第46話 ボナパルトの後悔
抜き足、差し足、忍び足
音を立てない独特な歩き方。
気をつけないと、ひょこひょこ歩くことになって、恰好が悪い。
重心を落とし、膝を柔軟に使って歩くのがコツだ。
人間の目は動く物に対してすごく敏感。
正面でなくても、視界に動く物があったら人間はすぐに気付くことができる。
小さな蚊が飛んでいても気が付くのに、人が視界内で動けば必ず気付かれる。
逆に人間は正面以外の動かない物に対しては驚くほど鈍感。
だから視界内では絶対に動かない。
風魔さんから丁寧に教わった。
うん、すごく分かり易く教えてくれるし、指導も適切。
ええっと、確認させて欲しいんだけど、僕は密偵になる気はないよ!
ナポレオンさんを見たのが夕方で、夜に教わって、深夜には子爵邸の中に忍び込んでいた……
だから、密偵になる気はないんだって。
聞いてもらえなかった……
忍び込んだ目的は情報収集。
もちろん、隙があればナポレオンさん達を助け出したいのだけど、捕らえられている人数が多いから気付かれずに全員を逃がすのは無理だろうと風魔さんは言っていた。
半兵衛さんはお留守番。
僕もお留守番が良かったのだけど、すごく筋が良いからと連れ出された。
褒められて少し有頂天になったけど、すぐに現実に戻される。
ええっと、風魔さんと逸れたんだけど……
真っ暗闇の中、足音を消すことに集中していたら、いつの間にか一人になっていた。
忍び込んでいるのがバレたら、僕も捕まっちゃうよ。
パキッ――― 「誰だ!」
慌てて来た道を戻ろうとしたら、枝を踏んでしまった。
あわわわ……
中庭のベンチに座っていたおじさんがこっちに気付いた。
なんでこんな所に灯りも付けずに人がいるの!?
「なんだ、小姓か…… 子爵に探すようにでも言われたか?」
よく分からないけど、何か勘違いされたのかな?
「もう少しで戻る、そこで控えておれ」
どうしよう。捕まる雰囲気ではないけど、逃げることもできない。
「そもそも、家令が荷物のチェックを怠ったのが悪い! 代々わしらに仕えているから温情を与えておれば、仕事をサボりおって、あの無能めが!」
素直に恰幅の良いおじさんの傍でじっとしておく。
家令と言えば、この前のお城に居た家令さんは忠誠心があって、有能だって半兵衛さんが褒めてた気がする。このおじさんの家令は違うみたいだね可哀そうに。
「それに兵士も近衛も役立たずめ! ハーヴェンが来ているのに平気で酒を飲むなどと、わしが酒を渡していなかったのは決してケチった訳ではない。気を緩めんために敢えて与えてなかったのだぞ。まあ、確かに高いワインを買うために酒代が心もとなかったことはあったかもしれんが――」
あ、あれ? ハーヴェンって半兵衛さんのことだよね? あそこの兵士は食料が行き届いてなかったから、プレゼント作戦が思った以上に効いたって言ってたけど……
「あり得ない! 10人程度に城が乗っ取られたなどと、誰に言えようか!」
誰に言えようかって、僕が聴いているんだけど…… やっぱり、このおじさんはあのお城の伯爵だよね。
「カーヴェイを我が城に幽閉したのがそもそもの間違いか、領地への人質として役に立つと思っておったらハーヴェンを呼び込むことになろうとは。いやいや、辺境伯がしっかりとハーヴェンを殺してさえいれば――」
全部人のせいなんだね。ちょっとくらいは自分のことを見直したほうが良いと思うけど。
「まあ、良い。奪い返せばよいだけだ。ふっふっふ、領民共め城から落ち延びたときにわれを助けもせずに、石まで投げつけてきおって。奪い返した暁には全員奴隷のように働かせてやるわ」
…… 人気無いんだね……
「しかし、われは運が良い。城を奪い返すための駒が手に入ったのだ…… 聖女と神官戦士達が辺境伯を裏切りハーヴェンと通じていたとはな…… 神官戦士どもを見世物にしながら処刑場に向かえば、あの甘いハーヴェンなら助けに入ろうと無茶をするであろう。そこを捕まえて、くっくっく……」
あわわ、何でおじさんにバレたのだろう? 早くナポレオンさんを助けないと。
おじさんが空に向かって大笑いを始めたので、こっそりと茂みに入って後ろ向きに離れる。
「あ~はっはっは…… まあ、偽の聖女が侯爵に取られてしまったのは惜しかった。あの器量、わしなら可愛がってやったのに、あの残虐な侯爵に捕まってしまえば、愛でずに火炙で終わりだろうか。勿体無い話だ」
えっ!? カトリーヌは侯爵に捕まっているの? 火炙りって早く助けないと!
