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第02話 JOB

 俺は、ティアに話しかける前に、一つの事を自分に定めた。それは、俺が田中一(たなか はじめ)という転生者で有る事を秘匿する事だ。

 俺も転生者だとなると、それが天川の事を思い出させる事となり、彼女を苦しめる可能性が有る。だから言わないと。

 普通であれば、なんとか彼女を慰める言葉をひねり出す時間も持てただろう。だが、俺たちは普通では無い状況にいる。だから、逆にそのことを理由にして、彼女をこの場から連れ出す。なんと無様なことだろうか……。

「ティア!悪いが、おまえの現状は半分もよくわからない。かけてやれる言葉も無い、ごめん! でもその上で言うよ、俺たちの状況を思い出せ!! いろいろ思うことはあると思うけど、まず今晩のことだ! 飯のことだ! 俺たちは帰るところは無いんだぞ! アルオスとトルトもいなくなった。俺たち二人でなんとかしなくちゃ行けないんだ! 行くぞ! 俺たちに時間的余裕は全然無い! 泣くのは今晩のベッドにしろ! あいつを殴りに行くなら今度だ、俺も手伝う。10発ぐらい殴ればいいか? とにかく全部後だ! この後することは決めてあったよな。行くぞ! 顔を上げろ!」

 俺が思いつくまま、言い訳でもあり、現実でもあることを言っていると、彼女の瞳に多少の力が戻ってきた。彼女は『立花 綾乃』で有るとともに『ティア』でも有る。だからといって、悲しみや辛さが半分になる訳では無いが、『ティア』はこの感情に流されて動けなくなることは無い。

 こんな方法でしか、彼女を動かすことができない自分が本当に腹立たしい。全く……。

 涙を拭い、口を強く引き結んだ彼女の手を引くと、「行くぞ」といってその場を後にする。周囲の者がいろいろ言っているが、すべて無視だ。一刻も早くこの場を離れなくてはならない。これはティアのこともあるが、それ以外にも理由がある。

「ティア、時間が少し遅くなった。予定変更だ。西のギルドに行くぞ」

「ごめんなさい…… 私のせいだね」

 申し訳なさそうに言う彼女の背中を、バシンと音が出る程に叩きながら笑って言う「その分働いてもらうさ」と。

 彼女は「うん」と小さくでは有るが強く返した。

 ……どうやら、ある程度は大丈夫のようだ。後は、とにかくやるべきことをやり続けることで、天川のことを考えさせないようにすればいい。

「で、JOBは何だった?」

 走りながら俺が聞くと、彼女は今気づいたようで、同じく走りながら慌ててステータスの確認を行っているようだ。

 ステータス。前世の記憶的に言えば、RPGゲームにあるアレだ。名前に、レベル、各種パラメーターなどが書かれているアレ。

 この世界の者は、『託宣の儀』を受けた後、そのステータスパネルを呼び出すことができるようになる。スキルなどと同様に、意識することで眼前に現れる。ただ、これは実際に出現しているのでは無く、視覚情報に割り込む形でステータスパネルの情報が差し込まれているらしい。オーバーレイだのスーパーインポーズなどと呼ばれるものに近い概念かもしれない。まあ、つまり、他人からは見えないってことだ。

 そんなステータスパネルを確認していたティアの表情が、先ほどより歪んでいる。この数分で、多少戻っていた分が元に戻った感じだ。どうやら、思わしくないJOBだったようだ。

 ティアは、そんな表情のまま、沈んだ声でそれを告げる。

「ロウ…… JOB、歌姫だって……」

「歌姫?」

 ……聞いたことが無いJOBだな。先ほどの表情から、戦闘に適さないJOB、『農夫』や『鉱夫』、『商人』等を想像していたのだが、全く予想外のJOBだった。まあ、『アヤノ』と考えれば、まさに最適なJOBだともいえるが。

「うん…… 歌姫」

「スキルは?」

「えっとね、歌唱って言うのが一つだけ……」

「内容は?」

「…………歌に応じた効果を、他のものに与えることが出来る、だって……」

「バフ系か…… うん? 他の者に、なのか?」

「うん、他のものに、って限定されてる……」

 バフ、いわゆる仲間に良い効果を与える支援魔法の一つだ。反対に敵に悪い効果を与える、デバフ系も纏めているケースもある。彼女の場合は含むパターンのようだ。

 ただ、問題なのは、『他の者に』と言う限定文。

 ステータスに書かれている文章は『絶対』だ。間違いなく文章どおりである。つまり、彼女の『歌唱』のバフ(デバフ)効果は、彼女自身には効果を発揮しないと言うことになる。

「う~ん、歌のバフ効果がどの位か分からないけど、ティア自身に効果が無いのは気をつけなきゃだめだな。だけど、ま、良かったな。完全な生産系とかじゃ無かったから。戦闘で使えるJOBだ。俺たちみたいに、無条件で冒険者になるしかない者にとっては福音とかってやつだよ」

「でも、私自身には戦闘能力ないし……」

 やっぱり気にするか。少しでも気にしないように言いたかったんだが、そこは人生経験の少なさが露呈しまくっているからな……。

「まあ、そこは、剣や槍でなんとかするしか無いたろ。農夫とかだったらそうする、って決めてたし。頑張るしか無いよ。俺もフォローするって」

 俺が言えたのは、この程度だ。情けないよな…… 自分の不甲斐なさを嘆く俺をよそに、彼女は口元を引き締め、ゆっくりとではあるが頷いた。

「うん、頑張るよ。頑張るしか無いよね。……ところで、ロウのJOBは何だったの?」

 俺の『JOB』は広場を駆け出した段階で確認済みだ。正直、がっかり感がある。

「おれのJOBは、盗賊。素早さと、器用さ特化だな。スキルは三つ。スティール、気配察知、隠密。隠密は、自分の気配・音・匂いを消して見つかりにくくするスキル。気配察知は、逆に周囲の生物の存在が分かるスキル。スティールは、モンスターから物品等が盗めるスキル。確率で、ってなってるから、出来たり出来なかったりするんだろうな。まあ、という訳で、俺もティア同様、攻撃系スキル無しだ。お互い大変だけど、協力して頑張ろうな」

