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家宴

「綺麗です」


箱の中身を見たリクシアは感嘆の声を出した。


「さっそくつけてみてもよろしいですか?」


「もちろん」


俺が応えると、リクシアはつけているイヤリングをマリアナに託し、俺がプレゼントしたイヤリングをつける。イメージ通り、派手ではない程度に存在感を示している。


「良く似合ってるわ」


フェリシアがリクシアを褒める。どうやら、公爵夫人のお眼鏡にもかなったようで、俺は胸を撫で下ろす。


「よかったな。リア」


「お母様、お父様。ありがとうございます。ラトランド様も、素敵なプレゼントをありがとうございます」


「いえ。気に入っていただけたようで、何よりです」


俺とリクシアはお互いに微笑む。


「こんなところで立ち話もなんだ。プレゼントも頂いたことだし、食事にしよう」


クリスティンの一言で、4人は移動する。


移動中、フェリシアが俺に話しかけてきた。


「ラトランドさん。この前は申し訳ありませんでした」


夫人が謝罪を述べてきた。俺は一瞬、何のことを言っているかわからなかったが、続く言葉でバルサバ領に来たときのことを言っているのだと理解した。


「バルサバ領にお邪魔したとき、貴方やリアから十分な話も聞かず、失礼な態度をとってしまいました」


「いえいえ。王都で生まれ育った、それも王妃候補だった女性を辺境に送り出すことがどれほど不安か。僕はまだ子どもはいませんが、想像はできます。ましてや嫁ぎ先は『引きこもり辺境』の異名を持つ者。夫人の不安は想像に難くありません。お気になさらず」


「そう言っていただけると助かるわ」


夫人が安堵のため息を漏らすのが伝わってきた。


この世では地位関係なく多産が一般的で、特に貴族界では、場合によって愛人関係も認められる。


しかし、ハーツ公爵家にはリクシアしか子がいない。しかも、女性。深入りするつもりはないが、何かしら事情があるのだろう。


普通なら力を落としかねないその事実も、ハーツ公爵家の力と、1人娘であるリクシアを王妃候補とすることで保っていたはずだ。だが、ケビンがリクシアとの婚約を破棄したことで全てが崩れた。


その時の夫人の気持ちを慮らないほど、俺は薄情ではない。


俺とフェリシアが話をしている間に、食堂に着いた。


中はこじんまりとしていた。俺はてっきり、大広間みたいなところで食事をすると思っていたから、意外だった。


「ここはいつも、家族だけで使う食堂なんだ」


俺の心を見越したように、クリスティンが言った。


「僕は家族ではないですが」


「なんだ。私はもう家族も同然だと思っているのだが」


リクシアと婚約しているとはいえ、正式にはまだ、家族ではない。だが、クリスティンは俺のことを家族と言ってくれた。


ちらりとリクシアを見ると小さく頷く。


「ハーツ公爵家の方々にそう思っていただいていることを光栄に思います」


俺は深々と頭を下げ、案内された席に着いた。


家族が使う食堂とはいえ、給仕する使用人は公爵家で働く一流ばかり。席に着くとすぐにワインが注がれる。


「バルサバ辺境伯家との友好の証をここに刻む」


ハーツ公爵家当主であるクリスティンがそういうと、4人でグラスを掲げた。


『引きこもり辺境伯』の俺を受け入れてくれることに、俺は喜びを感じる。


食事は滞りなく進んだ。食事中は主にリクシアの幼少期の話で盛り上がり、珍しくリクシアの照れた様子が見れた。


楽しい時間はあっという間に過ぎ、タウンハウスへと帰る段になった。


「本日はお招きいただき、誠にありがとうございました」


俺は玄関先で頭を下げる。


「いつでも遊びに来てくださいね」


公爵夫人が笑顔で応えてくれる。


「今日は楽しかったよ。だが、私みたいに友好的な家ばかりではない。ラトランドくんの年齢で爵位を得ることにいい想いをしない者だっている。あるいは表面上は友好的でも、その先の公爵家の権力を得ようとしている者もいるだろう。それだけの力はあると自負している」