◇◆◇◆◇◆
吾輩の名はオールソン、今はしがない神官戦士団の団長をしておる。
いや違うな、今はただの罪人だ。
悪いことをしたとはこれっぽっちも思っておらんがな。
恥じることは何もないと神に誓っても良い。
まあ、生臭神官だから神も見放しておるだろうがな。
辺境伯領の住民を助けたいと言う聖女に協力して住民の一部を逃がすことには成功した。
辺境伯補佐にバレずに下準備をし、なるべく多くの住民を逃すのは骨が折れた。
色町のボスを説得して、娼館の女性達の口コミを利用して秘密裏に事を進めたが、あの短期間でよく千人近くも助けたものだ。
聖女も大怪我を負っての大奮闘。アロ殿やハーヴェン殿の協力がなければ吾輩らは死んでいたかも知れんな。
まあ、しかし、どれだけ思いやり、骨を折ろうが、全てを無に帰すのが民衆というものだ。
助けた中から数名が山の中から抜け出して、侯爵やサターキ伯爵領で告げ口をしておった。
吾輩達が助けておらねば、死んでいただろうが、そんなことは知ったことではないのだろうな。
元々、他国で貴族をしておるときもそうだった。
当時は父親と一緒に民衆に寄り添い心を砕いた。
当時の王が横暴になり、民が暮らせないほどの税を取ることになったときに民衆と共に戦った。
しかし、守ろうとした民衆に裏切られて、父親は失脚し、すぐに殺された。吾輩はなんとか亡命できたが酷いものだった。
その年の冬は重税を課された民衆に多くの餓死者が出たと聞いたが、何の感情も湧かなかったのを覚えている。
『そうだ、吾輩のときもそうであった』
心の奥底から声がする。
『祖国を守らんと必死であった。心を許せる友も多く失った。民主化しようにも民衆は愚かなまま。諸外国が攻めてきておるのに悠長に民衆が育つのを待つこともできない。そんな状況で皇帝になったことに何の問題がある! 法改正に教育改革は行った。もうすぐ良くなるのになぜ待てないのだ。愚かな民衆共よ祖国を守るには団結が必要だったというのに……』
もう一人の吾輩よ、意味は分らんが、気持ちは分かる。
だが、聖女とアロ殿の純粋さに絆された。
眩しかったのだよ。今度はもしかしてと思えるほどに。
お前もそうだったのだろう。
だから、伯爵領の軍が来たときにいつも以上の力が出た。
聖女だけはなんとか逃がすことができたしな。
出来れば吾輩らのことは気にせずに穏やかな人生を送ってもらいたいと祈るばかりだ。
投げられた石で怪我をしたところを治癒の魔法で癒し、仮眠を取る。
明日も同じ目にあうのだから、休めるうちは休んでおかねば……
カチャ
看守が入って来たか…… 看守には遊び半分で暴行を加えられることが多い、きっと今日も……
治癒の魔法はもう少し待てばよかったか。
「罪人の分際で、寝てられると思うなよ」
やはりか…… なかなか重そうな棒を持って来たのだな。
何か鬱屈としたことでもあったか?
部下の方を向いておる。これはまずい。
「今日も賭け事に負けてきたのか? 弱いくせに止めておけば良いものを」
「なんだと!」
こちらに棒を向けてきた。それでよい、吾輩の方が神気は強いから、部下よりは持つだろう。
せっかく怪我を神気で治したのに無駄になるとはな。
「わ、わ、わわわ――」
ドスン! 「ぐえっ」
覚悟を決めていると、天井の通気口から何か大きなものが落ちてきて、看守が潰された。
「あ、痛たたた――」
「アロ殿!」、「ナポレオ…… オールソンさん」
なぜここにアロ殿が? もしかして、ハーヴェン殿と共に助けに来てしまったのでは? 我々は囮だ。ここに来ては一網打尽にされてしまうぞ。
「オールソンさん、大変なんだ。カトリーヌが侯爵に捕まって、火炙りにされるって」
なっ!? なんだと!
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他作品の執筆に苦戦中です。こちらはしばらく止まります。




