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守るためには力が必要  作者: 単色蓬
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6話 邂逅

 目が覚めると、目の前には知らない天井が広がっていた。

 特に装飾はなく、白いだけの天井。

 左右に目を向ければ、レースのカーテンのようなものがひかれている。

 足の方を見てもカーテンがあり、天蓋付きのベッドで寝ているのだと気付いた。

 そんなものはお城にでも住まなければ見られないと思っていたが、今はそこで寝ている。

 こんなこともあるんだなぁ、なんて思っていると、隣から不満の声が上がった。


「ねぇ、硬いんだけど!」


「はっ!?」


 俺の異世界初の出会いはベッドの中でした。



 神様は言いました。

 異世界へ飛ばしてから説明すると。

 まさか多重思考の内の一人にするなんて思ってもみなかった。

 多重思考は、一度一つに統合するか、双方の合意がなければ記憶が共有されない。

 説明を受けた方の俺は錬鎧を維持するために常時発生させており、主人格たる俺が起きて記憶を共有するまで現状を把握することができていなかった。

 しかし、俺が神の説明を共有し終わったタイミングで少女に文句を言われてしまい、もうひとりの俺との同期が切れてしまっていた。

 もう一度同期すればこの状況もわかるはずだが、久々に他人と話せるチャンスは恐怖と共に期待をさせていた。

 

「君はいったい·····?」


 寝起きで乱れた黒髪が、上手いこと顔を隠しており、少女の顔は確認出来ない。


「固くて枕にならなかった。これが正しい腕枕の感触?」


 文句を言いつつも俺の腕の上から動くつもりは無いようだ。


「ああ、ごめん。ちょっと事情があってね。それより君の名前とか、何をしてる人とか簡単な自己紹介が欲しいんだけど」


 言葉が通じる相手が最初の異世界人と、なんと都合のいいことか。

 出来ればこの少女から話を聞きたい。


「ひどい! 昨日はあんなに激しかったのに!」


 うん、この子話する気ないね。

 なんて言うか、よくあるテンプレ会話を無理やり続けてる感じ、話が通じない系女子。

 実際に対面すると面倒臭さしかないね。

 神様が断言する治安の悪さだ、この子はまともじゃないタイプなのかな?

 少し警戒を強めた方が良さそうだ。


「とりあえず聞かれたこと答えてくんない? じゃないと今の状況すらわからないんだけど」


 露骨に不機嫌さを見せた俺に、少女がたじろぐ。

 流石に大人げなかったかと思うが、ストレスはためたくない。

 腕を少女の頭の下から引き抜き、体を起こしてベッドのふちに腰掛けると、少女もゆっくりと体を起こした。


「ちょっと! これくらいのことで怒ったの? 心の狭い男は嫌われるわよ!」


 さっきの動揺は無かったことにしたのか、余裕の様子で軽口を叩く。

 背中を向けているため表情までは見えないが、気配が余裕を表していた。

 ちなみに気配の表情については、神様の説明の中に答えがあった。

 俺の拾ってきた能力の一つ、『気配感知(神級)』は、広範囲における気配の察知と、近距離の気配の感情を読み取る効果があった。

 異世界に来る前、神が放つ表情豊かな気配の正体は、俺の感知能力の高さによるものだった。

 加えて近ければ近いほど細かな感情が読み取れるようで、真後ろにいる場合は小さな感情の動きまで手に取るようにわかる。

 つまり少女の感情の変化からほとんど全てが筒抜けと言えた。

 そのせいで余裕の中にあるとても小さな怯えに気付いてしまった。


「繕った余裕を見せるよりも先に俺の言うことを聞いてくれ。誰とも知らん相手とまともに話すつもりは無い」


 そう言って俺は立ち上がって振り返り、少女を見下ろした。

 ついでに俺は立ち上がる際の違和感の無さに密かに安心した。

 精神体だった俺は体が既に抹消済みで、神様がわざわざ作ってくれた特別製の体に精神体を宿していた。

 神様の作った体は身体能力を俺のポテンシャルに合わせて自動調節する機能があり、身長は2メートル近く短い金髪をたなびかせた優しげな面差しの美丈夫に生まれ変わっていた。

