45 いや、気にするわ。こわかち、こわかち
(2)
「たっ、タヌキさんッ――!?」
まさかの助けに、ドン・ヨンファが驚き、
『だから、タヌキでないといっておるだろ。わざとだろ、貴様? 殺すぞ』
「あっ? ご、ごめんごめん!!」
と、うっかりタヌキ呼ばわりしたのを詫びる。
その間にも、
「もう、いいでしょう――!! 自らをクソ袋というのなら!! そのまま、島ごと死になさいなッ!! このモルモットどもッ!!」
と、いつの間に移動したのか――、吹き抜けの遥か高いところから見下ろす秘書の女が、二人に向かって憎悪を隠すことなく叫ぶ。
同時に、
――ドッ、ォーンッ……!!!!!
と、爆発音が、この変態的な建築物全体に響きわたった。
「おっ!? わッ――!!」
ドン・ヨンファが驚愕し、
「う、ん――?」
と、パク・ソユンが相変わらずの、薄い、かつ鈍い反応をする。
また同時に、
――ガタ、ガタ、ガタッ……!!!
と、建物が揺れつつ、炎に包まれ始めるという――、使い古されたベタな演出のように!!
まさに、自爆と自壊をはじめる!!
「ま、まさかッ!? 自爆!?」
「まあ、それ以外に、ないでしょね」
慌てるドン・ヨンファに、慌てる様子がないパク・ソユンが答える。
「ど、どうするッ――!? どうするッ!? ソユンッ!?」
「いや、私に聞かないでよ!! うるさいわね!! ――てか、タヌキ!! 何とかしなさいよ!!」
半ばパニクるドン・ヨンファを鬱陶しがりつつ、パク・ソユンは、妖狐に力を貸せと言う。
『ふむ。仕方ないヤツらめ』
妖狐が、「やれやれ」と答える。
すると、
――ファ、ァァンッ……
と、“何かオーラのようなもの”が、まるで、“スキャン”でもするが如く――
ロビー内に展示してあった、例の、旧ソビエト軍の可変翼の戦闘機――、ミグ23の、先端から尾翼まで読み取るように“走った”。
それと同時に、
――ゴ、ゴ、ゴッ、ゴ、ゴォォォッ……!!!!!
との爆音とともに――!! もう少なくとも十数年は動いていないジェットエンジンが!! 燃料なしに動き出す!!
あわせて、
――ギィ、ィィッ……!!
と、その可変翼も、離陸するの際の角度へと、大きく開いた。
『乗れ。カスども』
との、妖狐の声とともに、
「うわ、んっ――!?」
「はぁ――?」
と、ドン・ヨンファとパク・ソユンが反応するよりも先に、身体が宙に浮く。
そしてそのまま、無理くりに、コクピットに乗せられる。
「い、いや? こ、これって、二人乗りなのかい? タヌッ――、キツネさん?」
『フン、ちっちゃいことは気にするな』
「いや、気にするわ。こわかち、こわかち」
「何言ってんだよ!? ソユンッ――!?」
妖狐とパク・ソユンの謎のやりとりに、ドン・ヨンファが困惑と錯乱気味につっこむ。
その間も、
――シュバッ――!! ドッ、ゴォォン――!!!!!
と、恐らく妖力によってか――!! ミサイルのように放たれた力が。眼前の壁面を破壊する!!
そうして、外界への出口が開いた形になる。
右手が負傷して操縦できないパク・ソユンを椅子にする形で、ドン・ヨンファが上に乗っかり、戦闘機を動かす。
「じっ、じゃあッ!! 脱出するぞッ!! ソユン!!」
「うん、早くしてって!!」
ふたりは、そう言葉を交わすとともに、半世紀近く前のミグ戦闘機を発進させる。
――グッ、ォォンッ――!!!!!
