35 まあ、大丈夫なんじゃない? その、クパァッ――て、逝ってないし……
(1)
夜明けの、近づくころ。
まるで、聖堂や神殿のように、明かりが差しこんでくる中――
ユスリ・タカリと、秘書の女は、“観て”いた。
「――思っていたよりも……、一筋縄では、いきませんね……。理事長」
と、秘書の女が、理事長のユスリ・タカリに話しかけた。
「……あ、あ……」
ユスリ・タカリが、生気のこもってない蝋人形のように、ゆっくりと答える。
また、その肖像画のような目であるが、どこか不敵に笑っているようにも見える。
そう、である――
このX財団のふたりにとっては、まるで、獲物でも狩るかのような感覚なのだろう。
また、ユスリ・タカリが、ゆるり……と。口をひらいて、
「しかし……、彼らは……、なかなかに興味深い、な……」
「ええ……。仰るとおりで、ございます。理事長」
と、秘書の女が頷きつつ、
「狩りをするかのように、彼らを、追い込むのも良し――。または、彼らを、実験体とするのも、良し――」
と、普段の、熟れたビジネス上の話でもする時と同じような感じで、理事長のユスリ・タカリに提案する。
そのユスリ・タカリは、振り向くことはしないが、
「……」
と、肖像画のような目で、続きを聞いていた。
すると、
「それか? あるいは、理事長――?」
「……う、ん……?」
「今回についてですが、他の人間たちと違い、彼らというのは、“変形させる”ことができなかっただけでなく……、先ほどの理事長の攻撃さえもかわすなど、なかなかに、稀有な異能力者でございます」
「……」
と、ユスリ・タカリが無言の、蠟人形のような目で続きを聞き、
「――ですので、そんな、せっかくの彼らを、ですね……? ただ、変形させたり、実験体にするだけでは、少々もったいないと思いまして……」
「……」
「もしも……、彼らが、ですね? 我々の、財団の理念・理想を理解し、受け入れてくださるようでありましたら……、いっそのこと、“彼らを仲間にする”というのも、手かと――?」
「……う、む……? 確かに……、そう、だな……。もし、彼らが望むのであれば……、我々の、仲間にしてやるのも、良いかもしれない」
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いっぽう、場面は変わって――
パク・ソユンとドン・ヨンファのふたりへであるが、いったん、どこかへ逃げこんでいた。
その間も、“異形のものたち”が、“形を変え”ながらも、自分たちふたりを探さんとして、ガサガサ――と徘徊していた。
そんな、ハラハラする状況の中、ふたりは召喚した植物によって姿を隠し、やり過ごそうとする。
そこへ、
「――もう、何なの? あいつら?」
と、言ったのは、不機嫌なときの顔をしたパク・ソユンであった。
そのパク・ソユンは苛立ちながらも、
「……」
と、ジッ……と、先ほどの、ユスリ・タカリの攻撃によって、“謎の力”のかかった腕を見ていた。
「だ、大丈夫かい?」
ドン・ヨンファが、心配しながらも恐る恐る聞く。
「さあ? 少し、ヒビが入ってんじゃない?」
「さあ、ヒビが入ってんじゃない、って……」
「まあ、あと、もう少し“いってたら”さ? たぶん? クパァッ――って、腕が逝ってたんじゃない?」
「クパァッ――、って……」
サラッと答えるパク・ソユンに、ドン・ヨンファは心配しながらも、困惑した表情になる。
そのパク・ソユンが、続けて、
「たぶん、さっきも言ったけど……、何か、変形させる力じゃないの?」
「ま、まあ、それは、そうだと思うけどさ……、大丈夫、なのかい?」
と、ドン・ヨンファが改めて心配すると、
「さ、あ……? まあ、大丈夫なんじゃない? その、クパァッ――て、逝ってないし……」
と、パク・ソユンは答えながら、話を変えて、
「それより……、ところで、さ? ヨンファ?」
「ん、何だい?」
と、「どうしたか?」と、ドン・ヨンファが聞こうとした。
その時、
「――アンタ? 今、便意はどうなの?」
と間を挟んで、パク・ソユンから返された質問に、
「は、っ――?」
ドン・ヨンファが、開いた口を引きつらせ、目を点にした。
その間も、頭上からは“休んで”くれることはなく……、例の、寄生獣式に“変形したヒトであったもの”が、
――ガサ、ガサッ……!!
と、まるで、ゲジゲジのごとく徘徊していた。
さらに、自分たちの横のほうには、
――シュシュ、シュシュ……!!
と、ムカデ人間列車が来るや、スッ――と、隣で減速した。
そして、まるで、辺りを点検でもするように、動いているという。
そのような状況を、いちおうは把握しながら、
「い、や……? 何……、また、人の便意なんか、確認してんだい……? こんな状況の、この中の中で……?」
と、ドン・ヨンファが恐る恐るながら、かつ、ドン引き気味の顔で聞くと、
「いや、さっき、言ったじゃん? もう一回くらい聞く、って。それに、便意を聞くのは重要よ――! こんな状況で催されたら、大変じゃない?」
と、決め台詞のように指をピンとキメて、パク・ソユンは答えた。
それを聞いて、
「おいおいおい!? ほんとに、君は緊張感というものがないのか!? 生まれてくるときに、母親の体内にでも忘れてきたのかい? それとも、緊張感だけが離脱して、いまは冥王星辺りにでも漂ってるのかよ!?」
と、ついにドン・ヨンファすら、声を荒げてつっこんだ。
「は? 何? 喧嘩売ってるわけ?」
「いや、現に緊張感無いじゃないか!? これは、もう、頭の中をかち割ってみたいレベルだって!」
「は? アンタ? その首、ちょん切ろっか?」
と、パク・ソユンは言って、その手を、ドン・ヨンファに伸ばそうとした――
その時、
――シュシュ、シュッ……!!
と、ちょうど横に、突然に“ムカデ人間列車”がきて停まった。
それらの存在に気づいて、実査に見てみて、
「……」
「……」
と、ドン・ヨンファとパク・ソユンのふたりが、思わずフリーズした。
本来は、心の中で、「あっ……」とでも言いたいような状況――
…………
と、数秒が、まったく長く感じられる。
――シュ、シュ、シュシュ……
と、運が良かったのか、それとも召喚植物のカモフラージュと消音効果によるものか?
ふたりは気がつかれることなく、
――シュ、シュ、シュ、シュ……
と、“ムカデ人間列車”はゆっくりと走り出し、去って行ってしまった。




