洗礼
マーカスが王都にいることは不思議ではない。明日の式典に参加するためだからだ。バルサバ家のタウンハウスにいるのも、俺の様子を見にきたのだろう。
一方、タウンハウスの中には見知らぬ顔が多くいた。彼らは装いから使用人であろうとは予想できるが、公爵家から派遣された者ではない。
「お爺様。なぜこちらへ?」
俺はマーカスに尋ねた。
ヒックス子爵のように地方貴族の中には財政的に厳しく、タウンハウスを持たない家もある。その場合は親となる貴族に間借りするか、宿を取ることになる。
だが、バスカブル侯爵家は財政的に余裕はあるはずで、実際にタウンハウスを持っているはずだ。
「ランドの様子を見るのと、明日の身支度を手伝おうかと思ってな」
「ありがとうございます。しかし、明日の身支度はいつも通り、ハーツ公爵家にお願いしていたと思いますが」
ちらりとサリバンをみると、軽くうなずく。だが、その表情はやや暗い。
「公爵家は一人娘であるリクシア嬢の門出を祝うため、ハーツ公爵とご婦人含めて3人の準備が必要だろう?」
マーカスに言われ、俺はハッとした。
「3人の身支度の上、親戚関係になるとはいえ、血縁のない格下のランドに人員を割くのはどうかと思ってな。領地から誰も連れて行っていないと聞いて、もしやと思ったのだ」
「そこまで気が回りませんでした」
俺はうなだれる。明日、貴族の一員として迎えられ、しかも爵位を賜る身としては思慮に欠ける行為だ。
「そこまで思いつめることはない。明日、お会いしたときに謝罪すればよい」
「はい」
「ハーツ公爵は気にしておられなかったし、儂もタウンハウスに一人だと寂しい。むしろ、孫の晴れ姿を手伝いたいんだよ」
マーカスは豪快に笑う。俺は感傷的になる。
「今日はリクシア嬢と逢瀬だったのだろう?どうだった?爺に聞かせてくれ」
俺はマーカスに連れられ、今日の出来事を事細かに語ることになった。
翌日、俺はいつも通りに起床したが、その後はあわただしく過ごした。
身を清め、準備したタキシードに袖を通す。
ジャケットはバルサバ領の色でもある深みのある紫で仕立てられ、襟元やボタンの縁には金色の刺繍が施されている。シャツはシンプルな白を選びつつ、ネクタイやポケットチーフには深緑のアクセントを取り入れている。袖口にはアメジストをあしらったカフリンクスを輝かせ、右手には同じくアメジストの指輪が光を放つ。
鏡の前で自分の姿を確認する。
紫は人を選ぶ色だが、変ではない・・・はずだ。けれど、初めて袖を通すから自信はない。
「どうだろうか」
「お似合いでございます」
「ありがとう。君たちのおかげだよ」
俺はマーカスが手配してくれた侍女たちに、答えが分かりきった質問をする。ただ、その答えだけで少し、落ち着くことができた。
俺が玄関に向かうと、マーカスが見送りに来てくれた。
「かっこいいな!」
マーカスが笑ってくれた。
「ありがとうございます。お祖父様のおかげです。準備をしてくれた彼女たちにも感謝を」
「気にするな」
マーカスは笑顔から一転、真剣な表情を俺に向けた。
「今日で正式に貴族の仲間入りになるランドに、ジジイから一言言っておく」
マーカスがこほん、と咳払いをした。
「アルジーが亡くなってから、あるいは亡くなる前からランドはよくやっていた。儂はランドのような孫を持って幸せだ。この場にはおらんが、テリーも同じことを思ってるはずだ。今日をもってお前は一人前の貴族として生きていくことになる。しかも、辺境伯の肩書付きだ。苦労もあるだろうが、乗り越えていかねばならん」
これまでも責任感を持ってやっていたつもりだが、マーカスにしてみれば甘えてた部分もあるのだろう。それは今日の使用人の手配の件からも明らかだ。
「というのは建前だ」
祖父は険しい顔から一転、再び破顔する。
