その後の悪役令嬢について
人生で一番幸福だった時はと聞かれれば、私はいつでもその問いに答えることが出来る。今の私はきっと歪んでいるのだろうと自分でも思うが、それなら歪む前があったのだ。ただそれだけの単純な話である。
「パーティーは終わったわ。さて、貴方が居ない事の意味を分かった人は一体どれくらい居るのかしらね。貴方の御学友やエイミー嬢は気付いていたのかしら?」
私は赤いドレスを着たまま暗い隠し部屋で薄汚い少年を見下ろしていた。しかし、彼は言葉を返さない。
ただ私の前で力なく膝をついているだけ。頭を垂れるその様はまるで罪人だ。
罪人。罪。何の罪だろうか。あの女の息子だから?それとも正妻の子である私を差し置いて跡継ぎに決まっていたから?私に謂れのない罪を押し付けたから?
いいや。私は小さく首を横に振った。違う。こんな事を静かに考えた事はなかった。私は、何時だって復讐の焔を燻らせていたから。
私が首を振った時に起こった静かな布切れの音に、この家の跡継ぎだった少年がびくりと震えた。そうして恐る恐る私を見上げて---絶望に満ちた瞳が私を捉えた。その乾いた唇が微かに動く。
「…な、ぜ…?」
何故。どうして。一体何の罪だろうか。私は一度天井を見上げて、そして笑った。
「さぁ。敢えて言うなら知らなかった罪かしらね。」
絶望に満ちた瞳が困惑に揺れる。そうだ、彼は何も知らない。何も知らずに、余りにも愚かに真っ直ぐに育った。だから堕ちた。私に落とされた。
復讐は終わらないのだと私は悟っていた。私が終わるまで、きっとこの焔は消えないのだ。
だからこそ、無意味な会話というのは非生産的で効率が悪い。
けれども、目標を一つ達成し終えた今、最大の生き甲斐は消えてしまったのだ。現に、あの女を繋いでいた鎖は今その息子を蝕んでいる。復讐は終わっている。
後はゆっくり、ゆっくりと---私が終わるまで遊び尽くすだけ。
ここで後悔でもすれば、まだ可愛いげがあるのにと自分で可笑しくなる。私は、やはり母上と全然似ていない。
けれども。これは私の人生であって、私のための人生だ。誰であろうと邪魔はさせないし、誰かのために生きるつもりもない。
だから私は、静かに口を開いた。
「リアムは、貴方ととても仲が良かったわね。」
少年は怪訝そうな顔をしている。私はそれを一瞥して、部屋の真ん中に置かれているベッドに腰掛けた。
跡継ぎだった異母弟---今はただのエヴィンは、ベッドの脚に腕を鎖でつなげられている。その位置は、あの女が座っていた位置だ。勿論偶然じゃない。そうなるように鎖を調節しているので、物理的にその位置にしか座れないのだ。あの女とは違って、ベッドの上へと登ることはできない距離だ。
だからすぐ側にベッドがあっても固い地面へと座るしかない。実の母親が辱しめられていたベッドの側に。実の母親がそうしていたように。
「貴方にとっては目の上のたんこぶだったかしら?あの子は正妻の息子だったのだから。」
リアムは、正真正銘血の繋がった私の弟だ。本当に小さな頃は、私とリアムとエヴィンでよく遊んだものだった。
「貴方にとって邪魔だった?そう、例えば---殺したくなるくらい。」
無感情な私の声が部屋に響いて消えた。私は声質まで母上にそっくりだ。無論、あの人はいつも暖かな声色だったけれど。
私が一人うっそりと笑うと、エヴィンは明らかに表情を変えた。怒りと動揺だ。瞳の中の絶望を一瞬書き換えたその様に、私はこてりと首を傾けて見せる。
エヴィンが顔を歪める。乾いた唇を動かして、なんとか音を紡ぐ。しかし聞く方も大変だ。何を言っているのかさっぱり分からない。私はエヴィンの前に置かれている平たい皿に水差しで水を入れてやった。
ついと指で皿を指すと、エヴィンは真っ赤になってこちらを睨み付ける。震えた唇は今度こそ言葉を紡いだ。
「な、なん、なんでっ…。そん、そんなこと、おもう、訳がっ…。」
「そうね。貴方は、リアムが好きだったものね。まるで友達みたいに遊んでいたかしら。」
「…リアム、は、俺の兄弟だ。…いまでも、ずっと…。」
ああ、なんて、なんて純真。
