因縁
パーティが終わった翌日、俺は朝一番に王都を出て、夜にバルサバ領に帰還した。帰還と同時に俺はハーツ公爵宛に手紙をしたためる。
1週間後、ハーツ公爵家から返事が届いた。中身を読んで、俺は顔を顰めた。
俺はリクシアとケビン、ユーリの関係や、それに至る経緯を知りたいとハーツ公爵に文面で書いたが、詳細を語ることは断られてしまった。
冷静に考えれば、慎重になるべき内容であり、他人の手に渡る可能性のある手紙でやりとりをする内容ではない。余裕のない日程を組んだ自分を悔やんだ。
リクシアの傷を抉るようなことはしたくない。だが、ケビンとユーリを迎えるにあたって、関係性を知る必要がある。
その間に立たされているうちに、徐々にリクシアの笑顔に影が落ちていくのを感じた。
初めは気のせいかとも思ったのだが、1ヶ月もすると顕著になってきた。サマンサやディクシーはもちろん、マリアナですら俺に目線をおくる。だが、俺が声をかけても気丈に振る舞うため、なかなか踏み込めない。
お互いに口数が減り、挨拶と仕事上の最低限の会話しかなくなってきた頃。
「なぁ、いい加減、意地を張るのをやめなよ」
リクシアが退室した執務室で、呆れるようにダニエルが言ってきた。
「意地を張ってるのはリアの方だろ。俺は何回も聞いたさ。何か困ってることはないかって」
「まぁ、そうなんだけどさ。待つだけじゃなく、他にもやれることはあるだろ?上の行動は下の者も必ず見てる。屋敷の連中もそうだし、文官たちも仕事が雑になってきてる」
ダニエルが言うのだから、本当にそうなのだろう。
「リクシア様だってランドに頼りたいんだよ。でも、何かあるはずだから、手遅れにならないうちに」
「あー!!もうわかったよ!!いきゃいいんだろ!?」
俺は立ち上がると執務室を飛び出した。
そのまままっすぐリクシアの元には向かわず、騎士の訓練所に向かい、騎士団長のアンソニーを呼んでもらう。
俺が団長室でしばらく待っていると、アンソニーが額に汗を浮かべて現れた。
「ラトランド様。お待たせいたしました。訓練中につき、このような格好で申し訳ありません」
「いや、急に呼び出して悪かった。申し訳ないが、サマンサとディクシーを呼び出してくれないか?」
「かしこまりました。しかし、ラトランド様やリクシア様に言えばすぐに来るのでは?」
「アンソニーの名前で呼んでほしいんだ」
俺が重ねていうと、何か事情があると察したアンソニーは2人を呼びつけた。リクシアの今日の日中の護衛はマリアナだから、2人とも寮の自室にいるはずである。
2人はまもなく、団長室に現れた。
『お呼びですか、リドゲート騎士団長』
2人が部屋に入ると、俺の姿を見て驚いた。
懐かしさを感じる光景だ。
「休みの時に来てもらってすまない。団長、少し部屋を借りてもいいか?」
「もちろんでございます。では、私は訓練に戻ります」
ただならない雰囲気を感じたとは思うのだが、アンソニーはそれを口に出さず、敬礼して退室をした。残されたのは俺と、護衛姉妹2人。
「さて、何を話すか、わかってるな?」
俺は2人に尋ねる。
「リアから口止めされてるのだろうが、流石にあそこまで俺の方に視線を送ってくるなら、聞かざるを得ない。もちろん、俺に話したところで罰することはないと断言しよう」
密室での口約束。当然、彼女たちを罰するつもりなど露ほどないが、どこまで信じてもらえるか。
しばし、沈黙が続く。
「リクシア様の元にケビン殿下から手紙が来ております」
「姉様!」
話し始めたのは姉のサマンサだった。ディクシーが咎めるが、サマンサは止まる様子はなかった。
「ディクシー。私はもうこれ以上、リクシア様が苦しむ姿を見たくないわ。かといって、私たちが何かできるわけでもないでしょう?」
「それはそうだけど・・・」
