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第01話 託宣

 新春一日目であるこの日、王城前の広場はその日15歳の誕生日を迎えた者であふれかえっていた。王都内のみならず、近隣の村々からも集っており、決して狭くない広場は足の踏む場も無い。

 だけど、それもしかたが無い。なぜなら、今日は『託宣の儀』が行われる日なのだから。

 『託宣』というのは、元々は神様が人間の口を借りて、何かを伝えることを言うらしい。この『託宣の儀』の場合、神様が伝えるのは、15歳になった者達の『JOB』だ。JOBは仕事・職業のことだな。

 この『託宣の儀』で何らかの『JOB』、職業を伝えられた者は、その『JOB』に付随する『スキル』を身につけることが出来る。

 この『スキル』は、自身のMP、つまりマジックポイントを消費してさまざまな現象を発生させることが出来る。攻撃魔法・治癒魔法・武技・鑑定・錬成・成長促進などだな。

 15歳という成人と成った者は、この神様から頂いた『JOB』そして『スキル』の能力を使って独り立ちしていくことになる。

 とは言え、別に『JOB』が『農夫』だからといって農業をする必要は無い。貴族などは、『JOB』に関わらず貴族という職業(?)だし、騎士になったりもする。

 一般人でも、大商人の子供は『JOB』が『剣士』でもそのまま商人になる。『JOB』はあくまでも、神様が教えて下さった、本人に最も適した資質に基づく職業に過ぎない。実際の職業を選択するのは本人の意思。

 この『託宣の儀』は15歳に成った者しか受けることが出来ない。そして、この儀が行われるのは年に一回、新春初日だけだ。

 どうやら、月が関係しているようで、年一回、二つの月が重なる日でないといけないそうだ。まあ、そんな二つの月が重なる日が新春一日目、つまり年の初めと定められている訳で、年齢を一つ加える(年を取る)のもこの日となっている。

 ちなみに、病気等でこの儀に参加出来なかった者は、1年後を待つしか無い……出遅れだな。

 そんな訳で、今日、この場に集っている者達は、今後の人生を左右する運命の瞬間を待っている訳だ。無論、その親の立場によって、『運命』の度合いはかなり違ってくるが……。

 斯くいう俺は、真にこの『運命』に左右される者だったりする。

 なぜなら、俺は孤児だからだ。今日、この日の朝までは、王都南部にある南エリア孤児院で生活してきた。

 だが、孤児院にいられるのは14歳までだ。今日、15歳となり成人した俺には帰る場所、生活を(最低限であるにしても)保証する場所が無くなったって事さ。

 どうだ、俺がこの儀に運命を掛けている理由が分かっただろう。

 この場には、俺以外にも同じ孤児院の者も三名いる。その三名も同じ状況だな。

 この王都には、俺達がいた南エリア孤児院以外に、東、西の二ヶ所にも孤児院が存在するらしいので、そこの人達も俺達と同じ気持ちだろう。

 ちなみに、王都の北エリアは、王城や貴族が住まうところなので孤児院は無いそうだ。

 今回、この『託宣の儀』は前年度よりは特別な状況となっている。その理由は、この国の第三王子も今日で15歳となっており、この儀に参加しているからだ。

 この儀は、一定の大きさの町で行われるのだが、その町においては一ヶ所でしか行われない。つまり、王族だろうが貴族だろうが俺達孤児と同じ時、同じ場所で受ける訳だ。無論、王族や貴族のいる場所は、俺達がいる所とは離れているけどな。

 例の第三王子、ロムン様とか言うらしい、は『託宣の儀』を行う教皇の横である壇上にいる。

 今回は王族がいるという事で、『託宣』のスキルを持つ者の中で一番上の立場である教皇が儀を執り行うようだ。ただ、まあ、教皇が行おうが神父が行おうが『託宣』には変わりが無いそうなので、教会側の立場や思惑の結果なのだろう。俺達には、どうでも良いことだ。


