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守るためには力が必要  作者: 単色蓬
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ミューリ 過去編 二

 カーラの母親の名はノインといった。

 記憶の中で、ノインはいつも笑っていた。

 カーラが生まれてすぐのこと、父親──ジャンバは魔王として働いており、ほとんど時間をノインと過ごした。

 ジャンバが魔王という国のトップであるため、過ごした家は魔王城。

 家臣や侍従が城内を歩き回り、身の回りのことは全て任せることが可能だった。

 育児に関しても侍女に任せればどうとでもなる所を、ノインは自ら行っていた。

 ノインは魔王たるジャンバに嫁いできたために、他人に任せるということに慣れていなかった。

 中でも子どもの人生を左右する育児に関しては、親としてちゃんと育てようと思っていたらしく、よっぽどのことがない限り他人に任せようとはしなかった。

 ノインは母親としての責任を蔑ろにせず、愛情を持ってカーラの育児を行ったのだ。

 そうして仕事の合間に顔を出すジャンバにも溺愛され育ったカーラは、城に出入りする人間はもちろん、国民にも愛されて育っていった。


 そんなカーラが五歳の誕生日を迎える数日前、国はかつて無いほどに混乱していた。

 ある国民が定期的に出入りしていた商人から、勇者が国に向けて接近していることを聞き、それが国中に広まってしまったからだ。

 その話はすぐにジャンバの元まで届き、急遽戦闘態勢を整える必要があった。

 魔族の国では定期的に人間からの襲撃がある。

 中でも勇者と呼ばれる存在が異世界より召喚され、軍を引き連れて攻め入ってくることも少なくなかった。

 魔族の国にとって勇者という単語は災厄を意味する言葉だった。

 しかしジャンバは決して自分達が負けるとは思っていなかった。

 勇者と呼ばれる者達は一様に特殊な能力を持っている。

 どんな特殊能力も強大で、それに関しては脅威だと言える。

 けれど特殊能力以外の部分、身体能力や技術、魔法や能力といった戦いに関わるうちのいくつかの才覚に欠けた者がほとんどだった。

 つまり、確かな戦闘能力持った者が対処すれば、勇者は十分打倒し得る敵なのだった。

 カーラの産まれた国においても武人と呼ばれる者は少なく無く、余裕を持って接近を知れたジャンバにとっては大した事態ではないと思っていた。


 勇者が近くの魔王国を滅ぼした報がもたらされるまでは。



 ノインは魔法を研究していた。

 複数の属性魔法を組み合わせる複合魔法や、理論的に組み上げた法則に従って魔力を作用させる理論魔法、その他にも様々な魔法体系についての知識をもっていた。

 それらの知識を活かして、ノインはカーラにかけるための魔法の開発を行っていた。

 ジャンバは今回の勇者接近に警戒し、一時的にカーラを人間の領地に預けることに決めていた。

 預けると言っても勇者達を撃退すればすぐにでも連れ戻す予定であり、その期間は長く見積もって二年を想定していた。

 最長二年の予定だがその間にカーラの身に危険が無いよう様々な手を尽くす必要があった。

 大きな問題は二つあった。

 肉体の問題と精神の問題である。

 魔族は種族によって身体的特徴が異なるが、どの魔族にも身体的に人間との違いが存在する。

 そのため人間の領土に魔族がいれば、捕まって殺されてしまうだろう。

 人間にバレないような工夫をする必要があった。


 精神の問題については、カーラが五歳であることに関係している。

 まだ子どもであるカーラに見た目を人間に変えて領土に送り出すと説明した所で、事情を客観的に受け止めた上で理性的に考えることは難しいだろう。

 言い方は悪いが、カーラが魔族の国での記憶を持っていてはどんな発言から正体がバレてしまうかわからず、不都合が生じる可能性が高い。

 よってカーラの姿を人間に変える魔法と、産まれてから今までの思い出に関する記憶を封印する魔法の開発をノインは行っていた。

 