「とにかく、リクシア様を助けたければ、ラトランド様にご助力願うしかないの!」
サマンサが強い口調で話し、押し切られる形でディクシーも黙った。
「聞かせてくれ」
俺がそういうと、姉妹は交互に話し出した。
最初に手紙が送られてきたのは、パーティが終わってすぐのことだった。
詳細はわからないが、リクシアは呆れた様子だったらしい。その後、何回かやり取りを続けていくうちに、リクシアは怒り、そして疲弊しているという。
「ラトランド様やハーツ公爵様に相談するよう、ご提案したのですが、受け入れてもらえませんでした。幼少期からの付き合いであるマリアナは何か知っているのかもしれませんが、私たちには教えてくれません」
「どうか、リクシア様を助けてください」
姉妹揃ってリクシアの力になりたいという気持ちが伝わる。
「話してくれてありがとう。リアと話してみるよ」
『よろしくお願いします』
俺は2人が退室すると、入れ違いにアンソニーが入ってきた。
「何かやらかしましたか?」
「いや、全然関係ないんだ。ありがとう」
俺はアンソニーと別れ、リクシアと話をする決意をした。
翌日、俺はケビンやユーリのことについて、リクシアに話がしたいと声をかけたのだ。
「いつかは聞かれると思っていました」
ダニエルが淹れてくれた紅茶が少し冷めるくらいの時間、沈黙が支配した。それを破ったのは、リクシアだった。リクシアの後ろに控えるマリアナが姿勢を正す。
「この前のパーティでケビン殿下がここに視察に来ることになっただろう?それにあたって、ケビン殿下との関係を知っておきたい。辛い話かもしれないが」
俺は懺悔のように話す。
「ランド様のご意見はわかりました。私としても、ケビン殿下のことを知ってもらってから、ランド様が立ち回るべき、という意見に賛成です」
俺はホッと息を吐く。
「では、学園にいたときのことからお話ししますね」
リクシアはゆっくりと、俺にわかりやすいように話し始めた。
俺が学園を去ったのち、ユーリは編入という形で入学してきた。
貴族が学園に途中から編入してくるのは異例中の異例だ。誰しもが気になり、そして調べる。ユーリの編入理由は公然の秘密と化した。
ユーリの母はマクフェイル家の侍女であった。彼女は雇い主であるマクフェイル男爵から迫られ、断ることができずに関係を持った。そして、ユーリを身籠ったのち、自ら屋敷を去り、市政で過ごしたという。
一昨年、ユーリの母が亡くなったと聞いたマクフェイル男爵は、ユーリを養子として男爵家に迎えた。ユーリは男爵令嬢となったが、平民として過ごしていた彼女は貴族としての礼儀が身についておらず、1年間を領地での教育を経て入学してきたのだ。
平民として生活していたユーリは、突然貴族社会へと放り込まれたが、貴族の屋敷で働いていた母からの教育もあり、貴族としての振る舞いはスムーズに身についたという。
また、礼儀以上に頭の回転が速く、俺が抜けた後のAクラスに編入してきた。
ケビンはそんなユーリをとにかくかまいたがった。二言目には「僕が貴族として教えてあげよう」というものだった。ユーリはリクシアが婚約者であることも理解しており、立場をわきまえる発言をしていたが、第一王子という肩書きにも板挟みにあった。
リクシアはユーリと距離を置くように伝えたが、残念ながらケビンに悪意ある捉え方をされたので、それ以上は何も言わなかった。
リクシアとケビンの距離は開き、かといってケビンとユーリの距離は、ケビンが一方的に詰め寄るのみ。
そんな微妙な関係が崩れたのが、卒業パーティーである。
リクシアはケビンの迎えを待ったが現れず、仕方なく両親と共に向かう。中に入るとケビンがいないことに対する好奇の目線を向けられたが、王妃教育を受けたリクシアは動じず、友人と談笑していた。別の場所にはユーリもおり、こちらも友人と談笑していた。
