人間味のある食事
初投稿となります。
小説は趣味程度で書かせていただいているので
未熟な部分があるとは思いますが
お暇なときに読んでいただけると幸いです。
「……ごめん、待った?」
顔を上げると、瑞穂が慌てた様子で立っていた。
「ううん、全然」
僕はなんとか平静を装い、笑顔を彼女に向けた。
「よかったー間に合って。電車が遅れちゃってさ」
「そうなんだ」
瑞穂は僕の正面に座り、ウエイターにコーヒーを注文した。
「あいつは?一緒に来たんじゃないの?」
「健也のこと?なんか用事があるとかで遅れるって」
瑞穂はそういいながら水を一口飲んだ。彼女のきれいな喉を水が通っていく。
瑞穂はいつもおしゃれだ。僕じゃ名前が分からないようなブランド物を常に着ていて、それが完璧に似合っている。化粧は控えめだけど、それは彼女のルックスが元々いいから。
自分のかわいさを自覚しているタイプ。それでいて鼻にかけるようなこともない。
そんな瑞穂が、僕は好きだった。まぶしい太陽のような、そんな瑞穂が。
でも、彼女は「誰かのもの」になってしまった。あいつが、健也が彼女を独り占めしてしまった。
僕と瑞穂と健也は3人でつるんでて、いつも一緒にいて、家族のようだった。健也と僕が馬鹿をやって、それを瑞穂が笑って見てる。その笑顔が見たくて、僕たちはいつもふざけていた。けど、僕と健也の間には、独占禁止法みたいなものがあった。瑞穂には手を出さない。3人とも親友。それ以上でもそれ以下でもない。そんな暗黙のルールが僕らにはあった。
少なくとも僕はそう思っていた。
でも健也は違っていたらしい。
3か月前、今日のようにレストランで食事をしているとき、健也と瑞穂が急にそわそわし始めた。
「なんだよ、二人とも」
僕は何も疑問に思わなかった。今度は健也と瑞穂がなにかふざけるのだろうとしか思ってなかった。
健也から、「実は俺たちさ、つきあうことになったんだ」って言われるなんて思ってもみなかった。
そのとき僕はどんな反応をしたのか、全く覚えてない。おめでとうと言ったのかもしれないし、なんだよそれ、と笑っていたかもしれない。胸に鈍い痛みがあったのは覚えている。
健也も瑞穂のことが好きだったのだ。そして瑞穂は健也を選んだ。いや、選んだという言い方はおかしいかもしれない。だって僕は気持ちを伝えてさえいないのだから。
そうは言っても、健也はイケメンだし、スポーツもなんなくこなせるし、選ばれるとしたら絶対健也だろう。そんなことはわかっていた。でも、そう冷静になれるほど僕は大人じゃなかった。単純に健也に怒りを感じていた。嫉妬もしていた。憎かった。健也がいなければ……
「翔太くん?」
目の前に瑞穂の顔があった。ふわっとした香りが鼻をくすぐる。
「大丈夫?なんか元気なさそうだけど」
「ううん平気平気。なんでもないよ」
そう、と瑞穂は座り直し、窓の外を見つめた。
瑞穂は健也のことを「健也」と呼び、僕のことを「翔太くん」と呼ぶ。
「なんかこのレストラン、すごくいい雰囲気だね」
瑞穂が店内を見回す。
「翔太くんよく知ってるね、こんな店」
「たまたま見かけたんだよ。なんだか、人間味のある食事が食べられるらしくて」
「そうなんだ、楽しみだね」
瑞穂の笑顔につられて、僕も笑う。うまく笑えているか、自信がない。
「健也遅いなあ」
瑞穂がスマホを取り出しながら言う。
「忙しいんじゃない?」
そう言いながら僕もスマホを操作する。
「……え、嘘でしょ」
瑞穂はスマホを見ながら眉をひそめた。
「どうしたの?」
「ちょっとひどくない?あいつ」
そう言いながら瑞穂はスマホを僕に見せた。
健也からのチャットメッセージ。
『ごめん、どうしても抜けられそうにない。今日はパスさせてもらうわ』
「ドタキャンかよあいつ」
「ほんとだよーひどいよ。せっかく3人で集まろうって言ってたのに」
口を尖らせて、瑞穂はスマホをしまった。
「そしたらこの後どうしよっか」
「とりあえずごはん食べようぜ」
「そうだね」
瑞穂はため息をつきながら、メニューを開いた。
「翔太くんのおすすめとかある?」
「おれもここ来たのはじめてだからなあ。はずれはないとは聞いたよ」
「そうなんだ。んーでもあんまりおなか減ってないし、サラダとかにしようかな」
ボタンを押して店員さんを呼び、僕は「今日のランチ」を、瑞穂はシーザーサラダを頼んだ。