 魔法の開発は個人で簡単に出来ることではない。

 特にノインが作り出そうとしている肉体変質魔法は人間の国が密かに研究しているものである。

 人間にとっては国を挙げてでも完成させたい魔法であると言える。

 もう一つの記憶を限定的に封印する魔法も、碌でもない使い道が多いだろうが、開発できればかなりの偉業と言えるだろう。

 そんなこととはつゆ知らず、ノインはただカーラの幸せを願い魔法を作る。

 まず魔族は身体的特徴が人間とは大きく異なる。

 もし幻覚魔法で視覚的に姿を変えたとすれば、誰かが触れてしまえば違いがすぐわかってしまう。

 また触れなくても幻覚魔法を解く方法が存在する。

 それは一度抱いた違和感を時間をかけて意識し続けるだけである。

 違和感を感じることが出来れば誰にでも解くことが可能なのだ。

 今回は勇者が脅威となる可能性がある以上、戦闘がどのような結果をもたらすかわからず、長時間迎えに行けない可能性がある。

 ふとした拍子に解けてしまう可能性のある幻覚魔法では、安心してカーラを送り出すことが両親にはとても出来ない。

 したがってノインはカーラの肉体自体を人間に作り替える魔法を作らなければならなかった。


 肉体を変質させる技術は種族特有の能力として確認されている。

 わかりやすいものでは竜人族が挙げられる。

 竜人族は産まれながらにして竜の形態と人間の形態の二つの姿を使いこなすことが出来る。

 竜人族は主に人間としての文化を学ぶため、竜として生きることは難しいが、姿形だけならば片方に変化し続けても負担がない。

 仮に竜人族の人間が竜から竜としての生き方を学ぶことが出来れば、竜として生きていくことが可能なのである。


 種族に関係なく行える肉体の変質技術は、人間が魔法と薬によって実現自体はしている。

 対象者に薬物を投与して痛みや自意識を無くさせることで肉体変質時の身を引き裂くような痛みを緩和し、別の生物へと変質したことによる精神の崩壊を防ぐ必要があった。

 非人道的なこの研究は今でも囚人を用いて続けられているらしいが大した成果は出ていない。

 人間の国では長年に渡って研究し続けているような魔法開発を短時間に個人でやり遂げる必要に迫られた少女の母親は、無理難題と嘆くことなく黙々と研究していた。

 それも当然のことだった。

 そもそも肉体変質魔法に関しては数年前に完成させていた。

 痛みを伴わない完璧な肉体変質魔法は少女が産まれる以前に母親が魔王に見せており、軍の魔法部隊員にも使用できたために汎用性が認められており、その実績があったために今回の魔法開発を任されていた。

 今研究しているのは肉体変質にかかる時間の短縮と時間経過による肉体の成長についてで、肉体変質魔法を行使した状態で長期間生活した場合に、適切な成長が見られなければ不審に思われてしまう。

 記憶を封印されるカーラも、自身の体の異常に不安を感じて欲しくない。

 だからこそ人間の成長速度を研究し、母親が魔族特有と思っているスタイルの良さを抑制した肉体を作り出そうとしていた。

 肉体変質にかかる時間短縮についてはすぐに解決したが、成長速度については人間の成長に関する複数の資料を読み込む必要があるため、合間合間に休憩として記憶の封印魔法を開発していた。

 記憶の封印についてはノインの得意な分野だった。

 魔族には、魔族という大枠の中に、それぞれ特徴を持った細かな種族が存在していた。

 ノインは魔族の中の一種族、縛魔族の王家に産まれた純血の縛魔族だった。

 ジャンバと結婚してからは、すぐに肉体変質魔法を作りあげ広めていたために、人間体で過ごすノインの種族を知るものは多くなかった。

 ノイン達縛魔族は縛ることに長けた一族で、拘束はもちろん封印や結界といった魔法のエキスパートだった。

 この生まれ持った才能が新しく作る魔法に関しても大いに役立っていた。

 変質後の肉体を固定化したり、固定の具合を調節して時間経過で成長する余裕を作ったり、記憶の封印状態を維持したり、危機が迫った際に魔法が解けるような条件発動型魔法を仕掛けたりと、普通の魔法使いでは数十年はかかるであろう偉業を、いとも簡単に成し遂げていた。


