旅立ちの朝
それは新年の朝であった。
昨夜少し降って薄っすらと残った雪が、朝日に輝いているような天気のいい、少し肌寒い朝であった。
セントガルドの街、南西のブロックのとある家の中。
エプロンをつけた二十歳半ばの女性が一着の服を持って、家の階段を二階へ上り、一番奥の部屋のドアを押した。
頭の上で縛ってまとめた長い栗色の髪、茶褐色の瞳を持ち、少しスレンダーながら、歩く時にしっかりとした筋肉が足腰に浮かぶ様は、力強さと色気を感じさせた。
「起きなさい、テイ」
ベッドの中の少年は、呼びかけた女性と同じ栗色の髪を掻きながら、眠そうに顔を覗かせた。
「な、なんだよ、姉ちゃん」
「いよいよ新年を迎えた初めての日よ」
「わかっているよ。もう少し寝かせてよ」
テイと呼ばれた少年は再びベッドの中に潜り込んだ。
「なに言っているの! もう朝よ」
テイに姉と呼ばれた女性は腰に手を当てて大きな声で叫んだ。
テイは渋々体を起こした。
「昨日、夜中まで『ニューイヤーパーティーだぁ!』なんて言って、騒いでいたくせに、なんでこんな早起きなんだよ」
「今朝はテイが始めてお城に行く日でしょ?」
「は、はぁ?」
テイは姉の意外な言葉に目を丸くした。
「私たちの両親亡き後、この日のためにお姉ちゃんはあなたを立派な剣士として育ててきたつもりよ」
「ちょっと待ってよ。なにこのどっかで聞いたようなやり取り。大体姉さんに剣の手ほどきなんて受けたことないよ。それにさぁ」
「何よ」
「父さんも母さんも、実家で元気にしているだろう?」
姉はゆっくりと窓辺まで歩いていくと、ため息をついてぼんやりと外を眺めた。
「あの呪われた村の事は……忘れたわ」
「おい! 勝手に呪われたことにするなよ」
「いいから、この服に着替えて下に来なさい」
一転して笑顔に戻った姉は手にしていた服をテイに投げてよこした。
「いや、ちょっと、なにこの一見豪華そうでカビ臭い服。ね、姉さん!」
姉は何も言わずに部屋を出て行った。
姉がしばらく階下でお茶を飲みながら待っていると、テイが先ほどの服に着替えて降りてきた。
「来たわね、テイ」
「こんな上等な服、家にあったんだ」
「我が家に代々伝えられてきた賢者の服よ」
「賢者?」
「我が家はあの伝説の三賢者の末裔なの」
「あ、そう」
テイはそう言うとテーブルに腰掛けて姉が入れてくれたハーブティーを飲み始めた。
「反応薄いわね……」
「いや、この平和な時代にあまり必要性がない職業だし、それに俺は賢者じゃないし」
「賢者なのよ!」
姉が急に大きな声を出したので、テイはカップを落としそうになった。
「え? いつから?」
「今から!」
「なに言っているんだ?」
「今年が魔王の復活する記念すべき300年目よ」
「それ、記念しちゃダメだろ」
「賢者の末裔という真実を隠して細々と暮らしてきた我が一族が、晴れて復活した魔王を封印するという、日の目を見る年にしなければいけなくぃのよ!」
「いけなくぃのよ? 姉さん今かんだでしょ?」
「い、いいでしょ! とにかく、しなければい・け・な・い・のよ!」
「言い直してドヤ顔されても……」
テイの突っ込みには何の動揺も見せずに、姉はテイの顔を力強く指差した。
「とにかくそういったわけで、我が家の男子、テイ。お前が賢者として活躍するのよ」
「まじで?」
「とりあえずお城に行って王様に会いなさい。ここからは一人で行けるわね?」
「え? そういうのって、城の前くらいまで一緒に行って言う台詞じゃないの?」
「だって、正直眠いし、外寒いから」
姉はどっかりとソファーに腰掛けて、テーブルの上のクッキーをつまみ出した。
「ひどいな、おい」