「ランドはいつまでも儂の孫だ。テリーはもちろん、ナットもお前のことを気にかけている。だから、困ったことがあったらいつでも頼るといい。バスカブル侯爵家は、いつでもバルサバ家の味方だ」
マーカスが歯を見せる。
「ありがとうございます。バスカブル家の期待に応えるよう、バルサバ領が発展していくように尽力することを誓います」
俺は騎士の敬礼をし、マーカスに応える。この返事に、マーカスは満足そうに頷いた。
「うむ。その返事がくるなら大丈夫だろう。引き止めて悪かった。リクシア嬢を迎えに行ってきなさい」
「はい。行ってきます」
俺は馬車に乗り込み、リクシアを迎えにいく。
ハーツ公爵の屋敷に着くと、すでにリクシアは準備して待っていてくれた。
「お待ちしておりました。ラトランド様」
そう言って頭を下げるリクシアを、俺は思わず見惚れてしまう。
俺と揃いの紫を基調とし、金色を巧みに組み合わせたエレガントなAラインドレスは、リクシアの魅力を引き出している。胸元やウエスト部分には深緑の刺繍が施され、優美な模様が立体的に浮かび上がる。スカート部分は柔らかく流れるようなシルエットで、裾には繊細な金の縁取りが施されており、高貴な輝きを放つ。
アクセサリーには、大きなアメジストのイヤリングと指輪を身に着けて、ドレスとの調和が保たれている。また、髪はまとめ上げたスタイルで、銀の髪飾りが上品に輝き、全体のコーディネートに統一感を与える。
「似合いませんか?」
少し困った顔で聞いてくるリクシアに、さらに心を打ち抜かれる。
「いや、そうじゃない。前もドレス姿を見たが、それ以上に今日は美しい。思わず見惚れてしまっていた」
俺がそういうと、リクシアは頬を染めた。
「ありがとうございます。ラトランド様も、よくお似合いですわ」
「ありがとう。リクシア嬢のデザインが良かったんだよ」
お互いに褒めあっていると、えへんと咳払いが聞こえた。義父母がリクシアの隣にいることを失念していた。こういうところも、貴族としてはまだまだなところだろう。
「失礼しました。ハーツ公爵。まず、王都のレストランの件でお気遣いいただき、誠にありがとうございます。それと、使用人の件は気が回らず、申し訳ございません」
俺はハーツ公爵に感謝と謝罪を述べ、頭を下げる。
「リアからレストランの話を聞いてね。王都でも流行るんじゃないか、と。君に話をしなかったのは、むしろ申し訳なかった。その謝罪と、アイディア料だと思ってくれ。使用人のことも気にしなくていい。多少の余裕はある。おおかた、マーカス殿が孫の晴れ姿を自分の手で手伝いたかったのではないかな?」
ハーツ公爵の寛大な心に、俺は改めて感謝する。
「リアをしっかりとエスコートしてくれよ」
「はい」
俺はリクシアの手を取り、馬車に向かう。俺たちを見送る義父母の目は暖かいように感じた。
扉を閉めた途端、緊張感が襲ってきた。
「大丈夫ですか?」
リクシアが俺の雰囲気を機敏に感じとる。
「ちゃんとエスコートできるか、少し緊張してきたよ」
俺は正直に今の状態を吐露する。取り繕ってもいいのだが、見栄を張る場面でもなかろう。
「ランド様なら大丈夫です。それに、何かあれば私がおりますので。こう見えて、多少は心得がございます」
「うん。頼りにしてるよ」
俺とリクシアは手を重ね、微笑み合う。
会場は王城内の一角にある。俺たちはその中に入る。豪華絢爛な装飾が俺たちを出迎えてくれた。
事前に会場に入る順番はある程度決められている。
まず、新たに貴族の仲間入りをする者。つまり、俺やリクシアと同い年の男女だ。エスコートなく入場することはないので、婚約者のある者から入る。その後、婚約者のない者が親と連れ立って入る。その頃に婚約者同士の親、そしてそれ以外の貴族、という形だ。