 そうしてノインが満足のいく魔法を完成させたのは、カーラが五歳の誕生日を迎えた日の昼間だった。

 運悪く戦いが長引けば来年は祝うことが出来ないと思ったジャンバは、カーラの誕生会を国を挙げてのイベントに拡大して行った。

 それにはこれから戦争へ向かう兵士達への激励の意味も含まれていた。

 急遽イベントに変わった誕生会は、発表が昼だったにも関わらず、夕方には王城の近くに出店が並び人がせわしなく動き回っていた。

 日が沈んだと同時に開催された誕生会は、無邪気に喜ぶカーラの笑顔と、祭りを楽しむ国民達によって賑やかに執り行われた。

 王城からその様子を見ていたジャンバは、道行く人々の笑顔に紛れて、時折くらい表情を見せる者達を見つめていた。

 中でも兵士の表情は、一人になった途端に暗くなり、かなり思いつめているように見えた。


 魔族の身体能力は高いと言われているが、それはあくまで一人の人間に比べたらというものであり、複数で囲まれれば簡単に殺されてしまう。

 前線に出る兵士としては、普通の戦争ですら危険があるのに今回は優秀な勇者いる。

 その事実は兵士達の士気を著しく下げていた。

 様子を見ていたジャンバは、カーラがはしゃぎ疲れて落ち着きを見せたタイミングを見計らって、ある重大な発表を行った。

 ジャンバが立ち上がってバルコニーに出ると、国民達は一様にその姿を見あげて静まった。

 ジャンバはカーラの誕生会に集まってくれた感謝を述べると、勇者が参戦する戦争の予想を語り、新魔法である肉体変質魔法を披露し、今日の主賓であったカーラの目の前で残酷なことを言った。


「私は此度の戦争が始まってしまえば、私の家族すら満足に守れないと思う。強敵となるだろう勇者の相手をするからだ。私は自らで娘を守れない代わりに別の策を用意した。私は娘を人間に偽装し、人間に預けることにした!」


 そう言うと母親へと目線で合図を送り、カーラに肉体変質魔法、記憶封印魔法、条件発動型魔法の順にを掛けた。

 魔法の反動からかその場で気絶してしまったカーラを抱え、魔王は続けて言った。


「カーラを人間の領土に預け、戦争が終わって国が落ち着いたら迎えに行こうと思う。当分は孤児として決して裕福と言えない生活を強いることになるだろうが、子どもの命には変えられない! この魔法を望む者がいたら後で申し出てきて欲しい。同様の魔法をかけて送り出そう。今宵は娘を祝ってくれてありがとう。次の戦では平和を勝ち取ろう!」


