第16話 瘴気と魔気と神気
絶望した! もう本当に絶望したよ!
また弓の弾除けとして最前列に並ばされている現状もそうだけど……
街でおじさんに殴られたときよりも、戦場奴隷になったときよりも今が最高に落ち込んでいる。
なんと、僕は絶対に魔法が使えないらしい!
剣と魔法の世界に飛ばされて魔法が使えないなんて、そんなのサギだ。
奴隷紋の魔法や回復魔法、巻き込まれそうになった大爆発魔法。
魔法を見るたびに、もしかして僕も使えるんじゃないかと思って……
こんな辛い中で、唯一の希望だったのに!
「ブラック・インフェルノ!」 とか言いながら地獄の業火で敵を一網打尽とか夢見てたのに……
衝撃の事実を知ったのは、奴隷管理人から隊列を組む指令が下ったとき。
もちろん僕達は最前列に並ぶ。
だから相手の軍がよく見えるんだけど……
空にいる黒い何かが相手の軍に群がっていて、遠目でも混乱しているのが判る。
「何だろうあの黒いのは?」
「瘴気を感じますね」
「瘴気?」
日本語の聞き間違いかな?
「瘴気です。きっと魔物が出たのでしょう」
「うっ! 魔物ってあの巨大狼みたいな……」
「ブラッディウルフを知っているのですか!?」
巨大狼に襲われたときの話をしたら呆れられた…… なぜ?
進軍の号令がかからないので、半兵衛さんに魔物のことを詳しく教えてもらう。
魔法王国で教えられる最新の学説では、この世界では瘴気・魔気・神気と3つの力が存在しているとのことだ。
瘴気は死や恨みなどの不浄なものから形成されていて、魔気の何倍もの力を持っている。
生物が瘴気に触れ続けると体内に蓄積されて、ある一定量を超えると結晶化する。
結晶化したものは魔石と呼ばれ、魔石を持つ物は魔物と呼ばれる。
瘴気は力が強すぎて、魔石を持つまでに瘴気を溜め込むと、殆どの生物は理性が無くなり、異形化を起こすらしい。
「瘴気で変化するんだったら、魔物じゃなくて、瘴物だと思うけど……」
「昔は魔気しかないと考えられていたので、その名残りですね」
新しく瘴気が発見されて魔気と区別するようになったようだ。
今ほど魔法が普及していないときは魔法を使える人は気味悪がられていて、魔女狩りのようなことも起きたらしい。
どこの世界も同じだね。
戦場などで大量の死者が出ると瘴気が溜まってしまうので、魔物の発生する確率が高くなる。
普通はすぐに焼いたりして処理するらしいのだけど、両軍が睨み合っていたので処理が出来ず魔物が発生したのだろうとのこと。
よく見ると頭が二つある鴉が人を襲っている。
パニック映画かゾンビ映画で見たことあるような……
現実では見たくないので目を逸らした。
「魔気も体内に蓄積されたら使えるようになるのかな?」
うん、どうすれば僕が魔法を使えるようになるのかの方が大事だ。
「魔気は力が希薄なので浴びても蓄積はされませんよ」
「半兵衛さんに関羽、張飛も使えるよね。僕も使えるようになりたいんだけど」
と言うか、兵士も奴隷も皆使っているから、僕もきっと―――
「アロは…… 魔力袋を持っていないので魔気は使えません」
「えっ!」
半兵衛さんが申し訳なさそうに説明してくれた。
この世界の人は心臓近くに魔力袋という臓器を持っていて、魔力袋に溜まった魔気を利用しているらしい。
なので、魔力袋を持っていない僕は絶対に使えないし、回復魔法や支援魔法のような他人に魔力を譲渡することで効果を発揮する魔法を受け入れることも出来ないらしい……
ちなみに奴隷紋は瘴気を利用しているので、魔力袋がなくても掛かるようだ。
…… 迷惑な魔法だよね。
皆が使っている身体強化や魔力鎧は正確には魔法ではなく、単純に魔力袋の魔力をそのまま使ったもので、正確には魔化と言うらしい。
魔法は魔力袋の魔気を使って自然界にある魔気を操るもので、専門の知識と方法を身に付けないと使えないとのこと。
イメージ的に魔化は食材をそのまま食べることで、魔法は食材を料理して食べることかな?
魔法が絶対に使えない事実にこの辺りの説明はどうでも良くなった。
沈み込んでいく僕に気付いた半兵衛さんが心配そうに見つめてくる。
魔気が使えなくても、僕には「魔力視という魔気が見える大変珍しい能力がありますよ」って励ましてくれたけど……
それよりも魔法が使いたかった!
「進め!」
落ち込んでいるのも関係なく、奴隷管理人の号令で進軍する。
前回は中央に配置されていたけど、今回は中央よりも右側に配置された。
中央は呂布の本軍が進んでいて、本軍の戦場奴隷が中央の先頭を進んでいる。
「アロとハーヴェンは俺たちの後ろに、弓が来たらホフクゼンシンだからな」
関羽がそう言うと僕の少し前を進む。
魔物に混乱しているのか、弓は散発的で間隔も長い。
撃ってきそうになったら、すぐに腹這いになって匍匐前進をする。
近くにいた奴隷達も僕らの真似をするので、統一感が出て関羽部隊みたいになっている。
「右前方の森に兵が隠れています」
少し足並みが遅れ始めた半兵衛さんが僕の後ろから声を上げる。
僕には全然見えないんだけど、魔法でも使ったのかな?