「肝に銘じます」


ハーツ公爵の言葉を、俺は心深くに刻む。俺だけじゃなく、リクシア、さらにはハーツ公爵家の評判にも関わってくるのだ、と食事前の会談でよくわかった。


「あの、ラトランド様」


リクシアがおずおずと俺に声をかけてくる。


「明日、お暇でしょうか」


道中、何かあってはいけないと、余裕を持たせた日程にしていたため、明日は予定はない。


「いや、特に予定はないですが」


「以前、私はラトランド様にバルサバ領を案内していただきました。今度は私が王都を案内させていただきたいのですが」


リクシアからデートのお誘いが来るとは思わなかった。義両親に視線を向けると、2人とも小さく頷いた。


そうなると、俺の答えは決まっている。


「もちろん。王都には詳しくないですし、どうしようか迷っていたところです」


明日のことについて簡単に話をしたのち、俺は迎えの馬車に乗り込んだ。


タウンハウスに帰ると、サリバンが出迎えてくれた。


「おかえりなさいませ。ラトランド様。いかがでしたか?」


「ハーツ公爵家は暖かく迎えてくれたよ。サリバンの付き合い方も上手かったのだろう。ありがとう」


「いえ、私は何もしておりません」


俺とサリバンは歩きながら会話をする。その間にサリバンは俺のコートを持ってくれるなど、気配りもしてくれる。


「ところで、明日、リアと王都を散策することになったんだ。街を散策するための服はあるかな?持参した記憶はないんだけど」


「はい。ダニエル様がご準備されておりました。既製品ではありますが」


「それでいい。ありがとう」


俺はサリバンを下がらせ、自室に入る。


ダニエルはこうなることを予想していたのだろう。もしくは、ダニエルがリクシアを唆したか。そうだろうな。いずれにしても、よく気の利く側近だ。


俺は空に近いクローゼットの中に、新しい服がかけられていることを確認し、そのまま部屋着に着替えて眠りについた。


翌朝、軽く水浴びをしたのち、俺はサリバンが用意してくれた朝食を頂く。


その後、昨日のうちに確認していた服に着替える。白のシャツに紺色のベストとズボンという出立ち。仕立てがいいので一般的な平民よりは上級階層に見えるだろうが、貴族らしいかと言われたらそうではない。いい選択だ、と心の中でダニエルを褒める。


「いってらっしゃいませ」


頭を下げるサリバンを横目に、俺は馬車に乗り込む。


王都に滞在する時間が短いバルサバ家のタウンハウスに、馬車は常駐していない。


だが、今回はリクシアが王都に移動するにあたり、領地の馬車をタウンハウスに持ってきた関係で、たまたま家紋の入った馬車がある。いつもなら家紋がない、一般の馬車を使うのだが、婚約者のいる公爵家にそのような不格好な馬車で行かずに済んだ、と胸を撫で下ろす。