 魔王が発した言葉は静かに国民に染み渡り、やがて大きな歓声へと変わった。


 その後数人が子どもを連れてやってきた。

 魔法をかける直前には、皆一様に涙を流しながら最後の別れをしていた。

 そんな様子を眺めていた魔王は、人知れず呟いた。


「この国は絶対に守る·····!」



 子ども達を人間の村に預けて二年が経った。

 ジャンバの国は見かけ上は大した変化が見られなかった。

 しかし、国民からは生気が感じられない。

 気力が死んでしまっていた。

 原因は戦争が起きて二年経った今も勇者だけが生きており、未だに攻撃を仕掛けてくるせいだった。


 今回の戦は少し変だった。

 人間の軍とは開戦後一年かけてやっと片がついた。

 今までの戦では一週間程度で人間の軍が撤退して終わっていたのだが、今回は本気で潰しにかかってきたのだ。

 それはまだカーラが国にいた頃、近くの魔国領が滅ぼされた。

 戦が始まる少し迄までに様々な魔国領が消滅し、占領されていた。

 その数は五カ国におよび、丁度ジャンバの国を中心に据えた五角形を描いていた。

 その国を足がかりにして、人間は次々に進軍した。

 少女が人間の領土に送られた頃には隣国にまで迫っており、完全に包囲された状態での開戦となったのだ。

 人間の軍は最初は普通に戦闘していた。

 複数方向から攻められる以外はいつも通りの戦と同じようにジャンバ達が押していた。

 ジャンバは軍を四分割し、それぞれ人間の軍相手をさせ、残りの一方向をジャンバとノインの二人で受け持った。

 各方面は人間の軍が一万ずつ、魔族の軍が二千ずつと、戦力差では圧倒的不利だった。

 魔族の軍は肉体的強さ以外に種族特有の特筆した魔法と魔法力を有しており、魔法戦を主体に戦闘を行った。

 ジャンバの国の魔族は重魔族と呼ばれる種族で、魔法の複数発動に特化していたため、開戦と同時に放たれた魔法の雨に、どの方面の人間の軍も半壊した。

 特に酷かったのはジャンバが受け持った人間の軍だった。

 ノインが発動した広域結界内に人間の軍を全て捉え、ジャンバがその内部に広域火炎魔法を複数発動した。

 閉鎖空間により焼かれ続ける人間達の悲鳴をしばらく聞いていると、他の方面から人間が撤退したと報告が来た。

 ジャンバは、ノインを連れて魔王城に戻ると、各方面の被害報告を受けた。

 不思議なことにどの方面にも弓兵や魔法兵がおらず、魔族の受けた被害は皆無だった。


 それからは3日置きに人間の軍が攻めてきた。

 戦闘は一方向からになり、遠距離から弓や魔法で攻撃しつつ、前線では盾を装備した重装甲兵士が壁となり、魔法部隊が魔力切れを起こしたら撤退することを繰り返した。


 そして一月が経った頃、人間の軍が攻撃をやめた。

 ジャンバ達は一週間程警戒を続け、何も無いとわかると戦が終わった喜びを分かち合った。

 そこから一月、戦場に出た兵士達の療養につとめた。

 幸い国の内部には被害がなく、兵士の被害も軽傷を含めても四桁に遠く及ばない程度だったので、治療はとても捗った。


 ジャンバはバルコニーから、平和を取り戻しつつある国を見て険しい表情をしていた。

 周りの国が占領されてから行商人が極端に減った。

 貿易を行っていた国もいくつかは滅ぼされ、国内生産が追い付かなくなるのも時間の問題だった。

 けが人には栄養を取らせるために食事をしっかり取らせ、日常を取り戻したと思っている国民達は、普段通りに生活する。

 兵糧攻めの可能性に気付いてから食料を城にためてはいたが、とてもじゃないが国民すべては賄えない。

 一度国民達に話をする必要があると思い至った時、敵の襲来を告げる鐘が響き渡った。

 

 人間の軍はこの攻撃パターンを忠実に守り、最初の二ヶ月と同じような行為を一年間やり続けた。

 最後に残ったのは兵士達の武器や防具だけになった。

 食料不足によるストレスと最後の一兵まで諦めることが無かった人間の執念に、魔族の兵士達は、勝利を喜ぶことすらできなかった。

 戦が始まって一年と三ヶ月、近隣の国に斥候を放ってみたが、人間の姿は全く確認されなかった。

 ジャンバは、食料不足の解消のため、国民を移住させて開拓する計画を立てていた。

 人間の軍が滅ぼした魔族の国々は、農地が荒らされて作物は全て食べられていた。

 食料庫も空になっており、生存者は確認されなかった。

 街中には乾燥した血痕が多数見られ、徹底して殺されたことが報告からわかった。

 

