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星読師ハシリウス

星読師ハシリウス[王都編]11『冥界の使者』を打ち払え(2)

作者: シベリウスP

ナディアは、『闇の使徒』クリスタルからの共闘提案を蹴り、自らの手でハシリウスを倒そうと動き出す。そして狙われたのは、新たな『月の乙女』ティアラだった。

一方、女神アンナ・プルナに救われたセントリウスは、ナディアが『命がない存在』だと見抜く。

『冥界の使者』との戦い、第2段です。

第3章 『死へと導く者』の秘密


「何ですって、セントリウス様が?」

 ヘルヴェティカ城では、ソフィアが報告を受けてそう絶句した。

「はい、おそらく『闇の使徒』と思われる相手の魔法により、胸に大けがを負われたようです。かなりの闇魔法の遣い手と見受けました。」

 全身を緋色のいでたちで包んだ魔剣士、クリムゾンがそう答える。

「それで、セントリウス様はどうされていますか? 今、この国は“大いなる災い”へと向かっている中、セントリウス様がいらっしゃると否とでは、今後の対応が全く違ってきます。クリムゾン卿、その点の情報はありませんか? ハシリウスはどうしています?」

「はい、ハシリウス卿はその相手を退け、ただいまこの城に向かっておられます。おっつけ姫にご報告に来られることと思います」

 クリムゾンがそう答えると、ソフィアはふっとため息を漏らし、少し笑った。そこに、侍従長がハシリウスの来訪を告げた。

「王女様、ハシリウス卿が至急、女王様にお知らせしたいことがあると見えられていますが」

 ソフィアはうなずいて侍従長に命令する。

「その話、私が聞きましょう。侍従長、すぐにハシリウス卿をここへ。それから大賢人殿と大元帥殿に、すぐに参内するように伝えてください」

 慌てて駆け去ってゆく侍従長を横目に見ながら、ソフィアはクリムゾンに少し湿った声で頼んだ。

「クリムゾン卿、ギムナジウムに行って、ジョゼと猫耳族の王女であるティアラ姫をここに案内してきてもらえませんか? ハシリウス卿も含めて、大事な話があるのです。頼みましたよ?」

「御意、しかと承りました」

 クリムゾンがそう答えて立ち去る後ろ姿を見ながら、ソフィアは深いため息を付いて、椅子に座り込んだ。そこに、大君主の出で立ちのまま、ハシリウスが部屋に入ってきた。

「ソフィア王女よ、ちょっと相談したいことがあるのだ」

 そう言いながら入って来たハシリウスに、ソフィアは心配そうな顔を向ける。

「ハシリウス、セントリウス様のご容態はいかがですか?」

「……心配しなくてもよい。女神アンナ・プルナ様が看てくださっている。それよりソフィア王女よ、君と話をしたいことがある」

 ハシリウスが真剣な顔で言うと、ソフィアは頬を染めて訊く。

「何でしょう? この国の大事に関することですか?」

 ハシリウスはうなずくと、

「できれば君と二人で話がしたい」

 そう言う。ソフィアは顔を赤くしてうなずくと、左右に控えた者に

「大君主様が内密の話があるそうです。あなたたちには悪いけれど、しばらく私と大君主様を二人きりにしてください」

 そう言いつける。従者や侍女たちは畏まって退出した。


 『謁見の間』に二人きりになると、ソフィアは一つため息をして訊いた。

「ハシリウス、話とは何でしょうか?」

「……話は三つある。まずは一つ目だ。今回は『闇の使徒』だけではなく『冥界の使者』という者まで現れた。その『冥界の使者』を束ねているのがナディアといい、それはソフィア王女の実の妹だという。君はそのことを知っていたか?」

 するとソフィアはうなずいて

「はい。少し前に女神アンナ・プルナ様から事情をお聞きしました」

 そう答えて、吹っ切れた笑いをする。

「だからと言って、私は容赦いたしません。王家に産まれた者は、国民の安寧と幸せを願うのが当然のこと。それを王位継承から外されたからと言って『冥界の使者』を束ね、『大いなる災い』を助けるようなことをするのは慮外者の所業です。ハシリウス、私には迷いはありません。あなたも迷うことなく、ナディアを倒してください」

 ハシリウスは、そう言って自分を見つめる銀色の瞳をした小柄な美少女が、急に一回り大きくなったような気がして微笑む。ソフィアは小さい時から王家の者に産まれた者という責任感が強かった。ソフィアがナディアの立場に立ったとしたら、きっとソフィアは王家を恨むことなく、一人の女の子としての生き方を謳歌しただろう……ソフィアは王家の者として、寂しさの中で生きて来たところもあることを知っているハシリウスは、優しくソフィアの頭をなでた。

「な、何ですか? ハシリウス。急にそんなことされたら、私……」

 顔を真っ赤にしていやいやをするソフィアに、ハシリウスは笑って言った。

「いや、さすがにソフィア王女だと思ってね? さすがは『繋ぐ者』だな」

 ハシリウスがそう言うと、ソフィアはびくりと身体を震わせた。ソフィアは赤い顔のまま、うっすらと目に涙を浮かべながら、ハシリウスを上目遣いで見て訊いた。

「いつから……知っていたの? ハシリウス」

 ハシリウスは、この上なく優しい微笑を向けたままで言う。

「セントリウスから聞いていた。そして、ナディアとの戦いには『月の乙女』としてティアラが参戦した。そのことで……」

 そこでハシリウスは、『大君主』としてのいでたちを解いて言う。

「そのことで、ソフィアがもう『繋ぐ者』としての役割を背負ったことが分かったんだ。ソフィア、今までありがとう。君の意思とは無関係に、僕は君を巻き込んでしまった……ジョゼもだけれど、僕はずっとそのことを気にしていたんだ」

 するとソフィアは、頭をなでているハシリウスの右手を取り、自分の頬に当てて言った。

「いいえ、私はハシリウスの運命と共に歩むことを後悔したことは一度もありません。むしろ、この国に関することをハシリウスが一人で背負わねばならなくなったことについて、私は心苦しく思っていました……」

 そして、ソフィアはまだ涙の残っている目で、ハシリウスをひたと見つめて言う。

「私は、女神様の祝福のもと、『繋ぐ者』としてあなたをずっと守ります。これは私の意思であり、運命でもあります。王女としてやらねばならないことと、好きな人のためにしてあげたいこと、してあげられることが一つになった今、私には迷いや悲しみはありません」

 ハシリウスが驚いた顔をした。それを見つめて、ソフィアはうなずくと続ける。

「私がたった一つ後悔していることがあります。それは、あなたに私の気持ちを伝えて来なかったことです。私の一番大切で、一番愛するあなたに……」

「ソフィア、僕は……」

 言いかけたハシリウスの唇を、ソフィアのしなやかで細い指がふさぐ。ソフィアは慈愛に満ちた顔で微笑むと言った。

「ジョゼのことは分かっています。けれど、私は私の想いを伝えたい。今、私はあなたに愛されたいという気持ちより、あなたを守り、愛したいという気持ちの方が大きいのです。早くこうすればまた違った結果になったかも知れなかったけれど……」

