表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

列になって踊ろう 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやは「ジェンカ」やったことあるか?


 ――は? 棒を積んだタワーから、バランス崩さないように、構成する棒を抜いていくゲーム?


 そりゃ「ジェンガ」だろうが! ジェンカだよジェンカ。「ガ」じゃなくて、「カ」、「カ」!

 

 ――あの一列に乗って肩乗せて、前、後ろ、前、前、前?


 そうだ、それだ! あのジェンカだよ。もともとは「レットキス」っつって「列になって踊ろう」ちゅう意味合いらしいな。オクラホマミキサーとかと並ぶ、知名度の高いフォークダンスのひとつだ。

 たいていは円とかを組んで踊るフォークダンスの中でも、こいつはちょっと特殊なタイプだと、俺は思う。小さいころにやっていたせいなのか、列車をまねる子供の遊びって印象が強くってさ。大人たちがやっているのをみると、ちょっとおかしさがこみあげちまうんだ。

 このジェンカも、踊りのジャンルのご多分に漏れず、不思議なことが絡むことのあるようでな。俺の弟から仕入れた話なんだが、聞いてみないか?



 弟の学校では、ほんの一カ月前までジェンカが流行っていたらしい。

 というのも、全校集会の締めでジェンカを踊ることが半年くらい前から実施されていたらしくてな。クラスでも教室内外を問わず、休み時間にジェンカの練習をする子が増えたんだ。

 ほとんど熱病のようなもの。なんの見返りがあるわけでもないのに、空き時間を見つけては、そこかしこでジェンカの列が組まれ、みんなが件のステップを踏んでいた。


 弟も内心ではうっとおしく思うこと、多々だったんだがな。ジェンカの輪、もとい列は弟の友達も巻き込み始めた。いまやジェンカに参加していないのは、クラスの中で少数派になりつつあったんだ。

 弟も難しい年ごろでな。個性を尊重してほしいとぬかす一方で、仲間外れもやたらと嫌う性質たちでもあった。クラスの参加者が半分を超えそうだと判断したら、しぶしぶながらも自分から参加していったという。


 集会で行っていることだから、レクリエーション要素も入っている。いくつかの列になってステップを繰り返しながら進んでいき、止まったときに、そばにいる列の先頭同士がじゃんけんをし、負けた方の列が勝った方の最後列にくっつく。そして全員が一列になるまで続けるんだが、弟の学校では全員がつながった後に、もうひとアクションがあったらしいんだ。

 列の中心付近を軸にして、スクリューのように全員が時計回りにぐるぐると回るんだ。もちろん先端へ向かえば回転は大きくなる。

 勝者の先頭、敗者の最後さいこう。それらに伴う諸人の協力あって、この回転は終結する。まさに生徒が一堂に会する集会の締めくくりにふさわしいだろう。


 だが、弟は初回からこの回転に、少し疑問を抱いている。

 いわば運動会などで行う競技の、「台風の目」のようなもの。限られた機会にのみ披露すれば、それで済む話なのに、どうして集会という、ほぼ隔週のペースで披露しなくてはいけないのか。

 多数にまみれ、仲間外れの危険が去ったことで、弟のうちではまた、個性発揮の虫がうずき始めてしまったんだ。


 そして弟は、ついにやらかしてしまう。

 次の全校集会が終わった後、お約束のジェンカの時間となる。弟は近くの五、六人で固まって、列の真ん中ほどに位置したんだ。

 音楽が始まり、ステップを踏む段になって、弟はちょこっと抗うことにした。

 みんなが左足を出すときに、右足を。右足を出すときに、左足を出したんだ。さすがに列を組んでいるから、前後に関しては他の人と合わせなくちゃいけない。その分、踏むステップのときにはいっそう意識した。

 どうしても、これまで教わってきた足とリズムが、ふとした拍子に顔を出しかける。背後のクラスメートが、ステップの違いを指摘してくる。そのいずれもあえて無視して、一巡目の音楽が区切れた。


 二巡目。少し長くなった列でも、お構いなしに弟はあべこべステップを踏み続けたが、少し足の甲に熱さを感じ出したそうだ。

 初めは気のせいだと思ったが、時間とともにその熱は足全体を、それどころか足首を越えて登ってきそうな気配を見せ始めたのだとか。


 ――まずいかも。


 弟はようやくステップを元に戻したが、一度登り始めた熱気は、引く気配がなかった。すねを越え、ひざ小僧。そしてその上の太ももと、まるで徒競走を終えたばかりのような火照りが這いずってくる。

 三巡目、四巡目とジェンカは続き、それにつれて弟の熱も上半身へ回り出す。いよいよラストを迎えるが、この時にはすでに玉のような汗が額いっぱいに浮かんでいるのを感じていたそうだ。

 その日はすでに10月も近い。夏の暑さが引っ込み、つるべ落としに涼しさが増してきている一日だというのに。

 鼻息を荒くしながらも、最後のじゃんけんが終わって一同は長い列になった。そのあとの動きを思って、前後の人の肩や手がこわばるのを感じる。

 弟が今いる位置は、ほぼ中央部分。その場でくるくる回って、その役目を果たせるところだったんだが。


 回り始めたとたん、弟はみんなに合わせることなく、勝手な速さで回転してしまったという。

 熱はすでに、全身に回って久しい。ぐっと力を入れたなら、髪の先からも火が出せるのではないかとすら思える、もはやほてりを越えた、ゆだり具合だったらしい。

 すでに前後にいる者の肩や手から、体が離れている。自らの腕は、こうするのが一番だと声高に叫ぶかのごとく、おのずと頭上へ大きく伸び切る。バレリーナのポーズに近く、そして自分の足の先は、ずりずりと音を立てながら、土をまき散らしていた。

 足の裏でばたばた回るような、見苦しい姿じゃないようだった。つま先を突き立て、そのまま勢いを殺さずに回り続ける。すでに周りの景色はのっぺりとした色の帯にしか見えず、そのときどきで汗が飛び散り、景色のキャンバスを濁していった。

 回転は止まず。ついには弟の感じるめまいも限界に達しようとしたところで……。



 気が付くと、そこは保健室だった。

 居合わせた先生によると、弟はあれからもしばらく回転を続けて、倒れてしまったという。

 止められる状態ではなかった。弟の前後にいたクラスメートは腕に弾かれていたし、ますます回転の勢いは勝手に増していった。

 ひとり、止めようとした生徒がいたんだが、それは当初弾かれた生徒よりもまずい。目まぐるしい回転をする弟の腕に殴り飛ばされ、頬には青あざができていたそうだ。

「後でちゃんと謝っておけ」という先生だが、続いて告げたのが、じきに回転を止めた弟の身体が異様に熱くなっていたとのことだ。倒れてすぐに抱え起こそうとした先生のひとりが、「あっ」といったん手放してしまうほど。

 ここまでは担架で運ばれたが、ベッドに寝かされるころには汗が引き、体温も他の人並みに戻っていたとか。

 ただ、弟の身体は腰あたりまで泥の汚れが引っ付いていてな。倒れて付いたものじゃなかったらしい。続きに続いた回転で、弟の足先が土をえぐっていき、ほとんど埋まるかというところまで来ていたとか。

 

 そのことがあってからなのか、ジェンカは学校で実施しなくなったそうだ。

 あのジェンカと、自分の奇妙な体験に関係があるのか。弟はやぶへびを恐れて、いまも誰にも尋ねずにいるのだとか。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