8 【分子生物学】、【生命工学】、【フラクタル発生パターン】、そして、【筒】と――
そのようにしながらも、
「で、も……? この、左官アート壁……、どこかで、見たことあるな」
と、ドン・ヨンファが、思い出したように言った。
「はぁ、」
相づちするパク・ソユンに、
「僕の、知人に、ね? 日本人の、【左官】風アーティストってのがいるんだけど……、何、だったかな? 【る・美祢八】って、アーティスト名で活動している」
「それ、で――?」
「うん。たぶんね、この作品に、彼が、関わっているような気がするんだ……。この、質感や雰囲気――、左官の材料や道具を用いながらも、アートにも通ずる――、いや、ときに、うん億ウォンのアート作品さえも超越する【ナニカ】を、感じるんだ」
ドン・ヨンファは、言葉にすこし熱がこもりながらも、壁に近づき、手を少し触れる。
「はぁ、」
と、対するパク・ソユンは、相変わらず、あまり関心無さそうな相槌をしつつ。
「しか、し……? この、模様というか、パターン……、かな? これも、何か、どこかでみたことある気がするんだよなぁ?」
ドン・ヨンファが少し離れ、改めて、壁の全体を見渡して言った。
高級大理石のような、質感。
淡い白地と、模様の、黒みの強い濃いこげ茶色との対比――
すると、
「――ああ? たぶん、【イモガイ】じゃない?」
「へ――?」
と、ドン・ヨンファは、後ろからしたパク・ソユンの声に、軽く驚いた。
そのパク・ソユンだが、スマートフォンで何かを調べており、画面を見せてきた。
そこに、映っているもの――
恐らくは、【イモガイ】とのキーワードで検索した画像である。
中には、貝殻に焦点を当てた画像がいくつかあり、また、その貝殻の模様こそ、この壁と似た、乱雑かつ【歪なフラクタル三角形群】であった。
「イモ、ガイ……? ああ? あの、すっごい猛毒の貝の? てか、よく思い出したね。いや、ソユンだからこそ、思い出したのか」
「どゆことよ?」
感心して言うドン・ヨンファに、パク・ソユンの眉が、軽くピクッと動く。
そうしつつ、
「――てか? 今度、イモガイの毒でも、飲んでみようかな?」
「また、物騒なことを……」
物騒どころか、まあまあ頭のイカレタことを言うパク・ソユンに、ドン・ヨンファは、「また、お前は」程度の慣れた反応をする。
まあ、先述したとおり、毒に耐性を身につけているパク・ソユンのことである。
たぶん、イモガイの毒を飲んでも、少し酔うくらいで、とくに問題はないと思われるという。
ただ、そんなキ〇ガイじみた行為を、まるでスタバの新作やカクテルなどといった、【嗜好的なモノ】を味わう感覚でやっているわけである。
ちなみに、真偽は不明な伝聞であるが、世の中には、【毒蛇の毒を投与して味わう人間】が存在するとかしないとかいう話があるとのこと……
まあ、その蛇足はおいても、このDJ兼女優のパク・ソユンであるが、異能力者ぞろいのSPY探偵団の中でも、最も人間離れした能力を持っているに違いない。
それは、さておきのさておき、本題の、【壁】のほうへと話を戻す。
「しかし……、“これら”は、どういう【テーマ】なんだろうな? この、【機械仕掛けのオブジェ】もそうだけど……、貝殻模様の、壁も」
ドン・ヨンファが、気になって問いを投げかける。
「テーマ? 別に、どうでもいいんじゃない?」
パク・ソユンは、その言葉どおり、感心が無さそうに受け答えるも、
「う~ん……、でも、この、分子生物学や生命工学をイメージするような、機械仕掛けの、竹の、回転オブジェ――。それから、フラクタル発生パターンを模した、イモガイの殻と――」
「……」
と、一拍おいて、
「何か、医工学、生命工学に、関係がありそうな気がするんだけど……」
「はぁ、」
と、パク・ソユンが、ふたたび茶をすすりながら相槌する。
その、間を開けて、
「竹と、貝殻ねぇ……」
「う、ん……?」
と、唐突に、パク・ソユンの口から出てきた言葉に、ドン・ヨンファが反応する。
続けること、
「両方とも、さ? 何か、【筒状】のナニカじゃない?」
「筒状、の……? ま、まあ、確かに、」
と、こんどは、パク・ソユンの口から出てきた【筒】とのキーワードに、ドン・ヨンファはすこし困惑しながらも、「そのとおりだ」といちおう合点したように頷く。
【分子生物学】、【生命工学】、【フラクタル発生パターン】、そして、【筒】と――
朧げなキーワードが、意識と無意識の中に溶けこんで“浮遊”するかのような、何か変な感覚を、この部屋というか、この建築全体から、おぼろげながら感じていた。
「……」
ドン・ヨンファが、沈黙する。
そうしながらも、少しだけ顔を上げる。
すると、
――フッ――
と、部屋の奥のほうが、視界に入ってきた。
「ん……? あっちは? どうなってるん、だろ?」
ドン・ヨンファが、部屋の入り口から奥のほうを見て、気になった。
「うん? あっ、ち――?」
パク・ソユンも、つられて注目する。
そんな、ふたりの見る先――
部屋の奥の、5メートルほどの空間だが、そこだけ上下左右と正面が、すべてスケルトンの、ガラス張りになっていた。