 早急に建て直さなければ自分たちの未来がないと、ジャンバは国民千人ずつを近隣の国に派遣することにした。

 少しでも希望をと、荒らされた農地は魔法があれば早めの復興が望めると説明を行い、一月分の食料を持たせて国民を送り出した。


 送り出した国民達が消えたのは二月後のことだった。

 月に三回、国民達の様子を確認するよう連絡係に見に行かせていた。

 その何回かはジャンバ自らが視察を行い、経過は順調だと思っていた。

 ある大雨の夜、一人の魔族が門の前に現れた。

 その魔族は連絡係の男だった。

 門を開けると走り出し、魔王城の入口の門番に叫んだ。


「開けてくれ! 魔王様に至急伝えなければならないことがある! 国民が消えた!」


 連絡係のミスだった。

 送り出した国民達が消えたことを外で叫んでしまった。

 雨により聞こえづらくはなっていたが、たまたま外を歩いていた国民がその言葉を聞いていた。

 ジャンバがその報告を受けた次の日の朝には、

王城に人が押し寄せていた。

 原因を知る前に憶測で話す理由にもいかず、調査を理由に門前払いする他なかった。

 その後ジャンバとノイン、他兵士五百人で隣国を回った。

 国を空けるのは危険だったが、ジャンバが出張らなければいけない何かが発生していると判断していた。

 ジャンバは近くにある魔物の出る森沿いに馬を走らせていた。

 隣の国までは大した距離はなく、半日で首都にたどり着ける。

 その間に魔物に襲われれば一日かかることもあるが、何故か魔物は一匹も湧かなかった。

 ジャンバの国の国境を超えてすぐに隣国の農村が見えた。

 村の入口に馬を止め、村の中へと入ると兵士達に一軒一軒中を確認するよう指示した。

 その間に畑に向かい、作物が荒らされているか確かめる。

 薄情なことだが、ジャンバは残された国民のためにも食料を確保する必要があった。

 国民の行方は兵士達に任せ、消えた国民が作った畑を検める。

 畝の間に入って新芽の様子を確認していると、土の中に光を反射するものがあることに気付いた。

 近寄って掘り返してみると、飾り気のない指輪が出てきた。

 畑に指輪が落ちていたことに疑問を覚えたジャンバは、近くの地面を注意深く観察した。

 すると指輪が落ちていた場所から、森のある方向に畑の土が若干盛り上がっていることに気付いた。


 ジャンバはすぐさま兵士達を集めて森の中の捜索を始めた。

 隣国の国民が消えた時、国中を兵士達が捜索したが全く手がかりがなかった。

 国内以外に消えたとすれば、畑の土だけで判断出来ることは、盛り上がっていた土の方向を邪推くらいだった。

 一縷の希望に賭けた捜索は功を奏した。

 もとより夕方近くに村についたジャンバ達に、大して森を捜索する時間は残されていなかった。

 本格的な捜査は明日になると踏んでいたが、ゴブリンの巣に様々な服や装飾品が溜まっているのを見て確信した。

 魔族は何らかの方法で動けない状態にされて森の魔物の餌にされていた。

 この国に来る途中、魔物に遭遇しなかったのは、魔物が餌に恵まれていたからであった。

 ジャンバとノイン、兵士達は交代で見張りながら眠り、朝一番に自国に帰った。


 国に帰ったジャンバは国民を全て呼び出し、捜索の結果を包み隠さず伝えた。

 密かに魔族を殺して回っている存在の可能性を伝え、鎖国を行った。

 門を閉ざし、ノインの固定化の魔法で開かなくし、消えてしまった国民の所有していた家を全て壊し、近くに住む者達に作物を育てるよう指示した。

 嗜好品を取り扱っていた店には営業停止を告げ、国民総出で食料の生産に日々を費やすことになった。


 食料の生産が始まって五ヶ月経った頃、いくつかの作物が収穫可能な時期に入った。

 派遣した国民が消えて以降、特に目立った変化は無く、平穏な日々が送られていた。

 ジャンバやノインも魔王城の庭園の半分を農地に変え、作物を育てつつ公務を行っていた。

 次々に収穫の報告が上がってくる中、警備の兵士から奇妙な報告が上がっているのを見つけた。

 それは森の中に、とても濃い霧が一箇所だけ出ているとのことだった。

 他の日の報告にはそのような記述はなく、今日初めて起こった怪現象である。

 その日の夜、ジャンバはノインを伴って報告のあった森の監視をすることにした。

 そこは門のすぐ前で、門の上の見張り場からよく見ることが出来た。

 ジャンバは森の静けさに違和感を感じた。