 そこでくすりと笑うとソフィアは椅子から立ち上がり、ハシリウスに抱き着き、その顔をハシリウスの胸にうずめて言う。

「見えますか? 私の翼が」

 そう言われて、ハシリウスはソフィアの背中に神々しいまでの白い翼が生えていることに初めて気づいた。ハシリウスはうなずくと言う。

「うん、すごく神々しい。これが『繋ぐ者』か」

 するとソフィアが、すっと顔を上げて言う。

「ハシリウス・ペンドラゴン様、一つお願いがあります。聞いていただけますか?」

 ハシリウスがうなずくと、ソフィアはニコリと笑って言った。

「ハシリウス・ペンドラゴン様、私にキスしてくれませんか?」

「え?」

 慌てるハシリウスに、ソフィアは少し顔を赤くして、けれど真剣な光を目に宿して言う。

「私の一人の『女の子』としてのわがままです。あなたにジョゼがいることは分かっています。王女として私情に流されることもよくないことでしょう。けれど、今後私たちがどうなるか誰にも分かりません。だったら、私の一度だけのわがままをきいてください」

 ハシリウスは困ってしまったが、やがて静かにうなずいた。


「最後の三つ目とは、何のことでしょう?」

 ソフィアは満ち足りた表情で椅子に腰かけ、ハシリウスに訊く。ハシリウスは『大君主』としてのいでたちに戻っている。先ほどまでの『幼馴染』としての雰囲気は、二人とも微塵も残っていなかった。

「『闇の使徒』と『冥界の使者』、両方を相手にするのは非常に分が悪い。そこで私は、まず『冥界の使者』を叩きたい。そのために、賢者全員での究極結界魔法『レーベンスラウム』を発動してほしい」

 ハシリウスはそう言う。この策は、ハシリウスが『大君主』として女神アンナ・プルナから召命される前に、クリムゾン・グローリィから『闇の沈黙』をかけられた時、『闇の使徒』をおびき出すために使われた。あの時は実際に魔法が発動されることはなかったのだが、今度は本当に発動させる必要がある。それも秘密裏に。

「そこにナディアを捉えるのですね? 先にナディアを叩く理由は何でしょうか?」

 ソフィアが訊くと、ハシリウスは笑って答えた。

「デーメーテールはナディアを得たことでこの世界へ干渉しようという気になったのだろう。逆に言うと、ナディアがいなくなればデーメーテールは動くことを諦めるだろう。自ら『闇の帝王』を名乗り、夜叉大将を使役するクロイツェンとの違いはそこだ」

 それを聞くと、ソフィアはうなずいて言う。

「女王陛下に申しあげて、そのように取り計らいましょう」

 それを聞くと、ハシリウスはうなずき、

「これで話は済んだ。ソフィア、よければ私は女王陛下のご様子を伺って行きたいが」

 そう言う。ソフィアはパッと顔を輝かせて答えた。

「うれしい、ハシリウスが顔を見せてくれれば、お母様も少しは元気になられるかもしれません」

     ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

「ええい、忌々しい! 私もミューズたちを連れて行くべきだったわね」

 どんよりとした雲が広がる陰鬱な世界で、ナディアが『死の泉』に浸かりながらそうつぶやいていた。せっかくセントリウスを討ち取れるチャンスだったのだが、星将シリウスやデネブに邪魔された。そのシリウスとデネブを傷つけるところまではうまく行っていたのだが、『大君主』ハシリウスと『月の乙女』に阻まれ、傷まで受けてしまった。

 いや、自分が受けた傷のことはどうでもよかった。ナディアが心底驚いていたのは、『大君主』ハシリウスの魔力と、『月の乙女』だった。

 「話によれば、『月の乙女』は我が姉であるソフィアだということだったけれど……女神アンナ・プルナが召命を変えたのかしら?」

 『死の泉』から上がったナディアの裸身に、お付きの者がローブを着せる。ナディアはそのまま歩き続け、自らの宮殿へと入って行く。宮殿の入口では、別の侍女が水を吸ったローブを脱がせ、乾いたローブをナディアにまとわせる。

「ナディア様、客人が見えています」

 部屋に入ったところで、甲冑をまとった肌の浅黒い女性がナディアに告げる。ナディアはムスッとした表情のまま、その女性に言った。

「何でしょうか? 私はいろいろと考えたいことがあるのですが。あなたが聞いてもらえないかしら、オフェリア?」

 すると、オフェリアと呼ばれた女性は、首を振って言う。

「相手は『闇の使徒』です。お話をお聞きになっていた方が良いかと」

 それを聞くと、ナディアはフンといった顔をしてローブを脱ぎ捨て、裸のままクローゼットまで歩いて行く。そこから下着を取り出して手早く身に着けた。そして、ふわりとした灰色のワンピースを着て緑青色のベルトを巻き、

「どこにいるのかしら? 『闇の使徒』とやらは」

 そう、オフェリアを振り返って訊いた。


「また来たのですね」

 ナディアは、客人たちを待たせている『応接の間』に入るなり、そこに座っている二人に声をかけた。二人の男のうち、金髪で線の細い男が、優しげな声で言う。

「あなたが私たちの申し出を断って、セントリウスを討ち損ねたと聞きましたからね。今度はお考え直しいただけるかと思いましてね?」

 その言葉に、ナディアはムッとした表情で言う。

「ご挨拶ね。前来たときにも思っていたけれど、あなた方は口の利き方がなっていないわね」

「私は『闇の帝王』の部将です。『死の女神』の部将たるあなたと、立場は変わらないと思いますが? それとも私の認識違いでしょうか」

 男が言うと、ナディアはその秀麗な顔を歪めて笑う。なまじ美人なだけに、その笑顔には凄絶といってもよいほどの凄味があった。

「ふふふ、私は『冥界の大賢人』。あなたたちで言うならバルバロッサとメデューサを合わせたほどの立場よ? 夜叉大将風情が私と対等に話をしようなんて片腹痛いわ。顔を洗って出直しなさい、夜叉大将クリスタル」

 夜叉大将クリスタルは、にこやかに笑いながら

「なるほど、それは私の認識が甘かったようですね。今までの非礼は謝罪いたします。そのうえで、ナディア閣下と話をさせていただきたいのですが、いかがでしょう。決してあなたの損にはならないと思いますが?」

 そう言いながら、

 ……こちらの陣営のこともよく調べているようだ。コイツに頭の切れる参謀が付いたら、ハシリウスに勝るとも劣らぬ難敵になる。コイツとハシリウスが相討ちになってくれるのが、私たちにとって最高の結果だが……。

 と考えていた。

 ナディアは、態度を改めたクリスタルを見下しながら言う。

「話してみなさい。至当と思えばそなたとの連携を考えてあげなくもないわ」


「クリスタル、あの女は俺たちと協力すると思うか?」

 ナディアとの話し合いの帰りに、デイモンが訊く。クリスタルは金髪をかき上げながら、微笑を浮かべていたが、そのままの顔で静かに答えた。

「いや、あいつは私たちとは手を組まないだろう。そして、そのせいであいつは大君主に討たれる運命にある」

「何だと? それでは俺たちがやっていることに何か意味があるのか?」

 デイモンがびっくりして訊くと、クリスタルは目を細めて笑って言う。

「大ありさ。デイモン殿、我々には今、顕在的な敵と潜在的な敵がいる。顕在的な敵とは無論、ハシリウスのことだ。潜在的な敵は『冥界の使者』の奴らだ。『潜在的』とは言いながら、こいつらはいずれ必ず敵になる」

「それは分かる」

 デイモンのうなずきを見て、クリスタルは続けて説明する。

「ハシリウスが『冥界の使者』に討たれるか、少なくともハシリウスが倒されたのちに『冥界の使者』たちが敵になればまだいいが、俺たちがハシリウスの相手をしている時に『冥界の使者』たちが敵に廻ったらどうする?」

「ハシリウスだけでも厄介なのに、面倒くさいことになるな」

 デイモンが辟易したように言う。クリスタルはうなずいて言った。

「だから共同戦線を張ることを持ちかけた。あいつが乗れば、ハシリウスと戦っている最中に後ろから襲われる心配はなかったかもしれない。けれど、あいつは出来れば俺たちも排除しようとしている」