「『一番人間味のある一品です』だって。なんだろうね人間味って」
瑞穂は「今日のランチ」の説明文を読んでいる。
僕はメニューから目をそらし、手汗のひどい拳を握りしめた。
「お待たせしました。シーザーサラダと今日のランチでございます」
運ばれてきたのは、みずみずしい野菜が器に入ったサラダと、トマトソースのかかったドリアだった。
「そういえば」
と、食事を運んできた店員が話し始めた。
「最近ここらへんで行方不明になる人がいるみたいですね」
思わず僕は店員の顔を凝視した。店員は、心なしか、薄笑いを浮かべていた。
「えっ、そうなんですか」
瑞穂は驚いた様子で店員を振り返った。
「ええ。どうか帰り道は気をつけてくださいね」
そう言って店員は僕らのテーブルを離れた。
「今の世の中物騒なんだね」
瑞穂は顔をしかめた。僕はああともうんともはっきりしない返事をした。
トマトソースのかかったドリアは、生のトマトを使ったように真っ赤で、できたてのせいかまだふつふつと煮立っていた。
「なんかすごく熱そう」
「ちょっと食べられそうにないな。冷ましがてらお手洗い行ってくるね」
僕は席を立ち上がり、瑞穂に怪しまれないようにさっきの店員を探した。
店員はレジのところに立っていた。僕が近づくと、あのなんとも言えない薄笑いを浮かべた。
「どうなさいました?」
店員は抑揚のない声で言った。
「さっきの、何ですか」
僕は声が震えないよう足を踏ん張った。
「何のことです?」薄笑いを浮かべたまま、店員は首をかしげる。
「行方不明うんぬんの話ですよ。彼女に怪しまれたらどうするんですか」
ああ、あの話、と店員はさもどうでもいいと言うような顔だ。
「あの女性はここのレストランは初めてなんでしょう?」
「まあ、そうだと思うけど」
「ならいいじゃないですか。勘づきもしないでしょうし、それに」
と、店員の顔から薄笑いが消えた。
「リスクのない人生なんて、つまらないでしょう?」
背筋がぞっとした。僕は足早にそこから立ち去った。
「おいしかったね」
瑞穂はサラダしか食べてないのに、腹をさすりながら行った。
何とか食べ終えた。すぐにトイレに駆け込みたい気分だった。
「ごめん。トイレ行ってくるからちょっと待ってて」
「さっきも行ってなかった?大丈夫?今日調子悪そうだけど」
大丈夫だよ、と僕は心配そうな顔をする瑞穂を尻目に、トイレに駆け込んだ。
幸運にも個室は空いていた。さっき食べたばかりのものを吐き出した。胃袋に入っていた残りの物もすべて吐き出した。喉がすっぱい。顔が熱い。全部吐き出したはずなのに、まだ胃が締め付けられる。
しばらく僕は動けなかった。息を整え、吐き気が収まるのを待った。
流し台で口をすすいだ。と、そのとき、
「あら、もしかして戻してしまったんですか」
僕はぎょっとして振り返った。
トイレの戸口にあの薄笑いを浮かべた店員が立っていた。
「せっかくのお食事がもったいないですねえ」
店員は驚くぼくに脇目もふらず、掃除用具をもって先ほどまでぼくが籠もっていた個室に向かった。
「……それに、全部食べきらなきゃいけないという決まりではありませんでしたか」
店員はガタガタと便器をブラシで磨きながら言った。
そうだ。全部食べきることがここのルールだ。
そうすれば、自分が憎んでいる人を一人だけ、ここの店が殺してくれる。
条件は、その人の身体の一部が入った「今日のランチ」を食べきること。お代はタダ。
この店を知ったのは、1か月前。
駅前の商店街を歩いていたとき、偶然この店のチラシが目に入った。
「殺人承ります。お代はいりません。人間味のあるランチを食べてもらうだけです」
そう書かれていた。僕以外にそのチラシに目をとめる人はいないようだった。
気づかれないようにそのチラシを剥がし、そのまま店に向かった。
チラシを見せると、店の奥に連れられた。
説明は単純だった。殺してほしい人と来店し、そこで店側が始末した後、その人の一部を混ぜた料理を食べきってもらう。それだけです、と店の人は言った。人間味のあるランチ。にんげんあじのランチ。つまりそういうことです、と。
健也を殺したいと思ったのは、瑞穂をとられたからではなかった。
あいつは瑞穂を裏切ったのだ。