 兵士達は日々静まっていく森の変化が緩やかだったために違和感を持たなかったようだが、滅多に訪れないジャンバとノインだからこそ気付いた。

 森から音がしない。

 風によって葉が揺られる音はするが、生き物が立てる音がしていない。

 警戒を強めて耳を済ましていると、ガサッっと草をかき分ける音が聞こえた。

 音を聞いた途端にジャンバとノインは魔法を待機状態にした。

 ジャンバは攻撃魔法、ノインは防御用の結界魔法だった。

 音のした方を睨みつけていると兎が森から出てきた。

 その姿に気が抜けたのか、ジャンバは魔法をキャンセルして改めて兎を見た。

 兎は隠れる場所を探すようにしきりにあたりを見回している。

 すると兎の後ろから何やら黄色がかった煙のようなものが現れ、逃げようとする前に兎を包み込んだ。

 煙はしばらくすると消え、地面に倒れていた兎は一定間隔で体をピクピク動かしていた。

 それはまるで雷魔法をくらった魔物の様子と似ており、兎が麻痺しているのではないかと考えた。

 その考えに行き着いた時、森から人間が姿を現した。

 体格は少年のようで、顔中を長い布で覆い隠し、全身が黒に統一されていた。

 その人物は兎の耳の根元を鷲掴み、首元を切ると、逆さに持ち替えて、血抜きを始めた。

 兎の血を地面に垂れ流しながら、黒ずくめの人物はジャンバに話しかけてきた。


「あなたが魔王さん? 俺は勇者。鎖国なんかやめて皆俺に殺されてよ!」


 そう言った黒ずくめの服の裾から様々な色をした煙が現れ、街の方へと流れていってしまった。

 その霧が体を横切る際、水の匂いに混じって、形容しがたい謎の刺激臭がした。

 ジャンバはそれがなんの匂いかわからなかったが、隣にいたノインはすぐに表情を真剣なものに変え、待機させていた結界魔法を発動させた。

 煙は門を越えてすぐのところまで広がっていたが、ノインの広範囲に発動させた結界の内部に閉じ込めることが出来た。

 

「へぇ、よく防いだね。もっとも、君達は吸い込んじゃったみたいだけど」


 何が可笑しいのか徐々に声を大きくしながら高笑いしている。

 その間にノインは、門の内部にいた魔族全てに、健康状態の固定化魔法を発動させた。

 それにより現在の肉体の状態が変化しなくなり、成長もしなくなったが毒で死ぬこともなくなった。

 ノインが魔法をかけたおかげで魔族にはなんの変化もなかった。

 高笑いしていた勇者は、いつまで経っても悲鳴を上げない魔族達に苛立ちを見せた。


「俺の霧は吸えば一発で死ぬ筈なんだが? それも激痛を伴って死ぬような代物なのに、何で誰も苦しまないんだよ!」


 勇者はそんなことを喚いていた。

 煙の正体は毒の霧であり、その毒は一呼吸で魔族を殺せるようなものらしい。

 この勇者の持つ特殊能力は、恐らくこの毒の霧なのだろう。

 よほど自信があったのか地団駄を踏み苛立ちを表している。

 

 そんな様子を見て、ジャンバはこの勇者の危険性は特殊能力によるものだったと考えた。

 空気中を漂う毒の霧が常に勇者を守護していれば、大体の者は殺すことが出来ただろう。

 つまり、勇者自身の武人としての練度は高くないだろう。

 もしかしたら魔法の練度すら低いかもしれない。

 そう思ったジャンバは、喚いている勇者に対して火魔法の中の一つ、爆発魔法を放った。

 爆発魔法は爆発させたい対象を指定し、その対象から五メートル程度の距離を薙ぎ払う危険な魔法だった。

 そんな魔法を勇者の体内を対象に発動させ、勇者が爆散するのを見守った。

 ノインは魔法発動の兆しが見えると、すぐに結界魔法で魔族を覆い、爆発の衝撃に備えた。

 勇者は最後の最後まで喚いていた。

 爆発魔法の発動の瞬間までジャンバを罵倒し、呆気なく弾け死んだ。

 飛び散った勇者の塊、その上半身がジャンバに向かって飛んできた。

 結界に遮られ、勇者の体は落ちていったが、その体からぼんやりと白い光が浮かび上がり、ジャンバに向かって飛んできた。

 謎の光はノインの結界をすり抜け、ジャンバの胸に飛び込んできたと思ったらそのまま体内へと入っていった。

 

「あなた! 何が飛んできたみたいだけど大丈夫なの!?」


 ノインが珍しく取り乱して迫ってくる様子を何故か他人事のように感じていたジャンバは、次第に意識が薄れていき、ついにノインに返事をすることなく意識を失った。


 ジャンバの精神は死を迎えたのだった。




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