生け贄って
拝啓、お父さんお母さんお元気ですか?そちらはどうですか?私は今果物などの供物に四方を囲まれ生け贄として山奥の崖前の踊り場に座らされています。
遡ること1日前。
lemonを口ずさみながらスキップしていたら町についた。町は活気に溢れ様々な声が飛び交う。
「ナデシコちゃん!買い物かい?」
露店で野菜を売っていたおじさんが箱から野菜を取り出しながら俺に声をかけた。
「うん。そうなの!レモンが欲しいのだけれど…他に何かおすすめのお野菜ある?」
そう聞くとおじさんはニコニコしながらラディッシュ、キャベツを指差した。どちらも取れたてのようで美味しそうだ。『じゃあそれも』とそれぞれ買うことにする。お代を籠に入れ渡し野菜を入れてもらっていると近くの家の奥さんが籠を片手にドアから出てきた。
「あら、ナデシコちゃん。買い物かい?あ、そうそう!この前入れてくれた棚!すっごくいいわぁ!!お父さんに似ていい腕してるのね!」
こっちの世界の父は家具を作っていた。父はいい職人だったと思う。町外れの家から少し山に入ったところに工房があり、小さい頃はそこが遊び場だった。遊びながら父の仕事姿をずっと見てきた。器用に道具を使い細かな細工をし、依頼者に想像以上の品物を作り喜ばせている父はかっこ良く誇らしかった。そんな『父に似ていい腕』と誉められとても嬉しくなった。
「ありがとうございます!!また何かありましたら声かけてください!」
ぺこりと頭を下げると奥さんは『またよろしくね』と言い残し手を振りながら通りの人混みに消えていった。
「はいよ!おまちどう!」
ちょうど野菜を詰め終えたおじさんが野菜が詰まった籠とお釣を差し出した。
「評判上々じゃないか。よかったな!これはサービスだ」
そう言ってリンゴの山から1つ手に取り籠に入れた。
「ありがとうございます!」
「うちの椅子が壊れそうだから近いうちに依頼に行かせてもらうよ。お代は負けてくれよ?」
カッカッカと快活に笑い手を振り見送ってくれた。
さて、次はバゲットだ。数軒先を左に曲がってすぐのところのパン屋を目指す。この町にパン屋は他に二軒あるが、バゲットはこの店と決めている。外がカリッカリ(寧ろガリガリ)のくせにフワモチの中身を持つバゲットを食べてしまったら他のバゲットだと物足りなくなってしまったのだ。そんな魅力たっぷりのパンは店の看板メニューで大人気。『無くなっては困る』と足のリズムが早くなる。
「ナデシコおねぇちゃん!ごめんね!」
と3人の子供が私の周りをぐるりと一回りし駆け抜けていった。この町きってのいたずらっ子達はどうやら鬼ごっこをしているらしい。
「気を付けないと転ぶよー!」
もう声が聞こえないほど遠くに走った子供たちは手を振って返事をした。言ったことわかっているのだろうか。まあ、子供は元気が一番かと笑みがこぼれた。
改めてパン屋へ向かうと段々とパンの焼ける香ばしい香りが近づいてきた。
やばい。唾液の分泌が増え始めた。
角を曲がると妙な人だかりが目についた。
「どうしてうちの子なんですか?!」
誰かが叫ぶ。
何事かと気になるがパン屋が先だと思い、人だかりから目をそらそうとすると人々の隙間を掻い潜り見知った女性と目があった。
「あ、ジェシカ」
ついぽそりと名前がこぼれる。
「!!…そうよ。あの子よ!あの子が私の代わりになればいいのよ!!」
目のあった女性は目から大量に零れる水滴も気にせず、ナデシコを指差し大声をあげた。
その指の先をたどり人々が振り返る。気分はモーセかと思うほど綺麗に道が出来た。
目のあった気の強いお嬢様のジェシカを支えるように立っていたジェシカの母と、対面して立つ町長が間の抜けた顔でこちらをじっと見つめた。
「へ?」
頭では『面舵いっぱーい!回避ー!』と警報が鳴り響いている。絶対面倒事だ。早く逃げなければ。
「ナデシコ」
回避失敗。
ほんの数秒前にサークルの真ん中にいた人物が私の右手首をとらえていた。逃がしはしないと爪が食い込む。
そこからはあっという間に転がるように事が運んだ。
ジェシカの艶やかな唇から高らかと発せられる雄弁な演説は町長を唸らせ、民衆を共感させ、私を置いてきぼりにした。
辺りがどっと湧き拍手の渦が巻き起こった。なぜか多くの人が目に涙を浮かべている。
ジェシカ、あんた演説に才能極ふりし過ぎじゃありません?その才能他にもまわそ?
周り同様涙ぐみ鼻をすすりながら町長がやってきた。
「いやーありがとう。自ら生け贄に立とうと…まるで女神様だ。いやはやありがたや。ありがたや。」
は?なにこのハゲ。生け贄とか言った?てか自らって?ジェシカめ!覚えてろよ!
「あの…生け贄?って?」
こめかみに青筋がたつのをグッとこらえ聞いてみる。
「何百年も前に山の主様がこの土地を救ってくださってから、50年に1度、“クティカサン”に生け贄と供物を捧げこの土地をお守りいただく儀式を行っていてね。それがちょうど今年なのだよ。それで…」
ハゲの言葉はまだまだ続いていたが、頭上にたらいが落ちてきたほどの衝撃を受けフリーズした。
実際にはバゲットが落ちてきた。
振り返るとパン屋のおばさんが悲しげな顔で『お代はいらないよ』と肩を叩いた。
こうして私が生け贄になることが決定した。
そうして、今まで着たことのない手触りの良いワンピースに身を包み、神台と言う名の処刑台に胡座をかいてお待ちしていると言うわけだ。
左側にある果物の山から近くに置いてあるリンゴを取ると歯をあてえぐりとった。
んー収穫期の終わりの方だからだろうか、もしくは取ってから日にちが経っているのか少しすかすかしたリンゴは甘さ控えめのようだ。
二口めを食べるか悩んでいると右側から、ふんっと鼻をならし馬が右腕の下に顔を突っ込んできた。
「そうだよねーお腹すくよねー。食べかけだけど食べる?」
欠けたリンゴを鼻先に差し出すと馬はまたもやふんっと鼻をならし顔を背けた。
食べないらしい。
「君もまずいのは食べたくないよね~」
この世界に来てからこじらせた貧乏性のせいで捨てるに捨てられないリンゴを手で弄んでいると背後から声が聞こえた。
「お!やっぱいるじゃん!」
はて?確か後ろは崖ではなかったかい?
読んでくださりありがとうございました。