第57話 転生者、焚き付ける
俺は前世も含めてマッチョに憧れていた。だが、体質的に筋肉がつきにくかったし、高校を卒業してからはブラック企業に勤めてしまったので、もはや筋肉どころではなくなっていた。
動画サイトで筋肉を眺めてはため息をついていたが、最後のあたりはそんな余裕すらなくなっていた。
転生した時には改めてマッチョを目指したが、やはり筋肉質な肉体になる事はできなかった。知り合いのマールンが筋肉質だというのになぜなのかと嘆いたものだ。
その答えが、今目の前で言い渡された。
俺は恩恵のせいで細っちょろい体のまま変わる事ができなかったのだ。
なんてことだ。俺が憧れた体になれなかったのは、俺を転生させた神のせいだったというのだ。
この時ばかりは、俺は本気で神を恨んだ。
だが、その代わりというのか、今、俺の目の前には素晴らしい筋肉の持ち主が立っている。
魔族にとっては脅威だという厄災のドラゴン。今はデザストレという名を与えられた存在だ。こいつの人間形態が、素晴らしい肉体美の持ち主だったのだ。
自分の憧れた肉体美を持った存在がすぐ隣にいる。それはもう、目のやりどころに困るっていうもんだろうが。
「デザストレ、ちょっといいか」
「なんだ、魔王よ」
すっかり落ち込んでいた俺は、どうにか立ち直ってデザストレへと指示を出す。
「魔族たちを壊滅させられるだけの腕前を持っているんだったな。だったら、魔王軍の兵士たちを鍛えてやってくれないか」
俺から出された指示に、デザストレは訝しんだ表情を浮かべている。どうも納得した様子ではなさそうだ。
「なぜおもちゃを鍛えねばならぬ。手軽に遊べないのでは、困るではないか」
ああ、そうかよ。こいつはこういう認識なのか。
「デザストレ、お前は俺に負けたんだ。俺の指示には従ってもらうからな」
「くっ」
俺の言葉に、思わず顔を歪めるデザストレである。よっぽど負けたのが悔しいんだろうな。
「お前は一方的な蹂躙が好きなようだな。だがな、それはいずれ飽きてくるものだ。今までも魔族を蹴散らした後、長く眠っていたのも飽きるからだろう?」
俺が指摘すると、どういうわけかデザストレは黙り込んでいる。
「しかも、魔王が居ない時に限ってというあたりも引っ掛かる。お前は負けるのが怖かったんだろうな。実際俺から逃げているし、負けたら屈辱的な顔をしてたからな」
更なる指摘を加えると、デザストレはぐうの音も出なくなっていた。おそらく図星なんだろうな。
だが、俺はそこで手を緩めるつもりはない。こいつをうまく使えば、魔族たちの統制でさらに楽ができると踏んだからだ。
「お前は今のままじゃ、俺に負けた情けないドラゴンで通ってしまう。言い伝えられているように恐怖の対象であり続けたければ、魔王軍の中で実力を示してやればいい。お前なら簡単だろ?」
「ううむ……、確かにその通りだな。我の実力を知らぬ連中からすれば、我は魔王に負けただけの存在でしかない」
俺に事実を突きつけられたデザストレはしばらく考え込む。そして、しばらくするとぶんぶんと強く首を左右に振り始めた。
「それではいかぬ。我は魔族に恐怖を与える厄災でなければならぬのだ。小童など、我の前に跪かせてやろうぞ」
「うん、その調子だ。魔族の連中を分からせてやれ」
俺の言葉に奮起したのか、デザストレは鼻息を荒くしながらキリエの方を見ていた。
「心得たぞ、魔王。メイド、魔王軍のところへ案内しろ」
「私はキリエという名でございます。メイドはあくまで仮の姿、魔王様の片腕たる参謀でございますよ」
「ええい、なんでもいい。とにかく案内しろ」
「仕方ありませんね……。では、こちらです。ついてきて下さい」
キリエがデザストレを連れて部屋を出ていく。
焚き付けたデザストレをキリエに任せることに成功した俺は、ようやくひと息をついたのだった。
その様子に黙っていたクローゼがようやく口を開く。
「あの方、厄災のドラゴンだったのですわね」
「ああ、俺たちが魔王を倒した事で目を覚ましてやって来たらしい。まあ、俺たちで返り討ちにしてやったんだがな」
「セイの魔力にびびって逃げてましたから、ものすごく楽でしたよ」
俺とピエラの話に、思わず目を丸くして黙り込んでしまうクローゼだった。
ところが、これで緊張の糸が切れてしまったのか、クローゼは大あくびをしていた。7日間であれだけ服を作ったのだ。おそらくはほぼ徹夜だったのだろう。
「どうやらわたくしは限界のようですわね。眠らせて頂きますので、起きた時にでも続きを聞かせて頂きますわ」
そういって、ベッドの方へとふらふらと歩いていった。
「ええ、素敵な服、ありがとうございました」
ピエラが言うと、クローゼは振り返ることなく手をひらひらと振っていた。
「さて、それじゃ服を着替えて仕事に戻るとしようか」
「ええ、そうね。要望書の処理がまだ終わらないものね」
俺たちはやることを決めると試着した服から元の服に着替えて、俺の執務室へと戻っていったのだった。
俺たちの生活は、当面の間は騒がしいものになりそうだった。




