ハロウィンの夜に
ピンポーンとチャイムが鳴り、おじいさんが玄関のドアを開けるとそこには魔女やお化けの仮装をした子どもたちが並んでいた。
「トリック・オア・トリート」
「これは可愛らしいお化けたちだ。ハロウィンおめでとう。いたずらは困るからごちそうをするよ、ちょっと待っていて」
おじいさんは小さな袋に入ったお菓子持ってくると子どもたちにひとつずつ渡した。
「ありがとう」子どもたちは小走りに隣の家へと向かって行った。
後ろで見守っていた付き添い役の母親がおじいさんに言った。「ハッピーハロウィン」
「やあ、ハロウィンおめでとう。今年も素晴らしい仮装じゃないか、用意するのは大変だったろう」
「ありがとう。子どもが楽しみにしているからつい力が入っちゃって。とは言いつつ私も楽しんでいるんですけどね。つき合ってくれるのも小さいうちだけだろうし」
「ははは、そうかもしれないね」
「ところで、お孫さんは遊びにいらっしゃらないの」
「……ん、まあ……あれも忙しいんだろう……」
そのとき隣の家の前で小さなドラキュラが大声をあげた。「ママーっ、早く。みんな待ってるよ」
「ごめん、いま行く。それじゃあ、お菓子をありがとう。ハロウィンを楽しんでね」
「ああ、ありがとう。君もね」
母親が立ち去ると彼は家に入った。テーブルの上に飾ってある写真立てを手に取りそれを見つめた。写真には若い夫婦とやっと歩き始めたくらいの女の子が笑顔で写っていた。しばらく見つめたのちそれをテーブルに置き、ソファーに深く腰掛けると考え事をした。
気付くと窓の外は真っ暗になっていた。いつの間にか眠ってしまっていたようだった。すると、とんとんと小さな音に気がついた。耳をすましていると、またとんとんと音がした。どうやら玄関の扉を誰かが叩いているらしい。おじいさんは立ち上がりドアを開けた。そこにはカボチャのお化けの格好をした小さな子どもがひとりで立っていた。無言のままおじいさんをじっと見つめている。辺りを見回してみても他の子どもや保護者の姿はなく、夜の町はひっそりとしていた。
「こんな時間に君ひとりで来たのかい。それにしてもどこの子だろう」
だが小さなカボチャのお化けは黙ったまま身動きひとつせずにおじいさんを見つめるだけだった。
「まあいい、お菓子が欲しいのかい。まだ残っているはずだから持ってきてあげよう」
おじいさんはお菓子が入った袋を持ってきて差し出した。するとカボチャのお化けは両手でそれを受け取るとくるりと踵を返して夜の闇の中へ去って行った。おじいさんはその後姿を玄関先に立って見ていた。そのとき電話のベルが鳴った。おじいさんは部屋に戻り受話器を取った。
「もしもし、父さん」
それは彼の息子からだった。返事をしようとしたが喉の辺りに重く硬い物が引っかかってしまったようでうまく声を出せない。ようやくの思いで声を絞り出した。
「……ああ……私だ」
「父さん、久しぶり……元気だった」
「ああ元気にやってるよ……そちらは……みんなはどうだい」
「みんな元気だよ。うちのお姫様なんか元気すぎるくらいで」
「それはなによりだ」
「それでね、父さん。電話したのはお姫様のことでなんだけど、賞をもらったんだ、市で開催された絵のコンテストで」
「絵のコンテストで。ほう、それは凄いな」
「それでね、その絵をおじいちゃんにも見てもらいたいって言うんだ。どうかな、うちに遊びに来て見てやってくれないかな。突然なことで悪いけれど」
「……」
「もしもし。父さん」
「ああ、聞こえてる。もちろんだとも、お邪魔させてもらうよ」
「よかった。みんな会いたいって楽しみにしてるよ」
「そうか……ありがとう。……ところで、ゆうなはどんな絵を描いたんだい」
「ええと、ハロウィンのお化けで、ジャック・オー・ランタンというカボチャのお化けなんだけど、分かるかな」
「カボチャのお化け……そうか……ああ知っているよ」
「それじゃあ楽しみに待ってるよ」
「ああ……それと……」
「ん、なに」
「それと……ありがとな」
「うん……こちらこそ。じゃあ」
電話が切れたあとも、おじいさんはその場に立ったままずっと電話機を見つめていた。しばらくするとソファーに深く腰かけた。そしてずっと考え事を続けていた。