事をしたのでこの話はこれで終わりだ。


「明日はいよいよ公爵家の訪問だ。護衛の任務はいいが、早く寝ろよ」


「わかってるって」



それでも2人部屋ではなく1人部屋を希望し、頑なにソファで眠ろうとするエリオットは、今夜もほとんど寝ないだろう。そう思いながら、俺はベッドに入った。


翌朝、俺たちは王都に入った。ついてきてくれた従者たちを先にタウンハウスに向かわせ、俺はハーツ公爵家にリクシアを送ってからタウンハウスへ向かう。


わずかな時間ではあったが、すでに俺たちの荷物は部屋に片付けられていた。


流石の長旅に疲れを感じた俺は、仮眠を取る。


昼過ぎに起きて軽食を胃に入れたのち、連れてきた侍従たちによって身だしなみを整えられる。


その後、エントランスに降りると、すでに着飾ったテレサが待っていた。彼女は俺の姿を見て、満足そうに頷く。少し遅れてエリオットもやってくる。


「2人とも、格好は問題ないわね。じゃあ、向かいましょう」


俺たちは表の馬車に乗り込む。テレサはエリオットがエスコートする。


「お気をつけていってらっしゃいませ」


サリバンと侍従数人が頭を下げて見送ってくれる。


「2人とも、恥ずかしい行動はやめてくださいね」


馬車が動き出すと、テレサが俺たちに忠告した。


「もちろんです。母上」


「ランドは心配してないわ。何度かハーツ公爵家にお邪魔してるし、その前から面識はあるのでしょう?その上でリアとの婚約を許してくれたのだから、気を抜かなければ大丈夫。問題はエリーよ」


「俺?」


エリオットが目を丸くして返事をする。その返事に、テレサはため息をついた。


「そういうところよ。エリーは貴族よりも騎士として育てたけど、もう少し教育しとくべきだったかしら。でも、まさかランドが公爵家と繋がりを持つとは思わなかったし」


テレサはブツブツと独り言をつぶやく。


そのつぶやきはもっともだ。騎士学校でも貴族への対応を学ぶはずだが、学校からカントリーハウスまで馬をかけてきたエリオットがきちんと学習したようには思えない。テレサの心配も尤もだ。


三人それぞれの思いを胸に、馬車は静かにハーツ公爵家へと向かった。

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