セントガルドへ一旦帰還
庁舎の中でエストガルドの町長と話をした後、ルイとテイとレピスは翌日旅立つことになった。庁舎の中に用意された部屋で一夜を明かして、一行は旅支度を整えると庁舎の出口に向かって歩いていた。
「ちょっと、ルイ」
庁舎の出口から外に出ようとした時、受付に座っていた無愛想な女に声をかけられた。
「あ、どうも、マリイさん」
ルイが急に低姿勢になった。
「行くんだって?」
「あ、はい、魔王討伐で……」
「じゃあ、この書類にサインして」
「あ、すみません」
マリイと呼ばれた無愛想な女は、ルイがサインをした書類を面倒くさそうにチェックすると机の下から小さな包みをだした。
「これ」
「はい?」
「持って行きなさい」
「これは一体?」
「旅の途中で必要なものよ。じゃあね」
「あ、はい。どうもお世話になりました」
街を出て3人でセントガルドを経由するルートでエストガルドを目指して歩き出した。日差しは柔らかく、風も緩やかで草の香りがほんのりとしていたので、歩いていくには心地よく、気がつくと日が暮れる前にセントガルドの前にきていた。
「結構早くついたな」
ルイが肩に担いでいたスピアを下ろして左右に首を振った。
テイはつい先日旅立ったばかりだったが、こうして戻ってくるとセントガルドの街が妙に懐かしく感じられた。
「今日は俺の家で泊まって休んでいきなよ」
「テイの家か、お姉さん元気か?」
「う、うん。元気って言うか、相変わらずだよ」
「きれいになったんだろうな」
「それは、まぁ。普通かな」
二人の会話を余所に、落ち着きなくレピスは街の中を伺っていた。
「ここがセントガルドか」
テイが周囲をキョロキョロと見ているレピスに気付いて声をかけた。
「レピスさんはセントガルドは初めてだったよね? どうですか」
「あ、うん。そうね、。城下の造りはいたってシンプルだったのね。でも一転城壁の周囲からはここからも結界の強さが感じられるほどの防護が」
急に難しい顔をして語りだすレピスにルイとテイはやや驚いていた。
「レピスさん、なんか、その、お城とかに詳しいの?」
「え? あ、いや、そうなの、あ、あたし、その城マニアだから」
「へー、あ、歴史好きな女子、歴女って奴?」
「そ、それそれ! 歴史得意なのよ」
「さすがいろいろと旅をしているだけあって博識だね。歴史はどの時代が好きなんですか?」
「そうね、魔王誕生、邪神と魔王の対決からデスフィールドおよび魔王城の創造の辺りなんか魔族創成期の辺では好きかしら」、
テイとルイが目を丸くしてレピスを見た。
「あ、いや、なんか、魔族の歴史詳しいんですね」
「歴史って言うか実体験……じゃ、じゃなくて! あ、その、昔詳しい本があって読んだことがあったの、うん」
レピスはまた自分の発言が失言であることに気付いて、慌ててとりなした。
「レピスさん、ホント博学だな」
「ああ、学校の歴史の時間でも聴いたことないような古代の話知ってるし、すげえよ」
テイとルイが普通に感心していたのでレピスはホッと胸をなでおろしていた。
そんなやり取りをしながら三人が街中を歩いてテイの家の前まで来ると、家の前にはエプロン姿の女性が立っていた。
「あ、姉ちゃん」
「おお、テイ、お帰り」
テイの姉はテイに駆け寄ると素早くテイの頭に手を回した。
「い、痛い痛い、ヘッドロックするな!」
「あれ、そちらは?」
テイがヘッドロックされている光景を引き気味に見ていたルイが頭を下げた。
「あ、ど、どうも、ご無沙汰です、ルイです。ルイ・ルイスヘッドです」
「えー、ルイ君、あの? かっこよくなっちゃって」
テイの姉は懐かしそうに見つめながら、ルイの額に手を伸ばした。
「い、いたい、痛いです、お姉さん、アイアンクローはちょっと……」
「で、彼女が3人目の賢者の末裔?」
テイをヘッドロックしつつ、ルイの額に指を食い込ませながら、テイの姉はにこやかにレピスの方を見た。
「あ、い、いえ、あたしは違うんです」
「あ、彼女は魔法使いのレピスさん。一緒に旅をして、助けてもらっているんだよ」
ヘッドロックから解放されたテイが頭を押さえながらレピスを紹介した。
「た、助けるなんて、あたしの方こそ助けてもらって」
「そうなんですよ。テイのやつ、オークに襲われそうになっていたレピスさんを助けたらしいですよ」
ルイもくっきりと顔に指の後をつけたまま補足説明を入れた。
「テイが? やるじゃない」
「いや、たまたま」
照れるテイをスルーして、テイの姉はレピスと握手をして挨拶をした。
「私はテイの姉、シュレンです。テイは少し甘えん坊なところがあるけど、よろしくお願いするわね」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
「今日はとにかく休んで。あすの朝にでもお城に挨拶に行ってきなさい」
レピスがやや驚いたような表情になった。
「お、お城って、セントガリアン城?」
「あ、レピスさんは初めてだもんね」
「そうなの?」
シュレイに問われてレピスはやや焦った顔をしながら答えた。
「あ、初めてですけどもちろん知っていますよ。かつてはそこを目指したこともありましたが……」
「目指した?」
レピスはまた何か失言をかましそうな予感がして、すぐに無難な理由を考えた。
「あ、つまり、お城で働きたいなぁ、ってことですよ!」
「そうなんだ」
「そ、そうなんですよ、決して『攻め落とそうとした』とかって意味じゃないんですから」
レピスの一言で急に沈黙が流れた。
「え?」
「え?」
「え?」
「はい?」
無難な言い訳をしたつもりがなぜか空気がおかしくなったことにレピスは心の中で頭を抱えた。
(な、なんで、こうなるの? うう……)
「ま、まぁ、とにかく入って」
微妙な空気をまとめるようにシュレイが家のドアを空けて皆を手招きした。