 そんな、俺の言葉を聞いて、ティアの表情が多少緩んだ。

「そうなんだ。……あ、ごめん! 何か、ロウも同じだと思ったらホットしちゃった。駄目だよね、良いことじゃないのに」

 慌てるティアをよそに、俺は内心ほくそ笑む。これに関しては、思った通り彼女の感情を誘導出来たようだ。若干がっかりなJOBだったが、こういった形で役立つなら逆に良かったかもしれない。まあ、その分、後で苦労することになるんだろうけど……。

「うん? まあ、気にすんな。とりあえず、先ずはギルドだ。急がないと、良い武具全部持ってかれるぞ!」

「ごめんね、私のせいで」

 また、感情がダウンになるティアに、「おお、その分取り戻すためにも、急げ!!」と言っておく。

 多分こういった場合には、「大丈夫だ」「気にするな」などの言葉より、責任を認めた上で、その分を挽回出来ることを示す方が良いんじゃ無いかな、と思った。

 そんな俺の考えは間違っていなかったようで、彼女は「うん!」と強く頷くと息を切らせながらも、更に走る速度を上げる。

 さて、俺たちが何故急いで冒険者ギルドに向かっているのか、その理由を説明しておこう。

 というか、まず『冒険者ギルド』からだな。前世のRPGでも存在していたゲームも多かったので、概要は分かると思う。ようは、冒険者という日雇い労働者(?)に仕事を斡旋する組合だと思えば良い。多少違う点は、物品の買い取りも行っている点かな。

 冒険者は、ギルドから仕事、つまり依頼(ゲーム的に言えばクエスト)を受け、その報酬を受け取ることになる。まあ、俺たち『駆け出し』は、依頼などでは無く、ギルドが提示してある買い取り物品を入手し売却することで収入を得る、ということになる。

 と、言うことで、例の『急いでギルドへと向かっている理由』だが、それは、冒険者ギルドが行っている貧困者支援制度を利用するためだ。

 この世界における冒険者の位置づけは『底辺』である。誰にでもなれる職業だ。俺たち孤児院出の者でも、即日登録するだけでOK。ある意味、前世におけるモデルと一緒かもしれない。モデル事務所に登録だけして、「私、モデルよ」と言っているアレだ。

 そんな冒険者という職業だが、この世界の生活を根底から支えている職業でもある。

 この世界の生活は、冒険者が入手してくる『魔石』などによって成り立っている。『魔石』は前世で言う電池や電気そのものと思えば良い。この世界の大半の『魔法道具』は『魔石』をエネルギー源として機能する。灯火・コンロ・冷蔵庫・ポンプ・エアコン・換気・水道等々。

 スラムの者たち以外であれば、一般の者でも何らかの『魔法道具』を使用している。その『魔石』を供給するのだから、必須の職業なのは間違いない。

 更に、この世界には、モンスターという猛獣が大量に闊歩(かっぽ)しているため、牧場のような施設を大々的に作ることが出来ない。街や畑地を塀で囲むのが限界なのだ。とても、牧場のような広大な敷地を塀で囲むような余裕は無い。

 それ故に、肉の入手はほぼモンスターから、と言うことになる。そして、そのモンスターから肉を入手してくるのは、当然『冒険者』と言うことになる。

 冒険者が、この世界を根底で支えている、と言うことが分かって頂けたと思う。そんな根底で支えている職業故に、必要人員は多く、各街ごとにそれなりの人員を確保する必要がある。

 ただでさえ、死亡率が高くきつい仕事であるが故、その人員を少しでも多く確保する為の手段が、この『貧困者支援制度』だ。

 俺たちのように、冒険者にならざるを得ない者であるが、貧困故装備を調えられない者を支援する制度がそれである。冒険者ギルドにおいて、ある程度の装備を配布してくれるのだ。

 人員の確保と、なりたて冒険者の死亡率を少しでも下げて、『魔石』や『肉』・『薬草類』等の必要数を確保するために生まれた制度と言う事だな。

 配布されるのは冒険者ギルドからではあるのだが、実際は、駆け出しを卒業した冒険者が、「駆け出しに渡してくれ」と言って、自らの初心者用装備を冒険者ギルドへと渡し、それをギルド側が整備を行い、『託宣の儀』の際に配布する形をとっている。

 そんな訳で、頑丈な武具に至っては、10人以上の駆け出し冒険者の元を巡っている品もあるという。

 この『支援武具』だが、当然ながら『有限』だ。数に限りが有る。つまり、早い者勝ち、って訳さ。

 この町には、『支援武具』を配布してくれるギルドは三カ所有る。孤児院同様に東・西・南に有るのだが、当初は土地勘があり、広場から一番近い南のギルドへと向かう予定だった。だが、例の件で時間を浪費したため、他の者に先を越された可能性があった。だから予定を変更して、広場から一番遠い西のギルドへと向かうことにした訳だ。誰も行っていない可能性が、他の場所よりも多少なりとも高いからだ。

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