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魔王、策に嵌らず賢者を待つ

 ボウスをおいてルイとテイは疲れた表情で宿屋の扉を押した。中に入ると暖炉のあるロビーでレピスとリモンがソファーに腰掛けていた。

「……おかえり。遅かったんだね」

「レピスさん!」

 とっくに寝ていたかと思っていたので、テイもルイも少し驚いた。

「いや、ボウスの友人とちょっと話が盛り上がっちゃって、なぁ!」

 ルイがテイと顔を見合わせながら軽い口調で話した。

「う、うん、そうなんだ」

 テイもルイに合わせるように明るく答えた。

 盛り上がる2人とは対照的にレピスは静かに話しかけてきた。

「盛り上がった……そう……で、どこで食事を?」

「えっと、ボウスの知り合いがやっているバールがあって、そこで」

 すると黙って聞いていたリモンが口を開いた。

「それって、公園近くの茶色い建物じゃない?」

「そ、それですよ!」

「ふふ、あそこのドラゴンフルーツの生ハム巻きはおいしいわよね」

「そう、そう、って、あれ? リモンさん、なんで知っているんですか?」

 軽いノリで説明していたルイの表情が固まった。

 レピスがテイを睨みつけた。

「私たち、夕食はそこでいただいたの」

 ルイもテイもレピスの一言が信じられなかった。

 いや、信じたくない一言であった。

「はぁ? な、なんで?」

「リモンがお勧めの店だったから」

「な、う、うそでしょ?」

 徐々に盛り上がっていた気持ちも下降してゆき、二人とも体が芯から冷えてきたような感じが広がりつつあった。

「確かに、だいぶ盛り上がっていたわね。あなたたちのテーブル」

 少し微笑みながらリモンは話しかけるが、隣にいるレピスは少しも笑っていなかった。

 テイはレピスの顔をまともに見ることが出来ずに下を向いてしまった。

(見、見られていた……)

