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目が覚めると、白い天井が目に入った。ああ、『また』死んだのか、と俺はため息をついた。横に気配を感じ、そちらを見ると、エリーがいた。まさか、彼女も巻き込んだのか。頭が真っ白になった。
「…おかえり、パーライト」
エリーは泣きじゃくりながら、俺の手を握りしめた。
どうやら俺は死ななかったらしい。エリーによれば、俺も彼女も、以前探索で一緒になった冒険者の家で保護されている、という話だった。部屋を観察すれば、調度品も良いものだし、窓から見える庭は綺麗に整えられている。生来の冒険者稼業の者は根無し草の荒くれ者ばかりだ。こんな瀟洒な屋敷に住んでいるなんて、仮初だろう、と思っていたら、やはりそうだった。屋敷の主は、貴族だった。
「剣士のガイアよ、覚えてる?」
「ああ、腕も顔も良い男だったな」
「どんな覚え方よ、それ」
彼女に笑われながら、俺はガイアのことを思い出していた。珍しく俺のことを認めた男だ。冗談で言ったのに、本当に報酬に色を付けてきたのには驚いたものだ。そんなことを考えていると、本人が登場した。
「やあ、久し振りだね、パーライト殿」
「…弾除け風情に『殿』なんて、ホントに変わってるんだな、あんた」
「ははっ、頼み事の前だからね、礼儀はそれなりに尽くすよ」
それを聞いて、俺は思わずエリーを見た。彼女は、少し申し訳なさそうな顔をしていたが、はっきりと告げた。
「あなたの能力のことを、彼に話したの。彼、あなたの力が欲しいそうよ」
「君の力は、恐らく今の私に必要なものだ。どうだろう、少し話を聞いてくれないか」
ガイアは真剣な眼差しで俺を見た。正直、俺は腹芸など良く分からん。だが、死んで当然の状況から、彼が俺を救ってくれたのは分かる。それが俺の能力が有用らしいという思惑からなのか、それとも。
「話を聞く前に、ひとつだけ言わせてくれ」
「何だい?」
「エリーは絶対にやらんぞ」
一拍置いて、彼は大笑いした。
「あははは!勿論、勿論だよ、良かったなエリー、愛されてるじゃないか」
「い、いきなり何を言い出すのよパーライト!」
「大事なことだからな、俺にはもう他に何もないし」
大真面目な俺を前に、エリーは顔を真っ赤にしながらも、嬉しそうだった。
◇◇◇
目覚めたばかりだし、ということで、少し時間をおいて、俺はガイアことモランティー伯爵令息と向き合っていた。エリーから俺の能力を聞き、俺達の後ろ盾になる代わりに、協力してほしいと思ったらしい。
「迷宮外で人間に襲撃されても分かるのか?」
「敵と遭遇扱いになるなら、場所は関係ないかな。俺が構成要員として扱われていれば分かると思うと思うぞ」
「じゃあ、俺の護衛になってくれないか」
ガイアは、俺の能力に関する説明を一通り聞くと、そう言った。
「…俺は戦闘能力はないぞ」
「大丈夫だ、探索と同じで、そこは他の護衛が対処する。直前でも、奇襲が分かるのは有難い」
「奇襲されるのか?」
「まあ、それなりにはね」
貴族の子供なんて、そんなもんさ、と彼は軽く言った。雰囲気は軽いが、彼の目は全く笑っていない。
「本気みたいだから、言っておくが」
俺は断りとして、続けた。
「敵は、あくまでも俺にとっての敵だからな。『弾除け』よろしく俺を切り捨てたら、その瞬間から、分からなくなるぞ」
「ああ、肝に銘じておくよ」
そう言うと、彼は俺に手を差し出した。
「じゃあ、よろしく。伯爵令息様」
俺は彼の手を取った。ごつごつした、武人の手だった。
「いやいや、ガイアで良いよ」
「じゃあそう呼ばせてもらうよ、ガイア」
「よろしく、パーライト」
俺たちは、握手と笑顔を交わした。