 俺達がこの王城前広場に集って、かなりの時が経ったのだが、どうやら、やっとその時が来たらしい。

 壇上の教皇が(おもむろ)に両手を天に掲げ、天を仰いだ。彼が仰ぎ見る天中にある昼間の月二つは、完全に一つとなっており、『合の月』と呼ばれる状態を形作っている。

 そして、教皇の口より、ハッキリと聞き取れない呪文のような言葉が紡がれ始めた。

 実は、スキルの発動には呪文や言葉は必要ない。心で思うだけで発動する。当然『託宣』もスキルな訳で、呪文は元よりポーズも必要ないはずだ。威厳だの立場などを演出する為のものなのだろう。まあ、儀なんて付いている以上、ある程度はそれっぽい方が有り難みがあって良いのかもしれないけどさ……。

 教皇による演出が始まって間もなく、教皇の体から発した青白い光が広場中に広がった。

 その光は、俺を含めた本日成人を迎えた者全ての体を包み、その体内へと浸透して行く。その感覚は、何か暖かいものが染みこんで来るような感じだ。


 その年の『託宣の儀』は例年通りに始まり、例年通りに進んだ。この時までは……。

 例年であれば、広場から光が消えた後は、そこかしこで自分のステータスを確認して一喜一憂する姿で溢れる。俺もここ三年程は毎回この儀を見に来て、その姿を見ていた。

 だが今回は、例年同様の様相を見せる者に混ざって、全く違う様相を見せている者達がいた。壇上の第三王子を筆頭に、だ。

 当初その者達の様子は、望んでいなかったJOBであった事に戸惑っているようにも見えたが、そうで無いことが彼らの口々から漏れる共通する言葉で分かる。その言葉は、『前世』『転生』『死んだ?』『新幹線』などだ。

 そんな呟きを、壇上という最も聞き取りやすい場所にいた、当事者でもある第三王子は聞き取っていたようだ。

「おい!、この中で、今、前世の記憶を取り戻した者がいたら手を上げろ!」

 その王子の発言は、この広場に集まった大多数の者には全くと言って良い程意味不明のものだった。

 だが、この声と共に広場中から100人近いものの手が上がった。

 俺の近くからも三本の手が上がっている。三人とも、同じ孤児院の者だ。ティア、アルオス、トルトの三人で、この儀の後、一緒にパーティーを組むことになっていた。

 南エリア孤児院から、今年成人した者全てが転生者だったようだ。そう、全てが、だ。俺も含めて、な。

 俺はこの時、王子の指示に従って手を上げなかった。別に何らかの思惑があった訳では無い。ただ、王子の言葉、雰囲気に反発する気持ちが出ただけだ。15歳という反抗期真っ盛りゆえの反射的感情だったのかもしれない。


 俺の名はロウ。名字は無い。知っての通り孤児である。出生は不明で、南エリアにあるスラムに捨てられていたらしい。多分、娼婦が生み捨てたのだろう。良くある事だ。

 と、ここまでは今世の俺のことだ。俺は、他の転生者同様、つい先程前世の記憶を思い出していた。

 記憶というものは、古くなるほど不鮮明になる。当然前世ともなれば、最低でも15年前である。うろ覚えで当然だろう。

 だが違った。多分、死の直前と思われる記憶が、前日の事のように鮮明に記憶されている。それ以前の記憶も、その日を基準に○○日前という感じで思い出せる。

 つまり、俺には前日以前の記憶が、同じ鮮度で二つ存在する訳だ。若干混乱しなくも無いが、一応大丈夫のようだ。

 俺の前世の名前は、田中一(たなか はじめ)。父が「名字が田中だから、名前も目立たない名前にしよう」と言って付けたらしい。妹の名前が二葉(ふたば)なのはなぜ?と思った頃もあったよ。統一のしかたが違くない?と……。

 まあ、その件は良い。

 で、俺の最後の記憶は、高校二年の春に行われた修学旅行だ。新幹線で鹿児島へと向かっている時、多分事故が起こったと思われる。最低限脱線はしたはず。なんせ、線路脇の外壁と言おうか、防音壁(?)を突き破り、下の畑らしきものが見えたのだから。

