小さな気持ち 【月夜譚No.296】
咄嗟にTシャツの裾を掴む。すると当然のことながら彼が振り返るので、私はぱっと手を離した。
別に引き留めたかったわけではない。彼が行ってしまったら淋しいと思ったことは事実だが、彼がここに留まっても仕方がない。
そもそも彼は、神社の祭りで友人と逸れていた私を見つけて家まで送ってくれただけなのだ。早く祭りに戻るなり帰るなりしたいだろう。
とはいえ何と言ったら良いのか分からなくて、私は金魚みたいに口をパクパクさせながら行き場のない手を無意味に上下させた。
その手を握られて、息が止まる。彼は私の顔を覗き込んで、悪戯っぽく笑った。
「また明日。学校で」
手を振りながら去っていく彼をぽんやりと見送った私は、手の中に残されたものを見下ろした。
射的の景品にあった、キャラメルの箱。それを見たら自然と笑みが零れて、明日の登校が楽しみになった。