私はベッドに体を倒した。めくれあがったドレスの裾から覗く私の白い足首にエヴィンが目を逸らす。私は唇を引き上げて、そっとエヴィンの髪を拭ってやった。艶やかだった髪は色褪せて、頬にべったりと張り付いている。流石は親子と言ったものか。なんとなく、あの女の髪質と似ているような気がした。
「私達、同じね。」
黙って此方を睨み付けるエヴィン。抵抗しても無駄だと言うのはもう教え込んだ。けれども、まるで心は縛られないとでも言う様に、彼は絶望に彩られて尚私を見上げている。
「親を殺された者同士よ。」
「……なん、」
「言葉にならない?貴方は全然知らなかったみたいね。」
「…ははぎみを、殺したのはおまえだろう…。いっている意味が、分からない…!」
堪えきれなかったのかボロリと涙が頬を伝い落ちる。私は爪先を見ながら、小さく言葉を紡いだ。
「そうね。あの女を辱しめ、墜とし、殺したのは私。そして、私の母上を殺したのは---誰かしらね。」
爪先を見ながらさらりと溢せば、絶句して固まるエヴィン。何にも知らない可愛い子供は、ぶるりと一度身を震わせて、あちらこちらへ視線をさ迷わせ、そうして私を見上げる。絶望すら薄れた空虚な瞳だ。ころころと変わる瞳に、私は嗤ってみせる。
エヴィンは確かに純真ではあるけれど、賢い子でもあったのに。本当の意味で彼を殺したのは誰なのか。あの女もつくづく愚かで狭い視野を持っていたものだ。
「分かる?今の貴方なら解るはずよ。」
「…なぜ、」
掠れて乾いた声だった。彼は彼なりにあの女を愛していた。そうして、あの女も、あの女なりに彼を愛していたのだろう。それは今だから分かることだ。私は今まで、ただあの女が自身のために母上を妬み、嫌っているから事を起こしたのだとばかり思っていたのだ。
---しかし、あの女は。私は笑みを深める。
「貴方に跡を継がせたかったのよ。正妻の息子であるリアムと、また男子を産む可能性のある母上はさぞ貴方の母君にとっては邪魔だったでしょうね。」
「そん、な…。だって、あれは…、」
「あの女はやってくれたわ。」
「…ちが、そんな、」
本当はもう分かっている癖に、と耳元で小さく小さく囁くと、エヴィンは絶叫した。言葉にならない姦しいその声も、今は不快ではない。
そう。苦しみなさい。絶望や空虚なんて生温いわ。苦しみ悶え悩み考え嘆いて痛みなさい。何も知らなかった己をね。
全てを悟ったその瞳が、堪えきれぬ痛みに歪む。膝をつき、背を剃らせて天井へと叫ぶ。後ろで拘束している腕の鎖がぎちぎちと鳴っていた。
「ゆっくり考えれば良いわ。時間はたっぷりあるもの。」
私は一つ、エヴィンの肩を叩くと立ち上がった。絶叫が唸り声に変わる。私が水差しを持って扉の前に立つ頃には、ぐっ、ぐっと可笑しな唸り声をあげる彼が頭を垂れていた。
お前は殺さない。それがきっとお前にとって一番の罰になるだろうから。
私は灯っていた蝋燭の火を吹き消すと、ガコンと重い扉を開く。足を踏み出そうとして、後ろから大きな息遣いが聞こえた。また叫ぶのか。上へ聞こえることはないだろうが、一応最善策として扉を閉める。
「…ヴィオレッタ!!」
暗闇の中で、掠れた絶叫がびりびりと私の鼓膜を揺らす。悲痛に満ちたその声は、しかし私の焔を掻き消さない。
ちらと振り返る。目を細めると、エヴィンが途方にくれた顔でこちらを見ているように感じる。
もしもそうなら、昔みたいな顔だなと思った。昔、私の弟達はそれはもうよく転んで泣きそうになっていた。
そうして、二人ともが同じ様な顔をして言うのだ---
「…まってっ!……まってくれ、」
---まって、まってよぅ…。
「……どうか、まってくれ、…姉上っ。」
---まってってば!あねうえぇ…。
私は。一つ笑って扉を押した。
本当に可愛いげがないなぁ、と思った。ガタンと閉まった扉の向こうで擦りきれた絶叫が聞こえた気がした。
けれども。
もう、遅いのだ。何もかもが。
部屋に戻ると、待機していた赤髪の侍女が居づらそうに此方を伺っていた。何かあったのかと目線をやると、彼女は眉尻を下げて口をへの字に曲げる。その表情に私は一つの答えを導き出す。
「父上が御呼びなのね?けれど、嫌よ。きちんと事前に連絡を貰わない限り会わないわ。」
「勿論です。既にそう伝えておりますが、公爵様付きの執事が煩く食い下がりましたので、追い返した次第で御座います。」
「あら、そうだったの。道理で、むくれ顔はそのせいね。」
