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裂帛

ヒックス子爵家と分かれたのち、バルサバ辺境伯傘下のものはもちろん、多くの貴族が次々と挨拶に訪れた。


「お疲れ様です。少しお食事でもどうですか?」


貴族たちの挨拶がようやくひと段落したとき、給仕から受け取った俺に飲み物を渡しながら、リクシアが提案してくれた。


「ありがとう。リクシアも疲れただろう?」


「さすがに少し疲れました」


リクシアもグラスを傾けながら言う。俺と違ってハイヒールも履いているため、俺よりも疲れが大きいはずだが、それを見せないのはさすがだ。


晩餐会も終盤に差し掛かっている。国王皇后両陛下は下がっており、約半数の貴族はすでに帰路についている。


リクシアと並んでいる食事を摂っていると、あまり話をしたくない人物が声をかけてきた。


「久しぶりだな」


俺たちが声のほうを振り向くと、やはり声の主はケビンであった。


「ケビン殿下。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」


「リア、どうだ。辺境の暮らしは。何もなくて不便だろう?その上、『引きこもり』が辺境伯の爵位を受けるなど、国王議会は何をしているのか」


俺が頭を下げるが、ケビンは無視してリクシアと会話を試みる。


「ケビン殿下。お久しゅうございます。殿下の質問に答える前に、私の婚約者のラトランド様にお声をおかけください。加えて、私を愛称で呼んでよいのは家族か、ごく限られた親しい友人だけです」


「親しい友人だろう?俺たちは」


「殿下」


晩餐会も終盤に差し掛かり、親しい間柄でのお茶会などでは無礼講もあるが、さすがに王族に対しては通じない。俺とケビンはすでに学園を離れており、ただの同級生ではなく、勝手に頭を上げることは許されない。


だから、彼らの表情がどうなっているかはわからないが、リクシアが苛立っているは声色でわかる。


「ラトランド、頭を上げてよい」


そういわれて、俺は頭を上げる。


「で、リア。どうなんだ?」


「殿下」


俺はケビンに声をかける。辺境伯の爵位があるとはいえ、王族においそれと声をかけることは許されないのだが、ケビンに婚約破棄されたリクシアにこれ以上、辛い想いをさせたくない。


「お前は黙っておれ。俺はリアと話をしているのだ」


「リアには僕が、殿下にはユーリ嬢という婚約者がありながら、ケビン殿下はリアに愛称を使いました。殿下と()()はどのような関係なのでしょうか。返答によっては僕も領主として行動する必要が出てきます」


俺がそういうと、ケビンは少したじろいだ。


「すまなかった。改めて質問する。リクシア公爵令嬢、辺境での暮らしはどうか?」


「ご心配痛み入ります。おかげさまでラトランド様や領地の皆様によくしていただいてます」


ようやく、リクシアがケビンの質問に応える。


「王都から辺境の地に行って、さぞかし暇だろうと思ってな」


「いえ。毎日が新鮮でございます。また、ラトランド様の仕事をお手伝いさせていただいておりますし、退屈するようなことはございません」


俺にも、ケビン殿下の言いたいことは推測できた。


さっさと話を切り上げてこの場を去るべきだった、と思うが、時すでに遅し。俺はどこで話を遮るべきか、それだけに注力する。


「しかし、ラトランドはまだ若く、領地は不安定なはず。リクシア嬢がそれに付き合うことはないだろう?」


ケビンがそういうと、リクシアの雰囲気が変わった。


「ケビン殿下。以前から申しておりますが、殿下、根拠のない憶測をお話しになるのは、周囲の方々に誤解を与えかねません。ラトランド様はバルサバ領をしっかりと治めております。決して不安定なことはございません」


「それはバスカブル前侯爵の手柄だろう。今はその名残が残っているだけだ。バスカブル前侯爵が去れば、どうなるかわかったものではない」


「ケビン殿下。発言を宜しいでしょうか」


俺はこのタイミングで話に割り込む。


俺は次期辺境伯として、それなりに領地を治めてきた自負がある。満点の経営ができているとは到底思わないし、周りに支えられてるのは十二分に承知だ。


だが、流石に俺にもプライドはある。父から受け継いだ辺境伯の肩書きに。


「なんだ?田舎者は黙っていろ」


「なるほど。殿下は辺境の地を治める領主を『田舎者』と切り捨て、領主の意見に耳を傾けないのですね。わかりました。僕はこれにて下がらせていただきます。リア、行きましょう」


俺がエスコートするために左手を出すと、リクシアも俺の意見に同意するように右手を重ねる。


もちろん、この姿は周りの貴族が見ている。


もし、ケビンが国王の座に就いたら。


そういう感情を抱くには十分なパフォーマンス。


「ま・・・待て」


ケビンも、良くない雰囲気を感じ取ったのか、俺たちに待ったをかける。


俺も子どもではない。その言葉に立ち止まって、ケビンの発言を待つ。


「先ほどの僕の発言を撤回する。バルサバ辺境伯の発言を許可する」


「王族は簡単に頭を下げることはできませんので、精一杯の謝罪になります」


俺としては頭を下げて欲しかったのだが、リクシアが小声で事情を教えてくれたので、それに従う。


「殿下はバルサバ領を誤解なさっていると思われます。僕が記憶するに、父であり、前辺境伯でもあるアルジー・バルサバが亡くなってから、殿下は一度もバルサバ領を訪れておりません。そこで、一度、バルサバ領にいらしてみませんか?精一杯歓迎いたします」


