ⅩⅢ ここは?
みんなが、何だと後ろを向いた。すぐに誰かが悲鳴を上げた。山の上の一本の大きな木が不自然に傾いでいる。それはゆっくりと倒れていき、バキバキと枝を折りながら見ている間に木は折れてネットに直撃した。
このネットは、わたしたちを逃がさないものだし頑丈に出来てるだろう、そう思っていた。
つかの間みんな静かに木をみる。
ネットは木をささえきれず、木は倒れてきた勢いそのままに坂を下りようとして柵にあたり、なぎたおした。
木はこちらに転がり落ちてくる。柵もネットに絡まりあって急な坂道をなだれて落ちてきた。
パニックになってみんなそれぞれが悲鳴をあげる。
「落ち着いて、みんな階段をおりて、おさないで」
先生が声をあげる。
「落ち着いて」
のばらが声をかけてる。わたしもみんなを誘導した。
先頭の子たちが走って下りる。
転がり落ちてくる木も柵も止まらないけどもう地上はそこだ。地上までいけば、この木の進行方向から逃れられる。
幸い元々もうすぐ地上と言うところだったので、前にいた子たちから階段を下りて脇にそれていく。
振り返ると木はスピードが少しゆるまってる気もするけど、近づいてきた木は傾いでいた時よりもとても大きく見える。当たったら、けがどころじゃない。
「急いで」
みんな声を上げている。みんなの後ろにいたわたしは焦りながらも、足をすすめる。
その時、目の前を降りていたひなげしがこけた。
「どんくさい!」
もう降り切っていたガーベラがすぐに反応して駆け上がろうとして、すみれに止められる。
「なにすんの!」
「ガーベラが危ない」
ひなげしのそばにいたのはわたしとフリージアで、二人でひなげしによりそった。ひなげしは怪我をしたのかすぐには立ち上がらない。
一番後ろを歩いていたのは観察員のはずだ。観察員はどの人も大きな成人男性だ。小さなひなげしなんか軽々持ち上げられる。
さすがに助けてくれる。みんながそう思い見ていた。わたしも迫りくる足音にひなげしを預けようとひなげしを抱えた。
観察員は横に来て、速度を変えずそのまま通り抜けていった。
「ばかやろー」
ガーベラが吠えるように叫ぶ。すみれをふりほどこうとするがすみれは必死に縋り付いている。ほかのみんなは呆然とそれを眺めている。
観察員は何事もなかったように階段をおりて安全圏に逃げるとじっとわたしたちの様子をみてる。何の意にも返さなかった。わたしたちの命なんて彼らには価値がない。それどころか、これは、どういうことだ。頭がぐるぐるとする。考えたくない。これは、本当に、事故なんだろうか。昨日、雨は確かに降った。だけど、それだけで、こんなことになるだろうか。なぜ木は倒れた? なぜ柵がこんなにもろくなだれてくる?
ゴトゴトとした音は大きくこわい。
「なでしこ」
ジャスミンのなでしこをとめる声がする。なでしこはアポートが使える。ただ使えたところでいまはどう使ってもあまりにも不自然だ。
目前に迫る木。
わたしはたいした魔法が使えない。使えたとしてもこんなパニック状態でどんな魔法なら大人の目をかわせる?
どうにもならない。それでもひなげしを置いていくわけにもいかない。フリージアも同じ思いなのか一緒にひなげしを抱える。三人で絡まり合うように階段を降りるけど、階段が雨で滑り踏ん張りがきかない。走ってこけたりして、誰かがけがをしたらもう終わりだ。ダメだ。どうしよう。
大丈夫。そう言われた気がした。
「崩れそう危ないわ」
のばらが浪々と声を上げた。ぱっと目が合うとのばらは小声で言葉を話す。
「フリージアに東側に崖を崩すように言って」
その声がぎりぎり聞こえる。彼女にしてはめずらしく苛立ちが薄くはいった声色だ。相当あせっている。
わたしはよろめいたふりをしてフリージアに耳打ちをする。
フリージアは小さくうなずいた。
大きな悲鳴。木がすぐそばまで来ている。3人で一つの塊になったみたいに抱き合った。目前に迫った木は、3人のそばの柵に当たった。
土がどよめく音がする。今までと同じように柵は倒れたけどそれは、下の規定部分や、階段を巻き込んで、根こそぎ、進路を変えて東側の斜面の方に沈んだ。それにひっぱられて、ネットで繋がった柵が引きずり込まれるように斜面に沈んでいく。木も柵に絡め取られて、すべて斜面の坂の向こう側に重心を持って行かれる。全部がすべて斜面にそれていき失速し、やがて止まった。
歓声があがる。
「ヒヤヒヤさせないでよ」
一番に声を上げたガーベラはすみれに何かささやくと、階段を勢いよく上がる。
「助けるから三人ともそのままで」
それについでのばらも階段をあがる。
みんなに支えられながら階段を三人でを降り終えた。ひなげしはよろけて、がくりとへたりこむ。
「大丈夫、ひなげし?」
やはり怪我をしていたのだろうか。
ひなげしの大きな目がこちらを向く。
「しおん、ここは、どこなんだろう」
ひなげしは涙をこぼす。わたしの目にもひなげしの目からの涙が映ったみたいに水分がじわじわとわく。
ここは家だった。もともとの家を壊しておいて逃げるように出てきたわたしは、ここで同世代の子供たちと優しい教育員さんにであった。数年前までの暮らしは、わたしには贅沢すぎるぐらいに十分だった。教育員さんたちは愛情深い人だったし、さみしい時はみんなで慰めた。ここは安心できる家だった。
でももうここは。
「3人は大事を見て保健室に、ほかのみんなは戻りましょう」
先生が号令をかけた。
みんなそれにしたがう。先生は多分ここの施設の人ではないのだろう。気丈に教師として先導しようとしてるけど、わたしたちと同じように茫然とまだ夢見心地だ。観察員は何事もなかったように最後尾につく。
のばらの横にいって小声でありがとうと言った。
「フリージアが一番頑張ってくれたわ」
とっさの事だった。フリージアの水の魔法で地盤をゆるくしてごっそりと柵をなだれさせた。土壇場で怪しい気もするけど、見た目は自然だったし、地質的にもおかしくならないようにフリージアが処理もしてくれている。アポートするよりかはよっぽど説得力がある。
「ねえ、のばら」
「なに?」
「……みんな無事でよかったね」
「そうね」
みんなきっと口を開きたいのをどうしようか悩んでる。
これは、事故なのか。