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冬目前の川はきっと冷たい

木漏れ日射し込む昼下がり。視界の端に映るふかふかベッドに埋もれたい気持ちをぐっとこらえ、4本脚のどれかが少し短い椅子(いや、どれも長さが合っていないのかもしれないが)をテーブルから少し離し、板張りの床をきしませ立ち上がる。

1週間前のあの日。

供物と共にドナドナされた俺は森のポツンと一軒家に連れてこられた。旧友曰く、この小屋は歴代の生け贄少女たちの腕によりをかけ造り上げた力作の家らしい。まず、大工の娘が周辺の木を加工し家を建て家具を作り、農家の娘が畑をおこし様々なものを栽培し、仕立て屋の娘が服やカーテン寝具などを整え、食堂の娘が道具をそろえ数多くのレシピを残した。

そんな想いの詰まってそうなこの家はモロっぽいやつが魔法をかけ、何百年と経っているのに朽ちることなく、室内の物が廃れることなく保たれ続けているため即入居することが出来た。ありがたやありがたや。そして魔法すげー。

俺も魔法使えたらなー。これからくる冬も薪用意しなくてもあったかく過ごせそうだし、食料も保存を気にせずそのまま場所も気にせず異空間にしまえたり…うらやましいかぎりだ。

羨ましがったところで魔法を手に入れることは出来ないので昨日川に仕掛けた罠をチェックしに行くことにする。

冬越しのために出来ることからコツコツと…

外へと繋がる扉を押し開けると、おすわりで待つ愛くるしいゴールデンレトリーバーになってしまった旧友がこちらに気付き『よ!』と片前足を挙げた。毛に埋もれながらも『ここにいるよ』と顔を出す肉球が何とも言えず愛らしい。すっと右手を差し出しその柔らかさを堪能しつつ左手で頭から背中をなでまくる。 

ああたまらんと首筋に顔を埋めたところで『おい』と少し呆れを含んだ嫌悪の声をかけられた。

「あ、悪い。ついついな。」

名残惜しさを感じつつ顔を離し、へにゃりと笑いながら口先だけの謝罪を述べる。

「見た目これでも、中身俺だぞ?気持ち悪くねーの?」

確かに、身体のラインが丸くなく膨らみもない、その上自分と同じくらいの身長で気心知れた同級生なんかこのように愛着を持って抱き付いたら気持ち悪いかもしれない。が、見た目がゴールデンレトリーバーになってしまった今。遠い前世の事など微塵も頭をよぎるとこはない。よって、ただただ愛くるしいもふもふボディーを堪能するのみだ。

もう一度と顔を近づけようとすると、ふにっと肉球が顔を押し退けた。あ、お日様の香りがする。

「やめろー!ったく、油断も隙もねーな!」

「肉球たまんね~力強さを感じる硬めの肉球幸せ~」

顔に押し当てられた前足を両手で包み込みうっとりと眺める変人と化した俺を『まったく、こっちの気もしらねーで』とブツブツと言いながら鼻をならす。文句を垂れながらも『機能性がいいから』『一番楽だから』とワンコフォームでいてくれるのは俺を思っての行動では?と少し思う。文句を言っても触らせてくれるし。心優しき親友よありがとう。

「ほら、昨日仕掛けた罠見に行くんじゃなかったのか?置いてくぞ」

そうだった。

スカートについた土をパタパタとはらい立ち上がると尻尾を振りながら一足先に歩き出したワンコの後を追う。

わいわい話しながら獣道に近い荒れた道を10分程歩くと水の流れる音が聞こえ、さらに進むと木々が開けた。目下には山を無理矢理裂くように木を岩で押し退け、苔を岩場に落としながら流れる川が広がった。2メートルほどのちょっとした崖のような岩場を落ちないように、湿った岩は滑らないようにと慎重に降りる。あっという間に先に降りたワンコ邦彦は心配そうな目でこちらを見上げる。

んな心配しなくても…てかフラグ立てんな。

と心でどつきながら下りきり邦彦の傍に降り立つとよしよしと頭を撫でた。

「そんな心配すんな。可愛すぎてキュン死する。」

「そんな手付きで触られたら勘違いして惚れてまうやろー」

「懐かしっ!」

2人でくつくつと笑う。

さて、仕掛けはどうだろうか?

