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嫉妬

バルサバ領から王都のタウンハウスまでは馬をかければ1日で着く。ただ、今回は王都に着いた後に開かれるパーティに参加しなければならない。体調のことを考え、途中1泊して翌朝、俺はタウンハウスに到着した。


「ラトランド様。お待ちしておりました。お疲れだったでしょう」


俺を出迎えてくれたのはタウンハウスの管理を任せているサリバンだった。サリバンの後ろにはダニエルが控えており、俺に向けて小さく丸を作っている。


「久しぶりだな、サリバン。なかなか来れなくてすまない。変わったことはなかったかい?」


「ええ。それよりもラトランド様。ご婚約おめでとうございます」


「ありがとう。サリバンも元気そうで何よりだよ」


自然な流れで俺が着ていたコートを預かり、屋敷の中へ誘導する。その動作は洗練されており、無駄がない。


「早速だけど、ダンと打ち合わせをしたいが、いいか?」


「かしこまりました。サロンをお使いになりますか?」


「いや、自室でいいよ。そのあと、サリバンとも当日の打ち合わせをしたい」


「はい。私もそのつもりでございましたので、ダニエル様とのお話が終わりましたら、お声をおかけください」


サリバンはダニエルとともに俺を自室に入れると、恭しく頭を下げたのち、扉を閉めた。


「すごいな。数年でここまで変わるのか」


「俺も敬語で話しかけられて驚いたよ」


俺とダニエルはお互いにサリバンへの印象を語る。


辺境の地の末端であるヒックス子爵家の三男。遅かれ早かれ平民となっていただろうサリバンに与えられた教育は少ないはずだ。辺境とはいえ領主の長男の俺とは比べものにならないだろう。


サリバンが平民となってから王都に来る機会はなく、仕事ぶりは不明であった。しかし、ローニーに鍛えられ、ハーツ公爵家とのやり取りを経験として、()()として恥ずかしくない振る舞いを身につけたようだ。


「まぁ、概ね問題はなさそうだな」


「あぁ。ハーツ公爵様からも問題ないって伝言をもらってる。あと、これ。ハーツ公爵様から手紙を預かってる」


「ありがとう」


俺は中を確認する。そこには夕食の招待が書かれていた。


「ハーツ公爵に招待された」


「おう。頑張っていってこい」


「いってこいって・・・、ダンは来てくれないのか?てか、知ってたのか?」


「まぁ、俺がやりとりしたしな。屋敷にも料理人は来てないぜ。ほら、これを着ていきなよ」


「気が利くな」


「それなりに長い付き合いだからな」


俺はダニエルが準備してくれた衣装を見る。紺を基調にしたタキシードに、深緑のブローチがついている。深緑はハーツ公爵家の色でもある。短期間でよく見つけてきたもんだ、と感心する。


「俺は家族がいるから、一緒にはいけない。幸い、辺境伯になるランドに仕えているのもあって、貴族位は残ってるからね。バルサバ領(あっち)に行ってから一度も帰ってないから帰って来いってうるさくてな」


ダニエルはすまない、と頭を掻くが、その表情は嬉しそうだ。出会った頃とは対象的な彼の表情に、俺は少しホッとする。


「ダンも久しぶりの家族と会うのが楽しみだろう?明日もゆっくりしてきていいからな」


「そういうわけにもいかないだろう?」


ダニエルはニヤッと笑う。


確かにその通りだ。俺はすまないな、と言ってダニエルを見送った。


ダニエルが屋敷を去ると、俺はサリバンを呼んだ。


「お待たせしました」


恭しくサリバンが俺の部屋に入ってくる。


「お待たせ。王宮でのパーティーのことで相談があるんだ」


俺とサリバンは衣装や準備の段取り、さらに迎えの手配などの打ち合わせを行う。


もっとも、サリバンが提示してくれた案から変えることはほとんどない。サリバンが心を入れ替えて以降、ほとんど王都に来なかった。それをもったいなく思うくらいには、どこに出してもおかしくない執事になったと言える。


