第67話 転生者の専属侍女の憂鬱
「さて、魔王様から許可も頂きましたし、この厄介な葉っぱを役立てませんとね」
私は、そう言いながら魔王軍の薬師の集まる部屋へと向かっています。
魔族というのは魔力も高く、治癒力も高い。なので、基本的に治癒系の薬とは縁のない存在です。
ですが、まったく必要ないかといいましたらそうでもありません。魔力の低い種族、治癒力の乏しい種族というのは存在しておりますから。
そういった方たちがいらっしゃるからこそ、魔王軍にも薬師という集団がいらっしゃるのですよ。
「お邪魔致します」
私が挨拶をすると、部屋の中にいた魔族の一部が私に視線を向けます。
「おやおや、キリエではないですか。どうしたのですか、本日は」
私に近付いてくる怪しい男の魔族は、メズレスと申します。魔王軍では私よりも古株の男でして、薬学知識を豊富に携えた魔族でございます。
ただ、ちょっと面倒なところもありまして、あまりお近づきになりたくない方なのですよ。
「『緑精の広葉』が大量に手に入りましたので、ポーションの製作の依頼をしたいのです」
私はメズレスの手を叩き落としながら、用件を伝えます。
叩かれた手を押さえながら、メズレスは私が持っている葉っぱを興味津々に見ています。ただ、その視線が気持ち悪いのですよ。
まったく、私が魔王軍参謀で、魔王様の専属侍女で、父親が純魔族トップのヒョウムである事をご存じのはずなんですけれどね。露骨に嫌な視線で張り倒したくなります。
「なんと、『緑精の広葉』とは珍しい。ひひっ、すぐに寄こすのです」
メズレスが手をわきわきと妙な動きをさせています。ああ、なんて汚らわしいのでしょうか。
「まったく、もう少し普通に受け取って頂けませんかね。落としてしまったらどうするのですか」
「ひっひっひっ、大丈夫だとも。私が素材を取り損ねるような真似をすると思うかい?」
ああ、本当に見ているのも嫌ですね。
しかし、この男はこれでも薬師としての腕前が確かなだけに扱いに困るのですよ。
「まったく、そんな腕前を持っていながら、どうしてその手は汚らしいのでしょうか」
「失敬な。薬師としてこの手は清潔に保たれておりますぞ。魔王様の片腕とはいえ、言葉には気を付けて頂きたいものですな」
私が皮肉めいたことを言うと、メズレスは本気で怒っていた。この程度の皮肉をそのまま受け取るとは……。腕は確かですけれど、頭は少々残念かもしれませんね。
「ともかく、それを使って魔力ポーションを作って頂けますかね」
「ひっひっひっ、実にお安い御用ですぞ。お望みとあらば、どのような薬をも作ってご覧に入れましょう」
両手を掲げながら、実に気持ち悪い笑みを浮かべてくれますね。
本当に腕だけは確かですから、扱いづらくて困ります。
「では、頼みましたよ。今後は魔王様の依頼で様々な薬を作ることになる可能性がございますので、後進の育成もしっかり行って下さいませ」
「ひっひっひっ、私だけでは不満ですかな?」
「無理をして倒れられては困るのです」
まったく、どことなく話の通じない人です。薬師でなければとっとと処分しているところですよ。
魔王軍に不和をもたらす存在であれば、私たちの必要とするものではありませんからね。
私は不快さを感じながらもどうにか我慢をして用件を伝え終えます。そして、『緑精の広葉』をメズレスに預けると薬師の部屋を後にしました。
ともかく気持ち悪いメズレスからようやく解放された私は、大きくため息をつきます。
(はあ……いけませんね。私は参謀として淡々と仕事をこなさねばなりませんが、あの男だけはどうしても苦手です)
昼食の支度のために食堂へと向かう私は、念のために洗浄の魔法を自分にかけておきます。あの男の痕跡は消しておきませんと、後々の仕事の効率に影響を及ぼしますからね。
食堂の前に厨房へと寄りますと、そこには妹のカスミがいました。
「あ、キリエ姉」
私に気が付いたキリエが声を掛けてきます。正確には少々難はございますけれど、仕事となればきっちりこなしてくれる私の可愛い妹でございます。
「カスミ。間もなくお昼を迎えます。魔王様のお食事の調理を始めて頂けますか?」
「承知致しましたわ、キリエ姉」
私が指示を出すと、背筋を伸ばして返事をしてくれます。そして、厨房の魔族たちにてきぱきと指示を出していきます。この分でしたら、あまり時間をかけずに完成するでしょうね。
「では、任せましたよ」
「はい、キリエ姉」
カスミの仕事っぷりを確認した私は、厨房から食堂へと移動します。
そこでは私以外にも数名の魔族メイドたちが忙しそうに掃除をしています。
「キリエ様!」
私が食堂に入ると同時に、手を止めて敬礼をする部下たちです。
「ご苦労様。魔王様たちが気持ちよくお食事をできますよう、しっかりと掃除を頼みますよ」
「承知致しました」
本当に優秀な部下たちで安心できてしまいます。
それだけに、なおのこと薬師のトップであるあの男がどうしても気に入りませんね。本当に困ったものですよ。今度ピエラ様にでもご相談致しましょうか。
私はため息をついて頭を左右に振ると、気持ちを切り替えて食堂の支度を整えたのでした。




