7 確か、【和歌山】
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パク・ソユンとドン・ヨンファのふたりは、いったん、上階にあるホテルの部屋にいた。
これも、驚くべきことか――?
この部屋というのも、あらゆる高級ホテルのそれに勝るほどの、ハイクラスのものだった。
昔の朝鮮をイメージした【土壁】ながらも、現代的な、ハイセンスでコーディネートされた空間。
そんな土壁を背景にしながらも、ここでも、竹製・木製の、生命工学をイメージして精巧につくられた【管状】の【回転機械】が、
――ゆらぁ……
と、動いて、いた。
また、床の間を思わせる、すこし【歪み】のある柱に仕切られた、隣の壁面のこと――
こちらは、まるで、壁一面にかけられた抽象画のように、【壁】そのものが、【作品】として仕上げられていた。
恐らくは、石灰を用いた、左官仕上げの磨き壁。
少し茶色がかった白い壁には、焦げ茶色で、大小さまざまな大きさの多数の歪な三角形が、まるで、うろこ状に――、なおかつ、【フラクタル幾何学のパターン】のように描かれていた。
それも、左官の鏝絵のように、鏝で描かれているという。
さらに、それらの三角形のパターンのひとつひとつが磨きをかけられており、壁に、高級大理石にも勝る質感をもたらしていた。
「へぇ……、なかなか、凝った壁だね。しかも、左官仕上げって」
ドン・ヨンファが、茶を手にしながら言った。
その様子は、確かに、感心しているようにみえる。
「ふぅー、ん……」
パク・ソユンが、相づちする。
こちらはソファーに腰かけ、茶菓子を前にして茶をすすりながら、あまり関心無さそうではある。
その間も、
「う~ん、これは、これは……」
と、ドン・ヨンファは、まるで品評か鑑定でもするかのように、壁をまじまじと観察していた。
【石灰】――
朝鮮にしろ、日本や中国といった東洋、そして西洋においても、壁に使われて久しい素材。
そんな、ありふれた安価な素材 (まあ、当時は高価だったのだろうが)であるが、日本にも“漆喰磨き”であったり、土を混ぜた“大津磨き壁”……、それから、西洋では、鏝のパターンが石材のように表されるイタリア磨き壁と……、職人の手によって、高級な壁に仕上げられてきた歴史がある。
そんな石灰を、左官の要素を活かしながらも、【この壁】というのは、鏝のひとつひとつ、手のひとつひとつを以って、美術作品にも劣らぬものにまで昇華させたといえる。
「は、ぇ〜……」
ドン・ヨンファは、思わず息を止めた。
作品にかけられた手間と、【それら】が生み出す、価値――
それくらいの価値というのは、分かる。
「たぶん、この壁、さ……? ソユン?」
ドン・ヨンファの声に、
「う、ん?」
と、茶菓子を咥えながら、パク・ソユンが、一拍おいて振り向く。
また、一呼吸ほど間をあけて、
「恐らく……、数億ウォンくらい、するんじゃないのかな?」
「数億、ウォン……?」
と、パク・ソユンが復唱した。
なお、一般的にいえば、驚いた反応をするべき値段だろう。ただ、このパク・ソユンはというと、特にそんな反応をする様子もない。
いつものような表情をして、
「まあ、アート作品としての壁だったら、そのくらいは、するんじゃない? ある程度、作者の思った値段つけれるだろうし。私の部屋のも、いちおうアート壁っちゃアート壁なんだろうけど」
「ああ……? あの、趣味の悪い、チェーン・ソーのオブジェの後ろの」
とここで、ドン・ヨンファは思い出した。
それはさておき、
「まあ、アートだからこそ、強気に値段をつけられっていう面もね、確かに、あるんだけど……、これ、すっごい手間が、かかっているんだよね」
「手間……? まあ、確かに、そうでしょうね」
「日本にも、三〇年ほど前のバブルの時代に、確か、【和歌山】だったかな? そこのホテルに、大きな柱があるんだけど……、それっていうのは、左官職人が、石膏を用いた特殊な技法を使って、円柱の柱を、青い大理石のように仕上げてね……。だいたい、柱一本あたり、数億円くらいするらしい」
「はぁ、数億円、」
と、すこし熱の入って強調するドン・ヨンファだが、パク・ソユンは、いつものジトッとした目で相づちするだけだった。
ちなみに、いちおうは金持ちのふたりであるから、億単位の円やウォンの金額に、いちいち驚かないというのもあるのだろうが。