「むくれてなどおりません。」
そう言って頬を膨らませる赤髪の侍女に、私は思わず微笑んだ。私より二つ年下の彼女は、信用できる有能な、しかし可愛らしい侍女である。
「貴女と出会ってもう六年になるのね。」
ふとそう思った。
復讐を誓ってからはや十年。その日々の中で彼女に出会い、共に六年を過ごした訳だが時と言うのはとても早く巡るものなのだなと感じた。こう言う風に、どうでも良い事についてゆっくり考えるのはとても久々だ。
私は特に理由もなく赤髪の侍女を見つめた。すると、彼女はさっと顔を朱に染めて私から視線を逸らしてしまう。
「--貴女は、何になりたいの?」
ふっと沸き上がってきた疑問をそのまま口に出す。私は、やりたい事というのはないけれども、暇を潰す遊びを知っている。きっと生涯それをして生きていく。
けれど、彼女はどうなのだろうか。誰かに仕えるという立場の彼女は、何になりたいのだろう。何を成したいのだろう。
こてりと首を傾けて見せると、赤髪の侍女はさらに顔を真っ赤にさせた。
「何を仰います!私は、この命尽きるまで貴女様の侍女で御座いますよっ!」
「侍女は声を荒げたりしないわ。」
「…それは、失礼致しました。」
「でも、生涯を私に捧げるとはね。面白いわ。」
私が笑うと、赤髪の侍女が嬉しそうに笑う。私は部屋の窓から見える夕日を見ながら、久方ぶりに紡いだ名前を思い出していた。
---リアム。可愛いリアム。私の弟。
「…ヴィオレッタ様?」
不思議そうな赤髪の侍女の声に、夕日から目を離した。鏡を見つめると、派手な顔立ちの無表情の少女が此方を見ている。
「エイミー嬢は御元気?それと、殿下の側近達も。」
形の良い唇から、するりと言葉が這い出た。胸の奥がざわざわと蠢く。
「エイミー様は御元気のようです。殿下の御友人方は皆それぞれの反応をしていらっしゃいます。」
「そう。まあ、あれらはもう少し放っておきましょう。その方がきっと面白いわ。」
「はい。--公爵様の方はどうなされますか?」
「そうねぇ。」
私は視線を落として髪を掻き上げる。跡を継ぎたかったから異母弟を幽閉している訳ではない。ただ、もう彼を公爵家嫡男として生かすつもりはない。
ならばこの家はどうなるか。父上はとても貴族らしい人だ。男に継がせたいだろう。しかし、それよりも--自分の子に継がせたいはずだ。血を尊ぶと言うよりかは、ただ国のため。分家の方々には血の気の多い散財家が多い。父上が外に子を作っていない限りは、そうやすやすと公爵家当主の椅子に座れる人は居ない。
さて。
私は赤髪の侍女を見やる。彼女もこちらを見ていた。
この状況は父上にとっては避けたかった事態だろう。だったらもっと早く手を打っておくべきだったのだ。もう遅い。私としては、こちらももう少し放っておいても良いかもしれないけれど--それではあまり面白くなさそうね。
「次に父上が正式に面会を希望したら、最優先で取り次ぎなさい。」
国のため。あの男はそればかりだ。本当に国の為を思うなら、問題の種を放っておくべきではなかったのに。無関心と言うのも過ぎれば己の首を絞めるのか。---まあ、少なくとも私は、国なんぞの為に生きてやるつもりなどない。鏡の中の綺麗なかんばせが、狂気を孕んで口許を歪めた。
私の顔を見て侍女が笑う。
「御心のままに。」
「以外と早かったわね。」
赤髪の侍女が私の髪を整えている。少しふて腐れたその表情に、私はくすりと笑う。殿下との文通で、彼の側近達の現状を聞いて楽しんでいると、数日も経たずに父上から面会の要請が来た。同じ屋敷に居るのだからと娘を呼びつけるのではなく、モンタージュ公爵家当主からヴィオレッタ・モンタージュへの正式な面会の要請。回りくどいが、そこが面白い。モンタージュのスケジュールはそうやすやすとこじ開けられるものではない筈だから、どれだけ父上が私に会いたかったのかが伺い知れる。熱烈な歓迎に泣いてしまうかもしれないわね。
私は鏡に映る無表情の派手な顏をした少女を眺めながら立ち上がる。赤髪の侍女はまだふて腐れたままだ。彼女は父上が嫌いらしい。どうしてかは言わないが。
「行くわよ。」
「仰せのままに。」