「当日はサリバンも付いてきてくれないか?」


「私も、ですか?」


打ち合わせも終わったあと、俺がサリバンに言うと、彼は不思議そうな顔をした。


「ダンはいるけど、彼も今年、祝福を受ける人間だ。王都には家族もいる。俺の横に置いとくのはかわいそうだろう?だからと言って、俺一人ってのも寂しい。だから、ついてきてほしいんだ」


「しかし、私は平民ですし、王宮に参上できるような衣装もありませんが」


「明日、ダンが見繕ってくれるはずだよ。費用は気にしなくていい。これは仕事だから、こっちが持つ」


少し無理矢理だったが、理由をつける。サリバンは納得してないようだったが、主人の命と必要経費として手出しは不要と説明し、渋々了承させた。


その日の夕方、俺はダンが用意してくれたタキシードを身を包み、馬車に乗ってハーツ公爵家に向かった。


家に着くと俺の辺境にある屋敷と同じくらいの広大な大きさの建物が目に飛び込んできた。辺境の地で文官たちも働く場所でもある屋敷と王都にただ住むための屋敷では、同じなのは大きさのみで価値は雲泥の差である。


以前も足を運んだことがあるが、何度見ても呆気に取られてしまう。


「いらっしゃいませ。ラトランド・バルサバ様。お待ち申し上げておりました」


俺があっけに取られていると、老紳士が声をかけてきた。祖父と同じくらいの年齢だろうか。静かなその佇まいは祖父とは違うが、それはそれでオーラを感じる。


彼はハーツ公爵家付きの執事エドモンドだ。


「ありがとうございます。本日はよろしくお願いします」


「公爵様がお待ちです。こちらにどうぞ」


俺はエドモンドに案内されるがまま、サロンに通される。それまでの調度品は、俺がわかるくらいには一級品で洗練されている。すれ違う使用人は俺に頭をしっかりと下げる。


サロンの中に入ると、中にはクリスティンただ1人座っている。緊張しながら俺は中に入った。


「ラトランドくん、よくきたね。座りなさい」


「失礼します」


俺は素直にクリスティンの前に座る。エドモンドが紅茶を淹れてくれる。彼が口をつけたのをみて、俺もカップに口をつける。


「!?!?」


紅茶とは思えない塩気が喉を焼き、涙がにじむほどに咳き込んだ。


「ラトランドくん。君は不用心すぎるね」


クリスティンがカップを置いて静かに言った。


「これがもし、毒だったら君は死んでいた。しかも、ここには私と、エディしかいない。エディは長年、ハーツ公爵家に仕えている家の出だ。それに他家も、ポッと出の辺境伯とハーツ公爵家長、どちらの味方をすればいいかは火を見るより明らかだ」


俺はクリスティンが何を言いたいかわからない。


「つまり、なぜ味方を連れてこなかったか、ということだ。背中を預けた味方に刺されることもある。ダニエル、と言ったか。彼を連れてくれば私は2人を殺さねばならない。万が一、どちらかが逃げ出せば私の立場は一気に悪くなるだろう」


「しかし、公爵様がそのようなことをするとは・・・」


「君は人が良い。それは1番の長所であり、そのような人物が娘を信じてくれたことに感謝している。だが、貴族はそれだけでは通じない。これから君は多くの悪意に晒されるだろう。それを乗り切ってもらわねばならぬ」


「悪意・・・?」


「そうだ。明後日、君は爵位を賜る。ハーツ公爵家長女のリアをエスコートして、だ。若い君を食い物にし、公爵家に近づこうとする輩は少なからずいるだろう。それに対応しなければならない」


社交に関しては辺境だし、父も積極的ではないように見えていたからあまり考えてはいなかった。


「君のことだから、明後日のパーティーが終わった後、社交もせず、すぐに領地に帰るのだろう?」


「・・・はい」


クリスティンの言う通りであり、俺は素直に頷くしかない。


「君のお父上、アルジー殿も社交が苦手ではあったからな。血は争えないということだろうが、その辺りも考えておいてくれ。手前味噌になるが、王妃教育を受けたリアはなかなかに使えるぞ」


