第30話 それぞれの道
山頂を越えた先は少し開けた土地が続いていて、そこに大人数が座り込んでいた。
辺境伯領の街から逃げて来た人達だ。
だいたい1,000人くらいかな?
「……951人」
ビックリした。
いつの間にか風魔さんが横にいてボソリと呟いた。
半兵衛さんを庇って矢を受け止めたのが認められたのか、喋りかけてもらえるようになった。
僕は黒ずくめの男から助けてもらったのですごく感謝している。
「なんで街を取り戻してくれないんだ!」
奥の方から怒声が聞こえた。
見るとカトリーヌとナポレオンさんが何人かの避難民に問い詰められている。
「お母さんが見つからないの」、「俺の財産を……」
徐々に人が増えている。
内容は理不尽なものばっかり、気持ちは分かるけど……
それを2人に言ってもしょうがないよ。
ナポレオンさんが宥めようとしているけど、分が悪そうだ。
「ガレトン王国の総隊長の命令で街では略奪が行われています。帰りたければどうぞご自由に」
半兵衛さんが近付いて静かに言った。声が大きい訳ではないのによく通る。
みんなに聞こえたんじゃないかな? 静まり返った。
魔法を使ってないのにすごい。
「聖女様について来たあなた方には今後2つの道があります。1つ目は今すぐ街に戻り略奪に晒されること。きっと女は慰み者にされ、男は戦場奴隷になることでしょう。2つ目はここでしばらく姿を隠し街に残った部隊の下で平民として暮らすこと。街に残るボーラル子爵には街の復興に協力する者に無体を働かないと約束してもらいました」
「なっ! 敵の子爵と通じているのか? 裏切者め」
先頭でカトリーヌとナポレオンさんに噛みついていた人が半兵衛さんにも噛みついた。
「…… 勘違いされていますね。よく見なさい。私達はガレトン王国の者ですよ?」
「なっ!?」
「罪のない平民を少しでも助けようと選択肢を増やしてあげただけです。必要ないのならばすぐに戦場奴隷にしてしまいましょう」
チラッと僕を見た。ちょっと嫌な予感がする。
「こちらはガレトン王国のアロ騎士爵。元戦場奴隷で先日の活躍で奴隷解放と昇爵されました。安心してください、戦場奴隷になっても彼の話を参考にすればすぐに解放されるでしょう」
えっ! 僕がこの大人数相手に喋るの!?
無茶ぶりが過ぎるよ。
ガチガチに緊張して支離滅裂だったかもしれないけど、奴隷の日常を僕なりに精一杯伝えた。
途中で喉がカラカラになって焦ったけど、リンゴを齧ってなんとか凌いだ。
辺境伯領の人がみんなポカンとしていたけど、何も言わなくなったから少しは伝わったのかな?
「いや~ さすがですな」
ナポレオンさんが僕を褒めてくれる。
いやいや、僕は何もしていないから半兵衛さんに言ってよ。
「アロ!」
カトリーヌが抱きついてきた。
神気魔法を使ったのか首の傷が塞がっている。
傷跡が残ってしまったみたいだけど、元気そうで良かった。
「助けてくれてありがとう。さすがは天使が決めた旦那様!」
え? まだ、こちらの言葉に慣れてないからかな? 旦那様って聞こえたような気がするんだけど……
「旦那様は奴隷から解放されただけじゃなくて、貴族になったのね」
腕力があるのでギュッと腕に力を込められるとちょっと痛い。
それに背中に当たる2つの柔らかい感触が……
「はしたない。離れなさい!」
半兵衛さんが引き離してくれた。
「…… ハンベイさんって本当に男の人ですか?」
カトリーヌが半兵衛さんをジト目で見ながら言った。
女性は鋭いって言うから気付いちゃったのかな?
「どういう意味ですか? ご覧の通りですよ。」
半兵衛さんが両手を広げて胸を張った。
知っている僕から見ても男性にしか見えない。
「ハンベイさんのアロを見つめる目が怪しいんですけど……」
「アロは私の命の恩人ですから、特別な目では見ていますよ」
「う~ん、あたしの命の恩人でもあるし、天使のヴァルキリーから伴侶にせよと告げられたから譲れませんよ!」
「譲るとかいう問題ではありません」
なんだろう、ちょっと険悪な感じがするけど、気のせいだよね?
「ハーヴェ・・・ いえ、ハンベイ殿でしたな。そちらの状況を教えて頂けますかな?」
ナポレオンさんが険悪な空気を読んで話を切ってくれた。
ちょっと居心地が悪かったんだよね。
話を切ったあと僕にウィンクしたのが気障だけど恰好良い。
名前を忘れてしまって、ナポレオンさんとしか心の中で呼んでなくてごめんなさい。
心の中で謝っていると半兵衛さんと話込み始めた。
頭の良い二人だから話始めるとついていけなくなる。
ちょっと手持ち無沙汰。
どうしようかな? 何気なく街の人を見たらみんながサッと目を逸らした。
えっ? 僕何かした?
