第15話 異世界語講座
気絶していたから知らなかったけど、初戦は負け戦になったようだ。
呂布が不機嫌でピリピリしている。
負けたから帰りましょうとなったら良かったのだけど、そんなことはないよね。
夕食の黄緑団子を作っていて気が付いたけど、開戦前の1~2割は少ない量で済んでいる。
この砦は5千人ほどいたから、1千人くらいは帰って来れていない!
その中でも奴隷の犠牲が一番多いと思う。初めは1千人くらいいたのに今では半分くらい。
帰って来なかった人の半分は奴隷って考えると過酷さがよく分かる。
僕らが匍匐前進しているときに矢に当たって、バタバタと倒れていたから計算は合っていると思う。
敵兵で捕まった人が奴隷にされているみたいなので正確にはわからないけど。
「アロ、Voye!」
黄身団子を食べた半兵衛さんが口を指差して、頬っぺたを押さえている。
美味しかったのかな? 半兵衛さん高貴そうだったから口に合うか少し心配だったんだよね。
「美味しい? 良かった」
半兵衛さんは砦に来てから、いっぱい喋りかけてくれる。
こちらが日本語で話していても注意深く聞いてくれるので、関羽や張飛と違って話をするのが楽しい。
通じていないと分かっていながらも、ついつい色々と話してしまう。
ときどき相槌を打ってくれるので、段々と日本語を理解しているような気になるから不思議だ。
嬉しいのでとっておきのリンゴもあげようとしたら、笑顔で首を振られた。
美味しいのに人気がないんだよね……
奴隷生活は半兵衛さんが加わって、少し賑やかになった。
ただ、半兵衛さんは力がないので僕達がサポートに回ることが多い。
枝集めや水汲みは砦まで運ぶのが辛そうなので、砦近くまでは代わりに持ってあげる。
さすがに砦まで持っていると、半兵衛さんが奴隷管理人から鞭で打たれちゃうから交代するけど。
魔力を使うと力が増すので、短い距離ならば大丈夫みたい。
僕達からサポートを受けることを気にしているみたいだけど、これくらいなら軽いものだから気にしなくていいのに。
それに搬送ルートや一度にたくさん運ぶ案を出してくれるので、すごく助かっている。
やっぱり頭の良い人は違う。
輸送されてきた補給物資を砦の倉庫に入れる仕事があったので、これも半兵衛さんの代わりに運ぶ。
すごく恐縮されているけど―――
「僕達も助かってるから気にしなくても良いのに」
「そういうわけにはいきません。本当にありがとうございます」
「いえいえ――― えっ!?」
あまりに自然に会話していたからスルーしそうだったけど。
今、日本語で喋ってたよね?
「は、半兵衛さん、日本語できるんですか!」
「いえ、できません」
補給物資を落としかけた。
「いやいや、できてるし」
「これは魔法を使用しています」
「言語解読の魔法があるんだ!」
「ありませんよ」
階段を踏み外した。
「いやいや、それじゃあ何で日本語が通じているの?」
「暗号解読の手法を利用して、情報共有魔法で発声中に思い浮かべた物を識別し、そのパターンを把握し――― 」
半兵衛さんの言うことの半分も解らなかったけど、おそらく画像分析とパターン分析を同時にしながら、今までの会話から膨大な量の単語を記憶するという離れ業をしたみたい。
それって、スーパーコンピューターでも無理なんじゃないかな?
それに僕が喋っていない単語も言っているから、もっと複雑なことをしたのかもしれない。
関羽と張飛も驚いているから、こちらの世界でよくあることではないのだろう。
「aro rukogomo spicnelel la? aro henlo pzel」
張飛が半兵衛さんに耳打ちしている。所々でアロって聞こえるんだけど……
「張飛がアロは何の種族だと聞いています」
「何その質問? 僕は普通の人間だよ!」
半兵衛さんが慌てて通訳してくれたけど……
張飛だけでなく関羽と半兵衛さん、みんな驚いている。
僕のことを何だと思っていたんだよ!
