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【トランス島奇譚】  作者: 石田ヨネ
第五章 対決

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31/45

31 ちなみに、こちらはドクターペッパー派



 一部のイモガイは、さまざまな大きさの三角形がランダムに集まっているように見える(図55)。数学的にはこの種のパターンは、チューリング方程式に似た方程式から生じるもので、一九六〇年代にイェール大学のフランス系アメリカ人数学者ブノア・マンデルブローが世間に広めた複雑なたぐいの幾何学的構造、いわゆるフラクタルとなっている。フラクタルは決定論的な数学システムにおける不規則な挙動、すなわち動的カオスと密接に関係している。このようにイモガイは、秩序とカオスの数学的特徴を一つのパターンに合わせ持っている。


** 『数学で生命の謎を解く』




          (1) 




「ふぅ……」


 と、ため息しながら、まず、整って剃られた顎ヒゲにズームがいく。

 続けて、

「まあ、調べてみたけどな……、お前の云う、その、『Ⅹパラダイス』ってのに関する情報ってのは……、いっさい、“無い”んだ」

 と、“スパイもの”にでも出てきそうな、整った顔で、なおかつ厳つい黒スーツの中年男が、コーヒーを片手にそう言った。

 なお、彼はコーヒーこそブラック派であるものの、横にはスイーツのケーキが置かれていた。

 すなわち、メリハリの効いた甘党派である。


 それはさておき――

 少し間を置いて、そんな彼の言葉に、

「いっさい、無いだと……?」

 と、カクテルグラスを手にしたキム・テヤンが、眉をひそめて反応した。

 時は、夜も明けんとする、朝の3、4時くらいか――

 諜報機関である情報部の一室にて、キム・テヤンは、かつての情報部時代の仲間の二人に、“とある頼みごと”をしていた。

 ひとりは目の前の、厳つい男。

 それでは、もうひとりはというと、少しウェーブのかかった黒髪に、鋭い目の女の姿があった。

 ちなみに、こちらはドクターペッパー派であるようで、紫の缶を手にしていたが。


 それで、彼らに何をしてもらったのかというと、キム・テヤンはⅩパラダイスに関して、考えられるおおよそのことを彼らに話し、いろいろと調べてもらっていたのである。

 記憶にある範囲内の、パク・ソユンとドン・ヨンファのふたりから見せられた電子チケットと、それに付随したHPのこと。

 それから、彼らはその『Xパラダイス』には船で行ったようなので、あらゆる船舶の航行の記録や、周辺海域の衛星からの画像の記録。

 また、SNSから、招待客たちがしているであろう、Xパラダイスに関すると思われる投稿など、を――

 いくら、仮に“何かを秘匿しようとしていた”としても、所詮は、招待客たちは素人である。

 その行動は、“足がつく”はずである。

 ゆえに、それらの情報を集めれていけば、謎のXパラダイスに関し、何か得られるという算段でもあった。

 それを、この情報部の力を用いれば、“簡単に”というわけではないが、調査できなくはない話だろう。


 しかし、

「何だ? ちゃんと調べたのかよ? お前ら?」

 と、キム・テヤンが言ったように、その結果は、かんばしいものではなかった。

「ちゃんと調べたのかって……、まあ、いちおう、それなりには調べてやったぞ」

 中年男が、スイーツを食いながら答える。

 続いて、

「そうよ。ていうか? 何? 深夜2時に来てから、ウチは、明け方までやってるバーのつもりかしら?」

 と、女が言った。

「ああ”? 何だ? ここは、バーじゃなかったのかよ?」

 とは、キム・テヤンが茶化す。

「バーじゃなかったのかよ、って……、何だ? 俺たち、どんな仕事してるように見えんだよ?」

「何だ? 仕事してたのか、お前たち?」

「悪かったな、そりゃ」

 と、中年男が冗談に付きあうように、「やれやれ」と言った。


 また、

「失礼なこと言うわね。貴方は酒を飲み、私たちは調べてやってるというのに……。ていうか? 何で、こんな時間なのよ――? って話」

 女が、先の質問に戻って聞いた。

「まあ、仕方ねぇだろ……。屋台が終わって、そっから、調べてんだからよ」

 キム・テヤンがグラスに口をつけつつ、やや草臥くたびれた素振りで答えた。 

 なお、このようにやり取りをしているものの、このXパラダイスに関する話自体は、この旧友たちは疑ってはいなかった。

 むしろ、本当のことであると、思っていた。

 だが、肝心なことに、その情報というのが、先に中年男が言ったように、“まったく出てこない”のである。


「しかし、まったく……、一切合切いっさいがっさい、“情報が無い”ってのは……、どういうことなんだろうな?」

 男が、ケーキを食いながら続けて、

「少なくとも、何かをすれば、何か痕跡は残る……。まあ、当たり前のことだけど。テヤンの話を聞くに、その、Xパラダイスってのは、それなりの規模の事業と推測できる。ゆえに、どんなに情報を秘匿にしたり、隠蔽しようとしたとしても、何か、情報ってのは残るはずなんだがな……」

「何か、まるで……、ドラえもんの道具でも、使ったみたいね」

 女がドクターペッパーを飲みながら、そう添えた。

「ああ”ん? ドラえもんだと?」

 と、キム・テヤンがカクテルグラスを手に、顔をしかめる。

「あら? 妥当な例え、じゃないかしら? まあ、マンガだから、エネルギー保存則や物理法則を超えた道具が出てくるのはもちろんだけれど……、ときに、まるで、“世界自体に改編の手を加えるような道具”っていうのも、出てくるじゃない」

「けっ……! ドラ〇もんとか、何だ? てめぇに似合いもしねぇ、可愛げな単語出しやがって」

「悪かったわね、似合いもしなくて」

 と、舌打ちするキム・テヤンに、女が言い、

「いや、そもそも、ドラえもん? そんな、かわいいか?」

「世界一般では、かわいいほうで通ってるんじゃないかしら? 少なくとも、可愛げなんて属性の欠片もない貴方たちにくらべたら」

「すまんな、可愛げなくて」

 と、男が言って、ケーキを平らげた。

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