ある日、あいつと瑞穂じゃない違う女性が二人で歩いているのを見かけた。二人はまるでカップルのようだった。わけがわからなくなって、その夜僕は健也に電話をかけた。
「なんだよ、翔太が電話なんて珍しいじゃん」
健也は何もなかったかのように言った。
「今日さ、お前が瑞穂じゃない違う女の子と歩いてるのみたんだよ」
「……え、マジで」
あちゃーまじかー、と健也が頭をかいているのが電話越しでも分かった。
「それさー、悪いんだけど瑞穂に内緒にしといてくんない?」
最悪だった。健也は二股をかけていたのだ。それに、聞いてみると瑞穂は本命じゃないとまで言い出した。
なぜだろう。健也が元々そういう奴だったことを、僕は忘れていたのだ。健也と僕は小学生からのつきあいで、瑞穂は高校時代に知り合った。そのまま同じ大学に進んだわけだが、健也の女たらしぶりには僕も瑞穂も呆れていた。中学でもひどかったことを僕は知っていたが、それは瑞穂には言わなかった。そんな健也に、瑞穂が惚れていたのを僕は知っていたから。恋をすれば、相手がどこを見てるかを意識してしまう。瑞穂の視線の先には、僕ではなく、健也がいた。
だから、僕は何も言えなかった。瑞穂の恋は、応援しなきゃいけないと思った。
でも、そんな僕の思いを知らずに、あいつは瑞穂を裏切った。
殺意が湧くのが自分でも分かった。人に対してこんなに黒い感情を抱いたのは初めてだった。
でも、幼なじみをそう簡単に殺せるほど、僕は非道な人間ではなかった。
瑞穂にとって大切な人を殺すなんて、いったい何を考えてるんだ。
何度も何度も戒めた。もっと他に方法があったはずなのだ。
でも、他の方法を探すより先に、このレストランを見つけてしまったのだ。結局僕は弱い人間だった。
まず健也と待ち合わせ、あいつが目を離した隙に食事に下剤を盛った。あとはあいつがトイレに駆け込めば店が処理してくれた。その後健也のスマホを使って瑞穂に用事があるから遅れるなどと嘘の文面を送り、瑞穂が来るのを待った。そして瑞穂と喋っている間に、テーブルの下で健也のスマホを操作し、瑞穂に
『ごめん、どうしても抜けられそうにない。今日はパスさせてもらうわ』
と送った。
この後のことは考えていない。健也がいなくなって瑞穂は取り乱すだろう。だがその頃には僕はもういない。瑞穂の大切な人の命を奪ったのだ。生きている資格はない。帰った後は自宅で首を吊るつもりだった。
どうしてこんなまわりくどいことをするのか自分でも分からなかった。そもそも瑞穂をここに呼ばなくてもよかったのだ。そうすれば健也のスマホを操作して嘘のメッセージを送る必要もなかった。
きっと僕はわがままなのだ。死ぬ前に一度でいいから瑞穂と二人きりで過ごしたかった。それだけだった。
「ルールはルールなのでもう一度食べてもらいますよ?一応まだ死体が残ってますから」
便器の掃除を終えたのか、店員はまた薄笑いを浮かべて僕に言った。
「彼女を見送ってからでもいいですか」声がかすれた。
「いいですよ。……ああ、でもその必要はありませんね」
と、店員さんは急に真顔になって僕を見据えた。
そのとき、ガチャッと後ろのドアが開いた。
「……瑞穂」
トイレの戸口に瑞穂がいた。
「なんで」
会話を聞かれたかと焦った。今の会話で僕のしたことがわかるとは思えないが、聞かれていい内容ではなかった。
「困りますよ、まだ終えてないんですから」
そのとき店員がそう言った。
どういう、と振り返ろうとしたとき、背中に鋭い痛みがあった。
状況がつかめない。何かが刺さっている、と指で触るとぬるっとした感触があった。血だ。振り返ると店員が血のついた包丁を持っていた。
瑞穂を見る。瑞穂は泣いていた。声を上げずに涙を流していた。
そこで僕は悟った。瑞穂は全てを気づいていたのだ。健也が二股をかけていたことも、僕が健也を殺そうとしたことも。そしておそらく、僕に好意を持たれていたことも。
健也に二股をかけられていたとしても、やはり健也を愛していた。だから健也を殺そうとする僕を殺すために、この店に依頼したのだ。でももはや手遅れだった。僕は既に殺していたのだ。僕がランチを頼んだのを見て全てを悟ったのだ。
僕は床に倒れ込んだ。意識が遠のく中で、瑞穂の声が聞こえた。
「今日のランチ、一つ」
書いているうちにおなかが減ってきたので
今からご飯を食べようと思います。
ここまで読んでいただきありがとうございましたm(_ _)m