 他の転生者達の発言に、『新幹線』『事故』という言葉がある所を見ると、同じ事故で死んだ者がかなり居るようだ。

 と、なれば、同じ笹山北高の生徒もいる事になる。つまり、彼女も……。

 そう考えたのは俺だけでは無かったようだ。

「笹山北高の生徒はいるか!! いや、アヤノ!! アヤノは居るか!! 俺だ!! (のぼる)だ!!」

 第三王子の声が広場にこだまする。

 状況について行けない非転生者は、さらにな混乱しているが、転生者と(おぼ)しき者達は一斉に周囲を見回し始めた。

 なぜなら、笹山北高の生徒はもちろん、その同じ時を前世で生きてきた日本人で、一定年齢の者であれば、ほぼ全ての者が知る名、それが『アヤノ』だったのだから。

 そして、混乱と期待、さらには好奇に満ちた広場の中で、その手が上がった。俺の直ぐ側から。

 挙手と共に発せられた「はい!!」という声は、喧騒に満ちた広場内に驚くほど通った。正に綾乃が『アヤノ』たる所以(ゆえん)だ。

 だが、その声に反応して彼女を見た者の顔に浮かんだのは、失望か驚きだった。なぜなら、その顔に綾乃が『アヤノ』たるもう一つの……いや、最大の所以(ゆえん)が無かったからだ……。


 立花綾乃(たちばな あやの)は俺の同級生である。だが、それと同時に、いわゆるアイドル歌手でもあった。

 いや、年齢ゆえに『アイドル』という枠にカテゴライズされているが、その歌声はアイドルという枠を越えて、完全に本物だった。

 彼女を表す二つの言葉がある。『エンジェル・ボイス』『エンジェル・スマイル』である。通常この様な形容は、大げさであったりするのだが、彼女に関しては全く大げさでは無く、万人が、と言っても良い程の大多数の者が認めていた。

 立花綾乃、芸名『アヤノ』は、アイドルとしては珍しく、デビュー当所から付き合っている同級生の恋人がいる事を公開していた。その相手が天川昇(あまかわ のぼる)であり、どうやら今世の第三王子ロムン殿下って事のようだ。

 通常、芸能活動を行う者は、芸能科などが有り自由の利く高校へと通うのだが、彼女は天川との時間を得る為、彼が行く事にした一般の高校へと通っていた。

 そんな恋人有りの状態ですら、絶大な人気を博していたアイドル超えの歌手が『アヤノ』立花綾乃だったという事だ。

 そんな『アヤノ』の現世は、驚いた事に同じ孤児院育ちのティアだった。

 そして、そんなティアを見た第三王子ロムン殿下の発した第一声は、「嘘だろう!!」だ。

「お前がアヤノな訳ない!! 嘘をつくな!!」

 そう怒鳴る第三王子の顔には、怒りと侮蔑(ふべつ)が見て取れる。

 そんな第三王子の言葉を聞いたティアの顔が歪んだ。そして、両(ほお)に涙が伝う。

 さらに、第三王子だけで無く、大多数の転生者と思しき者達も第三王子同様に彼女の発言を否定していた。アルオスとトルトすらだ。

「おい、ティア、ってか前世誰だか知んないけど、やめとけって。お前がアヤノってのは、いくらなんでも無理があるって」

「ああ、王子に取り入るにしても、アヤノは無いぞ、アヤノは」

 そんな二人に強い怒りが湧いてきたが、なんとか押さえ込んだ。

 ……おい、お前ら二人とも、今までティアと生活してきて、ティアがそんな嘘をつくような人間かどうか分からないのかよ! そう、怒鳴り付けたかった。

 俺はこの時、彼女の言っている事を全く疑っていなかった。なぜなら、物心ついた時から彼女と生活を共にしており、彼女の事を理解していたからだ。

 それゆえに、年数に多少の違いがあるとは言え、アルオスとトルトが彼女の事を信じない事が逆に信じられなかった。

「いやー、あの顔でアヤノは無いよね」

 10メートルほど横で転生者らしい女が、あえて聞こえるように言っている。その声が聞こえたのかどうかは分からないが、ティアは涙を両手でぬぐうと、壇上の第三王子に向かって声を上げた。

