生け贄になりましたがなにか?
「お!やっぱいるじゃん!」
と背後の断崖絶壁から聞こえた元気な声に振り返ると、ヒュッと喉がなってしまうほどの姿があった。
これゲームの中ボスモンスターで出てくるやつぅー。顔がワシ、体はライオン、大きな翼のついた…ってグリフォンやないかぁーい!町出たての勇者に勝ち目あるかーい!
言いなりに生け贄になる前にあわよくば逃げようと思っていた俺は心で十字を切った。
突然の予想外に脳内が走馬灯を流し始める中、今度は背後の崖とは反対側、祭壇の前でドスンととても大きな地響きを感じた。反射的にそちらを見やるとそこには真っ白な毛並みの大きな狼がいて、キラリと光る琥珀色の目を細め、こちらを見据えながらのしのしと近づいてくる。
こっちはモロかぁーい!今落ちたとこ、やべぇクレーターになってるけど怪我ひとつないんかぁーい!
さらなる予想外にいまいちな脳内突っ込み暴発。カオスである。
「君が今回の生け贄か…名は?」
目の前のモロが話かける。
『あれ?これって君の名は?』と某アニメーションと勘違いするほど処理落ちした頭は「ナデシコ」とばか正直に口を動かさせた。
モロは3メートル程の距離をおいた場所で立ち止まり、じっとこちらを見つめている。
あれ?聞こえなかったのかなと思い、もう一度名乗ろうかとおろおろしていると、犬歯の隙間から小さな吐息と共に『そうか』と言葉が落ちた。
「生け贄と言うがお前を食べるつもりはない。帰るところがあるなら帰れ。」
食べないのかーい!てっきり食べられてジエンドだと思ったわ!…ま、死ななくて済むならよかったか。
「帰るところ…」
生まれ育ったあの町外れの家。帰れなくないかも知れないが、生け贄として出された身を隠しながら生活するのは難しいだろう。
どうしたものかと悩んでいるとモロがまた話かけた。
「帰るところがなければついてこい。そいつの持ってる樽に食べるもの使うものを入れて運ぶといい。」
そいつと鼻先で示された方を見ると先程背後にいたグリフォンがいつの間にか左側の少し広い場所で伏せをしていた。よく見ればグリフォンの首に樽がついている。
その出で立ちでパトラッシュかよ。
『とりあえず』と近くにあった食べ物をかき集めて、物を運びやすいようにとスカートの端をまとめて掴み、たゆんだところに入れられるだけ入れて立ち上がる。のせすぎた。重い。
「こっちこっちー。ここに入れてくれ!」
樽から顔を出した『白っぽいなにか』が指示を出す。
あれ?この声って最初に聞いた声のような気が…とぼんやり思いながら近づくと『白っぽいなにか』の輪郭がくっきりはっきり見えてきた。
「なにこれ!ちょーかわいいんだが!?」
残り数メートルをダッシュで近づき、そのお姿をまじまじと見つめる。ふわふわ柔らかそうなホワイトボディに逆三角の赤毛混じりのたれたお耳、俺を写し込む大きな瞳は若葉を日に透かした様な緑色、舌が収まらず、口からペロリと出てしまっている様は完全にゴールデンレトリバー!かわいいの極みで語彙力が著しく低下する。
「うるせー!いいから要るもん、こん中入れろ。」
しっとりと濡れた鼻で樽をさす。視界の端では尻尾がふりふりと揺れている…気がしなくもない。嬉しいのか。
言われた通りスカートの上から樽の中へと物を流し込み、両手の空いた俺は真綿のボディーに指先から飛び込み、わしゃわしゃとかき混ぜた。たまらん。
「あ、おい!やめっー……うむむ。」
慌てた様子を見せたワンコだが、わしゃられるうちに心地よくなったらしく今は目を細め至福顔である。超絶かわいい。
吸い込まれるように頬と体を繋ぐくぼみに顔をうずめ深呼吸する。めっちゃいいにおい。
「…お前全然かわんねーな」
ぽそりと落ちた言葉に疑問を抱き、顔をずらして周りを確認する。が、自分以外に『お前』らしき姿はない。
はて…こんなにも可愛らしいワンコに以前お会いした事があっただろうか。いやない。記憶にございません。会ったことあるなら絶対に忘れません。そんなことよりも、このもふもふをもっと…
「もう!やめろ!俺だよ俺!思い出せよ!」
おやおや、これは新手のオレオレ詐欺ですか?騙されないぞ。と気にせずもふり続けようとすると鼻腔に侵入しそうでしないほわ毛が突然消え、頬と口を優しく包んでいたそれも無くなり、変わりに温かく滑らかな感触に当たった。
びっくりして顔をあげると先程まであったもふもふプリティワンコフェイスは何処にもなく、凛々しい成人男性の顔があった。
「人面犬きっもっ!!!」
まだ『もふ』に埋もれていた両手を引き抜き後退る。
「お前!本当!かわんねーな!」
キレ気味に放たれた言葉。声。顔。思い出した。
「お前邦彦じゃん!懐かしい~。高校卒業以来か?元気だったか?ってここにいるってことはお前も転生ってことか?まじかー。何?何で死んだ?死因は?!てか、それきめぇーから何とかしてくれねぇ?」
ポポンと駆け足で言いたい放題すると邦彦は地を這うほど長い溜め息をし、人型(?)になった。毛むくじゃらだから獣人か?
「話は後だ。まずは要るもん積んで移動しよう。この時期日が入んのはぇーし、寒い。手伝ってやるから急ごう」
俺が女で前より背が低くなったからか、それとも邦彦が前より背が大きくなったからなのか、見上げた顔は以前より距離を感じ、優しく頭に乗せられた手は大きく重く、だけど昔のように暖かな気持ちを残しするりと撫でて離れていった。
俺と吉田邦彦は幼なじみだった。生まれた日も産院も一緒。産後の入院中に母さん達が仲良くなり、聞けば家がご近所。それから何かと遊んだり出掛けたりで家ぐるみの付き合いになった。なんだかんだで保育所も小中学校、高校もずーっと一緒だった。俺たちの仲がいいからか、よく母さん達は「うちの子が女の子だったら…」なんて話をしていた。どっちが女でも漫画みたいな展開にはならないと心でツッコミをいれていたが…。
後ろをついてこなくて不信に思ったのだろう。こちらを振り返ろうと傾いた背中に向かって走り寄り、手のひらを勢いよくねじこんだ。
「かわんねーのはお前だろ!」
ただ単に前を行かれたのが腹立ったのか、急に自分より成長しててなのかはわからないが胸に込み上げたモヤモヤを言葉と共に投げつけ走り抜く。
「はぁ?俺は変わったろ?観ろよこの毛並みを!」
「それ言ったら俺は『女の子』だぜ?変わってんじゃん!」
「いや、お前中身ぜっんぜんかわってねーから!」
「そういうお前こそ!中身かわってねぇー!」
本当変わってない。
頭に残った温もりを噛み締めるように自分の手でそっと撫でる。
久しぶりの感覚につい嬉しくなって、言い合いもなかなか終わらない。
少し冷たさを帯びた風が笑い声をのせ、澄んだ空へと舞い上がった。
ありがとうございました。