俺たちが入ると数組の男女がそれぞれで談笑していた。俺たちが入るとチラッとコチラを見てお互いのパートナーとヒソヒソと話をした。
俺は居心地の悪さを感じながら、給仕から飲み物をもらう。式の開始前、それも若者ばかりだからか、ジュースのみだった。
「あそこにいるのは誰かわかる?」
俺はどんな会話をしていいかもわからず、とりあえずリクシアに気になったことを聞いてみる。
「ええ。私たちに一番近いのがシャロン・モートン。モートン男爵のご次男ですわね。お相手はクローイ・ヘストン。ヘストン子爵家のご長女です。シャロン様より2歳歳上です。ヘストン子爵家はご子息が三姉妹ですので、おそらくシャロン様がヘストン家に婿として入るのでしょう」
その後、すべての会場にいる人を紹介してくれた。
だが、リクシアに申し訳ないと思いつつ、全員を完璧に覚えるのは無理だと諦めた。
「リアはすごいね。全員と親しい関係ってわけでもないんだろう?」
「ええ。同学年の方々のお顔はわかりますが、親しい方はおられません。学園生活が長かったので、自然に覚えたのです。とはいえ、あの方々のことはあまり覚えなくてもいいと思います」
「ん?どういうこと?」
リクシアの最後の言葉の意味を聞く前に、また1組の男女が会場に入ってきた。2人はぐるりと会場を見渡すと、真っ先に俺たちのところに近づいてきた。
何か変なことでもしたか?と思ったが、そういうわけではなかった。
「ラトランド・バルサバ様、リクシア・ハーツ様。ご機嫌麗しゅう。クラスウェル侯爵家長男、ウォーレスと申します」
「同じく、ルーサム侯爵家長女、マーガレットと申します」
ウォーレスは頭を下げ、マーガレットはカテーシーを行う。
「バルサバ辺境伯長男、ラトランドです」
「ハーツ公爵家長女、リクシアです。以後、お見知り置きを」
俺はややぎこちなく、リクシアが優雅に挨拶を返すと、目の前の2人は頭を上げた。
にこやかな笑みでウォーレスが話しかける。
「ラトランド様とリクシア様とは一度お話ししたいと思っておりました」
「あら、どんなお話かしら」
ウォーレスと同様、笑顔を見せるリクシアだが、若干声色が低い。
「ラトランド様は次期辺境伯としてバルサバ領を治めているとか。僕も小さいながらクラスウェル領を治める侯爵家の長男。幸い、父が健在にて経営を直接携わることはないですが、将来、領地を治める身として、ラトランド様の知恵をお借りしようかと」
「知恵、といっても大したことはしていませんよ。ほとんど文官がやってくれていますので」
「ふむ。ということは、貴方はほとんど何もしていない、と?噂では平民を雇っているとお伺いしています。平民に仕事を任せてもよろしいのですか?」
なんか嫌な雰囲気だな、と感じる。何か言いたげなリクシアと、ウォーレスの婚約者であるマーガレットを横目に、俺は反論する。
「もちろん。僕は彼らを信頼しています。彼らがどう思っているかわかりませんが、僕が何もしなくていいくらいに仕事をしてくれてますよ」
「私は貴族であることに誇りを持って仕事をしています。ただ、バルサバ領は平民でもできる仕事で何よりです。なるほど。恥ずかしいから引きこもっていたんですね」
『ウォーレス様!』
お互いの婚約者がウォーレスを睨みつける。
「まだ首長として働いたことのないウォーレス様からのご忠告、誠にありがたく頂戴します。では、これで」
俺はリクシアの手を引き、その場を離れる。
「バルサバ家もハーツ家も格上の家よ!なんであんなことを!」
「『引きこもり辺境伯』だぞ?家の格なんぞ関係ない。最初にガツンとかまさないと。実際、逃げたじゃないか」
そんな会話を耳で拾う。気分が悪いので彼らの会話が届かないところまで歩く。
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