「油断ならない奴だな」

「だから、私はあいつに『ハシリウスは日月の乙女たちを大事にしている』と伝えた。あいつが俺たちより先にハシリウスに突っかかってくれることを期待してな」

「ふむ、それで?」

「あいつが共闘を飲めば、我らはあいつが狙わなかった方の日月の乙女を狙えばいい。ハシリウスは一人しかいない。片方は必ず始末できる。そして日月の乙女の一人を失ったハシリウスは、きっと無茶な復讐をしようとするだろう」

「なるほど、そこを討ち取るわけか」

 そこでクリスタルは首を振って言う。

「あいつが私たちと手を組めば、私たちは労せずしてハシリウスを討つことができた。しかし、手を組まなければ、あいつはハシリウスから討たれる。つまり、我々の敵がハシリウス一人に戻る。どちらにしても我々には損はない」

「じゃあ、クリスタル、お前は……」

 デイモンは、クリスタルの笑みを見て、背筋が凍る思いだった。争いごとには不向きな奴とクリスタルをバカにしていた部分もあったデイモンだが、クリスタルの笑いには歴戦のデイモンをして心凍らせるような凄味があったのだ。

「ああ、最初からあいつが組める奴かどうかを判定するつもりだった。そして、奴は利用する方がいいと分かった。だったら、早めに利用して、早めに白黒つけたがいいからな。デイモン殿、これから少し忙しくなるが、決してハシリウスたちには手を出すなよ? 私の狙いは、まずはナディアの排除、できれば日月の乙女の抹殺だ」

 クリスタルの凄味のある声に、デイモンは言葉もなくうなずいた。


「ふむ……あの男の情報は悪くない」

 クリスタルたちを適当にあしらった後、ナディアは自分の部屋で先ほどの話を思い出していた。

『あなたは、『大君主』ハシリウスの弱点をご存知か?』

 クリスタルが金髪を揺らして言う。ナディアは笑って言った。

『私は先ほどハシリウスと戦ったばかりです。彼がどのような人物なのかは、これから調べます。けれど、彼はソフィアのことを大事に思っているのではないでしょうか?』

 クリスタルは、ナディアの答えを聞いて微笑んでうなずく。

『さすがは『冥界の大賢人』ですね? 私が今までハシリウスを観察してきたところ、彼は非常に仲間思いで、そして正しいことに拘ります。彼のその性格から、『日月の乙女たち』のどちらかを使って彼の動きを制約する方法が、最もハシリウスを倒す可能性が高いと思います』

 そこでクリスタルはナディアの眼を見て提案する。

『……ですから、私の提案は、私たちとあなたで、『日月の乙女たち』を同時に狙いませんか? ということです。そうすればどちらかの『日月の乙女たち』はわが手に入ります。あとは……』

 言いかけるクリスタルを、ナディアは手を挙げて制した。

『言いたいことは分かりました。けれど、私は私のやり方で行きます』

『そうですか……では、共闘する気になられたら、いつでも言ってください。お待ちしていますので』

 切り口上のナディアに対して、クリスタルは強いてそれ以上言わず、屋敷を辞した。


「『日月の乙女たち』か……オフェリア、すぐに『日月の乙女たち』のことについて調べてください。その結果によって、今後の作戦を練りましょう」

 ナディアがそう言うと、オフェリアは

「畏まりました」

 そう言って、姿を消した。

 ナディアは、しばらく椅子に座っていたが、やがて立ち上がると、ゆっくりと窓の外を見渡した。そこには花一つなく、ただ枯れた植栽があちこちに屹立して、まさに『死の風景』を描き出していた。

 けれど、枯れてしまったと思っていたバラに、ほのかに緑色のふくらみを見つけたナディアは、灰色とセピア色の世界にポツンと芽吹いた命の色を、しばらく優しい目で見つめていたが、

「……私には、色のある世界はまぶしすぎるわ」

 そう言うとゆっくりと庭に出て、緑色の新芽のふくらみに触れる。すると新芽は命を吸い取られたかのように干からび、茶色くなってしおれた。

「闇は、すべてを包含するもの。そしてすべてを吸い取るもの……けれど、私の中の命は、どこで輝けばいいのかしら」

 そうつぶやいた時、ナディアの脳裏にはソフィアの輝くばかりの笑顔が浮かんだ。ソフィアと私、同じ両親から同じ血を享けて産まれたのに、なぜソフィアはあんなに輝き、私はこの色のない世界で、誰とも分かり合えずにいなければならないのか。

「私は、この手でソフィアの幸せを壊したい」

 そう、彼女の最も大切なものを、『大君主ハシリウス』を倒し、この世界で私の眷属として、それをソフィアに見せつけたい。ソフィアは恋人も、国も、すべてを失って、私のように『絶望』という死に至る病でのたうち回ればいい……あの頃の私のように。

「そう、それでいいのです」

 突然、ナディアの背後から、低い女性の声が響く。ナディアはそれを聞くと、ニコリと笑って振り向き、

「女神様、『大君主ハシリウス』にアンナ・プルナがついているように、私には女神さまがついてくださっています。私は誓ってハシリウスをこの世界の住人にします」

 すると女神デーメーテールは、葡萄酒色の髪を波打たせ、笑ってナディアにうなずく。

「死はすべてに平等、死は命のゆりかご。なべて命あるものは、いつかは私のもとにやって来ます。ハシリウスは『光の秘密』に最も近い人間。『光の秘密』は『闇の秘密』に通じます。そしてその優しさや勇気は、私の世界でも役に立つでしょうし、ソフィアよりもあなたの伴侶として相応しいと考えています」

 デーメーテールの言葉に、ナディアの灰色の頬にかすかに赤みがともる。それを見て、デーメーテールは愛おしそうに言った。

「あなたは我が娘のような者。そのあなたがそのように娘らしい表情になるのを久しぶりに見た気がします。命なき身では生あるハシリウスと添うことは叶いませんが、ハシリウスがこちらの世界に来れば、あとは私がハシリウスの記憶を消します。そしてあなたはハシリウスと共に『死へと導く者』として、この世界を継いでもらいたい」

 ナディアは目を伏せて頬を染めながらデーメーテールの言葉を聞いていたが、その言葉が終わると眼を上げて言った。

「私は、『死へと導く者』として、ハシリウスの命を……」

 言いながら左手を上げる。その手のひらに青く冷たい炎が怪しく灯った。

「この手で奪い取ります」

 ナディアは左手を炎を包み込むようにして閉じる。その手を開くと、手のひらには青く透き通った石が載っていた。

     ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 天界の空は、人間の世界と少し違う。ここ、女神アンナ・プルナが座する世界では、頭の上には雲一つなく突き抜けるような群青色をした空が広がっている。

 そこにある女神の神殿の前に、二人の星将が落ち着かないそぶりで立っていた。一人は長い銀髪、鋭い黒い瞳、白銀の衣に群青色のベルトを締め、銀の手甲と脛当てを着けた若者の姿……星将シリウスであり、もう一人は紫紺のチャイナ風の洋服に銀のベルトを締めたうら若き美女……星将デネブであった。

