交錯
会話が聞こえなくなると、俺は一息ついた。
「ランド様。もっと言い争っても良かったと思います。このままだと舐められてしまいます」
リクシアは先ほどのやり取りに不満を感じているようだ。
「正直、社交の経験がないのは自覚してるし、口喧嘩なら負ける気しかしないからね。それに僕はともかく、リアまで貶められたら、間違いなく手を出していた。それだけは避けたかったんだよ」
俺は少し言い淀むが、勇気を出して言葉に乗せる。
「リアとこうやって初めて王城に来たんだし、もう少し楽しみたいからさ」
俺がそういうと、リアは目を大きくした。
「今みたいなことは覚悟してる。けど、肩肘張らずに楽しみたいんだ」
「ありがとうございます。私も少し気が立っていたようです」
リアは満面の笑みを浮かべる。
「まぁ、僕が弱気なだけなんだけど。あまり失望しないでくれると嬉しい」
「いえ、そんなことはございません。何かあれば、私も一緒に戦います。それだけはご留意ください」
「ありがとう。たぶん、リアを頼ると思う。その時はよろしくお願いします」
「あら、お熱いですね」
お互いに微笑みあっていると第三者から声がかかった。
俺は、また絡まれるのか、とうんざりしたが、声がかけられた方を見ると、見知った顔がそこにはあった。
「お久しぶりです。ラトランド様、リクシア様。ディアナです」
俺の同級生でもあるディアナだ。1年間の学園生活ではほとんど関わりがなかったが、ユーリと親しい関係になるはずだったから、動向は注目していた。
「僕は初めましてですね。ディアナの兄、ミステリア侯爵家長男、ピーターと申します。ラトランド様、以後、お見知り置きを。リクシア嬢はいつもディアナとよくしていただいているとのことで、感謝申し上げます」
「バルサバ辺境伯家長男、ラトランドです。こちらこそ、よろしくお願いします」
「ハーツ公爵家長女、リクシアと申します。ディアナ様は絵画にお詳しく、いつも楽しく拝聴しております。ミステリア家の美術館にも伺いましたが、素晴らしい絵画の数々に胸が高鳴りました」
「それはどうもありがとうございます。公爵家令嬢からそう言っていただけると、ミステリア家としても鼻が高いです」
ミステリア侯爵家は貴族の中では珍しく、芸術に特化した貴族だ。自ら芸術にのめり込むこととあれば、パトロンとして有望な若手を育成することも惜しまない。家全体で商売にするのは、ミステリア侯爵家ならではだ。
ただ、資金源は数代前の当主が築き上げた一大財産で、切り崩しながら切り盛りしているという噂があり、心無い言葉を発せられることもある。
噂は噂であり、真実は他の商売も手掛けているため、経営は安定している。他の商売にミステリア侯爵家の名前が出てこないため、勘違いされることもある。財務を司るハーツ公爵家なら、ミステリア侯爵家の財政状況などお見通しなのだろう。
「ラトランド様、お久しぶりです」
リクシアとウィリアムが話をしている間、芸術に触れる機会がなかった俺は完全に蚊帳の外だった。その俺にディアナが声をかけてきた。
「ディアナ嬢。こちらこそ、お久しぶりです。ご挨拶もできずに去ってしまい、申し訳ございません」
俺がそういうと、くすくすと笑う。小柄な彼女は小動物のようで可愛らしい。
「改まらなくていいですよ。同級生ですし、家の格もバルサバ家が上ですので」
記憶の中のディアナはもう少しおとなしい印象だったのだが、かなりフランクに話してくる。そのギャップに少し戸惑う。
「でも、残念です」
ディアナは少し俯く。
「ラトランド様が在学中の頃、私をよく見てたじゃないですか。てっきり気があるのかと思ってたんですよ」
俺はドキリとして、思わず身体が動いた。
武人らしい平静さを保てなかった。・・・平和ボケだな。気を引き締めないといけない。
