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絹糸流しの川を越えろ

 教会での祝福の儀も無事(?)終えた一行は、局地的な豪雨が降った翌日に三人目の賢者の末裔がいるイストガルドを目指してセントガルドを後にした。

「それでさ、教会の中は水浸しで、大変なことになっちゃったらしいよ」

「ふーん。そっか」

「ふ―んって、ルイ、普通に他人事だな」

「魔王の仕業だしな」

「ま、そうだよな、しょうがないか」

 テイとルイの会話を心苦しそうに聞きながらレピスは二人の後ろを歩いていた。

 しばらく行くと大きな川が見えてきた。

「あれがセントガルド領とイストガルド領を分ける『絹糸流しの川』よ」

 レピスが指差した先には昨夕から今朝にかけて降った大雨で増水した川が見えた。

「おい、橋流されてないか?」

ルイが右前方を指差した先につり橋が見え、ちょうど復旧作業が行われていた。

「どうするよ。これじゃ今日は渡れないぞ?」

「あ、でもあそこ。船があるよ」

 テイが指差した先には四人くらいは乗れそうな手漕ぎのボートが停泊していた。

「このくらいの流れなら船でいけるんじゃないか?」

「よーし、いこうぜ」

 ただの少年のように浮き足立ってボートに乗り込む二人を見つめながら、レピスは不安な面持ちで後に続いた。

「ホントに大丈夫? 流れが強そうだけど」

「大丈夫だよ、男二人で頑張って漕げば、多少流されても向こう岸にはつけるよ」

 やむなくレピスは従うことにした。

 船は最初こそ対岸に向かってすすんでいったが、川の中ほどで流れに捕まり下流へ流され始めた。テイとルイは必死にオールを使って漕ぐも、むしろバランスをとるので精一杯になってきていた。

「ど、どうすればいいんだ?」

「やばいよ、流さてるぞ」

 動揺している二人を尻目にレピスは何かを探すように川面を見つめていた。

「……ここは確か」

 レピスは水面を覗き込むと何者かを探すように頭の中で呼びかけた。

(ルトラ、ルトラ!)

 間もなくして川面に黒い影が浮かんできて、レピスの呼びかけに応えた。

(ソノ声ハ、レピス様。オヒサシブリデス。ドウイタシマシタ?)

(今一隻の船が流されているでしょ?)

(アア、人間ドモノ船デスネ。我々ガ誘導シテ沈メルトコロデゴザイマス)

(わたし、その船に乗っているのよ!)

(ハ? レピス様ガ船ニ?)

(船の体勢を立て直して向こう岸まで進めて!)

(ハ、シカシ……)

「レピスさん、そんなに顔を出したら船から落ちますよ」

 テイが船から身を乗り出しているレピスを気遣って声をかけたが、レピスはルトラとの会話に集中していたため聞こえていなかった。

(つべこべ言うと川の水干上がらせるわよ?)

 水面からルトラと呼ばれた水生モンスターが驚いたように顔を出した。

「ワ、ワカリマシタ。仰セノ通リニ」

「ば、ばか! 顔出さないでよ!」

「レピスさん、危ない!」

 ルトラが水から顔を出したことに怒ったレピスが、更に身を乗り出したので、テイはレピスの体を後ろから抱きしめて船内に戻した。

「きゃ」

「船から落ちるところでしたよ。気をつけて、レピスさん」

「あ、ありがとう。助かったわ」

「よかった……」

「ヨカッタデスネ」

「え?」

 船の縁に手をかけてルトラが声をかけてきたので、レピスはテイに気付かれる前に素早くルトラを蹴り落とした。

「グァ!」

「い、今なんかのへんな声が」

「あ、ああ、この辺、大きな蛙がいるって言われるから、その声じゃない?」

「か、蛙?」

 船の先を見ていたルイが叫んだ。

「おい、なんか船が安定したぞ」

「本当だ。向こう岸に向かって流れていくぞ」

「よかったわね」

 しかしルイは川面を見ながら頭をひねった。

「おかしいなぁ」

「なに?」

「なんか、船が流れに逆らって対岸に向かっている気がするんだが」

「そういえば……」

「そ、そうかしら?」

 レピスはさりげなく水面に目を移した。

(ルトラ、ルトラ!)

「ナンデスカ、レピス様」

 水から顔を出したルトラを素早くレピスが殴って沈めた。

(顔出すんじゃないの!)

(ハ、ハイ)

(もっとこう、流れに逆らわずに自然に動いてよ。不審がられてるわよ!)

(イヤ、ソウ言ワレマシテモ)

(言い訳しない!)


 間もなく自然な流れ(?)に乗って、船は対岸に着いた。

「いやぁ、よかった」

 ルイが先に下りて船を桟橋にくくった。

「一時はどうなるかと思ったけど」

 テイが次に桟橋に移ると、振り返ってレピスに手を差しのべた。

「今度来る時には橋が直っていると思うから、橋を渡ったほうがいいわね」

「ホント、船はこりごりだよ」

「まったく、ハハハ」

「マッタクデス、ハハハ」

「い、今の声誰?」

 テイが周囲を見回した。

「どうしたんだよ、テイ」

「あ、いや、今なんか変な声が」

 テイは川の方に振り返った。

 川は絶え間なく流れ、それはまるで謎めいた空気すらも流されていくようであり、そして水の打ち合う川のさざめきは、空耳を誘うようであった。

「空耳、かぁ」

 レピスもテイの隣で川を見つめていた。

テイに気付かれないように足を伸ばして何者かを川の中に押し込めながら。


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