「ああ、アタシとしたことが、あんな転移魔法に引っ掛かるなんて!」

 デネブがいつになく悔しがって言う。シリウスはそんなデネブに何を言うこともなく、鋭い目で空を見ていた。

「アタシにカウンターで返されたのはまだいいけれど、まさかそれでセントリウスを攻撃しやがるなんて……セントリウスに何かあったら、アタシのせいだ」

「……それは違う」

 シリウスがぽつりと言う。その目はまだ空を見上げている。デネブはシリウスを見ると、柄にもなく突っかかった。

「何が違うんだい? アタシの力を利用されたのは事実だろう?」

「だからと言って、それでお前のせいになるというのは違うな」

 シリウスはそう言うと、初めてデネブを見て

「俺はあいつと手合わせして感じることがあった。それは、あいつは今までのどんな『闇の使徒』たちよりも強い、ということだ」

 そしてニヤリと笑うと言った。

「あいつも言ったろ? 『強いものが勝つのは道理だ』と。だから俺は、あいつより強くなり、必ずこの借りを返す」

 そしてシリウスは、

「だから、お前も自分のせいだなどと考えていないで、どうやってあいつの技を破るかを考えたらどうだ? 悔しがる顔も可愛くはあるがな」

 と、デネブの頭を撫でる。デネブは途端に顔を真っ赤にして、シリウスの手を払いのけながら言う。

「ばっ、ばかっ。恥ずかしいマネをするなっ! だいたいなんで今回アンタはそんなに冷静でいられるんだい?」

「セントリウスはあの程度では死なないと信じているし、今はあいつを倒すことに集中したいからさ」

 シリウスが言うと、デネブは一瞬困ったような顔をして、そのままの顔で苦笑する。

「ふふふ、参ったね。いつもと立場が逆じゃないか」

 そして、ニッと笑って言う。

「まあ、アタシらしくないってのは分かっていたからさ……それにしてもアンタ、いつの間にこのお姉ちゃんを追い越したかねぇ?」

「お前は俺の姉か?」

 シリウスがデネブをじろりと睨む。デネブはそっぽを向き、チラッとシリウスを見てうなずいた。

「ああ、アタシはずっとアンタがやんちゃな弟にしか見えなくて困っていたんだ。それがいつの間にかアタシを追い越すなんてさ」

「では今は、お前は俺の妹か?」

 シリウスが言うと、デネブは笑って言う。

「冗談、アンタみたいな兄貴はいらないよ。ただ、もうアンタを弟みたいには見られなくなっちまっただけさ」

 そう言って、デネブは頬を染めてチラリとシリウスを見る。シリウスはただ一言

「そうか」

 と言ったきり、黙ってしまった。

 ……言葉が足りなかったね……シリウス、気を悪くしていないといいけれど。だってアタシは……。

 デネブがそう思って、沈黙に耐えられなくなった時、

『星将シリウス、星将デネブ。女神さまがお呼びです』

 そう、宮殿の中から『月の乙女』が出てきて言った。

「ルナ、セントリウスの様子はどうだ?」

 シリウスが訊くと、『月の乙女』はニコリと笑って答えた。

「ご心配には及びません。けれど、お歳がお歳ですので、女神さまが大事の上にも大事を取られました。今、セントリウス様は女神様とお話しされています。その話にお二人に加わってもらいたいとのことなのです」

 すると、シリウスもデネブも明らかにホッとした表情になり、『月の乙女』の導きのまま、宮殿へと入って行った。


「おう、シリウスとデネブ。心配かけたな」

 シリウスたちが『玉座の間』に着いた時、セントリウスは女神アンナ・プルナと何か談笑していたところだった。セントリウスは二人の姿を見るとそう言い、女神に

「女神アンナ・プルナ様、この二人も着座させてよろしいですかな?」

 と訊く。女神は微笑んでうなずくと、セントリウスの左右に椅子が現れた。

「少し長くて難しい話になる。二人とも座って聞いてほしい」

 セントリウスがそう言うと、

「では」「分かりました」

 シリウスとデネブは、女神アンナ・プルナに一礼すると、与えられた席に腰かける。

「セントリウス、身体の方は大丈夫か?」

 シリウスが訊くと、セントリウスは微笑んでうなずき、

「二人には、ナディアの秘密が分かったので、教えておきたかったのじゃ」

 そう言う。

「ナディアの秘密?」

 デネブが繰り返すと、セントリウスはうなずいて言った。

「ナディアには、命がないのじゃ」

「どういうことだ?」

 今度はシリウスが訊く。セントリウスは微笑むと、右手の人差し指を立て、その先に『シャイン・ランタン』を灯した。

「この『シャイン・ランタン』は、わしの肉体をよりどころとして『魔力マナ』が消費されることで光っている」

 シリウスたちはうなずく。

「『肉体』は『生命力アス』を消費する。『生命力』が尽きれば、肉体は滅びる」

 シリウスたちは怪訝な顔をする。セントリウスが言っていることは、当たり前のことなのである。それをなぜ、今ここで説明するのか。

「肉体を操作するエネルギーが『生命力』、精神的な力、つまり『魔法』を操作するエネルギーが『魔力マナ』じゃ。では、その二つを統合するもので、生きとし生けるものの根源的な力は何じゃ?」

 セントリウスがシリウスに訊く、シリウスは答えた。

「それが『プシュケ』というモノではないのか?」

 セントリウスは大きくうなずく。

「そうじゃ。『魂』は、『生命力』によって肉体につなぎ留められ、『魔力』によってそのつながりを守っておる。『魔力』が尽きても、生命体としては危険な状態になりはするが、それによってすぐ死ぬことはない。しかし、『生命力』が尽きれば、『魂』をつなぎとめることは出来んので『魔力』が残っていたとしても、原則として死んでしまう」

「では、ナディアには『生命力』がないと? しかし『魔力』だけで肉体を動かすことができるのか?」

 シリウスが言うと、セントリウスが答える。

「いや、『魂』が肉体を『魔力』だけで動かすことはほぼ不可能じゃ。『ほぼ』というのは、『魔力』が特別に強力な場合、そう言ったことは理論上ありうる。しかし、わしの見たところナディアの魔力は強大ではあるものの、圧倒的ではなかった。むしろハシリウスの魔力の方が上回ってはおったの」

「セントリウス様、仰っていることが矛盾しています。ナディアには『生命力』がない。けれど『魔力』にも身体を動かすほどの強大さもない……どういうことでしょう?」

 するとセントリウスは、笑って

「はっはっ、デネブ、わしは『ナディアには命がない』と言ったのじゃ。『生命力』がないと言ったつもりはない」

 そう言うと、女神アンナ・プルナがその先を続けた。

「さまざまなものが持つ『命』とは、『生命力』と『魔力』が『魂』に紐づけられた状態を言います。詳しく言うと、『セントリウスの命』とは、『セントリウスの魂』に『セントリウスの生命力』と『セントリウスの魔力』が紐づけられたものです。ですから、『魂の色』は『魔力の色』に如実に現れます」

 再びセントリウスが二人に言った。

「つまり、ナディアは一度死んだ。しかし、その『魂』が大宇宙に還る前に何者かが肉体に閉じ込めた。ナディアの魔力の色は魂の色と同じじゃったから、ナディアは死してなおしばらくは魔力が残る珍しい事例だったのかもしれん。しかし、一度散った『生命力』は繋ぎ直せぬ。それで、ナディアは生命力の依り代となる何かを核として、外から生命力を絶えず補充しているものと思われるのじゃ」

 セントリウスの話を聞いて、女神アンナ・プルナが静かな声で言う。

「私もそう思います。そして、それをしたのはデーメーテールでしょう。だからこそナディアを『死へと導く者』の役割を与えているのだと思います」

 そして、続けて言う。女神はその秀麗な顔にかすかな怒りをのぞかせていた。

「いかなる理由があろうと、神の立場にあるものにあるまじき行為、生命を冒涜する行為です。そしてそれが、『大いなる災い』につながるのであれば、わが父アルビオン神は決してそれをお許しにならないでしょう」


