訪師
やや気まずい雰囲気の中、リクシアが扉をノックする。
「はーい」
少し気の抜けた声は、記憶の中のものと大差はなかった。
「ようこそ。ラトランド辺境伯令息、ハーツ公爵令嬢」
開いた扉の先にいたマキシム先生の姿も記憶のままだったが、口調は畏まっており、違和感が強い。
どうやら、リクシアも似たようなことを思ったらしい。
「ご無沙汰しております。マキシム先生。どうか、以前のように話しかけてくださいませ」
「もうあなたたちは学園の生徒ではありません。私はしがない準男爵ですので」
「僕からもお願いします。先生のおっしゃる意味は分かりますが、ここは学園内。貴族の肩書きで態度を変えることはない、と先生から教えていただきました」
俺が在学中、マキシムに助けてもらったことを理由にすると、彼は頭をかいた。
「それを言われると何も言えませんね。分かりました。ラトランドくん、リクシアさん。よく来てくれたね。狭いところだけど、中に入って」
『お邪魔します』
俺とリクシアは部屋に入り、ソファに座る。マキシムが紅茶を淹れてくれた。
「おうちのようにうまく淹れられたとは思わないけど、口に合うと嬉しい」
そう謙遜するマキシムだが、その味はダニエルが淹れてくれるものと遜色なかった。
「美味しいです」
リクシアがそういうと、マキシムは微笑んだ。
「実のところ、あなた方2人は気になっていたのです。ラトランドくんは1年で中退してしまって、その後は噂しか聞きませんでした。リクシアさんは、あんなことがあって、早々にラトランドくんの元に嫁ぐという話でした」
「お世話になったのにご連絡もせず、申し訳ありません」
俺はマキシムに頭を下げる。
「いえ。そのようなつもりで言ったのではありません。今日、お二人のお顔を見て、安心したのです。リクシアさんはあのようなことをする女性ではないことはわかっていました。一方、ラトランドくんにしても噂のような人ではないと思ってましたが、環境が変われば人も変わります。また、領地経営となるとプレッシャーも強いでしょうから」
「ありがとうございます。幸い、父と同様の経済状況で過ごすことができています。もちろん、祖父や周りの方々に助けられてのことです。特にリクシアは僕の仕事以外でも社交界に出てくれて、感謝しかありません」
「なるほど。リクシアさんは?」
マキシムが微笑みながら紅茶のカップを傾け、リクシアに話を聞く。
「バルサバ領では皆様が暖かく迎えていただき、感謝しています。特に実質的な領主であらせるラトランド様のお心遣いが、領地の方々に浸透している印象です。これまでのことに未練はなく、今は少しでもバルサバ領のお役に立ちたいという気持ちです」
「ラトランドくんもリクシアさんも、いい雰囲気だね」
マキシムがそういうと、お互いの頬が自然と緩む。
「君たちの話を聞けてよかった。会いにきてくれてありがとう」
「こちらこそ、ご指導ありがとうございました」
「あの時、私を信じてくださり、声を上げてくださったのは、家族以外ではマキシム先生だけでした。遅くなりましたが、感謝申し上げます」
「いやいや。君たちが品行方正で優秀なのはすぐわかったからね。僕は貴族の地位に興味がないから平気なことを言えるけど、普通は家のことを考えるからね。でも、僕と同じ気持ちだった人は、多いんじゃないかな」
マキシム先生に改めて頭を下げ、別れを告げた。
部屋に入る時の気まずさは、もうない。
肩の荷がひとつ下りた気分で外に出ると、リクシアが先に歩き出した。どうやら彼女の中では次の予定が決まっているらしい。
「ところで、どこに向かってるの?」
「そろそろお腹が空きませんか?」
話題を変えるついでに聞いた質問に、リクシアは正面から答えなかった。だが、その返答で何をするかを理解した。
「そうだね。ちょうどいい時間だ」
「ご案内したいところがあります。お付き合いいただけますか?」
「もちろん。今日はリアの行きたいところに行こう」
「ありがとうございます」
リクシアの案内で貴族街の方へ向かう。そのまま屋敷に向かうのかと思いきや、街の外れ、貴族の屋敷が並ぶ場所との境目でリクシアの足が止まった。
「こちらです」
リクシアの目線の先には、白い立派な建物が建っている。外観は屋敷にしか見えない。
「中に入りましょう」
リクシアは気にせず扉を開ける。疑問に思いながらも、俺はリクシアの後に続く。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。リクシア様。そして、ラトランド様」
中にはタキシードを着た執事と思しき男性が立っており、俺たちが中に入ると紳士の礼をもって迎えてくれた。
「リア、ここは?」
「以前、バルサバ領でランド様が私を招待してくれたレストランがありましたでしょう?その話をお父様にしたら、王都でもやってみようという話になりまして。誠に勝手なんですが、作ってみたのです」
「なるほど。確かに、バルサバ領よりも王都の方が需要が多そうだ」
「ランド様に了承を得ようと思ったのですが、ダン様が内緒にしておいて、パーティーの前に招待したら?と仰るものですから・・・」
なるほど。ダニエルも噛んでいたか。
「勝手にアイディアを使って、申し訳ありません」
リクシアは頭を下げるが、俺はそれを制する。
「リクシアが謝る必要はないよ。確かに王都の方がバルサバ領よりも需要はありそうだし、他の貴族が見たらすぐに真似できる。ただ、それをハーツ公爵家がやってくれるなら、別になんとも思わないし、むしろ、その方が良かったのかもしれないね」
「そう言っていただけると助かります」
リクシアが安堵の表情を見せる。
「それでは、ご案内いたします」
