Ⅰ 今日は誕生日
--「○」--
朝、起きると自分の身体が今までとちがっていた。なんだか耳にすごく違和感がある。手で触って確かめたいけど、動くのが怖い。いつものようにしないと、もう起きないと。なのに体がこわばって瞼を開けるのも重くてできそうにない。
今何時だろう。いつもきまって同じ時間に目が覚めるから同じ時間だとは思う。ただ今日は、いつもと同じじゃない。寝ている場所もいつもの寝室と違うし、いつもの自分でもない。この部屋には１０個のベッドがあって、外では声を潜めた大人たちが耳を澄ましてる。
まだ誰の声も聞こえない。みんな眠ってる。みんな同じ歳だけど、落ち着きのない子が騒いだらたいへんだ。その前に対処しないと。頭では考えるのに、体がなかなか動かない。
布の動く音がした。
「おはよう、なでしこ。どうしたの？ 怖い夢でも見た？」
声が聞こえてきた。のばらだ。
「あっ、えっと、」
なでしこの声は戸惑っている。
なでしこは、みんな同じ１３歳のなかでも、行動が幼い。自分の体が緊張するのがわかる。どうしよう。バレたらいけない。いや、いっそ正直に話した方が良い？ わたしたちは、どうしたらいいのか。
「今日は、誕生日ね。きっと、なでしこの好きなケーキがでるわ」
なでしこの答えを聞かず、のばらが重ねて言う。
「……うん。おはよう、のばら」少ししてなでしこがあいさつを返す声が聞こえた。「いつものリボンがないから、一瞬誰か、わからなかった」
二人のベッドから起き出す音がして、それで一気に肩の力が抜けた。目が自然に開く。いつもと違う部屋で、カーテンの隙間からこぼれた朝日がきれいだと思った。
ゆっくり起き上がった。
「おはよう」
のばらにあいさつされる。いつもと変わらない、おっとりとも平坦ともいえるあいさつ。
「おはよう」
わたしが返事をすると、わたしと同じように狸寝入りしていただろう何人かが、起き出した。
いくつかのおはようが交わされる。
「ねえ、眠っている子を起こしてあげましょう？」
「そうだね」
のばらが言ったことにわたしは答えた。
時計を見上げて時間を確認する。いつも寝てるのはそれぞれ四人ぐらいまでの部屋で、二人部屋ののばらとわたしはいつもこれぐらいの時間に起きている。多分、他の部屋の子に比べると、早すぎるぐらい早い。
のばらは、ジャスミンを揺り起こす。いつも遅刻ギリギリのジャスミンからしたら冗談じゃない時間かもしれないけど、今日はひとりで起きるより、起こされる方がきっといい。
「おきて、ジャスミン」
なかなか起きないジャスミンは大きく揺すられて、やっとうなり声をあげる。起きたジャスミンは一度大きく目を開いた。
「あぁ、今日は別室じゃったか」
「びっくりするよね」
なでしこがジャスミンに話しかけて二人とも楽しそうに笑い合っている。二人を尻目に、わたしも立ち上がり横で眠っている子を手で揺する。
「朝だよ」
まぶたを瞬かせたひなげしは短くうめく。
「どうしたの？」
「なんか、変……」
今の状況がわかっているのか、わからないのか、ひなげしは頭をつかむ。
「頭でも痛い？」
内心冷や汗をかきながら、わたしはひなげしの頭を撫でた。
「えっ」
ようやく目が覚めたのか、ひなげしはわたしを見て眼をしばたく。彼女がパニックでなにか余計なことを言わないようにと、念を込めてひなげしを見る。
「大丈夫？」
「あぁ、そっか、今日。……大丈夫。寝ぼけてただけ」
「なら、いいんだけど」
「ありがとう、しおん」
ひなげしは、頭を押さえながらつぶやくように言った。
何人、起きただろう。思ったより、みんな寝起きからしっかり意識があってよかった。もし一人でも、おかしなことをしたら、
「なにこれ？」
フリージアが起きたとたん、声を上げた。きょろきょろと周りを見渡している。だめだ、彼女は朝に弱い。一時間目はいつもろくな会話にならない。どうしたらいいかわからないけど、フリージアをじっと見続けるのは変だ。わたしからは場所も遠い。自然を心がけないと。
この部屋の外にはきっと武装した大人がいるはずだ。その大人たちがこの部屋に入ってこないのは、わたしたちを下手に刺激しないようにだ。
「朝よ、フリージア」
フリージアの近くにいたらしいのばらの落ち着いた声がする。
「朝だって、起こすの早いよね」なでしこが、フリージアの上に飛び乗った。「だけど今日は、いつもと違う部屋だから、戻って支度しなきゃ」
なでしこがフリージアの腕を引っ張っり起こす。彼女たちは同じ部屋だ。勝手がわかっているのだろう。
「それにしても、起こすの早いよー」
フリージアはうなるような不機嫌な声だ。ただ、意識はしっかりしてるし、みんなの意図もくみとってくれたらしい。
「ごめんなさい、私はいつもこの時間に起きるから」
「うん、わかった、ありがと」
部屋を見渡すとみんなもう起きたようで、のばらがわたしにうなずく。
「みんな起きたなら、行こう。今日は長い検査の日だよ」
少し声を張り上げたのは、これからの検査への恐怖を打ち振るうためだ。
絶対に昨日までとは、違っている。確実にわたしたちは、なにかになりかわっている。もし、検査でいつもと違う何かが出たら一発アウトだ。
外に出ると、大きな体格の大人が二人で扉のそばに立っている。きっと監視はそれだけじゃないはずだ。他の人たちは様々な部屋で待機しているのだろう。
今日はわたしたち１０人の１３歳の誕生日。わたしたちが魔女になる呪いをかけられた日。そして、わたしたちが、魔女になった日だ。