「本物だよ!! 私本当に綾乃だよ!! 昇君!信じて!!」

 俺はこの時、どう説明すれば彼女が真実を言っている事、彼女が綾乃である事を、他の転生者に理解させる事が出来るか考えていた。だが、その必要は無かったようだ。

 壇上の第三王子が、汚物を見るような目でティアを見ながら怒鳴るように声を上げる。

「だったら、俺の誕生日を言ってみろよ!!」

「6月14日!」

「……だったら、初めてデートした場所は!!」

「笹山北公園!」

「…………じゃあ、去年俺がお前の誕生日に贈ったプレゼントは!!」

「イルカのペンダント!」

 ティアは、第三王子の問いかけに、全く時間を空ける事無く、即座に答えた。そして、それにしたがって第三王子の顔が歪んでいく。

 第三王子がティアを見る目は、当初は自分を騙そうとするクズを見る目だったが、後半のその目は全く違うものとなっていた。

「マジかよ…… 本当にお前がアヤノなのかよ」

 第三王子は、ティアが立花綾乃、つまり自身の前世での恋人で有る事を理解したようだ。ただ、彼の表情には喜びの感情は全く無い。逆に、落胆、苛立(いらだ)ちすら読み取れる。

 そして、そんなヤツが次に発した言葉は「チッ、もう良い」だった。

 その言葉を吐き捨てるように発したヤツは、ティアの方から顔を背け、彼女の事は無かったかのごとく自身の元へと掛けよって来ていた前世の友人達と話し始める。

「なにー! アスタート伯爵家の! お前真一だったのかよ!!」

「巧? お前、巧か! なんだ、その格好は! 平民かよ!!」

 などと言って旧交を温め始めた。

 俺の横にいたティアは、その姿を見て、自分が完全に捨てられた事を理解したようで、崩れ落ちるようにその場にうずくまり、声を押し殺して泣き出す。

 この時、俺はヤツに対して殺意に近い感情が湧き上がってきた。こんな感情は前世も含めて初めての経験だ。多分、ティアが、『家族』であるがゆえに生じた感情だろう。

 この怒り激高は一瞬で終わり、次に来たのは彼女の心を癒やす術の無い自分自身への苛立ちだった。

 前世の俺、田中一は17歳の誕生日を10日ほど前にして死に、今世のロウもやっと15歳になったばかりの小僧に過ぎない。前世今世共に、恋人がいた事など無く、こう言った場合に掛けるべき言葉など全くと言って良いほど浮かんでこない。

 経験に根ざさない、ドラマや小説で見聞きしたそれらしい言葉すら出てこない有様だ。

 せめて、今世の俺とティアの関係が『孤児院の家族』以上の関係であれば、抱きしめるなどの行動に出る事で言葉では無いフォローが可能なのだろうが、残念ながらそんな関係では無かった。

「あ~あ、捨てられちゃった。ま~、しょうが無いよね。その顔じゃ。あの顔だったからアヤノだったんだし、アイドルしていられたんだよ。天川君も、ね」

 例の女子転生者から、聞こえよがしな声が聞こえてくる。どうやら、笹山北高の生徒のようだ。

 アヤノは男女ともに人気があったが、こと、同級生となると女子に数名のアンチが存在していた。要は、やっかみである。自分の好きな相手がアヤノが好きで……といったパターンが多い。多分この女子転生者もその一人だろう。

「前世? 良く分からないけど、昔あの子と王子が恋人同士で、顔が変わったから捨てられたってことか?」

「そうなんじゃ無い? 前世って、生まれる前? その時の記憶が蘇った?」

「なんだよ、結局あの子が、そのアヤノって子だったってことか? んで、ブスだったから王子は捨てた、って事っぽいな。……酷い話って気もするし、前世が凄い美人で今がアレなら、分かる気もするな」

 非転生者の成人達も、周囲の会話から状況を推察して好き勝手な事を言い始める。

 駄目だ、このままじゃ駄目だ。彼女をこの場に置いておくべきじゃ無い。その事だけは、俺にも分かっていた。

 この後、一緒にパーティーを組む約束をしていたアルオスとトルトも、ティアを放り出して壇上のロムンの元へと走って行って、今はいない。

 多分パーティーを組むという話すら無い事になっているだろう。他の同級生の転生者と組むか、ロムンや貴族の転生者を頼るのでは無いだろうか。

 ……マズイ。複数の意味でマズイ。ティアの精神面、そして現実的な問題。

 俺は、現状、全くもって最善とは言えない方法で、彼女をこの場から連れ出す事を決断せざるを得ない事に気付いた。

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