 さらにこの世界、ゲームのようなステータスの概念が存在している。

 その存在は神以外には認知されていないが、俺は相当のステータスらしい。

 神様には絶対強者を名乗れると太鼓判を押されてしまった。

 正直なところステータスだけでもこの世界では化け物な俺ではあったが、特に非がない少女を凄み続けられる程精神力は強くなかった。

 維持出来なくなる前にさっさと自己紹介くらいして欲しい。


 すると、そんな心の声が伝わったのか、少女の発する気配が凪いだ。


「·····失礼を致しました。私の名前はミューリ。ここクルノの地で魔王を務めております」


 少女──ミューリは無感情な瞳で上目遣いに俺を見る。

 妙な迫力があるが、気配に変化は表れない。


「自己紹介感謝する。俺は·····レンキ。異世界から来た、ただの旅人だ。仕事は護衛ができる」


 所々ぼかした表現の自己紹介を行う。

 名前に関してはライトノベルの王道、名字持ちは貴族という可能性を無くすためだ。

 身分については神様から与えられた仕事は期限がないので、旅をしてから決めようと思っていた。

 そのために無難な旅人とした。

 冒険者が職として存在しているならば是非ともなってみたいものだが、迂闊な発言が軋轢を生む可能性を考え、無難な答えにしておいた。

 