いよいよパーティが始まるその直前。突然現れたケビンは会場を見渡し、ユーリの元に近づく。そして、大声で宣言する。
「リクシアとの婚約を破棄し、ユーリと婚約する!」
もちろん、会場は騒然とした。
結局、卒業パーティーは中止となり、各々解散となった。
リクシアの母であるフェリシアは再度、ケビンとの婚約を望んだが、激怒したクリスティンは即座に拒絶した。リクシア自身も再びケビンの横に立つ自信はなく、婚約破棄が成立した。
「そして、私は国王陛下の斡旋のもと、バルサバ領に参りました」
リクシアは淡々と話していたが、あまりに急転直下な出来事に俺は戸惑いを隠せない。第三者の俺がそうなのだから、当事者のハーツ公爵家は大混乱に陥っただろう。
「辛い思い出を語ってくれてありがとう。一つ確認だけど、ユーリ嬢はケビン殿下に言い寄ったわけではなかったんだね?」
「少なくとも、私の知りある限りではありません。あまり直接的な会話はしておりませんが、よく勉学に励まれる、真面目な方という印象です」
「それでも、ユーリ嬢はケビン殿下の婚約を受けたんだね?」
「王家からの婚約要請ですから、断れなかったのでしょう。先ほども申しましたように、ユーリ嬢自身に大きな落ち度はないと判断しております。マクフェイル男爵家とも情報を共有し、絶縁関係ではございません。ただ、もともと付き合いの深かった家ではないため、積極的な交流はありませんが」
「なるほど。ところで、マクフェイル家は男爵だけど、この間のパーティでは伯爵令嬢と言われてたよね」
「王族と男爵では釣り合いませんから、伯爵家に養子に出たんだと思います。それでも身分は低いですが」
「なるほどね。今のユーリ嬢の様子はわかる?」
「今は王妃教育に精を出していると聞きます。ただ、いくら優秀でも元平民。自分で言うのも恥ずかしいですが、格の違いがあります。経緯から国王皇后両陛下の理解があるとはいえ、精神的な圧力もあるみたいです」
「精神的な圧力?」
「講師からの叱責や侍女たちの陰口です」
「なるほど」
これで概ね、状況は理解した。
「それよりもよく知っているね。どこでその情報を?」
俺の質問に対して、リクシアはスラスラと答えていた。辺境で情報を集めるにも限界があるのだが。
「ええ。パーティのあと、友人たちに教えてもらいました」
このようなことがあったとはいえ、リクシアとよくしてくれる友人がいるのはありがたい。俺自身が社交に慣れていないだけに。
「そうなんだ。いい友人だね。僕はダンくらいしかいないからうらやましいよ」
「くらいってなんだよ」
これまで黙って2人の会話を聞いていたダニエルが口を挟む。
「大丈夫ですよ。ランド様にもダニエル様以外のご友人がすぐにできます」
リクシアが笑う。久しぶりの笑顔だが、また崩してしまうことになるのが心苦しい。
「で、ケビン殿下からの手紙はなんと?」
俺のはなった一言に、リクシアの目が見開く・・・ということはなく、リクシアは自嘲の笑みを浮かべた。むしろ、目を丸くしたのは後ろに控えるマリアナだった。
だが、お互いに情報の出所はすぐにわかるだろう。
「サマンサとディクシーに聞いた。だが、2人を責めないでほしい。俺が立場を使って喋らせたんだ」
「もちろん、彼女たちを罰するつもりはありません。そのうち、マリアナがランド様に話をしていたでしょうし」
リクシアから向けられた視線に、俯くマリアナ。
「私のことですから、ランド様はお気になさらず・・・と言っても聞いていただけないのでしょうね」
「当然だ。リクシアは俺の婚約者であり、家族だ。家族を守れず、何が領主か」
「ありがとうございます」
リクシアは紅茶を一口含んでから、王子からの手紙について話し始めた。
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