第22話 ヒエラルキー
僕は勉強が苦手だ。
まず、集中して机に座っていることが出来ない。
5分もすると集中力が切れて他のことが気になってしまう。
テストで初めて70点を取って喜んでいたら、平均点が90点だったことがある。
先生が「簡単すぎてゴメン」と言うのを聞いたときは死にたくなった。
病院に行ったというか、行ってしまったので軽度の発達障害という病名が付いたけど、たぶん違うんじゃないかな?
ただ、興味が湧かない。もしくは勉強の仕方が分かってないのだと思う。
そんな僕だからスクールカーストでは当然一番下。
明るく運動と勉強が出来る上位組を眩しそうに見ながら、どうせ僕なんてって思っていた。
戦場奴隷でも一番力がないし、言葉も分からないしで奴隷のヒエラルキーでは一番下だったんだけど…… これは??
神官戦士団と別れてから、東の砦に戻って奴隷管理人達と合流した。
奴隷管理人と奴隷達は僕達が生きていたことにすごく驚いている。
半兵衛さんと相談して連れ去られそうになったけど、激しく抵抗して逃げて来たことにした。
皆ちょっと半信半疑。理由に無理があったんじゃないのかな?
半兵衛さんが無言で僕の裾を引っ張り上げると、皆が息を飲んだ。
ヴァルキリーの一撃だと思うけど横っ腹に酷い内出血が出来ていた。
吹き飛ばされて地面に叩き付けられた肩にも同じような内出血が出来ている。
敵から酷い目にあったのは信じてもらえたようだけど、奴隷管理人の鞭も大概酷いからね!
東の砦の指揮官だと言うおじさんに大歓迎された。
籠城した直後に少人数で襲撃してくるとは夢にも思わず、油断があったと反省している。
化物のような女騎士と遠距離攻撃に徹した魔力切れを起こさない神官戦士団は脅威で、下手をすれば砦が落とされていたらしい。
だから僕達は救世主なのだそうだ。
戦場奴隷だけど、兵士用の食堂に通されて、少しましな食事と果物のジュースを出してくれた。
異世界に来て初めてまともな扱いを受けたよ。
奴隷管理人が功績を誇っているけど、指揮官のおじさんは砦の上からちゃんと見ていたようで、「見事な逃げ足でしたな」と言うと奴隷管理人は黙ってしまった。
僕達の働きに対する感謝状を書いてくれるらしい。
指揮官のおじさんは公正な人で良かった。
「それにしても、なぜ君のような子供が戦場にいるのだね」
「あ、あはは……」
それは僕が知りたいよ。
急いで中央の砦に戻った。
また、兵士と奴隷に注目されながら神経質そうなおじさんの部屋へと向かう。
入ったら、神経質そうなおじさんが顔を覆って項垂れた。
奴隷管理人が東砦のおじさんから預かった手紙を渡すと、ため息を吐きながら読み始める。
もの凄く嫌そうだ。
僕はこのおじさんに嫌われるようなことはしていないと思うのだけど……
「またか…… また、私を抜きに手柄を立てたのか……」
半兵衛さんに、共通語が分からないフリをしていた方が良いと言われているので、聞かなかったことにする。
まだ日常会話が分かるレベルなので、嘘ではないし。
そっか、これが日常会話が出来るレベルってやつなんだ。
英語が出来る子が言っていたセリフを言えるのが妙に嬉しい。
また、おじさんがため息をついた。
失敗、失敗、ニヤニヤしちゃった。
跪いて下を向いていたから見えていないよね。
「奴隷紋を2つ消してやれ…… ドワーフ兄弟と優男もだ」
僕と関羽、張飛が合計8つ、半兵衛さんが前回の戦いと今回のとで3つ消えた。
半兵衛さんは奴隷紋の魔法を受けていないから、あんまり関係ないかな?
残り2つか…… 希望が見えてきた。
神経質そうなおじさんの部屋を出ると、一人の奴隷が待っていた。
山を行軍しているときに見たことある人だ。
二回の戦闘で見たことがある人は本当に少なくなった。
一回の戦闘で半分は帰って来ないのだから、二回だと四分の一。
戦闘以外でも体力が無くなって死亡する人もいるみたいだから、本当に過酷だ。
補充がひっきりなしに来るから奴隷の数はあんまり変わっていないし、僕の周りが特別に強い人ばかりだったから初めて意識した。
見知った奴隷の人に連れられて、奴隷の部屋に入ると三段ほど高くなったところにボロボロの布団が敷いてある。
あれ? え~っと、そこに僕が座るの??
猿山のボス席みたいなんだけど……
恐る恐る座ると、奴隷達から雄たけびが上がった。
いきなり皆で大きな声を出すからビックリしたんだけど。
「見事な槍捌きですね。どこで槍術を学ばれたので―――」
「次の戦闘ではどうかお傍に―――」
次々に奴隷達が話し掛けてくる。
一度に話掛けられても……
「独学で学ばれています」
「我々奴隷はどこに配置されるか決めることはできません」
半兵衛さんがすらすらと答えていく。
聖徳太子みたいだ。あまりに優秀過ぎて怖い。
「半兵衛さんって10人から一度に喋りかけられても対応できたりする?」
「さすがに10人は無理ですね」
ふぅ、安心した。
もしかして、神経質そうなおじさんのため息ってこういう意味?