俺はクリスティンの提案に対しての返答に困る。


リクシアはすでに領地経営に加え、バルサバ領(あっち)での社交を全面に行ってくれている。これ以上の負担はかけさせたくない。


「そこで返答に困るあたり、実直な君らしくて私は好んでいるがね」


クリスティンは俺の考えを見透かすように言った。


「普通は学園で貴族との付き合いを学ぶものだが、君もダニエルくんも中退している。いきなり完璧にこなすのは難しいだろう。私は君の味方になるつもりだが、ラトランドくんも意識してほしい」


今までは辺境伯代理の祖父に任せておけばよかった。ただ、そのせいで「引きこもり辺境伯」という不名誉なあだ名が付けられ、しかもそれを知ることはなかった。


その二つ名のおかげでリクシアが俺の婚約者としてバルサバ領に来てくれたのは怪我の功名ではあるが、リクシアにとっていいことだったかは不明だ。少なくとも、王都から離れる際は不安しかなかっただろう。


今後は領地だけでなく、他の貴族との付き合いも自分で切り拓かねばならない。


俺はカップに残った紅茶を一気に煽る。


先ほどは想像していなかった味がしたのでむせてしまったが、知っていれば美味しくはないものの、苦もなく飲むことはできる。


「おいおい、それは塩が入った紅茶で」


「ハーツ公爵。ご忠告痛み入ります。確かに僕は社交界について軽く考えていました。この紅茶の味を忘れず、精進いたします」


俺は立ち上がり、深々と頭を下げる。


「頭を上げなさい」


俺はクリスティンの言葉を聞いて、頭を上げる。目の前には困った顔のハーツ公爵の姿があった。座るように言われ、俺は大人しく席に戻る。


「すまなかったね。リアがあまりにも君のことをよくいうもんだから、少しいたずらをしてやろうと思ってね」


クリスティンは眉尻を下げ、口元に少年のような笑みを浮かべる。


この国で財務を担当するハーツ公爵家の当主が、娘を娶る男に父として嫉妬したとは、にわかに信じがたい。


「だが、私の言った言葉も本当だ。これから君にはいろんな悪意が降りかかってくるだろう。君にはそれを振り払う力はある。ただ、どうにもならない時は、遠慮なく私に頼るといい。アルジー殿には及ばないが、私もラトランドくんの義父(ちち)なのだから」


クリスティンが少し照れくさそうに紡いだ言葉に、俺は胸が詰まる。


「ありがとうございます。そのお言葉をいただいただけで、心の支えになります」


俺は再び頭を下げ、今度はすぐに頭を上げた。


その後、エドモンドがカップを変えて入れてくれた紅茶を楽しんでいると、ドアをノックする音が聞こえた。エドモンドが扉を開ける。マリアナと、その後ろにフェリシア公爵夫人とリクシアが控えていた。


「お待たせいたしました。ラトランドさんもようこそ、公爵家へ」


フェリシアが優雅にカテーシーを披露し、リクシアも負けじ劣らじのカーテシーを魅せる。


「こちらこそ、お招きいただき、誠にありがとうございます。公爵夫人」


俺も立ち上がり、胸に手を当てて軽く頭を下げる。


「ラトランドくんと話をしていて、すっかり夢中になってしまったな。みんな揃ったことだし、食事にしよう」


「あ、その前に」


俺は袋から箱を取り出した。


「指輪を作った宝石の残りから作ったイヤリングです」


「まぁ」


リクシアが受け取り、包装紙を丁寧に破いて中の箱を出す。婚約指輪と同じアメジストの石の端材から作ったイヤリングだ。華やかさは控えめだが、確かな存在感を放つ。


ダニエルや侍女たちも認めてくれた品だが、肝心のリクシアの反応はどうかが問題だ。


箱を開けるリクシアの反応を緊張しながら見守る。

誤字脱字などの指摘、ご意見・ご感想等あればぜひともコメント欄にコメントをお願いします。


ちょっとでも評価していただければ、筆者が喜びます。

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