俺は現実逃避をしかかっていたが、慌てて返事をする。
「いや、そんなことはないよ。ディアナ嬢のことは、なんとも思ってなかった。本当だよ」
「その返事もどうかと思いますが」
俺が思わず素の返事をすると、ディアナは苦笑した。思い返すと女性に対してひどいことを言っているが、ディアナは気にしていないようだった。
「ラトランド様が、あんなことがあったリアと婚約関係になって、もし関係が悪くなってたらって思ってたんだけど、杞憂でしたね」
ほら、とディアナがリクシアとウォーレスのほうを指さす。
「もし、リクシア様さえよければ一緒に美術館をご案内させてください」
「魅力的なご提案、ありがとうございます。ラトランド様と一緒に伺います」
リクシアが言うと、心なしかウォーレスの肩が落ちる。
俺は一瞬緊張したが、リクシアの返事を聞いて安心する。
「お兄様も振られてしまいましたね」
クスクスと笑うディアナ。兄妹で俺とリクシアを狙っていた、ということか。
ただ悪意は感じない。おそらく、本気だったのだろう。それだけに、俺は申し訳なさも感じる。俺の行動が、彼女を誤解させてしまったのだ。
「そういうところが、私がラトランド様を気になったところですよ」
ディアナは俺の心を見透かすように言う。
「なんの話ですか?」
俺が気まずくなっていると、聞きなれた声が聞こえた。
「お久しぶりです。ディアナ様。ダニエルです。今はラトランド様の側近としてバルサバ領で働いております」
「ダニエル様。こちらこそお久しぶりです」
俺はダニエルの隣の男性に目を向ける。
「これはこれは。申し遅れました。ダニエルの父、セラフィ子爵家当主、アーネストと申します。ラトランド辺境伯におかれましては、ダニエルを雇っていただき、誠にありがとうございます。出来の悪い愚息ではございますが、ご迷惑をおかけしておりませんでしょうか」
アーネストは平身低頭の姿勢を見せる。先ほどのように俺を見下していた侯爵の息子も困るが、いくら俺の爵位が上だからといって年の離れた男性からここまでへりくだって接されるのも、それはそれで困る。
そもそも、俺が爵位を賜るのは他者から見ても既定路線だろうが、辺境伯はまだ、父の肩書だ。
そんな父を軽く見るアーネストに嫌悪感を持つし、なによりダニエルは優秀な俺の右腕である。親としては謙遜した方になるのかもしれないが、大事な親友がけなされているようにも感じる。
とはいえ、嫌悪感を露骨に出す勇気もないし、その必要もないと思うので、無難な対応をしておく。
「セラフィ子爵。僕はまだ、辺境伯ではありません。それにダニエルは僕の側近として非常に優秀で、迷惑をかけているのは僕のほうですよ。それよりも、貴重なご子息を辺境の地である僕の下へ送り出してくださって、ありがとうございます。遅ればせながら感謝申し上げます」
第一印象で嫌悪感を抱いたものの、感謝の気持ちがあるのは本当だ。
もっとも、学生時代にダニエルがいかに親から期待されていなかったか、という話を聞いていたので、辺境でも仕事に就けるとなれば親元から離れることを止めないだろうと思っていた。まさか、中退してまでバルサバ領に来てくれるとは思わなかったが。
「いえいえ。学園も中退しておりますし、十分な教育ができていませんが、お役に立てるのであればぜひ、こき使ってください」
俺も学園を中退してるんだけどな、と心の中でつぶやく。
表面上は俺を敬っているようにふるまっているが、どうやら彼も俺を下に見ているのだろう。普通に考えたら年端もいかない辺境の小僧を、子爵家当主が敬うなんてことはない。
「それよりも」
正直、アーネストとの会話は疲れるだけなのでさっさと切り上げたいのだが、同世代で立場が俺とほぼ同じだったウォーレスと違い、王都で働く子爵家当主との会話を簡単に終わらせることはできない。
