Ⅷ 夢見る女の子
--「〇」--
今日も無事一日を終えた。
「さて、どんな方法で話し合いをしましょうか」
髪を梳かし終えたので、二人でのばらのベッドの上で話し合う。
「どうしようか。まず、場所がないし、」
「どこもかしこも、監視があるから、こまったものね。中庭も今まで、みんなで行ったことがないから、なにか理由がないと怪しいわ。なら、個室にいて、なんとか話し合うしかない」
のばらは名前を書き出し、なでしことひなげしの名前のよこに、テレパシーと書いた。
「テレパシーをみんなが使えればよかったのだけれど。A号室にひなげしもなでしこも固まってるし、上手くいかないわ。フリージアは自然系みたいだから、話し合いに使える能力はない」
フリージアの横に自然と書かれる。
「自然系だとテレパシーは使えないの?」
「魔法には、自然魔法と念魔法と身体強化魔法があって、たいていは偏るわ。自然はその中でも精の種類に偏る。たまにどれも使える人もいるらしいけど」
のばらは、ここに来る前、転々といろんな場所を旅していたと話していた。自分が魔女になるかもしれないと知って、その行く先々で魔女についての話しを聞いたそうだ。
「でも、みんな体は軽いみたいなこと言ってたけど」
「基礎的な身体能力はみんな弱かれ強かれあがるみたいよ。身体強化はそれこそ魔法って呼べるぐらいに劇的にあがる」
わたしは耳が良い。だから身体強化に特化してるんだろう。そういえば最近、全然疲れないのもそういうからくりなのかもしれない。
「フリージアが自然系ってよく知ってたね?」
「自然魔法は、自然の精に話しかけて使うの。自然の精はそこら中に飛んでいて、魔女の目にはそれはキラキラと光って見える」
のばらはふと宙を見た。
「のばらも、自然魔法が使える?」
そういえば、のばらの魔法を聞いていない。
「私にはたまにしか見えない。私は火だから。風や水はきっとそこら中にキラキラが見えるんだと思うわ。フリージアは宙ばっかりを見てるから」
「そうなんだ」
確かにフリージアはやたら落ち着きがなかった。ガーベラや、かきつばたがなにかに気をとられてばかりだとおかしいと思ったかもしれないけど、もとよりふらふらとしている子なので、変化がわかりにくいのは幸いだったかもしれない。
「下手に自然魔法が使えるのはこの状況じゃ考えものよ」
「まぁ、でも、耳だとつかいどころもないし」
ここ数日で、わかったことだけど、この施設は全体的に防音がしっかりしてる。特にこの寝室は堅牢で、わたしは部屋をまたぐと声は聞こえない。そういう、魔法対策というものをあらゆる場面でしてるのかもしれない。
のばらにその思いを話す。
「そうね、はめごろしの窓とか、水道がトイレの前しかなくて、飲み水は食堂でもらう水筒しかない。基本的に移動範囲は三階以上、気密性の高い石の外壁に階段には防火扉。これは自然魔法の、水、風、土、火に対しての予防だと思うわ」
「すごい」
「どれもメジャーな魔法だからね。移動範囲がせまいのも、知ったところにしか行けないテレポート予防、危険物に触ったことがないのはアポート予防とかね。こんな小さな施設で閉じ込められてしまったら、運動能力なんてたいして意味ないし、どういう魔法があるか、よく調べられてる。この施設は立派に魔女の檻だわ」
のばらは落ち着いて話す。頭がいいから、この施設のことをよく見て考えて、彼女がかたくなに魔女と言うことを隠し通そうとしているのも、そうった施設面から見てのここへの不信感もあるのかもしれない。
「あっ、ねぇ、人間が魔女になれるなら、魔女が人間になることはできないの?」
「一度魔女になったら、人間に戻った例はないわ。魔女になると総量とよばれるものから魔女の証、魔法を使うため魔力が体に供給されて、魔力の供給がなくなると魔女のまま死ぬ」
状況が変わらなくてもせめて人間になれたらもう少し心は楽だけど、でもほんの少し、わたしなんて小さな魔法しか使えないけど、それでも魔法が使えなくなるのは寂しいと思う。もっと大きな力を持つ子はもしかしたら、もう人間に戻るなんて考えはみじんもないかもしれない。
わたしたちはどうしようもなく魔女だ。
「もう少しみんなの役に立てる魔法が使えたらよかったのに」
「さっきもいったけど、脱出対策はされている。そんな魔法ないわ」
「でも、耳がいいっていっても、せいぜい教室でひそひそ話がきこえるぐらいだよ。人間にもそれぐらいならできそうじゃない? 役に立てそうな場面がない」
外の家にいたとき、わたしが魔女のせいで隠れ続ける暮らしを余儀なくされて、母はゆっくりと狂っていって、家族もだんだんと病んでいった。生まれてこなければ、早くに殺されていた方が、と何度も思っていたあの頃がふとよぎる。自ら死ぬことも出来なくて、なにも出来ずに壊すだけ壊して家を出た。次こそ、この仲間たちは壊したくない。お荷物になりたくない。
「絶対、次こそは、足手まといにはなりたくない」
「わたしは、しおんが好きよ」
のばらはおっとりと話す。あまり感情は乗らないけど、その分誠実だ。
「足でまといとか、考えないで。みんなあなたを頼って相談にきたんでしょ」
「でも、結局のばらに頼ってる」
「しおんに頼られるなんて、わたしには嬉しいことだわ」
のばらは今は外してる赤いりぼんをなでた。
「みんなで生きるの。そうね、私の夢は、自分で選んだ机とカップを買って、自分で育てたハーブを使ってハーブティーをみんなにふるまうこと」
のばらはわたしを見る。青い目がらんらんと透き通る。
「しばらく大人たちに付き合ったら、ここを出て、やっと私たちは、自由になるの。魔女とか人間とか関係ない。私たちは私たちの人生を楽しむ」
のばらの声はとても強い。でも、表情は彼女の精一杯柔らかい。
「じゃあ、私の夢はそのハーブティーをごちそうになって、のばらに料理をふるまうことだね」
「いいわね。そうやってみんなで……」
みんなの名前が書かれた紙をなでた。落ち着いていて感情が見えにくい彼女だけど、誰よりも優しくて、みんなのことを思ってる。
「魔女も、夢を見ても許される?」
「許されるわ。だって、私たち、魔女の前に、女の子なんだから」
いまのままではどう考えても話し合いは無理なので、二人で手分けして、みんなの魔法を聞きまわることになった。もちろん普通には聞けないから、観察員のいないトイレか、中庭、それこそ魔法を使って聞かないといけない。
「もう何人か知ってる子もいるけど、他にも魔法が使えるかもしれないから、全員に当たりましょう」
「じゃあ、わたしは、ひなげしと、フリージア、それに、ガーベラとすみれに聞くよ」
「じゃあ、私は、かきつばたにジャスミンとなでしこね。一緒に、これからどうしたいかも聞ける?」
「まかせて」