第85話 転生者、秘密をまた一つ知る
無事にクルクーの飼育も始まり、魔王城の中は賑やかになっていた。
西の庭園では朝になるとクルクーの鳴き声が響き渡り、城中に朝が来た事が伝えられるようになったのだ。
「すげえな、俺の部屋まで余裕で届くぜ……」
クルクーの鳴き声で目を覚ました俺は、ベッドから立ち上がる。
女の獣人となったから寝間着も女性用なのだが、不思議と最初の頃から違和感がなかった。いきなり城で牢屋に放り込まれて簡単な囚人服を着せられていたせいだろうか。
いや、さすがにそう思ったら服を作ってくれたクローゼに悪いな。
あくびをしながら大きく背伸びをした俺は、部屋のカーテンを開ける。うん、今日もいい天気のようだな。
「おはようございます、魔王様」
俺が窓から外の様子を確認すると同時に、部屋にキリエが入ってきた。
「おはよう、キリエ。クルクーの鳴き声よりも早いとはさすがだな」
「メイドたる者、早起きは基本でございます」
「キリエは参謀の仕事もしているのに、よくそんな睡眠で体がもつな」
「メイドですから」
うん、わけが分からない。
褒めてもメイドですからとしか返ってこないのは、正直首を傾げたくなる。なんだろう、メイドって違う生き物か何かなのかな?
俺が不思議そうに視線を向けても、キリエは意に介さないのか淡々といつものように朝の支度を進めている。
キリエの機嫌を損ねるのもよろしくないので、俺はおとなしくキリエのところへと歩いていった。
朝食を終えた俺は、まずは連れてきたクルクーの様子を見に行く。
またあの北西の部屋に移動するのかと思ったが、俺がいつも仕事でこもっている執務室の後ろにも隠し通路があった。
その隠し通路をキリエに見せつけられて、俺は当然のように声を失っていた。
「カスミから少しは聞いていらっしゃいますでしょう?」
「いや、魔法陣の話だけだぞ。場所までは教えてもらえなかったけど、あちこちにあるとは聞いた」
「左様でございますか。しかし、いくら魔王様とはいえ、お教えするわけには参りません。重要な機密ですからね」
カスミの言っていた通り、キリエから教えてもらうことはきっぱりと断られた。まあ、魔王って人間と戦いたがるから、在位期間は長くないし、空白期間が長いからな。教えても無駄って感じなんだろう。
いろいろと思うところはあるが、ひとまずはキリエに連れられて西の庭園へと向かう。
空中の渡り廊下が魔王の執務室から西の庭園、それどころか他の庭園にもつながっているようだった。
「こっちを進めばウネのいる北の庭園か」
「そうでございますね。ただ、通ったからといっても出られませんよ」
「あっ、そうなのか?」
「そうでございます」
キリエが言うには、隠し通路、隠し部屋、それと魔法陣を使うには特殊な魔法が要るらしい。現状それが使えるのは、キリエ、カスミ、コモヤの三姉妹とバフォメットと、あとは意外にもヴォルフとたったの五人しかいないそうな。
それだけ、魔王軍にとっては機密事項ということなのだろう。
キリエは俺に対して忠誠を誓ってくれてはいるものの、教えてくれる気配はない。信用されてないだけなのか、魔王だからなのか、それは分からなかった。
とりあえず分かった事は、魔王や魔王城に関して分からないことがまだまだあるということだけだった。
そんなこんなでキリエと話し込んでいる間に、俺は西の庭園へと到着していた。
西の庭園との境目には小部屋があり、そこには鍵穴も取っ手もない扉が一枚あるだけだった。先日来た時には気が付かなったな。まったく何を見てたんだか、俺は……。
キリエが扉に手を添えてぽつりと呟くと、扉が消えて中に入れるようになる。そして、俺とキリエが揃って中に移動すると、扉が現れて移動ができなくなった。一体どうなってんだ、これは。
「この部屋は庭園の管理人の部屋でした。先々代の魔王様の時にはすでに管理人が居なくなり、使われていなかったんですよ」
キリエが説明する部屋は、今現在はドライアドの二人が使っている。ただ、今はクルクーの世話のために離れているので、部屋には誰もいなかった。
「さっ、クルクーの様子を見に参りましょう」
「ああ、そうだな」
俺たちは西の庭園へと歩み出ていった。
「魔王様、おはようございます」
ドライアドの二人が挨拶をしてくる。どっちがクルルでどっちルククだったか。まったく分からんな。
「ルクク、クルクーの様子はどうでしょうか」
「はい、とても落ち着いていますよ。ここの環境はとてもいいみたいですね」
にっこりと笑っている。髪の分け目が左にある方がルククか。
「クルルは、エサやりですかね」
「はい、1日に5回食べますからね。キリエ様、エサをご用意頂き、本当にありがとうございます」
「魔王城に住んでいれば、お世話の対象ですからね。それをきっちりこなしてこそメイドというものです」
キリエはキリっとした表情で答えている。頼もしい限りだな。
「なあ、俺もエサやりを体験してみてもいいか?」
「ええ、魔王様にも懐いているようですし、ぜひともやってみて下さい」
ルククに言われた俺は、嬉々としてクルルのところに向かう。
そして、楽しそうにクルクーの世話をする俺を見て、キリエがにっこりと微笑んでいたことを俺は知ることはなかった。