「ただの旅人が魔王を前に余裕とは、不思議なものですね。一応人類の敵とされていますが·····もしかしてあなたの元の世界には?」


「あぁ、とても平和で争いのない世界だった。護衛と言うのも名ばかりで、侍従のような仕事をしている家に生まれた」


 俺は元の世界のことを隠さず話すつもりだった。

 不用心に話し過ぎるとまずいのではと思えなくもないが、それには理由があった。

 神様は勇者と魔王が闊歩していると言っていた。

 つまりは異世界召喚なんてものがよく行われている可能性がある。

 ならば異世界の情報に大した価値はないだろうし、転移者には何らかの特典があったりするかもしれないと思い、そのような方向に会話を誘導できないかと考えていた。


「レンキさんは何時頃この世界へいらしたんですか?」


「実は転移の際は眠っていて、さっき起きたら異世界という感じだ」


「それではこの世界のことは何も知らないということですか。·····なんだが今のレンキさんの気持ちがわかるような気がします」


「誰か転移者に知り合いでも?」


「私もこの世界の出身では無いですからね。一度通った道です」


 そう言うとミューリは少し微笑んだ。

 勇者の転移者はいると思ったが、まさか最初に出会った異世界人が、この世界でもない異世界の人間で魔王とは予想外だった。

 しかし、ミューリはいつこの世界に来たのだろうか。

 土地を治め、魔王にすらなっているミューリが、この世界に来て数日ということは無いだろう。

 見た目は十五歳程度に見えるミューリは、果たしてどのような経験をしてきたのか。

 少し、心配になった。


「ミューリはここに来て長いのか? とても、若く見えるが」


「見た目は十六の時のものです。この世界に来てから肉体の成長が止まって、この体で四年が経ちました」


「つまりまだ二十歳という訳か。若いのによく頑張って生きてきたようだな」


「·····レンキさんもとてもお若く見えますが?」


 ミューリの質問の答えにどう返すべきか、俺はすぐに決められなかった。

 肉体は神造、精神体は神へリーチをかけた状態、そしてこの世界において絶対強者。

 神様から聞かされた説明でわかってしまった事実は、そう簡単に他人に話すことが出来ない。

 単に信じられないならまだしも、相手が嘘をつかれたと認識すれば、揉めることは避けられない。

 ここで適当にぼかすのは楽だが、一つひっかかる点があった。

 ミューリと異世界人の繋がりがあるとわかってから、感情から怯えが消えて喜びと期待が表れていた。

 ミューリには何か俺に頼みたいことがあるのだろうと予想できた。

 しかもそれが異世界人──この世界から見た異世界人──になら通じると思っているらしい。

 内容によっては受けるつもりは十分にあるが、クライアントになる相手に不義理は出来ない。

 兵藤家の教えに『主から信を得ない護衛は、敵と同じく危険な存在である』というものがある。

 嘘を重ねすぎてから改善することは難しい。

 信じることの難しさを俺はよくわかっている。

 これ以上、嘘はつけないと考えていた。

 だからこそ、俺のことを話す前に仕事の話をする必要があった。


「ミューリ、何か俺に頼みたいことがあるんじゃないか?」


「·····よくおわかりですね」


「俺は自分をただの異世界人だとは呼ぶつもりがない。だがその真実は仲間にしか伝えるつもりがない」


「·····なにを言って?」


「つまり、君が俺に仕事を依頼するというのであれば、場合によっては話してもいいと思っている」


「それはつまり、私の味方になってくれると?」


「依頼内容にもよるがな」


 俺がそう言うと、ミューリは身をくるんでいた布団を押し退けベッドから出てきた。

 ネグリジェというのだろうか、向こう側が助けているような寝間着を着ていた。

 堂々とした態度でサイドテーブルに置かれていたベルを鳴らすものだから、寝間着について言及する間が無かった。

 なにせ鳴って数秒と経たずに扉がノックされたのだ。

 恐るべき早さだ。

 音が伝わった時間しか遅れていなかったのではないかと錯覚させる。

 そんな相手に俺が勝手に警戒していると、ミューリは入室を促した。


「お呼びでしょうか、魔王様」


「外に出るわ。場所は昨日この人が倒れていた場所。次期魔王候補をすべて呼び出しなさい」


「仰せのままに」


 そう言うと音も立てず扉を閉めて、退室した。

 一連の動作に無駄がなく、思わずセバスチャンと呼びたくなる感じの男だった。

 しかしその能力は人間離れしていることだろう。

 少なくともただの人間ということは無いはずだ。

 ミューリは魔王であり、この地には魔の王が治めるべき住人がいるはず。

 テンプレ通りならば魔物や魔族が住んでいることだろう。

 つまり種族が違う分、人間とは能力も違うと考えて然るべきだ。

 そう、ここにいるミューリも。


「レンキさん、少し後ろを向いていて貰ってもいいでしょうか?」


「わかった。俺も少し考え事がある。終わったら肩でも叩いてくれ」


 そう言って俺は神様の説明にあった、多重思考以外の他の能力について調べることにした。

 まずパッシブスキル──常時発動型のスキルについて、『気配感知(神級)』、『無限の魔力』、『守護の転移』、『精密操作』、『不老不死(神化)』の五つが確認された。

 『気配感知(神級)』はさっきの説明通りの能力で、変化の余地はないと言われている。

 『無限の魔力』は言葉の通り無限に魔力を供給し続けるというもので、その速度は消費と同時に補充が完了するレベルである。

 『守護の転移』については、今確認することは出来ないが、守護の対象に命の危険が生じた場合に限り強制的に転移させられるスキルであり、その契約には全幅の信頼と信頼の証が必要となる。

 『精密操作』については多重思考同じく自力で身につけたものである。

 修行中に気の操作についてかなりの時間を費やし、繊細な操作を行い続けた結果、万物において精密な操作が可能になった。

 最後の『不老不死(神化)』については、アクティブであり、パッシブなスキルであった。

 発動には意識的に神気を練り上げ、身体中に循環させ、自身の存在を神へと押し上げる必要がある。

 まだギリギリで人である俺は、神へのトリガーが用意されており、それを引くことで神として存在することになる。

 そうして神化を済ませるとパッシブスキルとして不老不死へと至る、使い切りのスキルである。

 そしてアクティブスキルについては、『全能』、『イメージ魔法』、『超速学習』、『言語理解』、『幽体離脱』の五つを得た。

 『全能』については、元の世界における技術全てを修めたことを示すために与えられたスキルで、この世界における未知の技術等は使えない。

 『イメージ魔法』については、魔法の発動を全てイメージだけで行うことが出来るというものだ。

 イメージの強さ、正確さにより、魔法の規模や効果に影響が出る。

 例えば死体を蘇生しようとした場合、生前の姿をイメージできなければ蘇生は失敗する。

 また、肉体的回復のみのイメージでは、復活しても魂が伴わない。

 このように発動するものによっては、一つ発動するにも複数の視点から見たイメージが要求される。

 『超速学習』は、文字通り学習にかかる時間が極端に短くなるスキルだ。

 アクティブスキルとされているため、発動を意識しなければ、学習速度は平常時と同じになる。

 『言語理解』については、言葉を持つ生物全ての言語を理解することが出来る能力だ。

 生憎理解であって習得ではないので、超速学習と並行させなければ自身が会話できるまでに時間がかかるだろう。

 また、鳴き声はあっても意味を伴わない生物に関しては、能力が発動しても鳴き声のままなので、その判断は自力で行わなければならない。

 『幽体離脱』については、厳密に言えば幽体ではなく、精神体と肉体を切り離す能力である。

 切り離した肉体は多重思考に任せることも出来、精神体の状態から多重思考の数だけ分離することも出来る。

 精神体は場合によっては人形や死体、無理をすれば生きている生物にすら入り込むことが出来る。 

 以上、パッシブ、アクティブ含めて十のスキルの内の、大半を多重思考の俺は拾ってきていた。

 ここまでくればわかると思うが、神のゴミ捨て場には本当にゴミとして扱われたスキルの他に、あまりの強さに捨てるしかなかったスキルが存在している。

 そのうち俺に必要とされる能力だけを厳選して持ってきたと言うから、流石は俺と褒めるしかない。

 自画自賛も多重思考があれば虚しくならないそれが素晴らしい。

 

「あの、レンキさん。お待たせしました」


 肩に手を置かれ、耳元で囁かれた。

 ·····ゾクゾクするからやめて欲しい。

 それなりに思考に没頭していた気もするが、五分程度しか経っていなかった。

 やけに早いな、女の子は身支度に時間がかかるものでは? などと思いつつ振り返った。


「どうでしょうか? この姿は滅多に見せないんですが」


 そう言ったミューリは、どこからどう見ても女悪魔と呼ばれてもおかしくない、凶悪そうで妖艶な姿をしていた。 

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