第27話 騎士爵の日常
準騎士爵になったけど、生活はほとんど変わらない。
今日の宿にと城下町の小さな屋敷を宛がわれた。
奴隷のみんなと一緒に入ったのでギュウギュウ詰めだ。
秘書官と呼ばれる女性が僕に就いてくれたけど、初っ端から不機嫌そうにしている。
「騎士様の屋敷なのですが……」
とのこと。
僕は関羽と張飛、半兵衛さんと一緒でないと嫌だ。
3人を誘うと僕の配下と称する奴隷がみんな連れ立って来てしまったのは想定外だけど。
朝からみんなで城壁の修理に向かう。
秘書官が神経質そうなおじさんからの指令を聞いてきてくれていた。
奴隷屋敷と化してしまったので、秘書官が慌てて神経質そうなおじさんと奴隷管理人に連絡を取ってくれたらしい。
本当は騎士爵の秘書官なのに奴隷部隊の世話役になってしまった。
うん、秘書官の眉間に皺がよっている。
昼からは死体処理……
瘴気が濃くならないように敵味方関係なく燃やして穴に埋めていく。
始めは怖かったけど、膨大な数なのでだんだん麻痺して流れ作業になっていく。
なにか大切な感性を一つ無しくした気がして悲しい。
「騎士様は手伝う必要がないのですが……」
…… みんながやっているのに一人で楽をするのも気が引けるから。
うん、手伝う必要がなかったのを知らなかったからではないよ。
半兵衛さんに汚れが少ない敵軍の服を何着か確保して欲しいと言われたので集める。
着替え用かな?
関羽と張飛はすでに自分に合う服を何着か確保している。
背丈は僕と同じくらいだけど、肩幅があるから丈を詰めれば着れるようだ。
ちょっと羨ましい。
僕が着ると首元から服が落ちそうになるので、諦めている。
戦闘用の鎖帷子の上からならなんとか着れるけど、下に着るものがないのが辛い。
なので僕の普段着は雑巾のように汚れていて、そこら中に穴が開いている。
夜にはまた黄身団子を作る、毎日作っているので慣れたものだ。
秘書官も美味しそうに食べている。
僕は相変わらず森で取ったヘビやキノコ、リンゴを食べているけど……
秘書官が悲鳴を上げて逃げて行った。
ヘビが嫌いだったかな? 美味しいのに。
夜は交代で寝ずの番。
城壁の上からだと星が良く見える。
外は暗くてぜんぜん見えないけど……
これって意味があるのかな? 松明を持った敵が来たら分かるんだろうけど。
戻ったら秘書官が桶と布、子供用の服を持ってきてくれた。
椰子の実みたいなのは石鹸かな?
ありがたいけど、死体処理もしたから相当臭かった?
鼻をつまんで渡された。
あ、始めから臭過ぎて不機嫌だったんだ。
僕だけじゃなくて、みんなもか……
奴隷は体を洗ったり、替えの服なんてないからね。
よく考えたら、異世界に来て初めて体を洗うかも。
水場で汚れを落とすくらいはしていたけど……
匂いに慣れてしまって気にならないけど、普通の人からすると僕は臭いらしい。
えっ? すごく臭い?
はい、ごめんなさい。よく洗います。
着ていた服も捨てますから。
体を洗っていると半兵衛さんが来た。
僕、裸なんだけど。
「少し話をしていいですか?」
「うん、いいけど」
僕から布を取り上げると椰子の実石鹸を付けて背中を洗い始めた。
『あの秘書官は恐らくガレトン王国の密偵です。気を付けてください』
半兵衛さんの声が頭の中に響いた。
青いモヤが見えるので、きっと魔法を使ったんだと思う。
「騎士爵おめでとうございます。でも、まだ準の付く騎士爵ですから油断しないようにしてください」
「…… わかりました」
実際に出した声では違う話をし始めた。
半兵衛さんは頭が良いから大丈夫なんだろうけど、僕には高度過ぎるよ。
『クゥマから私の義弟が東の伯爵家に人質として捕らえられていると聞きました。私は義弟を助けに行かなければなりません』
震えるているのかな? 背中を洗う手に力が入っている。
「この辺境伯領はボーラル子爵が守り、ギレッド総隊長の隊は3つに分かれて進軍するようです。どう3つに分けるのか千人隊長に聞きに行かなければなりません」
「僕も行くよ!」
『騎士様は奴隷から解放されたのです。私が紹介状を書きますから、安全な魔法王国に行ってください。クゥマを道中に就けます』
「騎士様は貴族になられたばっかりなのです。他の貴族への挨拶と、進軍の準備を進めてください。雑事は我々がやりますから」
優しい顔で言われた。
僕だって戦争は怖いし逃げられるなら逃げたいけど、一人だけで逃げるなんて嫌だ。
そんなことをしたら絶対に後悔する。
「一人だけでなんて嫌だ。僕も一緒に行く」
『助けるのは簡単です。我々だけで大丈夫なので、騎士様は先に逃亡先の確保をお願いします』
「ぞろぞろと行っては笑われます。我々だけで大丈夫ですよ。騎士様は指揮官として成長してもらわないと」
「嘘だ!」
半兵衛さんは僕に罪悪感を持たせないために言っただけで、絶対に嘘だ。
奴隷は行軍だけでも辛いのに、義弟を助けるなんて簡単なはずがない。
それにクゥマを僕に付けたら、密偵までいなくなちゃうじゃないか!