公爵家に着くと、昨日と同じくエドモンドが案内してくれた。


玄関ではすでにリクシアが待っていてくれた。


「お待たせしました」


シンプルながらも仕立ての良さが垣間見えるワンピース。飾り付けている金色の髪は後ろでひとつ括りにしているのみ。


良家のお嬢様という雰囲気だが、いつものリクシアの表情を見ると新鮮で心が躍る。


「いえ。ラトランド様と出かけるのが楽しみ過ぎて、早く準備し過ぎてしまいました」


しかも、このように嬉しいことを言ってくれる。


「リア、ラトランドくんをしっかりと案内するんだよ」


「もちろんです。お父様」


「ラトランドくんも。王都の治安はいいとはいえ、何があるかわからん」


「リアから聞いています。ラトランドさんの腕を信じていますからね」


「はい。何があってもリクシア嬢をお守りします」


思わず気が緩みそうになったが、夫妻の言葉に我に返り、背筋を伸ばし、右手を胸に当てた。


明らかにわかるように帯剣をしているわけではないが、短剣を懐に忍ばせている。よほど相手の数が多いか、手練れでなければリクシアを逃す時間くらいは作れるだろう。


「では、行ってきます」


『気をつけて』


俺とリクシアが馬車に乗り込み、ハーツ公爵夫婦に見送られて屋敷を出る。


「ランド様。早速ですが、行きたいところはありますか?」


「いや、リアの行きたいところに行こう」


「わかりました」


「リアが僕のことをランドって呼んでくれると、ホッとするよ」


俺が素直な気持ちをリクシアに伝えると、リクシアは柔らかな笑みを浮かべた。


「私も同じです。ランド様に『リクシア嬢』なんて他人行儀な呼び方をされていましたから」


「ご両親の前で流石に愛称では呼べないよ」


「呼んでくださっても構わないと思います。両親も許してくれるでしょう」


リクシアはそういうが、義両親の前で愛称で呼ぶ勇気はまだない。


久しぶりの2人の会話を楽しんでいる間に、馬車は貴族が住む住宅街から、平民の居住地の入り口に到着した。


俺はリクシアをエスコートして馬車から降ろす。


「言い忘れていましたが、よく似合ってるよ。いつものドレスもいいけど、こういうワンピースも素敵だ」


「まぁ。そういうランド様もよくお似合いです」


「ありがとう。実は、ダンが選んでくれてたんだ。ところで、どこに行くんだい?」


「学園に行こうかと思っています」


リクシアが学園に行きたがるとは思わなかった。俺が1年で中退し、リクシアがケビンから婚約破棄を突きつけられた場所。


「学園に用があるというよりは、会いたい人がいると言ったほうがいいかしら」


「会いたい人?」


「ええ。マキシム先生にお会いしようと」


「マキシム先生か!」


久しぶりに聴いた名前に、俺は懐かしさを覚える。


俺の担任だったマキシムはケビンと俺がトラブルになったとき、ケビンの第一王子という肩書きを気にせず、対等に話を聞いてくれた。


ケビンと距離ができ、俺が1人になることが多くても特段肩入れもしなかったことから、本当に平等に生徒を見てくれていたのだろう。


「ランド様は慌ただしく中退してしまったし、私もきちんとご挨拶ができないまま、あのようなことになってしまったので、一度、ご挨拶に伺いたいと思っていたところなのです」


「いいね。僕も久しぶりに挨拶をしたいな」


リクシアのペースに合わせてゆっくりと学園に向かう。


「学園というと、入学式を思い出すよ」


「ランド様と私が初めてお会いした日ですね」


「あぁ。確か、ダンに絡まれたところに、リアが声をかけてくれたんだ」


「ええ。バルサバ辺境伯のご令息のお名前が耳に入ってきましたから。バルサバ領に関しては前から興味があったので」


「その時に僕を馬鹿にしたダンと、今は一緒に働いてるんだから、人生はわからないもんだね」


「あのときはランド様と一緒に、こうやって学園に来るとは思いませんでした」


リクシアはあっさりと言う。


ただ、深い意味はないと頭ではわかっていながらも、心に小さな棘が刺さったように引っかかってしまう。


「あ、申し訳ありません。決してあの時がよかった、なんて言うつもりはないのです」


感情を表に出したつもりはないが、わずかな違和感を感じ取ったのだろう。リクシアは落ち込んでいるようだ。本当に機敏な女性である。


「こちらこそ申し訳ない」


2人は気まずい雰囲気のまま、学園の門に着く。


「ハーツ公爵令嬢とバルサバ辺境伯令息。お話は伺っております」


警備の騎士がキビキビとした態度で俺たちを学園内に入れてくれた。


俺は1年しか在籍してなかった上、社交的でもなかったので、一つ一つの場所に思い入れはないが、リクシアはどうだろうか。


俺はリクシアに声をかけようか悩んだ。先ほどのやりとりから、俺の器の小さい部分が顔を出してなかなか声をかけることができない。


そうこうしているうちに、目的地に着いたようだ。

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