第29話 名付け魔法
半兵衛さんと東の森を進む。
森はどんどんと深くなり山に繋がっている。
すぐに馬は使えなくなった。
山の頂上にオールソンさん達がいるから、このまま2~3時間は山を登らなければいけない。
大変なはずだけど、半兵衛さんは上機嫌で登っていく。
そんなに飛ばすと、後で辛くなるよ。
――― 2時間を過ぎたくらいの、もうすぐ山頂というところで休憩を取る。
半兵衛さんは魔法で体を強化していたので全然疲れていないとのこと。
魔法ってズルイよね。
二人で腰くらいの高さの石に座って水を飲む。
見晴らしがとても良い。
麓に辺境伯領のお城が見える。
「…… アロは今後どうするか考えていますか?」
半兵衛さんが空を見ながら聞いてきた。
今後か…… 生残ることに必死であまり考えてなかったかもしれない。
「半兵衛さんの義弟さんを助けたら、元の世界に戻る方法を探したいけど……」
そうだ! 早く帰らないと。
僕も空を見上げた。
雲一つなく晴れ渡っていて気持ちが良い。
「…… それでしたら、一緒に魔法王国へ行きましょう。私も異なる世界に行けるような魔法は知りませんが、調査には一番良いところです」
半兵衛さんが提案してくれた。
少し嬉しそうだ。
うん、元の世界に帰るには魔法くらいしか考えられない。
このまま戦場にずっと居るなんて考えたくもないから、魔法王国に行くのをとりあえずの目標にしようと思う。
「ありがとう! うん、そうするよ」
「そうと決まったら、早々に関羽と張飛の奴隷紋を消して、カーヴェイを救出して、魔法王国に亡命して―――」
半兵衛さんが早口でぶつぶつと喋り始める。
今後をシミュレーションしているのかな? 頭の良い人の考えはすごいよね。
「――― 家は無理せず慎ましやかに。いえ、子供が出来たときを考えると―――」
何か子供とか聞こえたような気がするけど、きっと義弟さんのことだよね?
「アロ!」
「は、はい」
グリンっていう音が聞こえそうなくらいの勢いで、半兵衛さんがこちらを向いた。
「アロは私を信じてくれますか?」
鬼気迫る勢いだ。何だろう?
「ええっと、もちろん信じているけど」
「二度と奴隷紋を受けないように魔法をかけさせてください」
「えっ! そんな魔法があるのならかけて欲しい!」
「魔法と言っても私がアロに奴隷紋の魔法をかけるだけです。もちろんかけた後に管理権をアロ自身に渡しますから、私の奴隷になる訳ではないですが…… もしも私が嘘をついて管理権を渡さなければ……」
「ええっと、半兵衛さんにそんな心配はしてないから、大丈夫だよ」
半兵衛さんがいなければ奴隷から解放されることもなかっただろうから、今更だよね。
「良かった。それではかけさせてもらいます。奴隷紋は足の付け根に一つだけですから消すのも簡単です」
嬉しそうに半兵衛さんが魔法を唱えると黒いモヤが足の付け根に巻き付いた。
「っ!」
やっぱり熱せられたように痛い。
でも、半兵衛さんが僕のためにしてくれることだから我慢する。
「終わりました。次は管理権を―――」
次は赤黒いモヤが僕の胸に来たけど、すり抜けて行く。
「あっ……」
半兵衛さんが困った顔をする。
「どうしたの?」
「…… アロには魔力袋がないので、譲渡できませんでした……」
また魔力袋か、魔法に関わると絶対にネックになるから、悔しい。
「うっかりしていました。今消しますね」
「ううん、いいよ。半兵衛さんの奴隷だったら大丈夫だから」
「えっ!? アロが私の奴隷…… 」
ちょっと半兵衛さん、鼻血が出てるよ!
半兵衛さんの鼻血が止まるのを待って出発した。
山登りで魔力を使ったのに、奴隷紋の魔法で更に魔力を使ったから、ちょっとのぼせたのかもしれない。
「山頂に着くまでに、もう一つ済ませておきましょう」
山を登りながらブツブツと言っていた半兵衛さんが意を決したように言った。
「この魔法はアロへのプレゼントです…… わ、私の希望も入っていますが……」
後半は口ごもって声が小さくなったのでよく聞こえなかった。
「プレゼント?」
「はい、アロに真名を付けたいと思います」
おお、真の名って恰好いい。
「半兵衛さん分かってる! 恰好良い名前をお願いします」
「恰好良い名前かは分かりませんが、過去の英雄の名前です」
半兵衛さんは立ち止まると僕の顔をまじまじと見つめた。
ちょっと恥ずかしい。
「冥界の門番たるサーベラスよその口を閉じ門を開けよ。ハーヴェンの名をもって現世に英霊を招かん――――――」
ええっと、名前を付けるだけなのに半兵衛さんの魔力が今までにないほど高まっている。
城壁を破壊した戦術魔法でもここまでの魔気は使って無かったよね。
虹色のような綺麗な魔気が渦巻いている。
この世界流のちょっと格好良い名前を付けてくれるだけだと思ったのに……
「――― その名は"アスクロック"」
魔気の奔流が天に登ったと思ったら紫色の雷が落ちてきた。
し、死んだ!?