「あ、いや、あれはボウスの友達で、なぁ、ルイ」

 テイは傍らのルイの顔を見ようとした。が、ルイがいなかった。

「ルイ君なら咄嗟に空気を読んで部屋に逃げたわよ」

 リモンが丁寧な口調でテイに教えてあげた。

「な、なに?」

 テイが慌てて階段の方を見るとルイが四つんばいになって、まるで異様な生き物のように階段を駆け上がって行った。

「さて、私も部屋に戻るわ。明日レピスから今夜の詳細を聞かせてもらうから。おやすみ」

 そう言うとリモンも立ち上がって階段を登って行った。

「え? リモンさん、ちょっと待って!」

「テイ君」

 テイはもはや逃げられないことを悟り、恐る恐るレピスの方に振り返った。

「はい?」

「そこに座って、早く」

 レピスはいつもと同じ表情で、少し笑みを浮かべていた。

 しかしその眼は厳冬の湖に厚く張った氷の下にたたずむ水の様に深く冷たく、その言葉には拒否する事は許されない強い威圧感があった。

「は、はい」

 テイはレピスの前の椅子にゆっくりと腰を掛けた。

「あなた、何のために旅しているの?」

「魔、魔王討伐です」

 レピスの簡潔でいて、圧迫感のある質問にテイが小さく口を開いて答えた。

「そうよね? それなのに、今夜みたいに若い女の子とお食事会やっちゃうとか、何を考えているの?」

 テイは必死になんとかせんと思い、いいわけの言葉を口にしてみた。

「あ、いや、別に彼女を作るとかって、わけじゃなくて」

「カノジョを作る?」

 すぐに自分が発した一言が薮蛇だったと悟ったが、時すでに遅しであった。

「あ、これはルイが……」

「ルイ君の事は今関係ないでしょ? あなたの話をしているんだけど」

「は、はぁ、すみません」

「謝るって事は、そういう気があって行ったってこと?」

「え? そういう気って」

「カノジョを作ろうと思って行った、ってことでしょ?」

「ち、違う、違います」

 この時点でテイは今夜は長い夜になる事を改めて悟ってしまったのだ。


【3時間ほど前 宿屋にて】

「へぇ、ボウス君のお友達に?」

「そうなんですよ。古い友人との約束を果たしておいてから行きたいって」

 レピスに対してルイが流暢に説明をした。

「大事な約束なんだ」

 レピスが笑顔でボウスの顔を見つめた。

「あ、はい(な、なんだそれ……)」

 少し嘘をつくことに戸惑いが見えたボウスの肩をルイが組みながら説明を続けた。

「なんでも、三賢者として旅立つ時に、挨拶がてらその晴れ姿を見せに行くっていう約束していたらしいんですよ」

「へー、いいじゃない。立派にがんばっているところをお友達に見てもらうなんて」

「あ、はぁ。そうですね」

 笑顔でレピスに見つめられて、ボウスは心の中は罪悪感でいっぱいだった。

「それじゃあ、ちょっと俺たち出てきます」

 ルイがボウスとテイを連れて扉を開けた。

「え、ルイくんとテイくんも一緒に行くの?」

 レピスの質問を背中に受けたテイとボウスは一瞬身体の動きが止まったが、ルイは笑顔でレピスの方に振り返った。

「ああ、、三賢者として挨拶して欲しいって言うんで、俺たちも言ってきます」

 ルイがテイとボウスを押すように部屋から出した。

「ふーん。じゃあ、気をつけてね」

「はい。じゃあ、行ってきます」

 そそくさと三人は扉を閉めて外へ出て行った。

 三人が出て行ったと思ったら、すれ違うようにリモンが部屋に入ってきた。

「あら、みんなはどうしたの?」

「なんかボウス君の古い友人に挨拶に行くんですって」

「挨拶?」

「三賢者として魔王討伐軍の晴れ姿を披露しに行くみたいですよ」

「魔王討伐軍って、あなたが言うとは自虐的ね」

「い、いいじゃない、細かい事を」

 からかうようにニヤニヤとしたリモンはロビーのソファーに深く腰掛けた。

「それより」

 リモンが呟くように口を開いた。

「なに?」

「ボウスの友人って、男? 女?」

「え? 男の人じゃないの?」

「なぜ私たちは連れて行かなかったのかしら」

「え……」

「わたしたち女性陣をおいて晴れ姿を披露……怪しい匂いがするわね」

 リモンの予想外な言葉にレピスの心は少し動揺し始めた。

「ま、まさか、そんな」

「仮に友人が女だったら、何人来るのかしら?」

「な、何が言いたいのよ……」

「気になる、でしょ?」

 またからかうような表情になったリモンを見て、レピスは目をそむけた。

「べ、別に」

「テイ君のこと」

「えぇ? テ、テイ君って、なんで限定するのよ!」

「さぁ?」

 レピスが顔を赤くしてリモンを見たが、リモンは涼しい表情でレピスの言葉を流した。

「さて、わたしたちも夕飯食べに行きましょう」

 そう提案されてもレピスはなぜか胸が一杯で食欲が出てこなかった。

「あ、あたしはいいよ。なんか食欲ないから……」

「ふふ、あたしね、すっごくいい店、知っているの」

「いい店?」

「あなたが今一番行きたくなるような、お店の情報」

 呆然と聞いていたレピスの手をとり、リモンは立ち上がった。

 そして夜の街へと二人は歩き始めていった。

【再び3時間後+1時間後 宿屋】

「嘘ついてまで若い女の子と食事がしたかったの?」

「あ、いや、そういうわけじゃ」

 レピスの説教は続いていた。

「いい? テイ君。心にやましいことがあると、その闇の部分をついてくるのが魔族の手なのよ?」

「そ、そうなんだ……はい。気をつけます」

レピスの魔族に関する言葉には、妙に説得力がある事を感じていたテイであった。

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