と、さすがの可変翼の効果か――、機体は建物から出るとともに、すぐさま離陸し、もう海を眼前としていた。
そうして、ぐるりと旋回しながら、まだ薄暗さの残る夜明けの中――、朝日が昇るのをバックとして、“ヒトガタの変態建築”が、炎に包まれるのが見える。
「う、わぁ……、すっごい、燃えてるなぁ……」
ドン・ヨンファが、傾いた機体の、斜め下にヒトガタを見ながら言う。
「まあ、間一髪、だったわね」
パク・ソユンが、それに呼応するように言った。
「――と、いうか? ほんと、何だったんだろうな? 今回」
「さあ、ね……? とりあえず、帰ったら、寝たいわ……」
「いや、君は帰ったら、まず病院じゃないか? ――てか? 若干、手が治ってないか?」
ドン・ヨンファがつっこみながらも、パク・ソユンの、“クパァッ――と逝ってしまった手”が、少しだが、良くなっているのに気がついた。
まあ、自身の異能力によって召還した植物の応急処置と、妖狐の妖力による効果もあるのだろう。
「そう、ね……? 何か、たぶん、内臓と肋骨も損傷してるんだろうけど……、若干、治ってきてる気がするし」
パク・ソユンが、サラッと言った。
確かに、その肉体の損傷であるが、驚異的な速さで回復しているのは間違いなさそうである。
某船坂軍人もビックリな回復力、であるといえる。
そうして、ドラ焼きダヌキの妖力を以って――、パク・ソユンとドン・ヨンファのふたりは、ミグ23戦闘機で巡行する。
その妖狐に、パク・ソユンが、
「そう言えば、さ? タヌキ、」
『何だ? ……というか、意地でも、キツネと呼ぶつもりないだろ? 貴様? 殺すぞ』
と、「殺す」と言われながらも、
「うん。その、さぁ……? さっき、アンタと、“アイツ”の――、ユスリ・タカリってヤツの“力”について話した時に、さ? どこで、手にした力だろうな――? とか、言ってたじゃん?」
『ん……? ああ……、確かに、言ったな』
「それって……、やっぱり、“誰か”が――、何者かが、ユスリ・タカリたちに、“あの力”をあげた可能性ってのが――、あるわけ?」
と、まるで、タバコを“あげた”の語感で、パク・ソユンは妖狐に聞いてみた。
『まあ、そう、だな……? おそらくは、ヤツと同等の――、いや、“並みの魔人や邪神とは比較にならないくらいの何者か”が……、ヤツに、“力”をもたらした可能性は、ある――』
何か、意味深に答える妖狐に、
「へ、ぇ……」
と、ドン・ヨンファと、
「ふー、ん……。邪神、ねぇ……」
と、パク・ソユンが、曖昧そうに相槌した。
まあ、並みの魔人と云われても、そもそも魔人とは何ぞやという話なので、あまり実感はわかない。
ただ、先ほどのユスリタカリや秘書の女よりも、強大かつ不可思議な力を持っている存在ということだろう。
また、
『まあ、もし、“そんな何者か”が出てくるとしても……、相手をするのは、貴様たちではないだろうがな』
「ま、まあ……、それは、さすがに勘弁、願いたいからね」
と今度は、何かを仄めかすような妖狐に、ドン・ヨンファが苦い顔で答えた。
そうして、
『――と、いうわけで、だ……。質問は、それくらいで、いいな? カスども? こっちも、また鉄火場に戻らないといけないのだ。邪魔をしたら、殺すぞ」
「はぁ、まだやってたの? アンタ?」
と、パク・ソユンがつっこむ。
それと同時に、
――プ、ッツ……
と、ここらで、妖狐との通信が切れる。
そのようにしていると、空は次第に、明るくなってきた。
「はぁ……、朝、だね」
操縦するドン・ヨンファが、思わず、出てくる溜め息とともに言った。
「まあ、朝でしょね」
と、パク・ソユンが答えつつ、
「そう言えば、さ? アンタ?」
「うん? 何だい?」
と、質問を言うのを待つドン・ヨンファに、
「今は、便意は大丈夫なの?」
と、またしても、例の便意を尋ねた。
「まった、こんな状況で聞きやがったし……。君は、何だい? マイブームなのかい? その質問?」
「いいえ。――だって、昔、戦闘機で訓練中に催してさ、そのまま漏らしたとか、あるらしいじゃん」
「まあ、あるだろうね……、人間だし。まあ、心配しなくても、いま、僕は大丈夫だけど」
と、いちおうは、小さい方を漏らした前科のあるドン・ヨンファが答えると、
「あっ、そう――」
と、パク・ソユンが頷きつつ、一呼吸おいて、
「ごめん。私はいま、若干、催してる」
と、思わぬ言葉を返してきた。
そんな、海と、空の境界の美しい朝焼けの中――
「うん。とりあえず、着くまではガマンしてくれな」
と、締まりの無い相方のひと言に、ドン・ヨンファがつっこんだ。
(終了)