思わずつぶった目を恐る恐る開けると、何の変化もなかった。
雷が落ちたとおもったんだけど……
「"アスクロック"と名付けました。この真名は絶対に他人に知られてはいけませんよ。略せばアロでいけますから、今まで通り名乗ってもらえればバレることはないでしょう」
マンガみたいに真名が知られると、その人に逆らえなくなるとかかな?
こんな魔法を使った本格的な名付けだとは思わなかったよ。
「もしもアロが魔法を使えるようになって信頼できる仲間ができたら、私のようにアロが過去の英雄から名を取ってその仲間に真名を付けてあげてください」
仮定の話だったけど、半兵衛さんは僕が将来、魔法を使うことを確信しているような言い方をした。
「きっと、その英雄がアロと仲間に力を貸してくれるでしょう」
魔法で将来を占ったのかな?
使えるようになったら、真っ先に半兵衛さんと関羽と張飛に真名を付けるんだけど。
◇◆◇◆◇◆
おいらの名前はハトゥ-リ
本名ではないよ。
里で一番の密偵に付けられる名誉ある名前だ。
9歳のときに里で誰にも負けなくなったら、里の長が名付けてくれた。
神童だと騒がれたけど、みんなが無能過ぎるだけじゃないかな?
たいした苦労もなく一番になっちゃったからね。
でも、まだまだ修行中。
ハトゥーリは里のみんなを率いて行かないといけないんだけど、みんな言うこと聞いてくれないからなぁ……
特に年配の密偵はおいらの言うことを聞くのが嫌みたいだ。
だから、おいらに従ってくれるのは若くて癖の強い者ばかり。
「部下の教育も仕事だ!」って長には言われたけど、能力ないやつらを鍛えるのは自分自身を鍛えるより疲れるよ。
疲れると言えば、今の雇い主もだね。
本当は密偵として命を賭せる良い主に仕えたいんだけど……
なかなか良い主はいないし、お金は稼がないといけないから、仕方なくガレトン王国の子爵家の密偵として働いている。
「わ、吾輩が送った奴隷の一人が解放されただと! そんなことがあり得るのか!? こ、これは困ったぞ」
部隊に紛れ込ませた密偵からの報告を伝えたら、子爵が錯乱し始めた。
そりゃあ、無理やり奴隷にして戦場に送った者なんて、子爵を恨んでいるに決まっている。
解放されて戻ってきたら復讐されかねないもんね……
戦場奴隷が解放されるなんておいらでも夢物語だと思うんだから仕方ない。
準騎士爵の位ももらったらしいし、それほどの猛者なら今後の活躍次第では子爵に並ぶ可能性だってゼロじゃない。
「ハトゥ-リよ、殺せ! その解放奴隷にこの地を踏ますな!」
あ~あ、短略的だな……
「子爵様、落ち着いてください。今は注目の的でしょうから無暗に暗殺すれば足が付き易いでしょう」
まあ、おいらが暗殺すれば足が付くようなヘマはしないけどね。
「戦争は続いていますから帰って来るとは限りませんし、もう少し様子を見ては如何でしょうか」
暗殺なんて面倒だし、解放された戦場奴隷には興味があるから殺したくないんだよね。
「むむむ……」
「しっかりと監視も付けております。帰って来る気配があればすぐに対処致しましょう」
「そこまで言うのであれば・・・・・・・」
もうすぐ子爵家との契約期間は切れるけどね。
秘書官として戦場に送った密偵のケニーから定期連絡をもらった。
飛んで来た小鳥の魔道具がおいらの机の上で手紙に変わる。
……
『解放された戦場奴隷のアロがハンベイと言う奴隷を連れて東の山に向かった』
何のためだろう? ちゃんと目的を書いてくれよ。
『向かった方向で紫色の雷を見た』って……
それは上位の魔導士が使えるという名付け魔法じゃないのか?
名付け魔法は超強力な強化魔法だ。
ほとんどの場合は過去の英雄の名前を付ける。
過去の英雄の名前を付けると、その英雄が力を貸して同じ能力、運命になると言われているからだ。
英雄にも色々いるし、それが強力でしかも永続となるとほいほい名付けをしてもらうと困る。
例えば古代に全世界を統一したと言われる龍王"アスクロック"の名前を付ければ、その能力と運命を引き継ぐことになり、各国のバランスが崩れる。
そんな危険な魔法だからか、この世界では名付けてはいけない英雄の名前が決められていて、女神教団や各国の王達が目を光らせ厳密に守らせている。
"アスクロック"なんて禁忌として一番に上げられている英雄だ。
普通の魔導士は国に所属しているので禁忌は犯さないだろうけど、奴隷の魔導士なんて……
これはヤバイ!
すぐに秘書官をしている密偵のケニーに魔道具で連絡を入れる。
小さな貝殻の形をした里のオリジナル魔道具で魔力を馬鹿食いして30秒ほどしか話せないが、緊急用としては重宝している。
「おい、ちゃんとアロとハンベイを見張っているのか?」
「あ~ ハトゥ-リ様じゃないですか、この魔道具使うなんて珍しいですね」
「紫色の雷は名付け魔法の可能性が高い。アロとハンベイに異常はないのか?」
「アロとハンベイが異常!? 異常って何ですか! 異常じゃないです正常です! 寧ろ尊いのです!」
…… な、何を言ってるんだこいつは?
理解不能で黙っているうちに通信が切れた。
ケニーに任せたのは失敗かもしれない……