岩の間から流れ落ちる水を挟むように突き刺さる2本の木に近寄ると、それぞれ掴み引っ張りあげる。

そのまま木にくくりつけてあった網を手繰り寄せ引き揚げる。

ビチビチビチ。

1匹いた。

いたはいたのだが…顔がおっさんな魚だった。

しかも唇は真っ赤。

バチリと目が合うと媚びを売るように魚体をくねらせウインクしてきた。

「キモ!」

腹の底から悲鳴のような本音が口に出る。

「顔はアレだがめちゃくちゃ旨い魚。」

友人の言葉を受け、リリースしたがる指に力を込めた。なるべく目をそらせ網を絞り捕らえる。語尾にハートが付いてそうなちょっと低めの短い喘ぎ声がビチビチという音と共に聞こえる。

そういうプレイでは無いので大人しくしててくれ。

「なぁこれどうしたらいい?」

美味しいと告げた親友に指示を仰ぐ。

「んーそうだなぁ。今日焼いて食うなら今しめちゃってもいいが、保存調理するなら生かして連れて帰った方がいいな」

「いや、ちが。黙らせる方法。」

「ああそっち?それなら口に石とか葉っぱ詰め込む。ま、でも今は一旦川に浸けといて他の仕掛け見に行った方がいいかもな。」

水の中にいれとけば落ち着くと言うので、なるほどとうなずき川の流れの弱い場所を見つけ網を川に浸す。

魚が逃げないように網の口を適当に結び、少し重めの石で固定する。これで動かないだろう。

水を得た魚は自由に動けないことに疑問を抱きながらも、とりあえず得られた安息を確認し大人しく水に浸かっている。

こいつをどうやって持ち帰ろうかと悩みつつ、先程仕掛けに使った2本の木を目印のために石の間に突き刺し、次の仕掛けを目指すことにした。


他の仕掛けも上々だった。全部で4ヵ所仕掛けたのだが、初めに取れたおっさん魚を含めておっさん魚が3匹、鮭っぽいの2匹、ヤマメっぽいの3匹取れた。

“っぽい”とつけたのはここが異世界だからだ。

かれこれ16年生きてきて『あ、これはアレだ!』と見た目で判断し、口にすると味や食感など全くの別物という出来事が数多くあったのだ。この世界にあるものは前世で見かけたものと外見が同じでも安心せず気を付けた方がいい。今のところ毒などの危険なものには当たったことはないが、この先無いとも言いきれない。なので教訓として見た目で判断せずしっかり中まで確認することにしている。

取れた魚たちを初めのおっさん魚入りの網につっこんだ。どうやら石を積んだだけでは流されてしまいそうだ。

仕方がないので邦彦を重し兼見張りをお願いすることにした。

「足元あぶねーから気を付けろよ」

「わーってるって」

心配そうに見つめるワンコにひらひらと手を振る。3つの網とそれぞれくくりつけた木の棒をまとめて担ぎ、次の仕掛けを作りに行く。

本当気を付けろよだの、しっかり持てだの母親の様にしつこ…色々注意している声が聞こえているが無視し、しかし足元を気にしつつ仕掛けに良さそうな場所を目指し遠ざかる。

無事に3ヵ所見つけ、さくっと設置した。旨い魚がたくさんかかりますように!出来れば見た目がいいやつで!

手を合わせ後半強めの願掛けをし満足した俺は踵を返し、来たルートを戻る。

さて、今日取れた魚たちはどう調理しようか?さばけるだろうか?レシピはあるだろうか?先にある程度確認しておけばよかったかな?などなどぼんやりと視界の端で考える。

それにしても足場が悪い。前世でも今世でも川遊びをしたことはあったが、ほどほど整備された中流下流の川で歩きやすく遊びやすかった。ここはかなりの上流なのだろう。大きな岩がゴロゴロ、大小大きさの異なる角の多い石が無造作に転がり、足を乗せると必ずグラグラとゆれた。行きは上りだったので今は下り。より一層気を付けなければと気を引き締め大きな岩に手を預けながら一歩一歩確かめながら不安定な岩場を下りていく。

何個目かの大きな岩に手をつくとアオーンと声が響いた。邦彦か。

顔を上げ声の主を確認する。ちゃんとお留守番出来てたみたいだ。戻ったらよしよししてやろう。

頬をほころばせ返事をしようと手を上げようとした。

ズル

身体の重心が後方へ傾く。視界がぐらりと天を仰ぎ、右足が踏む感覚をなくす。

あ、俺すべった。

スローモーションの世界で、揺らぐ視界の端に見えた邦彦アホずらだったな。落下予測地点に尖った石があった気がするな。頭打ったら痛いだろうな。

が、想像よりも早く予想とは違う衝撃。車に乗ってるときに急ブレーキをかけた時のシートベルトのようなガクンとした衝撃が身体をおそう。

一体何が起きた?

