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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

婚約者に捨てられて死を待つ令嬢を連れて逃げた男の話

作者: 四折 柊

※「婚約者に捨てられたので殺される前に言葉も交わしたことのない人と逃げることにしました。」の対になる男性目線のお話です。こちらを読んで頂ければより分かりやすいと思います。


 この家に敵対する貴族からの依頼で屋敷に庭師として潜り込んだ。

 ゆくゆくは王太子の婚約者である娘を事故に見せかけて怪我をさせる為だ。

 最悪の事態でも構わないと言われている。要は婚約者から引きずり落とせばいいのだ。


 その娘に恨みはないが、指示があればいつでも動けるよう、事故が不自然にならぬよう念入りに下調べをした。


 今までも貴族の家に潜入することはあったが、この家の人間の冷酷さには吐き気がする。

 人身売買、密輸入は当たり前、当主は権力を手に入れるために、妻は虚栄心の為に娘を王家に売った。


 両親は娘にあらゆる贅沢を与えた。だが娘は少しも喜んではいなかった。

 一人で無表情に食事をとり、追われるように勉強のスケジュールをこなす。

 友人と言う名の取り巻きは、与えられる恩恵に群がる蟻のようだった。

 娘の心を思う人間はひとりもいなかった。

 何もかも手に入れているのに、何一つ持たない。

 一度として心から笑った事が無い娘が、気になりだしたのは一体いつだったのか?


 ただの感傷かもしくは同情だ。

 

 笑わない娘が屋敷の広い庭の花を見て僅かに微笑む姿の儚さにしばし見とれた。

 ターゲットを気に掛けるなど愚かしい。そう思っても監視をしていれば娘のことを考えてしまう。


 自分で自分の行動が信じられなかったが、気づいたら毎日娘の部屋の窓辺に花を置くようになった。

 ある日はヒヤシンス、ある日はチューリップ、またある日はラナンキュラス……花言葉など分からないから、その日一番きれいに咲いた花を一輪置いた。

 娘はそれを手に取って香りを確かめ静かに微笑む。

 時折、庭から窓を眺めると目が合う。娘が目を逸らすことはなかった。

 それ以上近づくことはしなかった。


 せめて婚約者の王太子が娘を大切にしていれば救いがあったのだろう。

 王太子は貞淑な彼女を疎んじ、奔放な男爵令嬢を愛した。

 ただの遊びのつもりがすっかりとのめり込んで、婚姻を望む。

 それは公爵家の策略だった。

 娘は勝手な婚約者に捨てられ、両親に毒を飲むよう強要される。娘は拒まなかった。その毒は命を奪うものではなかったがひどく体を損なった。

 倒れた娘の白い顔と青ざめたその唇に浮かんだ笑みを見て俺は決心した。


 その後、娘は領地の田舎に療養に出される。見張りの騎士や家人を金で抱き込んだ。解毒の薬を飲ませ健康を取り戻させる。


 逃亡の準備を整える。他の間者がいる可能性を考えて慎重に行動した。

 もう窓辺に花は置かなかった。


 決行の夜、ベッドサイドに立った俺に、怯えることなく娘は問いかける。


「殺しに来たの?」


 娘は花を置いていた男の正体に気付いていたのだ。

 俺は恭しく手を差し出した。


「殺すくらいなら攫います。お嬢さま。どうか私と逃げて下さい」


 娘は躊躇うことなく俺の手を取った。


 汚れ仕事をしてきた分、金はあった。組織とも個人契約だったので手を切る事も出来た。

 二人、新しく生きるために見知らぬ土地に旅立った。

 彼女は素の俺で接してほしいと言う。もう自分は平民として生きるから令嬢として扱わないでほしいと。

 心を通わせるまでに時間はかからなかった。


 万が一の追跡をかわす為に、目立つ生活は送れない。どちらかと言えば貧しい生活と言える。彼女が不満を言う事はなかった。何もかも新鮮で楽しいと笑う。

 彼女は内緒話をするように小さな声で耳にささやく。


「ずっとあなたと話してみたかった、声を聞きたかったのよ」


「もう私はフランソワーズなんて名前の貴族じゃない。ただのフランよ。ただのアレンの妻になったの」


 とびっきりの笑顔を見せる。つられて俺も笑顔になる。自分でもこんな風に穏やかに笑うことが出来たことに驚く。裏の仕事をしていれば笑い方など忘れる。

 フランは俺を恩人だと言う。だが俺にとってもフランが恩人だ。俺に新しい人生を与えてくれたのだから。


「フラン、次は東に行こう。ここより田舎になるがいい景色が見れそうだ」


「楽しみね。でも私はアレンがいるならどこにいても幸せよ」


 風の噂で王太子が廃嫡されたと聞いた。フランの実家はもう存在しない。

 そのことは彼女には教えなかった。過去の事だ。知る必要はないだろう。


 そして、油断したのだ。もう追手はないと。

 彼女は臣下であるが王家の血を引く。禍根の根を絶つために追手がかかっていた。


 腕は鈍っていなかったが人数が多かった。いや言い訳だ。

 フランに怪我を負わせてしまった。傷は浅いが刃には毒が塗られていた。

 倒れたフランを抱きしめ冷たくなっていく手を握る。死なせはしない。まだこれからじゃないか。

 フランが苦しそうに喘ぎ、何かを伝えようとしている。


「しっかりしろ。今助ける。フラン、愛しているんだ。頼むから死なないでくれ……」


 失いたくない。愛しているんだ。俺を置いていくな。


「私も愛しているわ。アレン……」


 青白い顔に微笑が浮かぶ。握った手から少しずつ力が失われていく。

 泣いている暇などない。俺はフランを抱きかかえ家へと走った。

 そして手持ちの解毒薬を使い懸命に治療した。


 なんとか一命を取り留めたが彼女はまだ目を覚まさない。



 俺はフランの目覚めをいつまでも待ち続ける。

 その手に一輪の花を添えて。


お読みくださりありがとうございました。

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