第4章 『月の乙女』と『死の乙女』


「……ということだ。ハシリウス、今度奴が現れた時には、決着をつけねばならない」

 ギムナジウム寮の中庭で、ハシリウスはジョゼやティアラと共に、星将シリウスとデネブの話を聞いていた。セントリウスは大事を取ってしばらく女神アンナ・プルナの計らいで天界にいることになったという。

 ハシリウスはうなずいて言った。

「そうだね。ナディアをどうやって倒すかという問題もあるけれど、とにかく『冥界の使者』と『闇の使徒』を同時に相手する愚だけは避けたいな」

「あ、ハシリウス、どこ行くのさ?」

 立ち上がったハシリウスに、ジョゼが訊くと、ハシリウスは人懐っこい笑顔を向けて答えた。

「先日、ソフィアにお願いしていた『究極結界魔法レーベンスラウム』発動の件はどうなったかを知りたいんだ。おじい様の無事を報告がてら、お城に行ってみないか?」

「そうだね、ここしばらくソフィアにも会っていないし、行ってみようよ。ティアラも一緒に行こう?」

 ジョゼもそう言って立ち上がり、ティアラの手を取って言う。ティアラは耳としっぽをぴくぴくさせながら、おずおずと立ち上がって言う。

「で、でも、私なんかがお城に入ってもいいのでしょうか?」

「何言ってんのさ? ティアラは『月の乙女』だよ? ボクたちの仲間なのに、ソフィアが許さないはずないじゃんか」


「ふう……」

 ソフィアは、女王としての執務室で、椅子の背もたれに寄りかかりながらため息をついた。女王エスメラルダ3世は、ソフィアに摂政の話をした翌日再び体調を崩し、以来ソフィアがなし崩しに女王としての責務を代行していた。摂政就任の裁可もないうちの王位継承者による王権の代行は特例中の特例である。

 当然、ソフィアは学校どころではなく、寮にも帰っていなかった。

「私、このままギムナジウムに戻れないかもしれないな」

 ソフィアはポツリとつぶやく。今日も、ソフィアの勉学について心配したポッター校長から、王宮学習院への転校について打診があっていたのである。

 王宮学習院は王立アカデミーの一部であるため、アカデミー学長である賢者セネカからの圧力もあったに違いない。

 ……こうして女王としての仕事をしてみると、お母様のお気持ちがよく分かるわ。いずれ私もこの国の女王となる運命なら、今から王宮学習院に転校して、政務に没頭できる環境を作った方がいいかもしれないわ。

 王女としてのソフィアがそう思う一方、ハシリウスやジョゼを思う気持ちも強いソフィアである。特に、自分が『繋ぐ者』となった後は、

 ……私はまだ、具体的に何をすればハシリウスのためになるのか分からない。けれど、はっきり言えることは、敵と直接戦うのはハシリウスとジョゼとティアラだってこと。私は王家の者だから後ろに下げられたのかもしれない。

 などと考えることもあったのだ。

 そんなことを考えていると、ドアがノックされた。ソフィアは慌てて椅子に座り直してドアの外に声をかける。

「入りなさい」

 すると、

「失礼します」

 と執事が顔を出して言う。

「王女様、ハシリウス・ペンドラゴン卿がお見えです。いかがいたしますか?」

 するとソフィアはニコリと笑って答えた。

「すぐに通しなさい」


 ハシリウスとジョゼは、何度かヘルヴェティカ城の中に入ったことはあるが、こんな経験はあまりないティアラは、おっかなびっくりで絶えず耳をそわそわと動かし、しっぽを横に振っていた。

 三人とも王立ギムナジウムの制服を着ているが、ハシリウスの『魔導士バッジ』はこんなときに威力を発揮する。それでなくてもハシリウスは『王宮魔術師補』という官職も持っている。門衛から宮殿受付、各階の受付はほぼフリーパスだった。

 さすがに、国の中枢である『政務棟』はチェックが厳しかったが、今月ここを守っているのは王国軍レギオン第1軍団で、しかも軍団長のアキレウス・オストラコンがたまたまそこにいたため、思ったよりもスムースに謁見の申請ができた。

『ねえ、アキレウス卿、近ごろソフィア王女様の様子はどう?』

 何度もアキレウスと会うチャンスがあって、今ではすっかり知り合いになったジョゼが、アキレウスに馴れ馴れしく訊く。アキレウスも、ジョゼという少女が『太陽の乙女』であることは知っているし、王立ギムナジウム初の女性王宮騎士団員候補になっていることも先刻承知していたため、仲間意識の気安さからか何でも話してくれた。

『お忙しそうですね。お若いとはいえ、あんなに根を詰められたらお身体を壊されやしないかと心配しています。今日は良くおいでくださいました。王女様にとってもよい気晴らしになるでしょう』

 そんな話をしていると、奥から案内役であろう、14・5歳の少女が来て言った。

「王女様がお待ちです。どうぞついてきてください」


「ソフィア、元気してる?」

 ジョゼがいの一番にドアから顔を突っ込んで言う。ソフィアはニコリと笑うと椅子から立ち上がり、

「よくおいでくださいました。お入りください」

 そう言うと、自分も執務室の中央にあるソファへと移動する。

「お邪魔します」

 三人はそう言いながらソファに座る。ソフィアは、案内の少女に笑いかけて言った。

「お疲れさまでした。下がっていいですよ?」

「はい、失礼いたします」

 少女はスカートのすそをつかみ、軽く膝を曲げるお辞儀をして部屋から出て行った。

「かなり無理をしているみたいだね。大丈夫かい?」

 ハシリウスは、デスクに積まれた書類を見て言う。ソフィアは疲れが見える顔で笑って言った。

「ハシリウスには敵いません。実はちょっと辛くなっていたので、みんなとお話ししたいなって思っていたところなんです」

「さすがはハシリウスだね? 大事なソフィアだもんね~?」

 ジョゼが意地悪く言う。けれど、ソフィアがそれに乗っかった。

「ありがとうございます、ハシリウス・ペンドラゴン様。そんなに大事にしていただけるのだったら、いつでもジョゼから乗り換えていただいても結構ですよ?」

 そう言ってソフィアはハシリウスにぴったりとくっつく。

「あっ! それ反則だよ」

 慌ててジョゼが抗議するが、ソフィアはどこ吹く風だ。

「ジョゼ、いつか言いましたよね? 私はあなたからハシリウスを奪うチャンスがあれば、それを見逃してあげるほど可愛い女ではありませんってね? 忘れたのかしら?」

「ぐぬぬ……でもでも、ハシリウスはボクのものだもん!」

 ジョゼも口をとがらして言う。それを見て、ティアラは少し寂しい気がした。

 ……ハシリウス様、ソフィア王女様、そしてジョゼ。三人とも本当に強い絆でつながっているのね。私は仲間にしてもらったばかりで、みんなとも思い出もあまりない。むしろハシリウス様の命を狙ったり、ジョゼを傷つけたりと、『仲間』とは言い難い行動しかしていない。

 ティアラの冴えない表情に気が付いたのか、ハシリウスがにこやかに言う。

「二人ともありがたいけれど、今日はソフィアにお知らせとお願いがあって来たんだ。ねえティアラ?」

 そこでティアラはハッとして、すぐに笑顔を作って言う。

「そ、そうです。お知らせというのは、セントリウス様のお怪我は快方に向かわれているってことです。星将シリウスとデネブが知らせてくださいました」

 それを聞くと、ソフィアの顔に安心と喜びの表情が浮かぶ。

「まあ! それはいいお知らせです。私はもとよりお母様も安心されることでしょう。それで、お願いって何でしょう?」

「この前話をした『究極結界魔法レーベンスラウム』の件なんだ。大賢人様は何と仰っている?」

 ハシリウスが訊くと、ソフィアは困ったような顔で

「そのことです。大賢人様は、魔法発動に賢者の数が足らないと」

「賢者級の魔法使いは、ゼイウス大賢人様、大元帥カイザリオン様、賢者ソロン様、賢者キケロ様、そして賢者セネカ様におじい様で6人いらっしゃるはずだけれど?」

 ハシリウスが言うと、ソフィアは

「セントリウス様がいらっしゃらないので、魔法発動のための六芒星魔法陣が組めないのだそうです。代わりの者と言っても、あれだけの魔力を使う難しい魔法ですから、おいそれとは見つからないと思います」