「カトリーヌはこの後どうするの?」
話相手がカトリーヌしかいなくなったので、話を振ってみる。
僕達は半兵衛さんの義弟を助けに伯爵領に行くから一緒に来てくれると心強いのだけど……
「もちろん、旦那様と一緒に行くって言いたいのだけど、私達は敵国同士だから……」
そういえば、カトリーヌは敵軍の人だった。
僕にガレトン王国の人間だなんていう意識はないし、カトリーヌと一緒に戦ってたからすっかり忘れてたよ。
「アロ、いいですか?」
半兵衛さんが話に入ってきた。ナポレオンさんとの情報交換は終わったみたいだ。
意外と早かったのは僕とカトリーヌが二人で話し始めたからではないと思いたい。
「オールソン殿とカトリーヌは街の人が無事に辺境伯領に入ったのを見たら、一度教会に帰るようです」
ナポレオンさんの名前はオールソンさんだったのか、覚えていられるかな?
「何をするにしても教会に報告はしとかないといけないのでね。この国はもうダメそうだから、その後は他に国にでも行きたいことろであるが……」
「あ、あたしは……」
「吾輩は根無し草だからよいが、聖女様はこの国に生まれて両親も兄妹もいるから簡単ではないだろうな」
「この国がダメだって言うけど、あたしはここしか知らないし…… みんなに少しでも被害が及ばないようにできたら……」
自分だけではなく、他者を気遣えるカトリーヌは立派だと思うけど、辺境伯領の街の人を助けるだけでもこんなに苦労しているから、みんなってなると……
「立派ですが現実は見た方が良いですよ」
半兵衛さん。僕もそう思ったけど言い方に棘があるよ。
「な、なによ! あなただって元々はスライン王国の貴族じゃない」
うっ、険悪モードはまだ続いている?
「まあまあ、教会への報告が終わったら、カトリーヌの村に行こうではないか。とりあえず親兄妹は守らねばな」
ナポレオンさんの提案でなんとか収まった。
カトリーヌとナポレオンさんとは別々になりそうだ。
一緒に頑張った仲間なので別れるのは寂しい。
「カトリーヌに無茶をさせないように」と半兵衛さんがこっそりとナポレオンさんに耳打ちしていた。
険悪そうにみえて、カトリーヌの心配しているのが嬉しい。
「教会とカトリーヌの村は王都の近くです。伯爵領を抜ければ会えるようにルートを組みましょう」
やっぱり半兵衛さんは優しかった。
◇◆◇◆◇◆
俺の名前は聞かないでくれ。街人Aで充分だ。
辺境伯領で親の代から商売をしていて、毎日そこそこ儲けていた。
隣国が時々越境してくるので物騒だが、その分、商品は飛ぶように売れる。
なのでがっぽりと蓄えていたのだが、3日前に全てを失った。
辺境伯領の軍は何をしていたんだ! あんなにいっぱい兵がいたのに。
偉そうにして素行が悪いのを我慢していたのは、命を張って街を守ると思ったからだ!
戦闘開始の少し前くらいから、危険を感じたら北東方向に逃げると良いという噂話が出ていた。
色町を中心に出ていた話だから与太話かと思っていたが、藁にも縋る気持ちで北東に逃げた。
足の遅い邪魔な人間を押し退け、味方の軍人から切られそうになりながらも懸命に走る。
北東にあった山を登りきると神官戦士が何人かいたので、そこで休憩を取った。
次々と街の人間が合流する。
総勢1,000人ほど、ほどなくして食事が配られた。
神官戦士は分かるが、食料を持ってきたあの兵士は敵軍の兵士ではないのか?
神官戦士達は敵と内通していた!?
怒りが湧いて来た。あいつらのせいで俺は全財産を失ったのか!
「なんで街を取り戻してくれないんだ!」
敵と内通していないなら、街を取り戻せ!
聖女と呼ばれる女に詰め寄る。
「ガレトン王国の総隊長の命令で街では略奪が行われています。帰りたければどうぞご自由に」
いつの間にか現れた優男に静かに言われた。
声に妙な迫力がある。
「罪のない平民を少しでも助けようと選択肢を増やしてあげただけです。必要ないのならばすぐに戦場奴隷にしてしまいましょう」
お、俺たちを戦場奴隷にしようだと。そんな横暴が許されるものか!
戦場奴隷から解放されたとか言う少年が話始めた。
こんな少年が解放されるのだったら、俺達が怯える必要はないはず。
テントを持って一日中山道を歩き、夜はトイレや水の確保に寝ずの見張り?
いつ寝ているのだ? 歩きながら眠る??
戦場では最前列で弓の弾除けをして、時にはブラッディウルフと戦う?
ええっと、なぜ生きている?
分かったぞ、俺達を怖がらせる嘘だろう。
嘘じゃないなら証拠を示せ!
少年が上着を脱ぐと、みんなが静まり返った。
「これがブラッディウルフの爪痕で、これが矢に射られた穴で、この辺は奴隷管理人の鞭かな」
引き締まった筋肉と、歴戦の戦士のような傷痕だらけの体。
おい、喉が渇いたからって猛毒リンゴを食べるな!
こいつはヤバイ。少年の皮を被る化物だ!
全力で目を逸らす。
おい、こっちを見るな。俺は美味しくない!