「横から突かれると不味い。右に向かうか?」
「いえ、速度を上げてそのまま前に」
「来られる前に抜けるのか? 俺たちは良くても、本隊の横っ腹を突かれるぞ」
「それで良いのです。本隊が襲われたら転進して追い払いましょう」
「それじゃあ、鼬ごっこで時間を無駄にするだけだろう」
「我々は奴隷紋を消すのが目標です。勝つことではありません。一戦で一つ消えるのですから、ちょっとした小競り合いが沢山あったほうが良いのです」
「…… なるほど、速度を上げるぞ」
早口なので理解が追い付かなかったけど、半兵衛さんの言う通りにするようだ。
頑張って走っていたら、いつの間にか相手の前列に突っ込んでいた。
関羽と張飛がどんどんと切り込んで行く、相手の兵士や騎士はまったく相手になっていない。
正規の武器と防具を着ているとこんなに強いのかとビックリする。
僕の役目は半兵衛さんを守ることだから、無茶苦茶に槍を振って相手を近寄らせないようにするだけ。
半兵衛さんは魔法で火球を生み出すと、前方に放って行く。
しばらくすると轟音と共に爆発するので、どんどんと前方から人がいなくなる。
鴉の魔物も来たけど、張飛がいつの間にか持っていた弓を魔化して放つと四散してすぐにいなくなった。
なんだか役に立っていないのは僕だけみたい……
後方が騒がしくなったので振り返ると、右側の森から出てきた部隊が呂布のいる本隊に向かって行く。
先頭は立派な白馬に乗った小柄な女騎士のようだ。
白銀の鎧に綺麗な金色の髪をたなびかせ、右手には旗を付けた槍を掲げ、背中には光で出来た羽が残光を引いている。
まるで天使が戦場に降り立ったようだ。
「強い神気を感じますね。我が国にあんな神気を持つ者がいるとは聞いたことがないですが……」
神気は神様から与えられる強力な力で、ほとんど解明されていないんだったっけ?
そうだ! 魔法が使えなくても、神気だったら可能性があるかもしれない。
あの女騎士みたいに天使の羽を背負って、聖騎士とか格好いいかも。
熱い視線で見ていると女騎士が呂布の本軍に突っ込んだ。
「おら~、死ね!」
耳を疑う罵声が聞こえる。ちょっとだけ憧れが崩れた―――
◇◆◇◆◇◆
うぇ~ん、誰か助けて~
あたしはカトリーヌ、今年で13歳になります。
田舎町の農家の長女として生まれました。
5人兄妹で上に兄が3人います。
貧しいながらも親子力を合わせて暮らしていたのですよ。
農作業を手伝っているので、そこそこ鍛えられているとは思いますが、戦争に行けるほどではないのです。
ないのですよ!
戦争の影が迫っていたある日、平和を祈るミサが行われると言うので、家族で教会に行きました。
それが悪かったのでしょうか?
ミサの最後、いつも通り一人一人女神像の前に跪いてから帰るときに、それは起きました。
あたしの番でいきなり天から光が降り注ぎ、羽を持つ女神が現れたのです。
「あなたの勇気に祝福を、私の力を授けます。困難に立ち向かいなさい」
女神は皆に聞こえる大きな声でそう言うと、あたしの中に入ってきました。
あたし物凄く光りましたよね。
そこからは早かったです……
聖女認定に、神具の授与に、神官戦士団の指揮官任命―――
発育が良いとは言われますが、まだ未成年ですよ。
もちろん槍も握ったことなんてありません。
そんなあたしが軍を率いて辺境伯領に入って、敵を蹴散らす?
無理です! 無理ですってば!
『このヴァルキリーに任せなさい』
ミサの後から女神の声が頭の中に入ってきます。
本人は天使だと言っていますが、あたしは悪魔だと思っています。
『ジャンヌ ダルクの魂を持つのに信仰心が低いな』
ジャンヌって誰ですか?
家は熱心な女神信者ですが、あなたは女神じゃないんですよね?
あたしを操って神官戦士長をボコボコにしたのは忘れませんよ。
間違いなく、あなたは戦闘狂の悪魔です。
『ちょっとスカッとしたのを知っておるぞ』
うっ! あの神官戦士長、視線が気持ち悪かったんですよね。
清めの水浴びを覗こうとしたこともありましたし……
辺境伯領に入ったと思ったら、敵が進軍を開始したとの情報が入りました。
城に入場予定でしたが、森に隠れて奇襲をかけることにします。
この辺の作成を立てたのは神官戦士長です。
神官なのになかなかせこい作戦を立てますね。
正々堂々と突っ込むとか言うと思いました。
いえいえ、責めていません。勝てればいいのです。
相手の軍にはあたしと同い年くらいの少年が先頭を走っています。
親近感を感じますね。
『ドワーフ二人の膂力と優男の魔法が目立っているが、あの少年が一番だな』
えっ? 槍を無茶苦茶に振っているようにしか見えませんが……
『魔気も使わずにドワーフ二人よりも多くの兵士に傷を負わせている』
『戦場では倒してしまうよりも怪我を負わす方が救助の手間がある分、相手の負担が大きい―――』
『――― あれは間違いなく狙ってやっているな』
そうなんですか? 少年だと思っていましたが、歴戦の戦士なんでしょうか?
『それよりも行くぞ! 戦闘はこの私に任せよ』
隠れていた森から敵軍に突撃します。
「おら~、死ね!」
ちょっと、あたしの体を使って、下品な声上げないでください!