「5、6人が限界です」
…… 凄過ぎて、ため息も出なかった。
◇◆◇◆◇◆
お、俺はケチな詐欺師だ。
腕っぷしに自信はないが、なんとか二回の戦闘を生き残っている。
自分で言うのもなんだが奇跡的だ。
いや、運が良いのだろうか?
山の道中から化物のような子供が気になって、なるべく近くに居るようにした。
それが良かったのだと思う。
いつの間にか、北の方で暴れていた屈強なドワーフ兄弟を味方に付け。
ブラッディウルフが出たときは、俺がもう少しで喰われそうなときにドワーフ兄弟と一緒に現れて倒してしまった。
他の皆にはドワーフ兄弟が倒したように見えたようだ。
だが、俺は確かに化物のような子供が何かを投げて倒したのを見ている。
奴隷仲間にその話をすると嘘つき扱いされる。
確かにおれは詐欺師だが、これだけは嘘じゃない。
真実を話して信じてもらえないのはなかなかに辛い。
化物のような子供はアロと呼ばれている。
小鬼か…… 魔物殺しの真実を知っていると納得できる名前だ。
最近は嘘つき扱いされないようになってきた。
詐欺師なので、それはそれで居心地が悪い。
まあ、詐欺師は嘘を信用されないと仕事にならないのでそれで良いのだが……
嘘は信頼して欲しいが、真実は嘘とか嘘じゃないとか言わないで欲しい。
いや悪い俺の我儘だ。
今は軍の総大将なんかをしているが、山賊時代は悪名を轟かせていたギレッドと模擬戦とはいえ善戦し、開戦ではいきなり辺境伯の首を上げる。
アロ、お前はどれだけ化物なんだ!
匍匐前進には助けられた。
魔力の少ない俺では匍匐前進を知らなければ、今頃はたくさん転がっている死体の一つになっていただろう。
戦術魔法を目の前で見たときはビビった。
それでも生きて帰ってくるのだから、絶対にただの子供ではない。
優男をいつの間にか従えたと思ったら、奴隷軍の先頭で切り込み隊長をやっていた。
俺の他にもアロについて行く奴隷が増えた。
逆にアロから黄緑団子を奪った奴隷や仕事を押し付けていた奴隷は綺麗さっぱりいなくなった。
アロ達が木の切り出しを奴隷管理人から命じられていた。
十人程で良いらしいので、いち早く奴隷管理人の下に駆け付けて、選抜してもらう。
なかなかの重労働だが、のんびりとは出来る。
なるほど、怒り狂っているギレッドから逃れるための遠出か、ついて来てよかった。
――― いやついて来なければよかった……
先の戦闘で大暴れしていた女騎士が東の砦に向かって行くのが見えた。
ええっと、この人数で追うって正気か?
…… 追いついた相手は神官戦士団だった。
あの不可視の衝撃波は神聖魔法の神力場だな。
投資話で儲けていたときに騙した神官から聞いたことがある。
普通は5発ほどしか連続で撃てないって話だったが連射してきやがる。
騙した神官に嘘をつかれたか?
ドワーフ兄弟のおかげでなんとか神官戦士団に肉薄した。
俺も槍を持って飛び出そうとした瞬間に影が差した。
恐る恐る上を見ると、天使の羽を生やした女騎士が降りてくる。
アロやドワーフ兄弟が女騎士にやられた……
死んだ、俺達はもうダメだ。
「た、退却、退却」
奴隷管理人が大声で叫びながら、恐ろしい早さで逃げて行く。
今まで散々世話になったアロ達を助けたい。
だが、俺じゃどうすることもできない……
そうだ!
「中央の砦からの援軍はもうすぐだ。一旦退却するぞ」
神官戦士団と東の砦にも聞こえるように大声で言った。
援軍なんて嘘だ。信じてもらえる可能性は低いが、何か少しでも助けになりたかった。
信じてもらえたのか、神官戦士団は退却していく。
だが、アロ達を抱えて……
奴隷なんか捕虜にしても意味なんてないだろうに……
数時間で四人が帰って来た。
あまりの早さと、誰も欠けずに帰ってきたのでビックリした。
抵抗して帰って来たなんて嘘だろう。
気絶してたし、魔力もゼロだったはずだ。
アロの怪我は確かに酷かったが…… ということは一人で大立ち回りしたってことか?
あり得ないが、アロが絡むと何でもありな気がするから不思議だ。
他の奴隷と決めたことがある。
俺たち奴隷のトップはアロ以外にいない。
人が生きていれば上下関係が生まれる。
それは奴隷でも変わらない。
少しでも生き残る確率を上げるには良いトップが必要だ。
だからアロを担ぎ上げる。
魔物殺し、辺境伯殺しに東砦の救助。奴隷紋を8つも消した化物。
反対する奴隷はいなかった。
いなかったけど…… 三段高くなった敷物にちょこんと座るアロは子猿にしか見えない……
俺たちの判断は正しかったのだろうか?
ちょっと自信がなくなった。




