第二の賢者を求めて~エストガルドへの道
「地図によると、ここの荒地を抜けると近いんだよ」
テイが地図を畳みながら先を進んでいった。しかしレピスは周囲を確認すると、気がすすまないような顔をして後からついてきた。
「この辺はあまりお勧めしないかも……」
「え、なんで?」
「あ、なんかその、死体が、たくさん埋まってそうで……」
「死体は死んでいるから何もしないよ。怖がらなくても大丈夫ですよ」
「あ、いや、あたしが来ちゃうと……」
その途端、土の中から手が飛び出してきた。
「うわぁ! なんかいる」
テイが飛びのいて後方に尻餅をついた。次々と土の中から腐ったような死体が飛び出し、這って、歩いて、近づいてきた。
「やばい、ここはアンデッドの巣だったんだ」
「あ、そ、そうですね」
「下がって!」
テイが剣を抜いてレピスを後ろに下げると、歩く死体に剣を振るった。
「あ、あんまり、それ効かないかも」
テイはレピスの忠告が聞こえなかったのか、次々と剣を振るった。
しかし、歩く死体は動きを止めず、接近してきていた。
「くそ、どうすればいいんだ!」
「動く死体は、浄化しないとダメなんで」
「そうか、レピスさん癒し系ですよね?」
「あ、は、はい」
「浄化の魔法、お願いします」
「浄化? あたしが? む、無理、無理!」
「え? でも、癒し系なら」
「あ、あの、浄化は一番苦手かなぁ、って」
「そ、そうですよね。得手不得手ってありますもんね。わかりました。だったら!」
テイは荷物袋の中から一冊の本を取り出した。
「そ、それは?」
その本の表紙には『ハウ トゥ バトル』と書いてあり、テイは熱心に本を開いてアンデッドの項目を読んだ。
迫りくるアンデッドたちも、急に本を読み出したテイを不思議そうに見つめながら取り囲んで行った。
テイが顔を上げた。
「レピスさん!」
「は、はい!」
「召喚魔法はできますか?」
「それなら得意です!」
レピスの瞳が輝いた。やっと自分の能力を役立てる時がきたのだ。
「じゃあ、天使を召喚してください」
「て、天使!?」
レピスの頭は一瞬にして真っ白になった。天使といわれて思い浮かぶものは、どれも過去に自分がボコボコにしてしまった奴らの顔だけであった。
そんなことなど知らないテイは、レピスの手を握って真っ直ぐに見つめてきた。
「天使なら浄化の技が使えます。早く天使を!」
「天使は、あまり仲のいい知り合いが……」
仲のいいどころか恨まれているとしか考えられなかった。
「はやく!」
「んー、わかりました!」
意を決してレピスが両手を掲げ、何事か呪文をつぶやき始めた。
「我の下に、いでよ! 召喚!」
隣でテイがしつこく絡んでくるアンデッドたちを振り払いながらレピスの召喚術を見つめていた。
「すごい、レピスさん。いでよ、召喚! なんてわかりやすい掛声なんだ」
レピスが両手を掲げると黒い霧が渦巻いた。その霧が晴れた時、そこには大きな翼を持つものが現れた。
「レピスさん、こ、これが、て、天使、ですか?」
そこには大きな黒々とした翼を持ち、下半身は長いつめをもつ鳥のようで、上半身は人間のような肉体ながら灰白色の肌を持ち、その頭部は鶏のように見えた。
「は、はい。えっと、だ、天使ですよ!」
「なんか、黒い翼持って、なんか厳しい感じなんですけど、天使ですよね?」
「堕、天使ですよ! 間違いありません」
翼を持つものは、レピスの頭の中に直接語りかけてきた。
(レピス様、堕天使である私に、何か御用でしょうか?)
(あの、このアンデッドを浄化して欲しいんだけど……)
(はぁ? 私、確かにかつては天使ですけど、今は)
(わかってるわよ!)
(無理ですよ、わかってるでしょう?)
(ふ、振りでいいから、その間にあたしが説得するから)
(マジですか? 適当になんか、やればいいんですか?)
(出来るだけ爽やかなやつでね?)
(爽やか? 難しいっすね)
(いいから!)
堕天使は翼を大きく広げて羽ばたいて、黒い霧のようなものを吹きだした。その黒い霧を受けたアンデッドたちは、その動きが封じられた。その光景を見たレピスは次にアンデッドたちの頭の中に直接話しかけた。
(ちょっと、土の中に戻りなさい)
アンデッドたちは朦朧とした表情で口を開けたまま唸っていた。
(ああ…まおうさま。いきかえる、まおうさまの、まりょくが、ぎもじいい)
(あー! もう! 戻ってよ!)
イラつくレピスを見かねて堕天使がレピスの中に話しかけてきた。
(レピス様、アンデッドに説得とか、無理ですから)
(うう、イライラする!! もう!)
「ぜ……」
顔を赤くして唸り始めたレピスの顔を心配そうにテイが覗きこんだ。
「レピスさん?」
「ぜ……」
「ぜ?」
「全部、吹き飛べ!!」
そう言った途端、爆音とともに一瞬周囲が激しい青い閃光に包まれた。すると歩く死体たちは瞬時に灰となり、そして一陣の風に吹かれて消えてしまった。
「す、すごい」
驚きの表情で消えたアンデッドたちがいた荒野を見つめているテイの横で、我に帰ったレピスはテイの目の前で自分がやってしまった事を悔いた。
(いけない、ついカッとしてやっちゃった)
「今のレピスさんがやったんですか?」
「え? ま、まさか」
「じゃあ、いったい」
レピスはやや動揺しながらも、素早く隣に浮いている堕天使を指差した。
「こ、こいつ、この堕、天使がやったのよ」
突然の御指名に堕天使は驚いてレピスを見た。
(レ、レピス様、ちょっと待って、わたしじゃないんですけど)
(いいから!)
テイが感心したように堕天使を見上げた。
「へー、すごいですね、さすが天使様……レピスさん、あの」
テイが急にレピスの耳元に口を寄せた。
「な、なによ?」
「こんな事言っちゃなんですけど、な、なんか、見た目少しえぐい感じがする天使様ですね」
「ハハ」
レピスは作り笑いをしながら堕天使の方に振り返り、堕天使の頭の中に話しかけた。
(ちょっと!)
(な、なんですか?)
(見た目きついのよ)
(ええ? 見た目きついって、そんな事言われても)
(かわいく笑ってみてよ、はやく!)
(笑えば、いいんですか? じゃあ……)
堕天使は必死に顔をゆがませて笑顔を作った。
そう、巨大な鶏のような顔が大きくくちばしを開き、大きな眼が下に開く瞼を痙攣が起こったかのように振るわせながら、奇怪な声を発したのだ。
「フワッハハハハァ!」
「うわ、わ、笑っている!」
テイが恐れおののきながら身を引いた。
レピスが慌てて堕天使をにらみつけた。
(ばか! 怖いじゃない! めっちゃくちゃ引いてるわよ!)
(どうしたらいいんですか……)
(もういい。帰っていいわよ)
(わかりました……)
堕天使は翼に包まれるように小さくなり、黒煙とともに消えて行った。
「いやぁ、あまり天使様とか見たことなかったんですが、宗教画で見るのと結構違うんですね」
「あ、そ、そう! 百聞は一見にしかずってやつよ」
「そうですね、ハハハ」
「ハハ、ハハハ……」