第301話 転生者、話がまとまって少し安堵する
食堂へとたどり着いた俺たちだが、さすがにピエラが俺の髪をいじっていたこともあって、完全に皇帝たちを待たせる結果となっていた。
食堂に顔を出してその状況を確認した俺たちは、皇帝にひとまず謝っておいた。
「よいよい、気にするでないぞ」
皇帝は実に寛大な心で俺たちのことを許していた。さすが皇帝、懐が深いぜ。
「それにしても、今日はちょっと雰囲気が違うな」
皇帝は、俺の髪型が変わったことを察していたようだ。こういう細やかなところにも気が付くとはな。正直驚いたよ。
「うちのとこのピエラが、せっかくだからとヘアメイクをしてくれたんですよ。俺ておしゃれっ気がないんで、髪に関しては無頓着ですからね」
思ってることを正直に言いながら、俺はついはにかんでしまっていた。
「ふむ、気持ちは分かるぞ。だがな、余たちのように上に立つ者というのは、それなりに品格を求められる。それが行動であり、言葉であり、そして、身だしなみでもある。そなたも魔族の王というのであるなら、もう少し気を使ってもよいのではないかな?」
なんてことだろうか。
俺は十一歳の少年である皇帝に、トップとしての心構えの説教をされてしまっているのだ。
くっ、このようなことがあっていいのだろうか。
なんだか悔しさを感じてしまう。
「まったく、魔王は面白い奴だな。だからこそ、余も受け入れることを決めたのだがな。まぁ、座れ。食事をしながら話をしようではないか」
皇帝からの許しも出たので、俺とピエラも席に着く。
俺たちの着席を確認して、皇帝が二度手を叩く。それと同時に扉が開いて、給仕たちが料理を運び込んできた。
「魔王のおかげで、我が国の食料事情は改善してきている。此度の働き、いくら感謝しても足りぬというものぞ」
「いえ、俺としては当然のことをしたまでですよ。困っている人がいたら、助けずにはいられませんからね」
「セイってば、相変わらずお人好しなんだから」
皇帝の言葉に俺が答えていると、隣に座るピエラが茶化してきた。
うん、ピエラ。ここでその言葉を挟むのかよ。
ほら見ろ、そんなことを言うから、皇帝が笑ってしまっているじゃないか。
俺はピエラに抗議の視線を向けた。
「くくくっ、実に面白いものよな。そなたは知り合いが絡むといろんな姿を見せてくれる。実に見てて飽きぬというものだ」
皇帝の言葉を聞いて、俺はつい複雑な心境にならざるを得なかった。
「本当に、今の魔王は面白いのにゃ」
エイミーにまでこう言われる始末だった。うん、嬉しいような悲しいような。
しばらくは黙々と朝の食事が続けられた。
ある程度食べたところで、皇帝から思い出したかのように俺に話し掛けてきた。
「そうだ。魔王が連れてきたヨネスのことだが、正式に今日から余の剣の指南役として、この帝都に留まることになった」
どうやら、ヨネスは正式に帝国に剣の指南役として迎え入れられることになったようだ。
こういう話を聞くと、わざわざ呼んできただけのことはあるなと胸を撫で下ろしてしまう。
話を聞いたところで、俺はヨネスへと視線を向ける。
「うん? どうした、セイ」
「いや、無事に指南役になれたようでうれしく感じているだけだよ」
ヨネスの反応に俺がその様に返すと、ヨネスは照れくさそうに鼻の下を擦っている。よっぽど嬉しい上に誇らしいんだな。俺には今のヨネスの気持ちが痛いくらいに伝わってきた。
「ヨネス殿は皇帝陛下の剣の指南役ではあるけれど、空いている時間は他の訓練生に対して特訓をつけて下さると助かりますにゃ」
どうやら、最近慌ただしくなっているケンソウの代わりを務めあげるというのが、今のヨネスに与えられた仕事のようだった、
ヨネスはエイミーの告げた内容を、二つ返事で受け入れている。
これだけしっかりと話がまとまっているのなら、もう俺たちの出番はなさそうだな。
「というわけにゃ。ヨネス殿にはケンソウの代わりを務めてもらうというこにゃ」
「そういえば、そのケンソウはどこに行ったんだ? 食堂での食事はいつもの日課だったと思うだが……」
ここでようやく、食堂の中にケンソウの姿がないことに気が付いた。
「ケンソウは別の用事にあたっているのにゃ。食堂までは護衛ということで来てもらったのだけどにゃ」
「そうか。仕事があるのなら仕方ないな」
エイミーの説明に、俺は再び納得していた。
というわけで、ケンソウはいないものの、俺たちは話を弾ませながら楽しく朝食を済ませていた。
「それじゃ、魔王、ピエラ。そなたたち二人は自由行動をしてもらっていて構わない。だが、余はエイミーと一緒にヨネスにしろの中を案内してくるのでな」
「分かりました。それじゃヨネス、皇帝陛下のことをよろしく頼んだ」
皇帝から今日の予定を聞かされた俺は、その予定を了承する。
そして、すぐさまヨネスに対して、きちんと仕事をするように指示しておいた。
こうして、無事にヨネスを皇帝の剣の指南役にすることができた。
これで皇帝の剣が上達すれば、少しはこの帝国の安定度が高まってくれるだろう。
まあ、ヨネスの性格を考えると、そこまでの期待というのは過度というものかも知れないがな。
朝食を終えた俺とピエラは、再び帝国の農村の様子を見るべく帝都を後にしたのだった。