 そう言って首を振る。

「ハシリウスが代わりをするわけにはいかないの?」

 ジョゼが訊くが、ソフィアは

「ハシリウスにはその後にナディアを討ち取るという役目があります。だからできるだけ魔力は温存していてほしいのです」

 そう言う。ハシリウスもうなずいて言う。

「賢者級に近い方から代わりの方を選んでいただいた方がいい。魔法博士級の方がベストだよ。とにかく、レーベンスラウムはすぐに発動できないってことだね」

「だったら、別の方法を考えないといけないですね」

 猫耳をピンと立ててティアラが言う。ハシリウスもジョゼも、そんなティアラを見て微笑んで言った。

「そうだね。それはおいおい考えるとして、今はソフィアの気晴らしになる話でもしようか。ボクたちの大事な王女様だからね」

     ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 『死の国』では、ナディアがオフェリアの調査結果に耳を傾けていた。

「ハシリウスは『日月の調整日』に産まれた男です。ナディア様より少し年下ですね。幼いころから光魔法が得意だったようで、その他には風魔法と炎魔法が使えます。闇魔法も少々、木魔法と水魔法、土魔法は使えることは使えるようですが、あまり得意ではないようですね」

「ちょっと待って。ハシリウスは全種類の魔法が使えるということなの?」

 オフェリアの説明に、ナディアがびっくりした声を上げる。普通はメインとして1・2種類をマスターし、さらに1・2種をサポートとして使えるくらいになれれば上出来であるのに、七つのエレメントをすべて使えるというのは破格も破格である。

 オフェリアは、冷静な顔で資料をめくりながら言う。

「そのようですね。次は『太陽の乙女』ですが、ジョゼフィン・シャインと言って、ソフィアとハシリウスの幼馴染です。6歳の時に両親がモンスターに殺されたので、その後はハシリウスと一緒に育てられています。ハシリウスの恋人のようですね」

「ハシリウスはソフィアの恋人じゃないのですか?」

 ナディアはまた意外そうに言う。ソフィアとジョゼを見る限り、ハシリウスはソフィアを選ぶだろうと想像していたのだが、ハシリウスの性格は思ったよりも複雑らしい。

「ソフィアはハシリウスを諦めてはいないようですけれどね。ただ、このジョゼフィンという女、どうも『半神』のようです」

「『半神』……。じゃあ、ジョゼフィンを狙うのは難しいわね。ソフィアも今は城を出ることが少ないし」

 ナディアはそう言うと、オフェリアに先を促す。

「じゃ、さっさとあの猫耳の『月の乙女』について教えてちょうだい」

「はい、『月の乙女』はティアラ・フィーベルと言って、『猫耳族』の王女です。以前、『闇の使徒』に一族を人質に取られ、ハシリウスを狙った過去があります」

「……私は、ハシリウスという男がよく分からないわ。自分を狙った女を『月の乙女』として側においているだなんて、ハシリウスはよっぽど女好きかバカじゃないのかしら?」

 ナディアは首を振りながら言う。ハシリウスの心性は、どうやら普通の男の子とはやや違っているらしい。とすれば、『日月の乙女たち』のどちらがハシリウスのウィーク・ポイントになるのだろうか。

「どう思う? オフェリア」

 ナディアが訊くと、オフェリアは資料を閉じて

「ハシリウスにとって今の三人は重要な仲間だと思います。ですから、誰が一番相手をしやすいかという点から考えることが至当かと」

「ふん、なるほどね」

 ナディアはそう言うと、考えに耽る。

 ソフィアは最も憎い相手だ。本当ならソフィアを無力にして、その目の前でハシリウスを倒すのが最もナディアの無念を晴らすのにふさわしい。しかし、その魔力の高さは双子である自分を見てみると分かる。かなり苦戦しそうだし、しかも今は女王の代行として城からほぼ外に出てこない。

 ジョゼフィンは、恐らく最もハシリウスの正常な判断を奪いやすい相手だ。幼いころから一緒に育ち、現在は恋人である。自分を最も理解してくれる相手が襲われたとなると、ハシリウスは突出する可能性が高い。けれど、問題は彼女が『半神』だということだ。それが本当ならばソフィアほどではないが厄介な相手になるだろう。

 となると、ティアラが狙い目になる。もともとハシリウスの命を狙った負い目も持っているだろうし、仲間としての期間も短い。ハシリウスに与えるショックは前の二人ほど大きくはないだろうが、彼女が襲われたとしたらハシリウスは確実に動揺するだろう。『月の乙女』に召命されるくらいだから魔力は強いだろうが、実戦経験は少ないだろう。

「……オフェリア、ついて来てちょうだい。今から『月の乙女』にご挨拶しに行くわ」

 ナディアはそう言うと立ち上がり、クローゼットから黒いフード付きのローブを取り出すと身につけた。

「承知いたしました」

 オフェリアもそう言うと、身支度を整えたナディアとともに、虚空に消えて行った。

     ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

「君たち二人は、しばらくの間一緒にいてくれないか?」

 ハシリウスは、寮に帰る途中でジョゼとティアラに言う。

「そうだね。ナディアが狙ってくるだろうからね。でも、そうなるとハシリウスが心配だよ。同室があのアマデウスじゃ」

 ジョゼが言うが、ハシリウスは

「いや、ああ見えてアマデウスは役に立つよ。魔力も普通の生徒よりは強いから、自分の身を守ることは十分にできる。ナディアは『闇』魔法の遣い手だから、『風』魔法の遣い手のアマデウスが少し有利じゃあるし」

 そう言って笑う。

「あとはあの女癖の悪さが出なければね? ナディアは確かにソフィアに似ていたし、見境なくなったら心配だよ」

 ジョゼが言うと、ティアラも笑っていた。

「ハシリウス、油断するな。あの女の眷属が来るぞ」

 そう言って、長い銀髪、鋭い黒い瞳、白銀の衣に群青色のベルトを締め、銀の手甲と脛当てを着けた若者の姿……星将シリウスが顕現する。

「噂をすれば……だな」

 ハシリウスたちもすぐに装備を整えた。

 そこに、全身に灰色の皮鎧をまとった髪の長い女性が、不意に姿を現した。

「ふふ、さすがは星将。なかなか不意打ちはさせてもらえないようですね」

 そして、その女はゆっくりと腰に佩いた剣を抜きながら名乗った。

「私はオフェリア。『冥界の大賢人』たるナディア様の一の家来です」

「オフェリア、以前にも私はナディアに言った。『冥界の者は冥界に戻れ』と。この世界の者たちはいずれそちらに行くことになる。わざわざこちらに出向くこともなかろう」

 ハシリウスが言うと、オフェリアは低く笑って言う。

「わが主たるナディア様は、いたくあなたがお気に入りのようでしてね? 私にあなたをご案内せよとのご命令が下りました。大君主ハシリウス様、あなたのお命は私が頂戴いたします」