俺はにこやかにバルサバ領にケビンを誘う。


しばらくケビンは考えたのちに、俺の誘いに賛同した。


「わかった。バルサバ領を案内しろ。もし、バルサバ領が気に食わなければ、リクシア嬢は王都に連れて帰るぞ」


「え?なんで?」


俺は思わず、素の言葉が出た。今の話の繋がりは、まるでわからない。


「だって、王都で育ったリクシア嬢が、田舎で過ごせるわけがなかろう」


「私はこの話をいただいた時から、バルサバ領に骨を埋める覚悟はできております」


「しかし、父上であるハーツ公爵もリクシア嬢がいないと寂しいだろう?」


「私を呼びましたかな?ケビン殿下」


いきなり現れたのは、ケビン殿下の口から出た人物である。


婚約破棄に関わった殿下とリクシアに加え、ハーツ公爵まで会話に加わり、場が一瞬ざわめく。


本来なら先ほどのように発言許可を求めるべきだろう。だが、いくら第一王子といえど、王太子にもなっていない人物と財務を司る公爵家当主ならば、この応対も文句は言われない。


「話に入って申し訳ないが、私の名前が出たので口を挟ませていただきたい」


ハーツ公爵は軽く頭を下げたが、口角は少し上がっているように見える。


「先ほど、殿下は『私が娘がいなくて寂しい』と仰った。それは事実です。だが、貴族の娘としていつかは訪れること。私も妻もどんな距離であっても、その覚悟はできております。そしてリア自身にもそういう教育をしてきたつもりです。妻として覚悟を持て、と」


ハーツ公爵は目線を俺に向ける。


「私はとある事情でラトランド辺境伯を存じておりましたので、陛下からのお話に抵抗はありませんでした。しかし、お恥ずかしい話、妻も、そしてリアも、バルサバ領へのイメージは良いものではありませんでした。ですが、リアからの手紙は徐々に明るいものになり、妻も実際に訪れて納得したようです」


ハーツ公爵は、一歩殿下に近づく。


「ですので、殿下。まずはバルサバ領を視察して、その目で確認することをお勧めいたします。その上で、()()()()2人の幸せを壊さないでいただきたいと存じます」


クリスティンが頭を下げると、周りの貴族たちが思わず拍手が出る。それくらい、堂々とした演説とも言える発言だった。


これを拒否できるケビンの立場はない。


「わかった。バルサバ領を視察する。詳細はのちほど」


ケビンはそういうと、会場を後にした。


「ハーツ公爵、流石ですの」


クリスティンの後ろから現れたのは、マーカスである。


「なんのなんの。ケビン殿下には一言言いたかったので、スッキリしました」


クリスティンの表情は晴れやかだ。


「それよりも、ラトランドくんも見事だった。バルサバ領の貴族たちを束ねているだけはある」


「本当ならもっと早くにケビン殿下と離れるべきでした。リクシア嬢に助けられました。恥ずかしい話、実は足が震えているのです」


「いや、ケビン殿下に正面から意見できる同年代の貴族がどこまでいるか。さすが、()()()()()()()()()()()だな」


ハーツ公爵はわざとらしく笑う。


俺が否定しようとすると、リクシアが肘をつつく。彼女の方を見ると、ちらりと周囲に目線を向けた。


見られているのはケビンだけではない。今日、辺境伯を賜った俺も、周りから見られているのだ。そして、彼らの頭の中には、おそらくケビンと同じことがあったのだろう。


「ありがとうございます。お祖父様のおかげです」


俺はハーツ公爵の発言自体は否定せず、育ててくれたマーカスを立てて謙遜する。


「亡くなった先代アルジー殿の教育も良かったんじゃろうて。学園に入る前から家業を手伝っておったからな。テリーにも見せたかったよ」


マーカスも母の名前を出しながら静かに笑う。俺は褒められて照れくさい。


「とりあえず、今日は帰るとしよう。我々がいない方がいいだろうしな」


周りは無関心を装っているが、特に若者はあからさまにこちらに目線を向ける時がある。


「わかりました」


俺たちはそれぞれのパートナーと共に会場を後にする。


「ランド様は明日、バルサバ領に帰られるのですね?」


「うん。リアは残るんだっけ?」


「ええ。少しだけ社交を深めてきます」


「いつもありがとう」


「こちらこそ、気をつけて帰ってきて」


「ランド様こそ」


俺はリクシアと話を終えると、ハーツ公爵夫婦に挨拶をして、別れた。


こうして、波乱に満ちた俺の社交界デビューは幕を下ろした。


俺の社交界デビューから約1ヶ月後。


「おはようございます。今日はわざわざ時間をとっていただき、誠にありがとうございます」


俺はリクシアを応接室に呼んで、頭を下げた。


部屋に入るなり婚約者から頭を下げられたリクシアは、きょとんとしている。


「どうされたのですか?私が何か悪いことでも?」


「いえ。ですが、バルサバ領にとって、ひいてはリアにとって大事なことだと思います」


俺はリアをソファに座るように促す。ダニエルとマリアナがそれぞれに紅茶を淹れてくれる。この場にはこの4人しかいない。


「お話ってなんですか?」


お互いのカップに口をつけたのち、リクシアが俺に話をふる。


「端的に言います。リアと殿下の間に何があったのか、ユーリ男爵令嬢と殿下、そしてリアの関係性について伺いたいのです」


リクシアの瞳がわずかに揺れたのを、俺は見逃さなかった。

誤字脱字などの指摘、ご意見・ご感想等あればぜひともコメント欄にコメントをお願いします。


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