侍女を伴い広く大きな廊下を進む。私には正式な従者は三人しかいない。執事が二人に侍女が一人。公爵家の令嬢には考えられない事だ。けれど、私は知らない者を側に寄せたくないのでこれで充分だ。使うだけのただの駒なら、家格にものを言わせれば掃いて捨てるだけいるのだから。
すれ違う侍女や執事が通る私に頭を下げる。顕著に震えている者もいた。敏い者は気付いているのだ。公爵家の嫡男が消えた意味を。だから、なんとしてでも私の機嫌を損ねたくはないのだろう。
まあ、その辺は特にどうでも良い。使えるものは使えば良い。使えないのなら要らない。それだけだ。
広い屋敷の奥に、父上の部屋がある。来客をもてなす部屋ではなく、本当の私室だ。奥まった場所にあれば、災時に逃げ遅れそうなものだが、そこはやはり上手くできているのだろう。---あの書斎のように。
父上の私室の前に立つ父上付きの老執事にちらと視線をやる。執事長でもある男がここにいると言うことは、なかなか面白いことになりそうだ。
執事長が扉をノックして静かに言葉を紡いだ。
「閣下、ヴィオレッタ様が来られました。」
そして、大きな扉が開かれる。
中には、ベッドとソファがある。ベッドの横にテーブルがひとつ。たったそれだけの部屋だ。昔から変わらない。とは言っても、ここへ入ったのは数えるほどしかないが。
「来たか。」
茶色の髪に鮮血のような深紅の瞳。冷たい顔。そろそろ良い歳になるにも関わらず美しさを保ったままの男---父上が、私に声を掛けた。
「お久し振りですわ。父上におかれましては、ご機嫌麗しいようで、なにより。」
部屋に二、三歩踏み入ってから立ち止まる。ソファに座った父上。その鋭い目線を正面から迎え入れた。後ろで扉が閉まる。赤髪の侍女と、執事長は部屋の外だ。珍しいこと。これは、本格的に面白くなりそう。
「何の用なのかしら?私は、今色々と忙しいわ。」
普通であれば不敬な言葉も、父上の前では気にしなくとも良い。この男が大事なのは国の事だけで、ほかの細事はどうでも良いのだ。今回の事も然程気にしないかと思っていたが、流石に嫡男が何故か居なくなってしまえば干渉してくるか。
「自分が何をしたのか理解しているのか。」
冷たく問われて私は嗤った。ぴくりとも表情が変わらない父上。この男に比べれば私の方がよほど表情豊かで人間味がある。
「嫌だわ。何の事かしら?」
こてりと首を傾げて見せた。意味などないが。どうせこの男は知っているのだ。私がどこで何故どんなことをしているのかは知らなくとも、この家の嫡男が誰のせいで居なくなったのかは分かっている。いや、というか、本当は今も嫡男がこの家のどこかにいることは分かっているはずだ。もしかすると、どこにいるかも。
---ああ本当に、遅すぎる。けれど、遊ぶ分には丁度良いだろう。ペロリ、とはしたなくも唇を湿らせた。父上がその薄い唇を開く。
「どうするつもりだ。」
「どう、とは?我が家の未来についてのお話かしら。」
「アレは嫡男だった。跡継ぎだったのだ。」
「相応しくはなかったわ。」
「お前は気にしていなかった。」
「気にしていなかった?---それは少し違いますわ。気付いていなかっただけだもの。あの子は愛されていたのよ。」
「何故今頃になって事を起こす。」
「あら?何の事かは分からないけれど、あの子が居なくなったことがそんなに不都合かしら。第二王子では不満?」
嫡男である異母弟が居なくなった今、唯一の直系である私が婿を迎えるのが妥当だろう。つまり、私の婿として迎える第二王子に公爵の座を譲るということ。分家の者を据えるよりかは良い手だろう。まあ、父上にとっては。
もっとも、これは他に父上の子供、それも男児がいなければの話になるが。
父上の鮮血色の瞳が私をじっと見つめている。こうして対面して話すのは、果たして何時ぶりだろうか。父上は、別に母上を愛していた訳ではなかった。そして、あの女を愛している訳でもない。勿論、子も。
ただ跡継ぎが必要だったから国益になるような婚姻をしただけ。国を守るためには力がいる。モンタージュ公爵家は昔から王家寄りの貴族だったが、父上が当主になってからは国内随一の保守思考だ。