ぶらぶらと宙をゆれる四肢。その先に見える落下予測地点には大きめのワンコ足。

あら、邦彦ってばビックワンコフォームにもなれるのね。びっくりさせるなぁ。いや、待てよ。川に来る前に触ったあの前足はこんな形だっただろうか?ただ大きくなっただけならば形は変わらないのでは?そもそも毛色も違う。

顔を上げ、目印に差した2本の木を探す。

口を大きく開けたアホずらのままのゴールデンレトリーバーが目印の傍で腰を浮かせ固まっている。

魚逃げてないか?

とりあえず、今俺をバンジーさせてるのは邦彦ではないことがわかった。じゃあ誰だ?

さまよう足先がひんやり冷たい硬い何かに触れ、足裏、踵まで広がる。比較的平らな岩の上にゆっくり下ろされたらしい。傾く上体を起こし顔を上げると琥珀色の瞳と目があった。

それも束の間、スッと視線をそらした大狼は俺の前に真っ白な背中を差し出し跪く。

伏せか?えーっとハンドサインは確か…まず指を揃えて鼻先くらいの位置からななめに…

「早く背中に乗れ」

大狼の喉の奥から出た低い声に、お花畑になりかけた思考が現実に戻される。

あの瞳、この毛並み、この声音。間違いない。山の祭壇で会ったモロっぽいやつだ。

自分の腰より低い位置に用意されたその背中に手を載せ、その感触を味わうように手のひらを這わせる。思ったよりも柔らかい。

そういえば、背中に乗れと言っていたな。では、失礼して…

今度は両手を背骨の奥と手前につき、左足をめいっぱい開き背中から胴に滑らせて跨がる。

痛くないだろうか?声をかけようと口を開く。

「動くぞ。しっかり掴まれ。」

先を越された言葉に口をつぐみ、手をバランスのとりやすい位置に這わせ、内股に少し力を込め返事をする。

モロっぽいやつは準備が出来たことを悟ったのか、それとも返事と受け取るとこが出来たのか、ゆっくりと岩場を下り始めた。

ぴたりとくっついた内腿に少し暖かい温もりを感じる。目の前で肩の丸みが左から右、右から左へと上下する。馬には何度か乗ったことがあるが、その時よりも揺れを感じない。こんな足場の悪い岩場だと言うのに…

てか、俺モロに乗ってる!?サンみたいじゃん!

「クティカ、来ないんじゃなかったのか?」

すぐそばで難色を示す邦彦の声が聞こえた。いつの間にか友の元に辿り着いていたらしい。

「…“たまたま”近くを通りかかった。」

ひょいと背を伸ばし様子を伺うと、『たまたまねー?』とジト目の友を見つける。はぁと溜め息を1つつくといつもの邦彦の目に戻る。

「魚とれた。持って帰えんの大変だから空間に入れておいてくれないか?」

空間に?

「いいだろう」大狼が頷くと、邦彦の近くに楕円形の鏡のようなものが突然現れた。邦彦は魚の網を咥えると振りかぶって鏡に投げ入れる。あぁんという喘ぎのような悲鳴ごと鏡は全て呑み込んだ。

「サンキュ、クティカ」

『なぁ』と友に声をかける。

「“クティカ”って何?」

「名前だけど」

「山の?」

「いや、お前が乗ってるやつ」

視線を下におろす。

大狼。クティカ。

あーーーー納得ぅぅー。

長年、“クティカサン”は山の名前だと思っていた。が、しかし“さん”は敬称で“クティカサン”は山の主の名前だったのか。通りで村で話が噛み合わないことがあったわけだ。

1人百面相で納得していると邦彦とクティカさんで色々と話がついたらしく。「このまま送る」と声をかけられた。

俺を載せたままクルリと胴が動き、森の入り口に向かってのそりと歩き出す。

あ、そういえば。

まだ言ってなかった。

「助けてくれてありがとう」

聞こえたかどうかはわからない。だか、三角の尖った耳が少しだけぴくりと動いた気がした。

読んでくださりありがとうございました。今回はついうっかり長くなってしまいました。目がつかれた方ゆっくりお休みください。

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