「そうはさせないよ!」

「おや、『太陽の乙女』、いたんですね?」

 横合いからゾンネが『コロナ・ソード』で斬り付けるが、オフェリアはその攻撃を見切っていたかのように易々と避け、小馬鹿にしたように言う。

「当たり前だ! ボクはハシリウスの勇気を補佐する役目があるんだからね?」

 そう言うゾンネに正対しながら、オフェリアは横目でハシリウスを見る。すでにティアラも『月の乙女・ルナ』となって、ハシリウスをかばうように身構えていた。

 ――ハシリウスが側にいられると厄介だね。

 オフェリアはそう考えると、

「わが眷属よ、ここに来たりて我を援けよ」

 そう、眷属である『ミューズ』たちを呼び出した。

 ミューズたちはみんながみんな同じ顔をしている。そしていわゆる『不死』である。一度死んだものは二度と死にはしないからだ。

 ミューズたちは、全員が手に剣を持って、ハシリウスたちに襲い掛かってきた。と言っても、七人のミューズのうち三人が星将シリウスに、そしてハシリウスとゾンネに二人ずつという格好だった。

「ハシリウス様っ!」

 ルナがハシリウスを助けようと『クレッセント・ソード』を振り上げ、ミューズの後ろから斬り付けるが、

「あんたにはちょっと用事があるんだよ。『月の乙女』さん」

 と、オフェリアがその前に立ち塞がった。

「私はあなたに用事はありません。そこをどきなさい!」

 ルナが真っ向から斬り付けてくるのを、オフェリアは剣でガシッと受け止めると、

「まあそう言わずに、おとなしくしてくださいませんか?」

 と、目を赤く光らせて言う。ルナは、その瞳を見た瞬間、身体中の力が抜けそうになるのを覚えた。

 ――これは、デイモンと同じ『蠱惑の瞳』だ。見つめるといけない!

 ルナはとっさにそう思い、『月の楯』でオフェリアの視線を遮った。

「ふうん、猫耳のお嬢さんもなかなかやるわね」

 オフェリアはそう言うと、剣を引いてサッと跳び下がり、ルナの右側に跳躍すると鋭い突きを放つ。

「はっ!」

 キーン!

 ルナはクレッセント・ソードでその突きをいなすと、

「やっ!」

 そのまま下からオフェリアの左わき腹を狙って摺り上げるようにクレッセント・ソードを振り上げる。オフェリアは辛くもその斬撃をかわした。

「これは一筋縄じゃいけないね」

 オフェリアはそうつぶやいて、ミューズたちの戦いをチラッと眺めた。

 ハシリウスもゾンネも、1対2でよく戦っている。ミューズは『冥界の使徒』と呼ばれる者たちと同等以上の戦闘能力を持つ。その者たちを相手に一歩も引かないのはさすがというべきだった。

 オフェリアが観るところ、ハシリウスやゾンネは遠からずミューズを圧倒するだろうと思えた。事実、星将シリウスはすでに二人のミューズをその蛇矛で仕留めていた。

「これはそんなに時間をかけちゃいられないね」

 オフェリアが焦りだした時、

「オフェリア、あなたは星将シリウスにかかりなさい」

 と、ナディアが現れて言う。

「ナディア様!」

 慌てるオフェリアに、ナディアは厳しい視線を当てて言う。

「早く! このままではミューズたちが犬死にになるわよ」

「分かりました」

 オフェリアは、剣を引いて星将シリウスの方に向かう。

「さて、あなたは私が直々にお相手するわ。『月の乙女』さん」

 そう言ってレイピアを取り出すナディアに、ルナはうなずいて言う。

「望むところよ。先日の勝負の決着をつけましょう」

 ルナが月の楯の後ろでクレッセント・ソードを構える。ナディアもレイピアをゆっくりと持ち上げ、その切っ先がルナの方に向けられた。

「行くわよ。『トランス・ストライク』!」

 ルナは、ナディアのレイピアが滑るように自分に向かって突き出されてくる軌跡を目で追った。これなら止められる!……ルナがそう思った時、その軌跡が消えた。

「?……うっ!」

 ルナは、自分のお腹から突き出たレイピアの刃を、不思議なものを見るように眺めた。その周りに、みるみるうちに赤い染みが広がっていく。

「ああっ!」

 ルナは、不意に体の芯に物凄く熱いものが差し込まれたような感覚を覚え、思わず叫んだ。その身体を後ろからしっかりとナディアが抱きしめる。

「ふふ、隙だらけだったわよ? でも、私はあなたみたいな娘を殺す趣味はないわ」

「ああっ! あんっ」

 ルナは、背後からナディアに胸を揉みしだかれて、クレッセント・ソードと月の楯を取り落とす。その顔に苦痛と快感がないまぜになったような表情が浮かんだ。

「さあ、ちょっと私のところに来てくださらないかしら? 『月の乙女』さん」

 ナディアはそう言いながら、『死の世界』への扉を開き、ルナと共にそこに消えようとした。その時、不意にナディアの背中が弾け、

「うっ!?」

 今度はナディアがうめき声をあげ、ルナから手を離す。

「残念だけどね、ルナはアンタにゃ渡せないね」

「……星将デネブ」

 ナディアは、ぐったりとしたルナを抱えた、紫紺のチャイナ風の洋服に銀のベルトを締めたうら若き美女を見て、唇をかんでそうつぶやいた。

 そこに、

「ルナ、大丈夫か?」

 ミューズを始末したハシリウスが駆け付ける。

「ああ、あいつがわざと急所を外してくれたからね。けれど、できるだけ早く治療した方がいいよ」

 星将デネブがそう言って笑う。ハシリウスはチラッとシンクロが解けて元の姿に戻ってしまったティアラを見て、

「デネブ、ルナを頼む。コイツは私が相手しよう」

 そう言うと、神剣『ガイアス』をナディアに向けて言う。

「ナディア、お前はこの国の王女と双子ではあるが、その心性、王女とは似ても似つかぬな」

「当事者でない者は何とでも言えます。私とソフィア、同一の父母から生まれた双子ではあるが、運命がそのように仕向けました。心性が違うのは当たり前です」

 瘴気の煙の中で傷を治しながら、ナディアがそう吐き捨てる。

「そなたはソフィアと同じ心性を持っていたはずだ。エレメントは『闇』であるかもしれないが、闇はすべてを包摂し、すべてを癒すもの。そのような力を持ちながら、自らの境遇に絶望し、運命のせいにしてしまったわけか」

 ハシリウスが言うと、ナディアはソフィアに似た顔を歪めて静かに言う。

「『絶望』……そうです。私は生まれながらにして深い『絶望』の淵に突き落とされました。なぜソフィアではなく私だったの? なぜ私の位置にいるのがソフィアではいけなかったの?……ずっとそう考えてきました。そう、18年間も」

 そして、不意に声を高くして、笑うように言う。

「そうよ! ソフィアにだって私のような心性が隠れているはずです。私は、ソフィアに『絶望』を与えたい。そのためにあなたを手に入れたい。ハシリウス、『光の秘密』を知る者よ、私のもとに来て? 私をソフィアの代わりに愛して?」

 ハシリウスは鋭い光を宿した目を細めて言う。

「私は王女のすべてを知っているわけではない。王女のエレメントは『光』だが、影の部分がないとは言えないだろう。しかし、王女がその心性をすべて人に晒しているわけではないとしても、王女には王女の哀しみがあり、『絶望』があったはずだ」