その点、跡継ぎだった異母弟は良かった。彼は自分の出自に誇りを持っていたしこの国を好いていた。第二王子とも仲良くやっている様だったし、王家へ忠誠を誓う父上の姿に憧れていた。父上としては憧れ等と言うのは理解していなかっただろうが、使える駒であることは認識していたはずだ。異母弟は良い具合に愚かだった。なにかミスをしそうになれば周りが言いくるめられる程度には。
それに比べて。
「それとも、不満なのは---私がモンタージュの名を継ぐことかしら?」
ぴく、と父上が瞼をひくつかせた。珍しいことはこうも続くのかと笑いがこぼれ落ちる。ざわざわと黒い感情が溢れてくる。
第二王子がモンタージュへ婿入りするのは父上にとってさほど問題はない筈だ。素行、素質ともに第二王子は文句の付け所がない。彼は第一王子とも関係良好で、王位継承の火種にはならない。そして何しろやはり王家直系の血だ。喜びこそすれ嫌がる事はない。
だとすれば、問題は私なのだろう。
「私とオリバー様が上手くやりますわ。少なくとも、異母弟よりはね。」
父上は黙ったままだ。彼は、この家の長女がその名を継ぐのに相応しいとは考えていないのだろう。
それは全くもって正解だ。私は、この国なんてどうでも良い。むしろ崩れてしまえば愉快だろうとすら思う。そうすれば、この無表情を張り付けた無責任な男から、無表情を引き剥がしてやれるかもしれないのだから。
人の気持ちに疎い父上でも、私が王家への忠誠など持ち合わせていない事には気付いているのだ。だったら、きちんと異母弟を守ってやるべきだったのに。
くす、と嘲りを隠さず笑って見せる。どうせ分かりやしない。分かるわけがない。
そんな事が出来るならば---あのような事にはならなかったのだから。
「お前は、全てが自分の思い通りになると思っているのか?」
たっぷりの沈黙の後、父上がそう言った。嫌味や説教と言うよりも、単なる疑問らしかった。
「いいえ?そんな事は思っていないわ。」
波打つ金髪の毛先を摘まみながら、私は依然としてくすくすと笑っていた。父上がどうしてそんなに国に固執しているのかは知らない。別に興味もない。
けれど、父上が私にとって味方ではないことは知っている。決して、この人は味方ではない。そして、それだけ知れたら充分だ。
「殺せば如何?」
そんな言葉が私の唇からころりと転がり落ちる。私は笑うのを止めた。打って変わって、表情が無に固定される。
相対する底冷えした父上の瞳。私の瞳もきっとそうだ。暖かな母上の面影は微塵もなく、寒々しく愚かに凍えているのだろう。
「なんだと?」
「殺せば如何かと。お邪魔なら。」
「何故そんなことをしなければならない。」
「あら、不思議ね。あの時、そうしたじゃない。」
「…?」
分からないだろう。分からないはずだ。解られてたまるか。顔はぴくりとも動かなくなったけれど、胸の中では焔がくらくら轟いていた。
「ご用件は?」
ぴしゃりと言い放つ。どうせ、何もするつもりが無いのだから、会ったって無駄なのに。どうせ、何も出来ない。
父上が、私を頭から爪先までじっと見つめた。自分の思い通りになると思っているのか、なんて、愚問も甚だしいわね。そうならなかったから、こうなっているのに。
「父上がどうして国の事しか考えないのかは知らないわ。けれど、それは結果的に悪手だったわね。思い通りにしたかったなら、私や異母弟をきちんと操作するべきだったわ。まあ、過ちに気付けないのだから、無理な話でしょうけれど。」
「お前が何を考えているのか、私にはよく分からない。ただ、アレがお前に負けたなら、それだけの話だ。経緯はどうあれ、結果は変わらない。」
「何を仰っているのか分からないわね。私は別に、この名を継いでも継がなくとも良いわ。」
「…。」
だから貴方が選んで見せれば良い。国のためにならない私にモンタージュを継がせないのも良し。何をしでかすか分からないからこそ継がせて足枷を付けるも良し。どんな選択をしようが構わないわ。
だって、私には感情がある。どんなに時が経ちその原因が消えようとも、その感情は無くならない。
だから、父上。貴方がどんな選択肢を選ぼうと、私には関係がない。私は私の感情に従って生きるだけ。
精々その欠落した頭で考えれば良い。私をどうすれば国のためになるのか。
私は父上を見下ろして、この男がもう話さないと断定してドレスを翻した。
ああ。やはり。どす黒い炎が轟いて止まない。