「騎士様、まだ言葉の勉強中ですから勘違いされたようですね―――」
僕を気遣ってなのは分かるけど、何かできる訳じゃないけど……
「騎士様なんて言わないでよ! 僕も半兵衛さんと一緒に行く」
勢い良く立ち上がって、半兵衛さんに必死で伝えた。
驚いた半兵衛さんの顔が少しずつ赤くなっていく。
座って背中を洗っていたので、立ち上がると僕の下半身が……
「わ、分かりました。一旦分かりました」
赤い顔をしたまま、立ち去ってしまった。
ごめんなさい、半兵衛さん!
◇◆◇◆◇◆
私は秘書官のケニー。
普段は優秀な文官をしていますが、これは世を忍ぶ仮の姿。
ガレトン王国の優秀な密偵、それが私の真の姿です。
出身の里が密偵を多く輩出するところだったので、他に職が選べなかっただけなんですけど、子供の頃から密偵として育てられたので優秀なのは本当です。
特に鼻が良いのが自慢で、風上の敵の匂いや毒の匂いは離れていてもすぐに分かります。
戦場奴隷から解放された者を見張れと暗部から指令が届きました。
本当に戦場奴隷から解放される人っているのですね。
夢物語だと思っていました。
解放奴隷なんて国に対する忠誠心どころか恨みを持っていますから、裏切る可能性が非常に高いでしょう。
しかも戦場の最前線で10戦近く生残るような猛者です。
私くらい優秀な者でないと監視は務まらないという暗部の判断は正しいでしょう。
ええっと、アロ様……
君、何歳なの?
どう見ても未成年なんですけど……
それに…… 失礼ですが、そんなに強そうに見えません。
暗部の冗談とかではないですよね?
アロ様が奴隷を大量に引き連れて屋敷に入りました。
この屋敷は奴隷市場ではありません。
それにアロ様含め、奴隷達は体を洗わないのですごく臭い!
早々に屋敷を逃げ出しました。
――― ただ逃げ出すなんて優秀な私のすることではないので、子爵様と奴隷管理人様と今後の打合せをします。
ええっと、屋敷に居る間は私が奴隷の面倒も見るのですか?
嫌です。
――― くっ、まあ、明後日には進軍が始まるので2日くらいなら……
給与アップの話に乗せられてしまいました。
明日は朝から城壁の修理に昼からは死体処理ですか。
なかなかにハードですね。
私が間違っていたらごめんなさい。
アロ様って騎士爵じゃなかったのでしたっけ?
城壁の修理も死体処理も奴隷の仕事なのですが……
何なら一番頑張っておられますよね。
夕食作りまでありがとうございます。
主食の黄緑団子、非常に美味しいです。
騎士の仕事ではないですが、ここまで美味しい物を作る腕があるのなら作るべきです!
あれ? 私の鼻に猛毒の匂いが漂ってきました。
それも複数…… こんな奴隷達の食事に毒?
それとも奴隷達の酷い臭さに鼻がおかしくなってしまったのでしょうか?
ええっと、アロ様を見ると、毒蛇と毒キノコを焼いて美味しそうに食べています。
そ、そのリンゴは!
その汁一滴で多くの貴族の命を奪って来た猛毒リンゴ……
気が付くと、悲鳴を上げて逃げていました。
お、恐ろしいものを見てしまいました。
猛毒リンゴをムシャムシャ食べる人間がいるとは……
何日も洗っていない獣臭に加えて毒の匂いが充満しては大変です。
夜の見張りから帰られたアロ様に水浴びセットと着替えを渡します。
歯磨きセットはまだ渡しません。
これは水浴びを覗いていることが万が一バレた場合の言い訳用です。
「歯磨きセットを渡し忘れたので」と言えばおかしくはないでしょう。
「少し話をしていいですか?」
アロ様の水浴び中にハンベイという奴隷が来ました。
ドワーフ兄弟と共に重用している優男で非常に頭の良い切れ者です。
詠唱魔法が使えることからすると、貴族崩れかもしれません。
アロ様の次に身元が定かではないので要注意人物です。
「この辺境伯領はボーラル子爵が守り、ギレッド総隊長の隊は3つに分かれて進軍するようです。どう3つに分けるのか千人隊長に聞きに行かなければなりません」
アロ様の背中を洗いながら、報告をしているようです。
どこから聞いてきたのでしょう? なかなかの情報通。
「騎士様は貴族になられたばっかりなのです。他の貴族への挨拶と、進軍の準備を進めてください。雑事は我々がやりますから」
宰相のような振舞いですね。
裏切りや暗躍の気配はないようなのでなによりです。
「一人だけでなんて嫌だ。僕も一緒に行く」
意外ですね。アロ様はそんな我儘を言うタイプに見えなかったのですが。
あれ? 何か会話がおかしな方向に行っていますね。
話が嚙み合っていないような?
「騎士様なんて言わないでよ! 僕も半兵衛さんと一緒に行く」
ハンベイが顔を赤くしています。
恋する乙女の顔ですね……
ええっと、これってもしかしてボーイズラブですか?
騎士様なんて呼ばずに前みたいにアロと呼べ! みたいな。
それであれば会話がおかしいのも納得です。
おお、私こういうのめっちゃ好きです!
陰ながら応援しますよ。
このことは報告しないので安心して愛を育んでください。
読んで頂きありがとうございます。