「そんなことがあるものですか! ソフィアはいつも光の中で輝いていた、あなたや仲間と共に。そんなソフィアに哀しみ? 笑わせないでください」

 ナディアが可笑しそうに叫ぶと、ゾンネがナディアの後ろから叫んだ。

「笑うな! ソフィアだって、ハシリウスに関しては悲しいことだらけだったんだ」

「! ゾンネ……ミューズを倒したのですね。さすがです」

 ナディアはそう言うと、ハシリウスとゾンネを左右に見るように構えを変えた。

「ソフィアはずっとハシリウスのことが好きだったんだ。けれど、王女であるがためにその気持ちが伝えられなかった……そしてみすみすハシリウスをボクに取られた。ボクはソフィアの悔しさや哀しさの分だけ、幸せにならないといけないんだ。だって、ソフィアが王女じゃなきゃ、ハシリウスはソフィアのものだったかも知れないから」

 ゾンネが寂しそうに言うと、ナディアはゾンネの言葉をどう理解したのか、その顔をさらに歪めて言った。

「つまりゾンネ、あなたがいなければハシリウスは私のものということですね」

 そして身体中から『闇』の魔力と瘴気を噴き出して続けた。

「では、ゾンネ。お惚気を聞かせてくれたお礼に、あなたに私の『絶望』を分けてあげましょう」

 ナディアはゾンネに飛び掛かろうとしたが、星将シリウスと戦っていたオフェリアがシリウスの蛇矛に胸を刺し貫かれるのを見て、

「オフェリアを失うわけにはいかないわね。ハシリウス、そしてゾンネ、勝負は次に預けるわ」

 そう言うと、サッとオフェリアのところに跳び、

「オフェリア、ご苦労だったわね。帰ります」

 そう言うと、シリウスの蛇矛をレイピアで弾き飛ばして、二人とも消えて行った。

「くそっ、なかなか『冥界の使徒』どもはしぶといな」

 星将シリウスがそう言って二人が消えて行った虚空をにらむ。ハシリウスはそこにやって来て、沈痛な顔で言った。

「あの者は、寂しさの中で『絶望』を引きずって来たようだ。正しいことを正しいと理解するだけの心の動きはある。あの者の魂を解き放てば、ミューズたちも生まれては来ないだろう。このままではナディアの魂は闇に呑まれて消滅するだろうな」


「すみませんでした、ナディア様。不覚を取りました」

 『死の国』のナディアの屋敷では、ベッドに横たわったオフェリアが青い顔でナディアに謝っていた。しかし、ナディアは薄く笑うと

「いいえ、あなたは闘将シリウスを相手によく戦ってくれました。私こそ、ハシリウスたちの話を聞くなどと言うミスを犯しました」

 そう言うと、窓から色のない外の世界を眺めてつぶやく。

「闇はすべてを包摂し、すべてを癒す……その力が私にあれば、私は今、こんなに深い絶望に浸ることはないわ」

 そしてゆっくりと窓へと歩み寄り、

「私には『死の世界』しか似合わない。あの時、私はこの世界に流れ着いて、デーメーテール様の力で蘇ってしまったから」

     ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 次の日、ハシリウスとジョゼは、ティアラの部屋にお見舞いに行った。幸い星将デネブの手当が早かったために、回復も早かったようだ。

「ティアラ、大丈夫?」

 ジョゼとハシリウスが顔を見せると、ティアラはパッと顔を輝かせて言う。

「あっ、ジョゼ、ハシリウス様。私はもう大丈夫です。一応、2・3日安静にしておきなさいって星将デネブさんがおっしゃったので寝ていますけれど。横になったままですみません」

 ハシリウスは少し疲れた顔で笑って言う。

「別に構わないよ。ゆっくりしているティアラを見るとかえって安心できる」

「ありがとうございます、ハシリウス様」

 ベッドの上でティアラが恥ずかしそうに言う。ハシリウスは笑って首を振った。

「お礼は星将デネブに言ってほしいな。君を助けてくれたのは彼女だから」

 そして、小さくため息をつくハシリウスだった。ジョゼがそれに気づいて

「なに、ハシリウス。ため息なんかついて? 幸せが逃げちゃうよ?」

 そう言うと、ハシリウスは

「何でもない」

 と笑う。けれど、ジョゼは優しくハシリウスを見つめて、静かに言った。

「ハシリウス、優しいからね? でも、そんなこと気にしなくていいよ」

 するとハシリウスはハッとした顔でジョゼを見つめる。ティアラはきょとんとしてジョゼを見ていた。ジョゼはニコッと笑ってティアラの顔を見て続ける。

「ティアラ、ハシリウスはね、キミのケガについて自分を責めているんだと思うよ?」

「えっ、どうしてですか? あれは私に隙があっただけです。ハシリウス様のせいではありません」

 ティアラがびっくりしたように言うと、何か言おうとするハシリウスを抑えて、

「ハシリウスはね、自分が『大君主』という役割を女神アンナ・プルナ様から授けられたばっかりに、ボクたち周りにいる人間を不本意に『大いなる災い』や『闇の使徒』たちとの戦いに巻き込んでしまったって思っているんだ」

 そうジョゼが言う。ティアラはそれを聞いて静かに笑って言った。

「私、ハシリウス様と一緒に戦えて、幸せですよ? ジョゼもそうだろうけれど、私、ハシリウス様には個人的にもとてもお世話になっていますし……最初、『月の乙女』としての役割を与えられるってセントリウス様からお聞きした時も、巻き込まれたって言う気はしませんでした。むしろ嬉しかったです」

「でも、怖い目や辛い目に合わせるし、死の危険すらある。僕はそれを思うと、君たちを巻き込んでしまったという思いの方が強いんだ」

 ハシリウスが言うと、ティアラが強い口調で言う。

「ソフィア王女様に失礼ですよ? ソフィア王女様だって、本当は『月の乙女』の役割を私なんかに引き継ぎたくはなかったはずです。けれど、『繋ぐ者』としての役割に納得されたから、私に後を任せていただいたんでしょう。ハシリウス様、仮に私たちがハシリウス様の運命に巻き込まれたのだとしても、私たちは納得してその運命を受け入れているのです。私たちにすまないというお気持ちがあるのなら、『大君主』様は一刻も早く『闇の使徒』たちを撃ち払って、みんなが無事に平和な日々を迎えられるように心を砕いてくださいませんか?」

「そう、ボクもいつもそう言っているんだけれどね」

 ジョゼが笑った。そしてジョゼはハシリウスの眼を見つめて言う。

「……だそうだよ、『大君主』様? ボクたちもここまで付き合ったんだ。最後までキミの活躍を見届けさせてもらうよ?」

「ジョゼ」

 ジョゼは、困ったような顔のハシリウスの肩をつかんで、

「あのね、キミの運命に巻き込まれるのがイヤだったら、最初からキミと一緒に戦っちゃいないよ? キミにしかできないことなら、キミがやらなきゃいけない。だから、ボクらにできることは、ボクらはするよ?」

 そう力を込めて言った。ハシリウスはふっと笑って肩の力を抜き、二人を見つめながら言った。

「分かった、ジョゼ、ティアラ、僕はもう迷わないよ。僕たちが旅立たなきゃいけない日が近づいてきているからね。そして僕は、君たちとソフィア、四人で平和な日の訪れを見られるようにすると約束する」

「約束されたよ?」

「私も聞きましたからね?」

 ジョゼとティアラが笑って言うと、ハシリウスも初めて屈託ない笑みを浮かべるのだった。


(『冥界の使者』を打ち払え(3)へ続く)

最後までお読み頂き、ありがとうございます。

役割の交替に戸惑いながらも、ハシリウスたちは旅立ちの時に向かって一生懸命に戦います。

次回はソフィアの摂政就任と、ハシリウス対ナディアの直接対決2回目です。

明日、投稿しますので、お楽しみに。

良ければ、前作も読んでみてください。

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