もしたいやきを異世界の人(王様)が見たら
「これはなんという食べ物か」
恭しく金の縁飾りのある白い皿の上にそれは横たわるように置かれていた。
うつろな目。だらりと下がった尾。
腹は金の皮膚をいまにも突き破るのではないかというくらい丸々と膨れ上がっていた。
「“タイヤキ”でございます、陛下」
「食しても大事ないのであろうな」
国王は皿に横たわる見たことのない魚を一瞥した。
「ひとり目の毒味の者が前歯を折りました。原因は凍っていたことによるものと報告されております。そのため、常温で二十四時間解凍させましたところ、二人目の毒味のものは腹を壊したとの報告が上がっております。常温で解凍したことによって微生物の活動が活発化したことが原因と考えてよいでしょう。それを踏まえまして、オーブンで焼き直しましたところ、三人目の毒味のものは唇を火傷致しました。こちらはオーブンから出して間を置かず毒味を行いましたところ、タイヤキの熱が……」
「もうよい、それで三人目は腹は下さなかったのか」
「はい、毒もなかったとの報告を受けております」
「そうか……。だが、このタイヤキは北の魔女ラクトア=イスから送られた“オチュウゲン”という異世界の慣習に倣った贈り物であったな」
「はい。報告によりますと、植物由来の繊維を織り込んだ面妖な皮に包まれ送られてきたとのことです」
「やはり、食わねばならぬのか」
「“これ、ちょー美味しいから食べてごらんなさい。あんたにはいつもうちの娘と娘婿がお世話になってるからね。あとでちゃんと感想聞かせなさいね♪”との一言が添えられてございました」
「う~む、異世界から取り寄せた魚ということだったな。金の魚とは珍しいが……ナイフやフォークは使わないでよいか」
「ラクトアが申すには、両手で掴みそのままガブリとお口に運んでいただき食すようですが」
「そのままガブリか。なにやら野蛮な……」
「王立科学捜査班の報告ではこの魚には頭をはじめ中骨も腹骨も存在しないそうです。毒味のものも同様に証言しております」
「なんと!“ニホン”なる異世界には、骨のない魚が泳いでいると言うか! まさかラクトア、わしを謀っておるのではあるまいな」
「陛下、ご英断を! ラクトアから送られたものを食さず捨てたと知られてはどんな復讐があるか分かりませぬ」
「しかし……これに毒が入っていないという確証はあるか」
「ではこういたしましょう。このタイヤキを八分割に致し、まずは牢に捕らえてある犯罪人に毒味させましょう。陛下がどのタイヤキのどの部分を召し上がるかはラクトアめにも分かりますまい」
「うむ、よい考えじゃ。さっそくそう致せ」
「ははっ」
「……陛下。毒味のものは全て生きております。毒の心配はござりません」
「うむ……ぅっ……!」
「どう致しました、陛下!」
「腸が黒い……腐っておるのではないだろうか」
「切り分けた際もこのようになっておりましたが、毒味のものに異常は見られませんでしたが……」
「そ、そうか。こやつは“ニホン”の海で何を食す魚であろうな」
「それは判りかねますが……調べさせましょうか」
「そうだな、いや、しかしここで食さねばラクトアが……」
「四大魔女の一人に数えられる者ゆえその気性はかなり……最悪この国が氷に覆われ穀物は実らず、国民は凍死する可能性も」
「む……ならば、わしは国王として成さねばなるまい」
国王はひとつまみのタイヤキを口に入れた。
だれが予想しようか、焼き魚と思っていたタイヤキの皮は薄くパリッと香ばしく、黒い腸に見えたものは滑らかな舌触りで口の中でほどけ、甘美な甘さを舌の上に残して胃の腑へと消えていくということを。
国王はしばし陶然としていたが、名残惜しげにポツリと呟いた。
「……もうひとつ無いのか。次は丸々一尾を所望いたす」
「陛下、恐れながらラクトアより送られしタイヤキは、今召し上がって頂いた一切れで最後でございます」
「うむ、無念。もう少し早く勇気を出せていたらと思うと口惜しいわ」
「申し訳ございません」
◇◇◇
「ラクトア様、タイヤキ好評だったみたいですよ」
「でしょう? 次はたい焼きの皮にアイスをトッピングしてるパフェみたいなやつお取り寄せしようかしら」
「わたくしはマンゴープリンがいいです!」
「リサとケヴィンは何がいいかしらね~」