執事然とした男性の案内で個室に通される。
中は4人掛けのテーブルが用意され、入ってきた扉と反対側の窓からは中庭が見える。調度品の数は少ないが、一級品が並んでいるのが一目でわかる。
「すごい。上級貴族の屋敷に招待されたみたいだ」
「ランド様にお褒めいただいて、嬉しいです」
提供された食事や執事然としたウエイターの態度も洗練されており、俺は感動を覚えた。
「素晴らしかったよ。バルサバ領の店が見劣りしてしまうな」
食後の紅茶を飲みながら、俺はハーツ公爵家が作った店を褒める。
ただ、一抹の不安はある。
同じ形態の店が王都と辺境にあれば、どうしてもバルサバ領の店が見劣りする。資金力の差もあり、余計な疑念を招きかねない。
「ありがとうございます。ここはあくまでバルサバ領の店の支店、という形になっています。ですので、バルサバ辺境伯家が出資していますが、実質的にはハーツ公爵家が出資金を負担する形をとっています」
リクシアが俺の不安を取り除く発言をしてくれた。
「え?じゃあ、ハーツ公爵家には利がないのでは?」
「いえ。配当金として、利益の一部をハーツ公爵家に返すようにしてますので、まったく損ではないです」
「だけど、全てハーツ公爵家が準備してくれたのだろう?わざわざバルサバ家を介さないほうが利益を得られるのに」
「そのあたりはお父様にお伺いしないといけませんが、おそらくランド様がご心配になったことを危惧されてのことではないですか?この事業が失敗するとは思いませんし」
俺がリクシアをバルサバ領の店に連れていったのは10ヶ月前。それから手紙でやり取りし、わずかな時間でここまで作り上げた。ハーツ公爵家の財力と権力、何よりも決断力と思慮深さに俺は驚きを隠せない。
そして、それに対して何も返せない俺自身が虚しくなる。
「リア」
「なんでしょう?」
俺がリクシアを呼びかけると、大事な話とわかって、背筋を伸ばす。実に聡明な女性で、俺には分不相応だ。一方で、リクシアを手放すことなど考えられない。
その葛藤が渦巻く。
「僕は学園を中退した後、社交を母と祖父に任せて、全くやってこなかった。だから不名誉な二つ名がついている。これまでも苦労をかけたと思う。だけど、特に明日は迷惑をかけるだろう。でも、これからその二つ名を払拭できるように努力する。だから、これからもよろしくお願いします」
決定的な言葉は言わなかった。だが、リクシアは僕の言葉の意味も、そして発さなかった理由も理解してくれると信じたい。
「お顔を上げてください。頭を下げるのは私の方です。おそらく、私も悪い意味で注目されるでしょう。ランド様にご迷惑をおかけするのは私のほうかと」
リクシアが寂しい笑みを浮かべる。
知らぬが仏の俺と違って、リクシアは俺が引きこもっている間に、冷笑に晒されてきたはずだ。
「誰がなんと言おうと、僕はリアの素晴らしさを知ってる。仮に変なことを言うような輩がいたら、そいつらから僕が守るよ」
「ランド様にそっくりそのまま、お返しいたしますわ。確かに社交界には出ておられませんが、それはデビューもしてなかったから。その中で努力し、何より結果を残してることは私が一番理解しております。それに、ランド様は初めての社交。王妃教育を受けた私がきっちりとエスコートして差し上げますよ」
せっかく、かっこいいことを言ったのに、リクシアに奪われてしまった。
だが、普段言わないような冗談を言って微笑むリクシアに、俺はつられて笑顔になった。
店を出たのちも、王都を案内してもらった。王都にいたときはとんどを学園の敷地内で過ごした俺にとって、非常に新鮮であった。
まず、道が広く、舗装もきっちりなされている。街灯も整備されており、夜も足元を見ずに歩けるだろう。
店の並びがある程度固まっていることも注目だ。居住区と商業区がある程度分かれていて、初めて来た人でもどこに行けばいいか、すぐにわかる。街自体は王城を中心にした円形になっており、どこからでもとりあえず王城を目指せば迷わない。
バルサバ領を思い返すと、屋敷を中心に扇形のような街となっている。ある程度まとまってはいるものの、王都のような整備はされていない。
リクシアに案内してもらいながら、領地に取り入れられるところがあれば、頭の中に叩き込んでいく。
「ランド様はバルサバ領のことばかりですね」
リクシアがクスリと笑う。
「ご、ごめん。つい、バルサバ領と比べてしまって」
「それだけ、ランド様が領地のことを考えていらっしゃるということです。私も案内のしがいがあります」
その後、たわいもない話をしながら、商業施設の外れに停めていた馬車に乗ってハーツ公爵家に帰る。
「おかえり。リア」
公爵家ではフェリシアが出迎えてくれた。クリスティンは仕事なのか、屋敷にはいないようだった。
「リアはしっかりご案内できたかしら?」
「ええ。僕は学生の時に王都にはあまり出なかったので、新鮮でした。あと、レストランの件、リクシア嬢から伺いました。バルサバ領を慮ってくださり、感謝申し上げます」
俺はフェリシアがリアに投げかけた質問を受け取り、同時に感謝の気持ちを伝える。
「それに関しては夫とリアで決めたことですので、私はなんとも。ですが、ありがとうございます。夫にも伝えておきます」
フェリシアが感謝を受け取り、別れの挨拶をして、俺は自身のタウンハウスへと戻った。
別れ際、フェリシアから祖父であるマーカスに礼を預かった。その時に意味はわからなかったが、タウンハウスに戻るとその意味を理解した。
「帰ったか」
タウンハウスには、マーカスが俺の帰りを待っていた。
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