半兵衛さんと会話が出来るようになってから、こちらの言葉を教えてもらっている。
お願いしたら、すぐに引き受けてくれた。
「こんなことくらいしか恩を返せるものがありませんから」
力仕事くらいで大袈裟だよ。
枝集めに水汲み、料理のときと四六時中教えてもらっている。
半兵衛さんは教えるのがすごく上手いので、自分でも面白いようにこちらの言葉が解るようになった。
こちらの言葉は日本語よりは英語に近いのかな? 主語、述語と続くのでそう思ったけど、よく考えたら日本語の語順が世界では珍しいよね。
ただ、英語と違って述語の変化がたくさんある。
主語によって述語が変化するから対応するのが大変だ。
その分、主語を言わなくて良いのは日本語っぽい。
ずっと後に知ったけど、こちらの言葉はスペイン語に近いようだった。
文法と単語を教えてもらうことから始まって、後は考え込まずに口から出るまで話しをする。
半兵衛さんがニュアンス違いをすぐに修正してくれるから、安心して話をすることができる。
必要に迫られていて、先生が良いとこんなに出来るようになるのだと感動した。
英語の授業はまったく理解できなくて、「海外に行かないから大丈夫」なんて言っていたけど、今は恥ずかしい。
元の世界に絶対に戻って英語を頑張る! 青空に固く誓った。
◇◆◇◆◇◆
きゃ~、きゃ~、見られた。見られた。見られ―――
…… コホン。
ごめんなさい、ちょっと取り乱しました。
ええっと、ハンベイって発音がおかしいですよ。私はハーヴェイです。
アロと呼ばれる少年に20年近く隠していた秘密がばれました。
油断があったことは認めます。
いくら認識阻害のマジックアイテムがあっても、直に見られてしまうと…… その、意味がないのです。
「女性であることは伏せて頂けると…… 」
あれ、共通語が通じません。
どこの出身なのでしょうか?
少し落ち着いてきたので、これからのことを考えます。
この国はもうダメでしょう。
あの王では今回の戦争に勝っても負けても先は知れています。
必死に守ってきたオーブリー家ですが、私を前線に出して殺すことが目的であったのならば、王によって既に接収されていると考えたほうがよいでしょう。
父母も他界しており、今更家に惜しむものはありませんが、一つだけ、一族の傍系から養子として引き取った弟のカーヴェイのことが気になります。
カーヴェイは養子とはいえ、二人きりの大切な兄弟です。
よく一緒に勉強をして、オーブリー家を守っていこうと約束をしました。
幼いですが非常に聡い子ですから、きっと生き延びてくれているでしょう。
復讐に駆られて先の短い王を倒すのは時間の無駄です。ここはカーヴェイを探して安全なところに逃げるのが上策でしょう。
今なら一人で身を隠してカーベェイ救出の機会を伺うことができますが…… アロに助けられた恩もありますし敵軍の中で機会を伺うことも……
奴隷紋を回避する方法はありますし、リスクは高いですがアロ達について行ってみましょう。
戦場奴隷は考えていた以上に過酷でした。
アロが助けてくれなければ過労死していたことでしょう。
命を助けられた恩返しをしたかったのですが、まったく返せる気がしません。
他の奴隷の3倍は仕事をしているのに私の手伝いまで……
力強くて頼りになります。
あの腕に抱かれたら…… いえいえ、これは違います。
年の差を考えなさい。10歳は違う…… いえいえ、そういうことでもなくって。
「アロ、美味しい!」
アロって何者なのでしょうか? こんなに美味しい黄緑団子は魔法王国でも食べたことはありません。
貴族のお抱えシェフになれますよ!
胃袋を掴まれてしまいそうです。
それに順番的に食べれない可能性が高い私達にコッソリと黄緑団子を配ってくれる優しさが嬉しいです。
あれ? それは猛毒リンゴですよね。
誰か暗殺でもするのですか? えっ、私にくれる?
笑顔で首を振りました。
ちょっと、食べないでください!
…… お、美味しそうに食べますね……
いえいえ、私はいりません。お気遣いなく……
――― あまりに異質な存在…… 俄然アロに興味が湧いてきました。
とりあえず、意思疎通ができるようになりたいので、言語の解析を始めます。
私の知るどの言語とも違うので難解です。
あまり褒められた方法ではないですが、まずは尋問用の記憶を覗く魔法を掛けます。
これで映像としてアロと記憶の共有ができました。
見たことがない風景ですね。異世界? いえ、それは後にしましょう。
そこに暗号解読用の魔法を重ね掛けすることによって語句ごとに区切って記憶の場面と連動させます。
記憶力には自信があるので、映像からどんどんと単語の意味を推測して行きます。
試行錯誤で何度も修正を加えました。
解析に2日ほどかかりましたが、これでほぼ話せるようになったでしょう。
ドキドキしましたが、アロの国の言葉で会話ができました。
「アロは何の種族なんだ? アロに聞いてくれ」
張飛が開口一番聞いてきました。私も気になります。
「何その質問? 僕は普通の人間だよ!」
!! 驚きました。
普通の人間はそんなにタフではないですし、猛毒リンゴも食べられませんよ。
アロに共通語を教えることになりました。
少しでも役に立てるのが嬉しいです。
なかなかに飲み込みが早いですね。
優しさと力強さに加えて、知性もあるなんて…… 違う違う。
これは正規の教育を受けたことがあるはずです。
貴族ではないようですが…… 本当に謎です。
会話がスムーズにできるようになったら、色々とアロのことを聞いてみましょう。
ええっと、趣味とか好物とか…… いえいえ、そうではなくて。
――― 私、ちょっとチョロ過ぎじゃないでしょうか?
…… そういえば、20年近く男性として過ごしてきたので、そっちの方面は弱いのでした……




