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守るためには力が必要  作者: 単色蓬
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2話 修行

 元居た世界から女神によって強制排除された俺は、転移させられたことにそれほど驚いてはいなかった。

 飛ばされる直前、常識を捨てて考えるようにしたことが功を奏したようで、すぐに周りを確認する余裕があった。

 見渡す限り黒が広がる空間。

 寝る際に着ていた紺色のジャージが周りの黒に紛れ、自身の存在を希薄に感じる。

 正直な所、長居したいとは思えない。

 先に消えた女神が居ることに期待していたが、視界には何も確認出来ない。

 ここには俺しかいないのだろう。


 完全なる闇は不安を抱かせる。

 それは俺にとっても変わりはない。

 特に普段から他人を守る修行していた俺にとって、何も見えないような空間は常に周囲を警戒する必要があるためストレスがたまる。

 警戒はやめられないが、今は自身の状態を確かめることにした。

 まず怪我等の有無を確認するため、手で全身を触って異常がないか確かめる。

 いつもは感覚的にわかるはずのことが、今は触覚に頼らなければ理解出来なかった。

 それに道に対する不安が少なからずあった。

 空間転移で座標を間違えると、物体と融合して危険なんて設定は少なくない。

 本来神が行う転移で事故なんて起きないだろうが、俺はあの女神を信頼していない。

 話していた通りに転移をさせた以上信用は出来る、だが信頼は簡単に得られるものじゃない。

 加えてあの女神には神々しさが感じられなかった。

 人と同じ気配しかしない神がいることを俺は知らないのだから、せめて見た目でわかるものが欲しかった。

 物語で神を表すものとして描かれるのは、圧倒的美しさや恐ろしさ、人間にはない翼や複数のボディパーツ、神気やオーラといった不思議要素。

 いくら本人から女神だと言われても、それを鵜呑みにする程子どもでもない。

 俺にとっての女神は転移が使える美女程度の認識だった。


「おーい、女神。いないのかー?」


 変な空間に送り込まれた挙句、状態の確認を終えてしまった俺は、すぐに時間を持て余した。

 持っているのは寝る時に着ていたジャージのみ、あんな女神でも今はいて欲しかった。

 何もいないとは思うものの一応話しかけてみたが、しばらく待っても返事はない。

 女神が来るまで今置かれている状況について整理することにした。


 女神は俺に元の世界にいて欲しくないと言っていた。

 理由については判断がつかないものが多く、第三者から見れば色々な理由をつけて俺を異世界に誘っているようにしか見えなかっただろう。

 それが一番の理由に思えてくるから不思議である。

 思い返せば女神の言っていたことには無理があった。

 なぜ護衛のはずの俺が世界のトップに立つのか、誰を対象に攻撃をさせるというのか、極めつけに破壊思想が増幅してからの笑顔。

 どれをとっても胡散臭さ満載であった。

 女神との会話はネットの情報くらいに信憑性に難ありだと思うことにしよう。

 恐らく本当のことを言っていたのは、女神が本題と言ってからのことだろう。

 それ以前の話は判断材料が少なすぎる。

 本題については女神にも関する内容だったのだから、本当のことを言ったとしよう。


 転移の直前、女神は『私と一緒に異世界へ』みたいなことを言っていた。

 つまりここは異世界への途中、もしくは異世界のどこかということになる。

 人間同士がどこかへ出かけるだけなら現地集合することも考えられるが、これは神と人が行う異世界転移だ。

 女神は恐らく一時的にこの空間へ俺を送り、自身が転移するための準備をしていると考えられる。

 神が手を出す必要の無い世界を作ったと言っていたから、少なくともすぐに戻る気は無いだろう。

 立つ鳥跡を濁さずという言葉のように、神にも掃除をする時間が必要なのかもしれない。

 例えるならば今の時間はデートの待ち合わせのようなものなのだろうか。


 時折脱線しつつも記憶の整理という名の考察を続ける。

 いくら考察したところで本当のとこは分からないし、本人に聞けば解決するだろう。

 しかし俺は思考することをやめるわけにはいかなかった。

 この空間は何かがおかしい。

 なんの存在も感じないのは今更だが、自身を手で触らなければ認識出来ないのは異常である。

 物理的な干渉はないが、精神面ではなにかされていたらしい。

 恐らくは時間が経過すると共に徐々に自我を消されていたのだろう。

 存在があやふやになり、自身の肉体をハッキリと知覚できなくなっていた。


 こんな攻撃は対処のしようが無いと普通は思う。

 けれど兵藤家は守りの一族であり、主を守り続けるために自身を守る術も心得ている。

 今は自身に関する思考を続けることで抗っているが、深く瞑想して自身の存在を高めたり、仮死状態になり女神に丸投げする等のいくつかの選択肢があった。

 この時は女神が来るまで自身を守る、とても簡単な仕事だと思っていた。


 これから俺はこの空間の恐ろしさを知ることとなる。



 私は女神です。