「あの家の生業はご存知ですか?」
アーネストはチラリとディアナに目を向ける。
同級生の父親から耳元でささやかれてもときめかないし、何よりあまり聞きたくない話になりそうだ。
「ええ。芸術家に投資し、利益を得ていると」
「そうです。仕事をせずに利益を得るなど、貴族として嘆かわしい限りです。しかも、投資する先が芸術家と。貴族の風上にもおけませんな。バルサバ殿も将来は辺境伯になられるのですから、人付き合いは今から慎重に考えられた方がよろしいでしょう」
やはり、あまり聞きたくない内容だった。しかも、近くにいるディアナにギリギリ聞こえそうな声だ。現にディアナは少しうつむいてしまっている。
「ご忠告ありがとうございます。ですが、付き合いは自分で判断しますので」
声を潜めたアーネストに対し、俺はディアナにもきちんと聞こえるようにはっきりという。とはいえ、力を持った大人に、しかも側近であるダニエルの父親に反抗することは緊張する。鼓動は自然と早くなる。
アーネストの顔が少し引きつる。
「セラフィ子爵。お久しぶりです。私の婚約者に何か?それとも私の友人のディアナが粗相でも?」
何か言いたげだったアーネストよりも先に、リクシアが口を挟んできた。情けない話だが、その声を聞くと安心する。
「あ、いえ。これはハーツ公爵令嬢。社交界デビューのラトランド殿に社交界について教えて差し上げようかと」
「それはどうも御親切に。ですが、私がおりますのでご安心を」
「さ、さようでございますか。それでは、私は失礼します」
それだけ言うと、アーネストは逃げるようにこの場を去った。
「リクシア様、ディアナ嬢、父が気分を害してすいません。それにランドも」
「なんで俺はついでなんだよ。まぁ、俺は気にしてないからいいけど・・・」
俺はチラリとディアナを見やる。ディアナは不安そうにこちらを見ている。その様子を見て、ウォーレスが肩を抱く。いい兄妹だ、と思う。
「王宮で働く貴族は、たとえ爵位の差があってもそれ以外の貴族よりも上だ、という考えの方が多いのです」
リクシアが、おそらく俺のために解説を入れてくれる。
「セラフィ子爵のように、長年王宮で働きながらも子爵に留まっている家は特にそういう考えなのでしょう。というより、そのプライドがないと特にミステリア家との差に自身が押しつぶされてしまいますから、当然といえば当然かもしれませんし、そのプライドが大事なのですけども」
「あそこまでいくとやりすぎですよね」
リクシアの言葉をダニエルが引き継ぐ。
「おいおい。セラフィ子爵はダンの父親だろう?」
「そうだけどさ。俺も父上と同じ考えだったんだ。でもほら、入学式の時にリクシア様から嗜められただろう?その後にランドを見てたらバルサバ領出身なのにAクラスだし、勉強してるし。爵位相当って感じがしたんだ。そしたら父上の行動を恥ずかしく思ったんだ。王宮で働くことしかしてないからね」
ダニエルの言葉は、俺にとって驚きの内容だった。
「だから、ランドに声をかけたんだよ。バルサバ領なら王政も関係ないと思ってさ」
「あら。騎士を育成してて尚且つ帝国との境にあるバルサバ領は、王政と最も関係が深いといっても過言ではないはずですが」
「それをバルサバ領に行ってから気づいたのです。思慮が浅いというか。でも、全く後悔はしてません。お二人に仕えることができたので」
俺はダニエルが王都から辺境に来たことを気にしていないようで、ホッとした。リクシアもそうだが、ダニエルも王都で生まれ育っている。わざわざ国の端にまで来てくれたのに、後悔はさせたくない。
誤字脱字などの指摘、ご意見・ご感想等あればぜひともコメント欄にコメントをお願いします。
ちょっとでも評価していただければ、筆者が喜びます。