 至って普通のつまらない世界を管理していた、歴とした神様です。

 醜く足を引っ張り合う人間を見ることは退屈でしかありません。

 なにか英雄が活躍するような事件が起きないかと期待していたら、愚かな人間が国家間の均衡状態を壊してくれました。

 一応の平和を見せていたというのになんてことをしてくれるのでしょう。

 事件は事件でも面倒事の方を提供されては嫌がらせにしかなりません。

 思わず私自ら国ごと消してやろうかと思いましたが、自浄作用は残っていたみたいで、少し仮眠をとってからもう1度見てみたら国が一つになっていました。

 随分と極端なことをしたと思いましたが、ログを見る限り仕方の無いことだとも思えました。

 しかしこの発展は予想外でした。

 頭が良いのか悪いのか、停滞の未来を人は望んでしまったのです。

 いくら私の管理する世界の人類であっても、進化無き人類には期待はできないと思いました。


 神の仕事は主に三つ。

 担当世界の破滅を防ぎ、異分子を取り除き、最低限の発展を促すこと。

 私の世界は十分な発展を遂げており、破滅の可能性は国が一つになったためにほぼ無くなりました。

 もはや異分子が存在しないように世界をいじってしまえば、私がこの世界を管理する必要がなくなります。

 いっそ管理責任の発生しない世界に作り替えこの世界を捨てようと思いました。

 そのための方法として最後の仕事である異分子の排除が、争いの根絶にあると想定しました。

 争う相手を失った世界から、武具を無くし、戦いに道具を使うという思考を奪えばよいのだと。

 やってみれば結果はすぐに出て、つまらない世界は、どうでもいい世界に姿を変えてしまいました。

 これで私は自由だと思っていました。


 ですが、結果的に私は担当世界を捨てられませんでした。

 神は巨大な力を持つ種族であるため、自由はかなり限られているのです。

 自ら手を下してどうでもいい世界に変え、それを見守り続けなければならなくなってしまった。

 つまりは自業自得です。

 だから私は眠ることにしました。

 どうでもいいはずの世界で輝く1点に気付かずに。


 今度は長く寝てしまったようで世界は相変わらずつまらなかったけれど、細かな変化はあったようです。

 なんとたった1人ではありますが異分子が発生していたのです。

 私の上司はこれを見越して世界を捨てることを良しとしなかったのだと思いました。

 だから私は一つ上司に進言しました。


「あの異分子を異世界へ連れ出してもいいですか? もちろん異分子がまた発生しないように兵藤家は抹消しますから」


 と。

 私は許可が出た時にすぐ行動できるよう準備を始めたのでした。


 

 女神の考察なんかで時間を潰していたのは遥か昔。

 普通の人間であれば寿命で死ねるだけの時間が経過していた。

 女神に転移させられてから一人、飲まず食わずで生きられ、睡眠すらもいらない空間で修行を行っていた。

 女神が刷り込んだ開祖の記憶、彼の人生全てを自身の経験として得るまで見直しても有り余る時間。

 彼の行った修行を身に付けるために、記憶になぞらえて動きをトレースし、体が覚えるまで続けた。

 俺の人生全てを見直し、15年とは如何に短いものか嫌でも理解させられた。

 開祖が生を受けてから死ぬまでの記憶を見返せば見返すほど、俺は経験不足を思い知らされていたが、それも過去の話だ。


 開祖の記憶は様々なことを教えてくれた。

 伝承として残っていた彼は天才とされていたが、実際は天才などではなかった。

 むしろ天才との差を埋めようと意志の力だけで努力を続けた、ある種の化物だった。

 その努力の成果は兵藤家の一員として修行を続けてきた俺の人生を嘲笑うかのように、隔絶した実力差があった。


 彼の記憶を一巡し、とてもじゃないが敵わないと思った。

 五十巡したあたりで、彼の思考に追いついた。

 二百巡した時、彼の技術に追いついた。

 余計な事に思考を割くことをやめ、ただひたすらに修行を行い続けた先に、彼と同じ力を得ることが出来た。


 人の限界に至り、俺は一つ思うことがあった。

 元いた世界はレベルの概念はあったのだろうか、スキル等の特殊な力はあったのだろうか、魔力や魔法といった力を得ることは出来ないのか。

 確かに俺は今限界を感じている。

 俺のいた世界の常識で得られる力はすべて手にしてしまった。

 しかしこれから向かうのは異世界であり、俺の常識は向こうの非常識になることだろう。

 そう考えるならば、本来なら比べることがおかしいはずのものが、今の俺には自然に思えてくる。

 俺が好んでよく読んでいたライトノベルには様々な異能が飛び交っていたが、それに勝てるのか?

 これから行くであろう異世界に、そのような力が存在していないと言いきれるのだろうか?


 俺は彼が残した兵藤式護身術の内の一つ、気の扱いについて見直すことにした。

 ライトノベル等で得た空想の力に対抗する術として可能性のあるものは気しかなかったのだ。

 俺は気を用いて様々な異能と戦うifの想定を繰り返す修行を始めていた。

  

 その修行は唐突に終りを迎える。

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